米沢唯(キトリ)、速水渉悟(バジル) 撮影:鹿摩隆司
文:新藤弘子
吉田都を舞踊部門の新芸術監督に迎えた新国立劇場で、2020/2021シーズンがいよいよ幕を開けた。演目は、明るく楽しい作品として人気の高い『ドン・キホーテ』。新国立劇場バレエ団が上演するアレクセイ・ファジェーチェフ改訂振付版は、プティパ/ゴルスキー振付の味わいを残すオーソドックスなヴァージョンとして知られる。新型コロナ感染対策による客席数の制限も解除され、オペラパレスのロビーは生の舞台を心待ちにしていた観客の熱気であふれた。
冨田実里が指揮する東京フィルハーモニー交響楽団の演奏で幕が上がると、場内はみるみるスペインの空気に満たされる。騎士物語に憧れるドン・キホーテとサンチョ・パンサの旅立ちに続く港町バルセロナの広場では、明るい陽光の下、宿屋の看板娘キトリと床屋の若者バジルが、仲間たちに囲まれて恋のさや当てを繰り広げている。
10月31日のソワレで主役を務めたのは、テクニック・表現力ともに充実の極みにあるプリンシパル、米沢唯。登場した瞬間に舞台が明るくなるようで、客席から自然に拍手がわく。しなやかでスピーディな動きと、まるでセリフが聞こえてくるように表情豊かな身のこなし。ちょっと勝気で可愛らしいキトリが、生き生きと舞台で呼吸を始める。
米沢唯(キトリ) 撮影:鹿摩隆司
そして、こちらも拍手で迎えられたのが、バジル役の速水涉悟だ。今年1月の「ニューイヤー・バレエ」などで目覚ましい踊りを見せ、バレエ・ファンの注目を集めるようになった期待の若手は、今回が初の全幕主役。きれいな娘たちに目移りしてキトリにやきもちを妬かせたり、宿屋の主人ロレンツォに花婿として認めてもらおうとあの手この手を尽くす演技が、観客の笑いを誘う。さらに目を見張るのは、鍛えられたバネのような身体から繰り出される跳躍や回転だ。床からふわっと浮き上がるようなジュテの高さ、軸のぶれない回転の速度や着地の精度など、一つひとつの技が、大きな将来性を感じさせる。
速水渉悟(バジル) 撮影:鹿摩隆司
長身の貝川鐵夫が気高くも飄々としたドン・キホーテを演じ、福田圭吾のサンチョ・パンサとともに、原作の挿絵から抜け出たような姿で作品を支えた。キトリに結婚を申し込むガマーシュを奥村康祐、街の踊り子を柴山紗帆ら、他の日には主役を踊るダンサーたちが脇を固める贅沢な配役。木下嘉人が踊るエスパーダをはじめとする颯爽とした闘牛士たちの踊りや、躍動感たっぷりのジプシーたちの踊りなども見事な出来栄えで、新国立劇場バレエ団らしい音楽性や同調性が遺憾なく発揮されていたといっていい。風車に飛ばされて気を失ったドン・キホーテの夢の場面では、キューピッドや森の妖精たちが可憐な踊りを繰り広げる中、ドン・キホーテの理想の姫ドゥルシネアに扮した米沢が、森の女王役の木村優里とともに、しっとりと気品のある踊りを披露する。賑やかなコメディを思わせるそれまでとは打って変わった優美な世界に、しばし陶然とする思いで見入った。
柴山紗帆(街の踊り子)、木下嘉人(エスパーダ) 撮影:鹿摩隆司
木村優里(森の女王)、貝川鐵夫(ドン・キホーテ) 撮影:鹿摩隆司
公爵の館で開かれるキトリとバジルの結婚式で、物語は大団円を迎える。ボレロやファンダンゴなど、スペイン色あふれる踊りに続くグラン・パ・ド・ドゥで、米沢の踊りが再び冴え渡る。ポアントでのバランスは少しも揺るがず、ソロは細部まで磨き上げた宝石のような完成度。速水のサポートも幕を重ねるごとに安定を増し、ダイナミックな跳躍や回転も見応え十分。扇を手にした米沢がシングルとダブルを織り交ぜたグラン・フェッテを寸分の揺らぎもなく決めてみせれば、速水も胸のすくような連続のピルエットで応える。音楽とともに盛り上がる、息の合った踊りと技の応酬に、観客の興奮は増すばかりだ。
米沢唯(キトリ)、速水渉悟(バジル) 撮影:鹿摩隆司
カーテン・コールでは多くの人が立ち上がって拍手を贈り、暖かい雰囲気に包まれた。出演者全体が演奏と一つになった躍動感のある舞台。ダンサーたちの充実した表情に、早くも次の公演が待ち遠しくなった。
(2020年10月31日 18時30分 新国立劇場オペラパレス)
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※2020年11月20日追記:
配信期間が延長され、2021年1月15日まで視聴が可能になりました
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