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【第19回】ウィーンのバレエピアニスト 〜滝澤志野の音楽日記〜再びのロックダウン、そして…

滝澤 志野

ウィーン国立バレエ専属ピアニストとして、バレエダンサーを音楽の力で支えている滝澤志野さん。
彼女は日々の稽古場で、どんな思いを込め、どんな音楽を奏でているのでしょうか。

“バレエピアニスト”というプロフェッショナルから見たヨーロッパのバレエやダンサーの“いま”について、志野さん自身の言葉で綴っていただく月1連載。
日記の最後には、志野さんがバレエ団で弾いている曲の中から“今月の1曲”を選び、バレエチャンネルをご覧のみなさんのためだけに演奏した動画も掲載します。

美しいピアノの音色とともに、ぜひお楽しみください。

迫りくる不安のなかで

明けない夜はないと言いますが、闇のなかを手探りで歩いているような、そんな時を、いま過ごしています。
不幸のどん底というわけではないけれど、もやが立ち込めていて一寸先が見えず不安に苛まれる。そんな感じでしょうか。

夏には落ち着いていたコロナ感染が欧州で再び猛威を振るいだしたのが、10月初旬。春の第1波では早々にロックダウンをして悪い数値を出さずに済み、欧州におけるコロナ禍対策の模範モデルと言われたオーストリアでしたが、今回は違いました。新規感染者の数が急増し、近隣諸国に次々と国境を閉められていったのです。

晩秋の王宮庭園

その頃、私たちは『ジュエルズ』と「オランダの巨匠達」公演をしていて、週1回だったPCR検査が2回に増えました。感染してしまうと出演ができず、私が弾いていた『アダージョ・ハンマークラヴィーア』上演の危機に陥るので、毎日ウイルスに怯えながら過ごしていました。

そんな思いを抱えていたところ、ドイツ、フランスに倣い、オーストリアでもソフトロックダウンが発表されます。カフェ・レストランの休業と夜20時以降の外出禁止令。劇場公演・コンサートなどのイベントも一切禁止です。施行されるのは11月2日深夜から。私たちの『ジュエルズ』公演は11月1日に最終公演を終え、無事に一人の感染者も出さずに、全公演のりきったと安堵していました。その時は……。

『ダイヤモンド』初日組。オルガ・エシナと木本全優

事件が起こったのは11月2日。ロックダウン前日のことでした。

その朝、いつものように検査を終え、リハーサルが始まろうとしていた矢先、監督からの放送が流れました。「今朝の検査で数名の感染が発見されました。リハーサルはすべて中止。全員直ちに帰宅してください。24時間は家から出ないで指示を待ってください」と。誰にとっても人ごとではないはずで、自宅に直帰しました。直ちに濃厚接触者がK1というグループに指定され、一定期間の隔離が命じられました。私はK1のグループには入っていなかったので、とりあえず今後の指示を待ちます。でも正直に言うと、オーストリアの感染状況から言って、いままで密に働いているバレエ団で一人も感染者を出さずに10月の数多の公演を乗り切ってきたことが奇跡のように思えていました。もし自分がいちばんに感染してしまったら。プロダクションを中止にしてしまうこと、誰かに感染させてしまうこと、その社会的責任がかなりのストレスになっていたところでした。週に一度PCR検査を受けている人としか会う気になれなくて。7月まで感染者がゼロだった岩手県の方々と同じような気持ちを抱えていたかもしれません。なので、いちばんに感染してしまった同僚をとても気の毒に思いました……。

ウィルスに最大の効果があると言われるFFP2マスク。劇場ではこれをつけなければいけません

そして、その夜、最悪な事態が起こりました。夜8時頃、ウィーン旧市街中心地で銃撃事件が起こっているとのニュースが流れてきました。前述したように、その夜はロックダウン前夜だったので、最後の晩餐を味わおうと多くの方が食事に出かけているというタイミングでした。

私は自宅にいて、ウィーン警察と国営放送の情報をずっと追っていました。バレエ団全員24時間自宅待機を命ぜられていたのは不幸中の幸いでした。もしかしたら命拾いした人もいるかもしれません。複数犯の可能性があるため、旧市街のレストランにいた友人も、今日が最終公演だったオペラ座の同僚たちも建物の外には出られず閉じ込められていました。犯人は通報の9分後に射殺され、単独犯の可能性が高いということで、日付が変わる頃に警戒態勢のなか、友人たちは無事帰宅できたそうです。その夜は恐怖の気持ちが続き、事件発生時からずっと窓から離れたところで、灯りを消して過ごしていました。犯人はテロ組織と関わりがあるとのことで、ずっと平和で安全だったウィーンで、4人の市民が犠牲になった近年初のテロ事件に、やり場のない怒りと悲しみが湧いてきました。

現場からほど近いシュテファン大聖堂

翌日はウィーンに外出制限が敷かれ、引き続き警戒態勢が取られていました。翌々日から日常生活に戻ったウィーンでしたが、依然テロのショックは大きく悲しみは癒えていませんし、その日からはまた新たに感染の恐怖に向き合うこととなりました。多くの団員がK1に指定されるなか、残された者は毎日検査を受けることになり、安全を保証されているメンバーだけでリハーサルを続けることになったのです。この第2波は春よりも感染力が強いのでしょうか。日々、劇場にくる人が減ってゆき、劇場に着いたら即解散ということもありました。

先週、新聞とテレビでバレエ団の感染状況が報道されました。監督も新聞で「感染は一気に起きたわけではない(クラスターではない)こと、毎日検査して12月のプレミエ公演の準備を進めること」を説明していました。身近な人たちが感染しているのだから、今日こそ感染しているのではないか、との恐怖に苛まれます。毎日検査してるから安心とも言えるけれど、だからと言って検査は感染の予防になるものではないし、恐怖とプレッシャーに毎日さらされます。基本的に感染者の名前は伏せられるので、気軽に同僚たちに連絡して団の状況を語り合うこともできません。もしかしたら相手が感染しているかもしれないからです。

仕事ができるのは幸福なことに違いないのですが、やはりそれは健康あってこそ。心身の健康はすべての基盤であるとあらためて感じました。私はいまのところ健康だけど、この状況に心が病んでいく感じが否めず、エネルギーを奪われている気がします。(しばらくは、私が担当する少人数のリハーサルだけ行われることになり、多くの人は自宅待機の時間が設けられました)

そんな中、11月9日には私の誕生日があり、今年はすべてを諦めていたけれど、夕方に友人がお祝いしにきてくれました。親しい人も嬉しい電話をくれたこの日は束の間の幸せな時でした。

友人が届けてくれた美しいブーケ

同僚が作ってくれたケーキ

さて、私が今、バレエ団で担当しているのは、ハンス・ファン・マーネン振付『LIVE』という作品。これは全編リストのピアノ曲で構成されており、予定では12月4日のプレミエ公演で演奏することになっています。このプレミエは無観客で上演され、テレビ(ORF)及びインターネットでも中継されることになっています。同時上演の『4』(マーラー交響曲4番)はシュレプファー監督の世界初演作品、そしてウィーンデビューを飾るもので、注目されています。

『LIVE』の稽古でも、ピアニストとして悩みも抱えていて……。でもきっと「いまを乗り切る」という時なのでしょうね。日々粛々と自分のことに集中して、新たな季節を待ちたいと思います。いままでと同じようにはいかないということは、新たな局面を迎えるチャンスでもあるから。いま、できることを一生懸命する。こういう時はシンプルなことに立ち返ることとしましょう。

追記

オーストリアの感染状況は現在欧州で最悪の数値を出していて、11月17日より、全日外出制限の厳しいロックダウンが敷かれています。私たちは許可証を携帯して出勤しています。

みんなが健やかな気持ちで安心して暮らせる世の中が早く戻ってきますように。みなさまもどうぞご自愛くださいね。

ハードロックダウン前日。夕焼けが綺麗だったので久々にオペラ座の屋根に登りました

今月の1曲

やるせない気持ちを抱えながら、幾度となくこの曲を弾いていました。
フォーレの『レクイエム』より「ピエイエス」。心が鎮まっていくのを感じます。祈りを込めて。

2020年11月20日 滝澤志野

★次回更新は2020年12月20日(日)の予定です

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この記事を書いた人 このライターの記事一覧

大阪府出身。桐朋学園大学短期大学部ピアノ専攻卒業、同学部専攻科修了。2004年より新国立劇場バレエ団のピアニスト。2011年よりウィーン国立バレエ専属ピアニストに就任。 レッスンCD「Dramatic Music for Ballet Class」Vol.1、2をリリース(共に新書館)。国内のバレエショップを中心にベストセラーとなっている。

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