プレミアムドラマ「カンパニー〜逆転のスワン〜」より
2021年1月10日(日)からスタートした、NHK BSプレミアム・BS4Kにて毎週日曜よる10時〜10時49分(全8回)のプレミアムドラマ「カンパニー〜逆転のスワン〜」。
総務一筋で生きてきた中年サラリーマン、しかも“離婚の危機”と“左遷”という二重苦を背負ったひとりの男が、ある日突然それまでまったく無縁だったクラシック・バレエの世界に身を置くことを余儀なくされる。
そして「企業の論理」や「芸術」といった価値観の対立に直面しながらも、「カンパニー」=「仲間」の力で、存亡の危機に瀕した老舗バレエ団の再生を目指していくーーそんな涙と笑いの奮闘物語だ。
「これは“縁の下の力持ち”に光を当てるドラマです。世の中の99%の人は、表に立つ1%の人を輝かせるために汗を流している。そういった人々にエールを届けられるような作品にしたい」〈制作統括・樋口俊一氏(NHK)〉
「特別な力は何も持っていない男が奇跡を起こしていく、いままでになかったヒーロー像。そしてKバレエカンパニーの全面協力により、本格的なバレエを取り込んだドラマになっているところも大きな見どころ」〈プロデューサー・宮武由衣氏(TBSスパークル)〉
〈バレエチャンネル〉では全6回にわたり、このドラマの主要キャストや原作者へのインタビュー等を特別連載中!
ラストを飾っていただくのは、ドラマの原作となった小説「カンパニー」の作者、伊吹有喜(いぶき・ゆき)先生。
なぜ、この物語の主人公は“平凡なサラリーマン”の青柳誠一なのか?
なぜ、“もうすぐ踊れなくなるダンサー”高野悠を中心に描いたのか?
“言葉のない”バレエを“言葉にする”ために、どんな工夫をしているのかーー?
バレエを見つめる独特な視点やユニークな表現にあふれたロングインタビューをお届けします。
「カンパニー」の原作者、伊吹有喜先生 ©︎Ballet Channel
ダンサー人生を終える、間際の魅力
- ドラマ「カンパニー〜逆転のスワン〜」の原作である小説「カンパニー」は、伊吹有喜先生が2017年に発表された作品ですが、先生はそもそもなぜバレエの世界を描こうと思われたのですか?
- 伊吹 最初に頭にあったのは、スポーツトレーナーの女性が男性アスリートをサポートするお話でした。男性と女性ではどうしても体の仕組みが違うので、どれほど優れたトレーナーであっても、女性同士・男性同士ほどは理解できない面がいくつかあるはずです。それでも彼女が持てる力とスキルを一生懸命に尽くした時、身体的性差をも飛び越えて大きな力を発揮できることがあるのではないか。そんな彼女が、素晴らしい才能を持ちながらも気力を失いくすぶっている男性アスリートを再生させる。そんなストーリーが描けるのではないかと構想していたんです。
そして、当初その男性アスリートはサッカー選手を連想していました。サッカーって、子どもたちはまず、地域の少年サッカーチームみたいなところで始めますよね。そして地方大会に出たりすると「隣町にすごいやつがいるぞ!」と噂にのぼるような才能が頭角を現してくる。そんな子たちが今度はJリーグのクラブのユースや、高校サッカーの強豪校みたいな場所に集まって、さらにはその精鋭たちがプロの世界に入ったり、日本代表に選ばれたりして、言わばかつてのライバル同士が最終的にはチームメイトになって世界と競うようになるわけですね。そういう構造がすごくおもしろいなと思ったのですが、いかんせん、私がサッカーについてあまり詳しくないという問題がありまして。「じゃあ私は何が好き?」と考えてみたら、「バレエだ」と。そしてバレエもまた、サッカーと同じような構造を持っていることに気がついたんです。つまり、バレエもまずは地域の教室で習い始めて、やがて頭角を現した子たちがバレエ団の付属校や都会の大きな教室に移ったり、海外の名門バレエ学校に留学したりして、やがて国内外のバレエ団で活躍するようになっていく。
またバレエの世界を見ていると、子どもの頃は才能のきらめきを見せていた人が、いつの間にか名前を聞かなくなったり、どんなに世界的に成功して活躍した人でも、怪我や身体的な理由でキャリアを続けられなくなることも少なからずありますよね。天才が天才として生きられないのはなぜなのか? そこで手助けをしてくれる誰かがいたら、天才は再び命を燃やすことができるのではないか?……と、このように発想が連なっていきまして、まずは「カンパニー」の登場人物でいうところの瀬川由衣と高野悠の物語が浮かびました。
プレミアムドラマ「カンパニー〜逆転のスワン〜」より、高野悠(宮尾俊太郎)
- なるほど、そこが物語の生まれる発端になったわけですね。
- 伊吹 もうひとつ、バレエの世界を描こうと思う原動力になったのが、欧米に比べると日本では「バレエダンサーとして生計を立てる」のが難しいという現実です。なかには舞台に出るためにダンサーがお金を出さなくてはいけないケースすらあると。その話を聞いて、私はとても驚きました。だって、小さい頃から練習して、練習して、もう学校以外の時間はすべてと言っていいくらい練習して、プロになれば1日のほとんどをお稽古に費やすわけですよね。そしてこれは私がバレエダンサーのいちばん好きなところなのですが、みなさん毎朝必ずバー・レッスンをしますでしょう? きっと必ずしもおもしろいわけではないであろうバー・レッスンを、世界中のバレエダンサーが毎朝必ずやっている。そうしないと踊れないわけです。いくつになっても、どんなにキャリアを重ねても初心を忘れず、戻るところはバーなのだというところが、ものすごく好きなんです。でも、そこまで一生懸命修練して、こんなにも美しい身体を作り上げ、言葉にも頼らず素晴らしいムーヴメントだけで人を感動させることができるのに、その道で生計を立てることすら難しいなんて……と。
- そこは、誰もが理想は分かっているし改善の道を模索しているけれども、簡単には解決の糸口が見つからない問題ですね……。
- 伊吹 私、素晴らしいダンサーたちの演技を見ると、涙が出るんです。例えば『ラ・バヤデール』なんて、物語の舞台は古代インドだし、巫女や戦士や藩主やお姫様の話だし、よく考えると感情移入できるところはそれほどないはずなのに、ずっと涙が止まらないんですよ。ニキヤとソロルとガムザッティの恋愛模様はきちんと心に落ちてくるし、想い人と添い遂げられない悲しさとか、想い人が自分を見てくれない切なさとか、本当はそんなことしたくないのに「この女を蹴落とせば……」とお姫様が鬼になってしまう瞬間とか、言葉を介さなくてもちゃんと伝わり、泣けてくる。バレエダンサーとはそれほどまでに人の心を揺さぶる芸術表現ができる人たちなのに、なぜ日本国内ではなかなか働くことができなくて、素晴らしい才能はみな海外を目指すことになってしまうのか。そしてもともとバレエは西洋の文化であるわけですから、海外の劇場で日本人ダンサーが踊るのは、喩えるなら歌舞伎座の歌舞伎に欧米人が出るようなもの。その厳しさにも負けず、日本人ダンサーたちはどんどん上の階級へ上がっていきますよね。そういうことのすべてが好きで、尊敬しています。
だから「カンパニー」で高野悠というダンサーを描こうと思ったら、もうバレエ愛が溢れ出して止まらなくなりました(笑)。彼の物語を書くならば、このバレエ愛を理解してくれる人物がいないと困る。高野と由衣だけの世界ではなくて、バレエの素晴らしさに気づき、変わっていく人物が必要だと思いました。そんな思いから生まれたのが主人公の青柳誠一です。
プレミアムドラマ「カンパニー〜逆転のスワン〜」より有明紗良(小林美奈)
- そこはまさに伊吹先生に聞いてみたかったポイントです。なぜ物語の主人公をバレエダンサーの高野悠ではなく、もともとバレエとは無関係の“平凡なサラリーマン”である青柳誠一にしたのか、と。
- 伊吹 ダンサーやバレエ団を経済的な部分で支えているのは、国の助成だけでなく、チケットを購入するファンや、スポンサーになって支援する企業の存在もとても大きいわけですよね。そういう観客なり企業なりが支えてこそダンサーたちは芸術活動ができると考えた時に、「この小説は、ごく一般的な社会生活を送っている人がバレエを観てパワーをもらい、“明日からまた頑張ろう”と思うーーそんな主人公であるべきだ」と思いました。もともとはバレエに何の興味もなかった普通の男性がバレエに出会い、「世の中にはこんなに美しいものがあって、こんなに頑張っている人がいる。なのにその頑張りが報われないのは嫌だ」と、その思いが主人公を突き動かし、周りの人にも影響を与え、前へと進んでいく。そういう物語にしたいと。そしてバレエはやはり、特殊な世界であることは確かです。だからこそ、この作品を「特殊な人々の物語」にしてしまいたくないという思いもありました。
- もう一人の中心人物である高野悠についても、ぜひ伺ってみたいと思っていました。ダンサー人生にはいろいろなフェーズがあるなかで、なぜ“現役としてのキャリアを終えようとしている段階”のダンサーを描こうと思われたのでしょうか。
- 伊吹 高野もまた、バレエ人生の始まりは家の近所のバレエ教室だったと思うんです。そこから努力して、努力して頭角を現し、東京に出て、世界へ行って、トップまでのぼり詰めて主役の座を掴み取ったはず。けれどもようやくその高みにたどり着き、技術も精神も充実したところで、身体だけがついていけなくなってしまう……その悲しみなのか怒りなのかは、ダンサー本人にしかわからないものだと思います。諦めるのか、抗うのか。私たちには想像のしようもない葛藤があるのでしょう。でも、人生のほとんどを費やしてやっと手に入れたものを、あっという間に手放さなくてはいけなくなる。その凄まじさと、本当に終わりが来る前にもうひと花咲かせたいと思う、その気持ちにたいそう心惹かれました。全盛期の華々しさも素敵だけれど、技術と精神の円熟に身体だけが取り残されそうになる、そのギリギリの攻防が放つ輝きも美しく、とても魅力的だと。
プレミアムドラマ「カンパニー〜逆転のスワン〜」より高野悠(宮尾俊太郎)
- それはバレエの本当に切なくて感動的なところで、小説のなかでも、誇り高きスターダンサーの高野が「踊るのをやめたら、どうなるんだろう。踊れない自分に価値はあるんだろうか。それをよく考えます」と気持ちを吐露するところが、個人的にとても好きでした。そうしたダンサーの葛藤や孤独といった胸の内については、実際に誰かに取材をなさったのでしょうか?
- 伊吹 そうですね、バレエ団やダンサーにご協力を賜った部分もありますし、雑誌等に載っているインタビュー記事をこれまでたくさん読んできて、自分の心の中に降り積もったものもヒントになっています。インタビュー記事というのは主にオフィシャルな話をしているものであり、必ずしも彼らが本心を話しているわけではないとは思います。それでも時々チカチカッと火花のように本音が出ている一瞬があって、そういうものを読むとドキドキしますね(笑)。
私、とくにファルフ・ルジマートフさんが好きなのですが、ルジマートフ自身ではなく、彼のことを身近で見続けていた人のインタビューを読んだことがあるんです。ルジマートフは物凄く練習魔だったと。ちょっと立ち話をしている間もつま先でボトルを転がしてトレーニングをしていたり、時間割を見て休憩時間に入っているスタジオを見つけると、すぐにそこへ行って自主練習をしたりしていたそうです。みんなルジマートフのことを素晴らしいダンサーだ、セクシーだというけれど、彼は最初からそうだったわけではない。誰よりも練習して、練習し続けて、彼は彼になったのですーーそう書いてありました。
だけど、そんなルジマートフですら、いつかは引退しなくてはいけないわけです。そこまで努力し尽くして、すべてを捧げ尽くして頂上を獲った人が、キャリアを終えなくてはいけない時。それでももう少し身体をケアしたら踊れるかもしれない、自分にはまだ踊りたいものがある。その最後の炎みたいなものが、高野という人物の中には入っています。
- なるほど、高野は誰か特定のひとりをモデルにしているというよりも、これまで先生の心に触れたいろんなダンサーの要素が入って像を結んだ人物なのですね。
- 伊吹 その通りです。私が観て、感じてきたことがかたちになった存在です。
「レッスン、パッション、カンパニー」
- 小説のなかでも印象的な言葉として出てくる「努力、情熱、仲間=レッスン、パッション、カンパニー」という3つの言葉は、ドラマのなかでもキーワードになっていますね。伊吹先生がバレエの大切な要素としてこの3つを設定したのはなぜでしょうか?
- 伊吹 その言葉は由衣から来ていまして。由衣は元々バレーボールの選手だったのですが、その指導者はきっと熱血漢で、そういうことを言いそうだな……と思って浮かんだ言葉です。「努力」はそのまま訳すと“Effort”になるのだと思いますが、バレエにおける努力って、毎朝積み重ねるバー・レッスンではないかと。また「仲間」は英訳すると“Company”で、これは「会社」という意味でもあるし「バレエ団」という意味でもあるところがおもしろいなと思って、最初から使いたいという思いがありました。努力、情熱、仲間。こういうものって、子どもの頃は無条件に信頼できるけれど、大人になると世の中そんなに単純ではないとわかってくる。それでもこの3つの言葉を信じて頑張り続けようとする由衣に対して、高野はきっと反論するだろうな……とぼんやり思ったのが、これらをキーワードにしたきっかけです。
プレミアムドラマ「カンパニー〜逆転のスワン〜」より高野悠(宮尾俊太郎)
- まさにその高野役・宮尾俊太郎さんにインタビューした際、「バレエは努力でどうにかなるほど甘くはないし、基本は個人プレーの世界。だから最初は腑に落ちなかったけれど、いまはとてもしっくりきている」というお話をされていました。
- 伊吹 素敵なことをおっしゃってくださったんですね。嬉しいです。取材でダンサーのみなさんのお稽古を見学させていただいたり、私自身少しだけですが大人バレエを習っていた時に、先生方の姿やお手本を目の当たりにしたりして、小さい頃からずっとレッスンを積み重ねてきた人たちの重みというものをひしひしと感じました。そういう体験の中から湧き出てきた言葉でもあります。
- やはり伊吹先生はバレエ経験者なのですね! 踊る時の身体感覚など、何らかの経験がなければ書けないような描写が随所に出てくるので、きっとそうだろうと思っていました。
- 伊吹 本当に少しなのですが……30代の頃に8年間ほど習っていました。でも私は“野良生徒”で、1ヵ月に1回行ったり3回行ったり、かと思えば2ヵ月間まったく行かなかったりと、ふらふらしていました。ただ、先生が私たち生徒の目の前で美しいお手本をやってみせてくださるのがひたすら嬉しくて、見ているだけで幸せな8年間でした。
- そうすると、伊吹先生はバレエを「習う」よりも「観る」ほうが先だったわけですね。
- 伊吹 圧倒的に「観る」が先です(笑)。
- バレエを鑑賞するようになったのはいつ、どのようなきっかけだったのでしょうか?
- 伊吹 もともとバレエ的な世界が好きだなあとは思っていたのですが、無性に好きになったのは大人になってからです。とくにパリ・オペラ座が。私は『ベルサイユのばら』という漫画が大好きで、そのなかに、マリー・アントワネットがオペラ座の仮面舞踏会に行くシーンがあったんですね。それを思い出して、30代の初めくらいにパリへ旅行しました。マリー・アントワネットがお忍びで訪れた場所も見たいし、バレエも鑑賞したいし……ということで、オペラ座のガルニエ宮に行ったんです。そうしたら、まず建物のあまりの素敵さに涙が出て。そして幕間にはシャンパングラスを持ってバルコニーに出て、「これがアントワネットの……」と感涙にむせんでおりましたら、オペラ座から正面に見えるルーブル美術館に向かって、街灯がパパパパパパ……と点灯したんです。さらにオペラ座の隣に立つホテルをふと見上げると、白いバスローブを着た美しいご婦人が、その光景にシャンパングラスを掲げて「フランス万歳!」的なことを言ってまして。夕暮れ時の薄紫の空とそのドラマティックな光景に大感激したあと、豪華絢爛な劇場でバレエの続きを観て。もう本当に夢見心地で、世の中にはこんな世界があるんだと。それ以来一気にはまりました。
「ヨーロッパの劇場にバレエやオペラを観に行くようになってから、劇場ごとに買い集めたオペラグラス。パリ・オペラ座のものはなかなかハイテクで実用性が高いのですが、ロゴもしっかり入っているところにファン心をくすぐられます」(伊吹先生)©︎Ballet Channel
- 劇場で鑑賞する以外に、DVD等の映像や動画もご覧になりますか?
- 伊吹 バレエのDVDは本当によく観ます。演目で好きなのはやはり『ラ・バヤデール』ですね。あの作品は音楽も好きなんです。ああ、そういえば、「カンパニー」を書いている間はポリーナ・セミオノワさんの動画をずっと見ていました。「demo」という曲のPV動画。私は執筆に入る前に、音楽を聴いたり動画を見たりして、作品の世界に入るんです。ちょうど、テレビドラマの主題歌みたいなものでしょうか。「カンパニー」執筆中はそれがポリーナさんのダンス動画で、もしも男性ダンサーが、この音楽で、この振付を、ポリーナさんのように伸びやかな動きで踊ったらどうなるかーーそれを脳内で考えて生まれたのが、私のなかの高野悠像です。ポリーナさんが腕を大きく広げていく時……その背中が、まるで翼が生えているかのように美しいんですよ。これを高野ならどう踊るか? と想像しては、うっとりしていました(笑)。私にとってはこの動画が「カンパニー」のすべてを支えてくれたと言っても過言ではありません。
言葉のないバレエを、言葉で描く
- 先ほど先生がおっしゃった通り「バレエは言葉を介さない芸術」ですが、そのバレエを言葉にしていく際に先生が意識していらっしゃることはありますか?
- 伊吹 スポーツもそうなのですが、動きを言葉で描写するって物凄く難しいことです。具体的に言うと、「何々のようだ」と“比喩”を使うしかないんですね。例えばこの小説の中にみんなで一斉にグラン・フェッテをするシーンがあって、そこには花にちなんだ比喩を用いています。でも、単に比喩だけで終わるのではなくて、 それを見て“どう感じたか”も織り込むようにする。その光景を見て、何かよくわからないけれども泣けてくるとか、それを見て“どう心が動いたか”ということも、なるべく書いていきたいというのが、私が意識していることです。
ただ、その「心がどう動くか」を描写することじたいも、とても難しいわけです。ですからこの作品を書く時にもすごく悩みましたし、いまだに解決方法は見出せていません。あまりそこに感情移入しすぎて書きすぎてしまっても、逆に全体のなかで悪目立ちしてしまって良くありませんし。だから今のところは、鮮烈に印象に残る比喩をパン! と入れて、そこで感情がどう動いたかをスッと入れる。そうした表現を心がけています。
- バレエをいかに言葉で表現するかは本当に難しくて、私もつい同じような言葉ばかりを使ってしまいがちなのですが、「カンパニー」を読んだ時、「小説家の先生が書かれると、バレエの動きはこれだけ豊かに表現できるのか!」と思いました。
- 伊吹 ありがとうございます。それは何より嬉しいです(笑)。
- もうひとつ、興味深く思ったことがあります。この小説は新解釈・敷島瑞穂版『白鳥の湖』を成功に導くまでの青柳たちの奮闘を描いていて、きっとその本番の舞台が物語のクライマックスになるのだ……と思って読み進めていたのですが、実際にはその“表舞台”のことはあまり描かれず、“舞台裏”での出来事がハイライトになっていました。物語をそのようにしたのはなぜでしょうか?
- 伊吹 まず、バレエの舞台じたいは描写しにくい、ということがあります。「第3幕、スペインの踊りにさしかかると……」と書かれても、読者にとってはあまりおもしろくない。でも、その華やかな舞台の裏で何が行われているかということには、みなさん絶対に興味があると思うんです。
じつはこの小説を書くための取材として、NBAバレエ団さんの本番を舞台裏でずっと見せていただいたんです。作品は『ドラキュラ』だったのですが、これが本当に参考になりました。幕が閉まっている間、客席の私たちはみんな、これから何が起こるのだろうとワクワクしていますよね。そして幕の向こう側では、ダンサーたちが円陣を組んで気合を入れたりしているのだろう……と私自身はイメージしていました。でも、実際はぜんぜん違っていました。ダンサーたちはむしろ淡々としていて、おのおの身体をほぐしたり集中したりしている。そして舞台監督の「はい、じゃあ緞帳上がりまーす」みたいなひと言で、スルスルスルスル……と幕が上がってスタートするんです。「あれ?こんな感じなの?!」と意外に思いました。また公演が始まってからの様子も、すごく興味深くて。舞台で華やかに踊っていたダンサーたちが、踊り終わると次々と袖に入ってきますよね。そしてハアハアハアハアと物凄く荒い息をしていたかと思うと、それをピタッと止めてフッ!と大きくひとつ息を吐き、何事もなかったかのように涼しげな表情で再び舞台へと出ていく。あるいはすくっと立ち上がって、スーッと楽屋に戻っていく。私はもっと、舞台袖では汗を拭いたりハグしあったり、何かドラマがあるのかと思っていたんです。でも実際には、まるで飛行機が着陸して、シューッと格納庫へ戻っていくみたいだと感じました。とても感慨深かったですし、青柳が見ているのもそうした舞台裏の光景ですから、私はそちらを書かなくてはと思いました。
プレミアムドラマ「カンパニー〜逆転のスワン〜」より水上那由多(古川雄大)
- この物語の中では、バレエという芸術をビジネスとして成立させることの難しさや、そのための努力や工夫についても描かれています。「バレエとビジネス」という問題について、作品の中で書かれたこと以外にも、何か思うところやアイディアなどがあれば聞かせてください。
- 伊吹 繰り返しになりますが、バレエダンサーたちが報われてほしいと思います。毎日レッスンをして、あれほどまでに素晴らしい体の動き、踊りができるのに、その人たちが生活できないというのは本当に残念で心が痛むことです。ならばどうすればいいのか。それは私を含めて誰の中にも答えがないからこそ、この現状なのだと思います。ただ、ひとつだけ思うのは、日本には「バレンタインデー」や「ハロウィン」のように、商業的意図から発生して、いまやすっかり定着したカルチャーがありますよね。それと同じように、例えば「クリスマスになったら『くるみ割り人形』を観るものだ」という風に仕掛けていくことができたら面白いのではないでしょうか。
- 最後の質問です。バレエの中で、たまらなく好きな動き・ステップはありますか?
- 伊吹 たくさんありすぎて、どうしましょう(笑)。美しいポジションで立っているだけでも好きですし、バー・レッスンのプレパレーションの動きも好き。アラベスクのポーズももちろん好きです。でも、あえてひとつ挙げるなら、アロンジェの動きでしょうか。腕を大きく、遠く、伸びやかに広げていくあの動きを見るたびに、「腕とは翼だったのか」と思うんです。
プレミアムドラマ「カンパニー〜逆転のスワン〜」より有明紗良(小林美奈)
- 「カンパニー」
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伊吹有喜/著 880円(税込) 新潮文庫
- 伊吹有喜 Yuki Ibuki
- 三重県生れ。2008(平成20)年、『風待ちのひと』(「夏の終わりのトラヴィアータ」改題)でポプラ社小説大賞・特別賞を受賞してデビュー。ほかの作品に『四十九日のレシピ』『ミッドナイト・バス』『今はちょっと、ついてないだけ』『彼方の友へ』『雲を紡ぐ』『犬がいた季節』、また「なでし子物語」「BAR追分」シリーズなどがある。『カンパニー』は2018年に宝塚歌劇団(月組)でも舞台化されている。
放送予定
プレミアムドラマ「カンパニー〜逆転のスワン〜」
第7回 2021年2月21日(日)
最終回 2月28日(日)
よる10時 【BSプレミアム・BS4K】
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