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【レポート】新国立劇場バレエ団 吉田都舞踊芸術監督 2020/2021シーズン開幕直前会見

阿部さや子 Sayako ABE

動画撮影・編集:バレエチャンネル編集部

吉田都舞踊芸術監督が就任して最初のシーズンが、いよいよ始まった。
2020/2021シーズンのオープニングを飾る演目は『ドン・キホーテ』。本日2020年10月23日(金)に幕が上がる。

開幕直前の2020年10月22日(木)、新国立劇場オペラパレス ホワイエにて、吉田監督によるシーズン開幕直前会見が行われた。

吉田都舞踊芸術監督 ©︎Ballet Channel

会見では、『ドン・キホーテ』という作品の魅力や上演にいたるまでのプロセス、また今シーズンに予定されていたラインナップの一部変更等について、吉田監督自身の言葉で説明がなされた。
その内容を以下にくわしくレポートする。

会見写真撮影:Ballet Channel

吉田都舞踊芸術監督シーズン開幕直前会見

就任あいさつ/『ドン・キホーテ』やリハーサルについて

新型コロナの影響で全く舞台公演ができないという厳しい時間を経て、いよいよ明日から、吉田都新監督のシーズンが開幕することになりました。就任のご挨拶と併せて、いまの心境をお聞かせください。
吉田 本当にいよいよスタートするんだな、という気持ちです。9月からダンサーたちと一緒にリハーサルを始めまして感じていることは、歴代の芸術監督への感謝の気持ちなんですよね。このバレエ団を、20何年かけてここまで作り上げてくださったんだなということを、いまとても実感しています。
このシーズンのオープニングは、当初ピーター・ライト版『白鳥の湖』を新制作で上演することになっていました。しかし新型コロナの影響で上演中止に。そうした中でこの『ドン・キホーテ』を開幕作品に選んだ思いとは?
吉田 『白鳥の湖』を断念しなくてはならなかったのは本当に残念だったのですが、でもいま思えばこの明るく華やかな『ドン・キホーテ』は開幕にふさわしい作品だなとつくづく感じております。何よりも私が感じたのは、これは大原前監督の思いのこもったキャスティングだったんですよね。日替わりで、ゲストも呼ばず、このバレエ団の中のダンサーたちで、これだけのキャストを。初役デビューのダンサーも2名いますし。大原監督が、最後にこのダンサーたちの、この舞台を見たいということでお選びになった、その思いを引き継いでいるという気持ちです。
ですからキャスティングもそのまま引き継がれたわけですね。
吉田 はい、大原前監督のキャスティングのまま、あえて何も変えずに上演します。

デビューの方2人を含む、6組の主演キャストが代わるがわる登場しますね。
吉田 そうなんです。だからリハーサルがもう本当に大変でして……。通し稽古となっても、もちろんデビューの人たちも稽古が必要なのですが、久しぶりの舞台ですから他のキャストもみんな公平にリハーサルできるようにしなくてはいけませんので。
このロシアのファジェーチェフ演出『ドン・キホーテ』は、吉田監督ご自身も1999年3月、新国立劇場バレエ団初演の際に、主役のキトリのファースト・キャストとして客演されましたね。
吉田 そうですね、ずいぶんさかのぼりますけれども。
20年くらい前ですが、思い出はありますか。
吉田 当時はイギリスに住んでいましたので、本当に短いリハーサル期間で、わりとハードスケジュールだったな、という記憶があります。でも今回、この米沢さんが着ている衣裳は、私がその時に着た衣裳なんですよ
当時のもの、そのままですか?
吉田 ええ、私がその時に着ていた衣裳をいま米沢さんが着ていると聞いて、驚きました。そういう形で受け継がれるんですね。英国ロイヤル・バレエ時代も、衣裳についた名前のタグを見ては「ああ、あのバレリーナが実際にこれを着てこの舞台に立っていたんだ」と、すごく嬉しかった記憶があります。
ロイヤル・バレエ団の大先輩の衣裳を着て踊る喜び、というのがあるんですね。
吉田 そうですね。長く上演している作品では、そういうこともあります。

そうして考えると、この新国立劇場の歴史も背負っての『ドン・キホーテ』ということになりますね。
吉田 そうですね、本当に。それだけの時間が経って、再演を重ねてというところですから、リハーサルではダンサーたちもすごく反応が良くて。みんなが変化していく様子も見えましたし、私もとても楽しかったです。でもそれは長年の準備期間というか、積み重ねてきたものがあったからこそ。バレエ団がスタートした時の初代芸術監督・島田廣先生から始まって、本当に時間をかけてここまでバレエ団を育ててくださって。私はお料理でいうと最後の味付け、ちょっと彩りを添えるだけ、みたいなところ。一番良いところのお仕事をさせていただいちゃうのかしら、みたいな感じですけれども(笑)、本当にありがたいなという気持ちでいっぱいですね。
その歴史の上に、世界の第一線で活躍した都さんが、どんなスパイスを加えるのかが楽しみですね。
吉田 それを見ていただけたら嬉しいですけれども。
『ドン・キホーテ』の見どころは?
吉田 ファジェーチェフ版はとてもオーソドックスな演出で、見れば見るほど本当に無駄なく、わかりやすく、そしてロシア・バレエの素敵な伝統を受け継ぐものがすべて入っているな、という気がします。
クラシックの粋を集めた、ということですね。
吉田 そうですね。素晴らしい演出・振付の作品となっています。

会見後に行われた公開ゲネプロより。柴山紗帆(キトリ)、中家正博(バジル) 撮影:鹿摩隆司

このコロナ禍のなかで、まったく稽古ができない時期もあったと伺っています。ダンサーのみなさんにとっては体のメンテナンスなどもとても大事で、ご苦労もおありだったと思いますが、どんな風に体のメンテナンスや稽古、リハーサルを重ねてきたのでしょうか。
吉田 自粛期間中は、ダンサーたちには本当に厳しい時間だったと思いますけれども、それでも稽古を欠かさず、このシーズンが始まってからもずっと毎日マスクをして、検温やスタジオの消毒も欠かさず行って。新しいことに対応していかなくてはならないことがたくさんあったのですが、本当にみんな一緒に頑張ってくれました。それでやっとここまでたどり着いたという感じですね。
今回、これは初めての試みですが、NHK「チコちゃんといっしょに課外授業 製作委員会」との共催で、新国立劇場の史上初となる有料のオンライン配信も行っています。今回オンラインでの配信を決めたのは、どのような思いからですか?
吉田 そういう機会を与えていただけたというのは、やはりコロナ禍で劇場が大変なことになっているのをサポートをしてくださる気持ちもあったと思います。バレエ団側としても、みなさまに安全にご覧いただけて、全国の方にもお届けできる、初の試みです。ただ、どうなるかはまだ……。本番はこれからですから。
本番の前段階として、本公演の配信を前に、主役おふたりのリハーサル風景もすでに生配信されました。吉田監督がリハーサル室でダンサーたちに稽古をつける、非常に臨場感あふれる様子が伝わってきました。
吉田 バレエ団の主役のリハーサルを見られるという機会は、なかなかないと思いますので。ただ、コロナ禍でそういったチャンスも増えたとは思うんですね。私も、もし見られるならば、他のプリンシパルのリハーサルなどはとても見たいと思うだろうと思います。
普通、人に見せるものではないわけですからね。
吉田 そうですね、本当に準備の裏側ですから。私自身、教える側としても、そういう部分をあまり公開するのはちょっと……と思う部分もあります。でも今回この機会をいただいて、すでにご好評いただいております。今後どういう形になっていくかはわかりませんけれども、喜んでいただけております。

吉田都さんのおふたりに対するアドバイスのなかで、「もっとキャラクター大事にして、ボディランゲージを使って」という言葉が非常に印象に残りました。
吉田 バレエ団全体がそうなのですが、やはり踊りだけではなくて演技とか合間なども含めて、舞台上のすべての瞬間を、その役柄として過ごしてほしい、というのはすごく強く思っています。立ち方、歩き方、それから人と会話の仕方。すべて、その人がどういう役かということによって変わってくるので、そこを重点的に指導しましたけれども。
そうした役作りというものは、吉田監督ご自身も、イギリスで学んで身につけてこられたわけですね。
吉田 はい、私が苦労した部分でもあるのですが、やはりイギリスはとくにそういうところを重点的に気を付けますね。リアリスティックな演技というのは大切なのですが、やはり舞台芸術ですから、それをお客様に伝えなくてはいけません。時にはオーバーすぎるぐらいにやらなくてはいけない部分もあるし、自然に演技しなくてはいけないこともあります。その役柄によっていろいろなんです。

今後のラインナップ〜演目変更について

ここで、この『ドン・キホーテ』以降の作品、今後のラインナップにつきまして、吉田監督からみなさまに発表がございます。
吉田 今回の新型コロナウイルスで『白鳥の湖』も変更になりましたけれども、2021年1月・2月の「ニューイヤー・バレエ」と「吉田都セレクション」も、作品変更を決断いたしました。
再演作品でしたらリモートで振付指導していただくことも可能だったかもしれないのですが、やはり新制作となると、私としてはちゃんと先生に来日していただいて、時間をかけて教えていただきたいという気持ちが強くあります。現在ヨーロッパで再び感染が拡大していて、今後どうなるかわからない不安な状況です。日本側の規制は緩和されてきていても、ヨーロッパは不安定な状況で、このまま時間が経っていくことが私自身は不安でした。そこで、これはもう早めに決断して、進む方向をしっかりと決めようと考えたしだいです。
まず、1月の「ニューイヤー・バレエについて。新制作を予定しておりました『デュオ・コンチェルタント』はキャンセルしまして、代わりに以前「DANCE to the Future」で上演しました貝川鐵夫作品『カンパネラ』、木下嘉人作品『Contact』。バレエ団のダンサーたちの振付作品であるこの2作品をここで上演できることを嬉しく思います。そしてもうひとつ、今年9月2日にお亡くなりになった深川秀夫先生の『ソワレ・ド・バレエ』を上演いたします。私自身は秀夫先生と面識はないのですが、60年代〜70年代という時代に国際バレエコンクールで入賞され、どれだけ日本のバレエ界に勇気と希望を与えてくださったか。そしてその後ヨーロッパに渡り活躍された先駆者でもあります。その追悼の意も込めて、この作品を選ばせていただきました。
(※編集部追記:同時上演の『パキータ』『ペンギン・カフェ』は予定通り上演される)
そして2月の「吉田都セレクション」。こちらも2年がかりで準備をしてきて、思い入れのある演目だったのですが、この状況のなかでは上演が難しく、代わりに『眠れる森の美女』全幕を上演することにいたしました。バレエ団は今年の札幌公演でこの『眠れる森の美女』を上演するのですが、東京での機会はなかったので、ここで上演させていただこうと思います。

※2020/2021シーズンバレエ公演「ニューイヤー・バレエ」「吉田都セレクション」演目変更の詳細はこちら

記者からの質疑応答

記者A 2つ質問があります。1つ目は、いよいよ監督に就任されて、あらためて挑戦していきたいこと、改革したいと思うようになったことがあれば聞かせてください。2点目は、日々ダンサーたちに接するようになってあらためて発見したこのバレエ団の強み、ダンサーたちの素晴らしさを聞かせてください。
吉田 バレエ団に関して、目標は変わらずたくさんあります。まずダンサーを取り巻く環境の改善。これは時間がかかってもあきらめずに進めていきたいという気持ちを強く持っています。踊りに関しては、やっぱり基礎の大切さ。体の使い方や踊り方をもういちど見直して、もっともっとお稽古の段階から研究して、変えていってほしいです。あとは、表現の部分ですね。今回の舞台をみなさまにご覧いただいて、どのくらい変化を感じていただけるかはわからないですけれども、私の中では、最初に見た時からはずいぶんみんな変わってきているなと感じています。でも、もっとできるようになるはずですので、これからどんどんみんなと一緒にやっていきたいと思っています。それからダンサーの強みについてですが、まず歴代の監督の方々が、これだけ新国立劇場バレエ団に合うダンサーをよく選んできてくださったということをあらためて感じています。ダンサーたちは本当によく揃っていて、コール・ド・バレエが美しい。そしてその「揃って美しい」というところからさらに一歩進んでいきたいというのが、いま私が思っているところでもあります。それから、ダンサーたちのレベルは高いです。だから、こちらが言うことにもちゃんと反応して、すぐに改善することができる。そういうところも素晴らしいなと思います。ただし……これは言っていいのかわからないんですけれども(笑)、今回『白鳥の湖』は1年延びてしまいましたが、もし予定通り上演していたとしたら、ダンサーたちのいまの体幹ではあの重たい衣裳を着て踊れなかったかもしれません。だからこれから1年かけて、もう少し体を強化してもらわなくては。そういう課題も感じています。

記者B バレエはどうしても接触を伴うものですが、ダンサーたちのPCR検査や、『ドン・キホーテ』においても演出上の変更、スタジオ数が足りないなかでのリハーサルの工夫など、どのようなコロナ対策を行なったのかという点を教えてください。
吉田 PCR検査に関しては、月1回、スタッフとダンサー全員が受けています。そして消毒については、ダンサーたちが可哀想なのですが、お稽古が終わったらすぐにバーを消毒、そしてリハーサルが終わったあとは床も全部消毒。これをダンサーたち自身が毎日やっております。
リハーサルは、劇場が再開した当初は少人数でのお稽古でしたけれども、いまはマスクをしながら、普段のお稽古に戻っております。そしてファジェーチェフ版の『ドン・キホーテ』も、演出や振付は基本的に変えていません。ただ、やはり密にならないようにということで、第1幕の人数を減らし、キューピッド役の子どもたちは出さないことにしました。ファジェーチェフさんにはリハーサルの映像を撮って見ていただいたのですが、「とても良くリハーサルできている」という嬉しい返信をいただきました。そして「マスクをしてのリハーサルが本当に感動しました。そうやってみんながんばっているのですね」ということを言っていただきました。
スタジオ数については、もしもここにもう少したくさんリハーサルに使える場所があったら、先ほどお伝えした1月・2月の演目についても、いま決断せずギリギリまで予定通りに進める可能性を探れたかもしれません。しかしやはりリハーサルスペースが限られているというところで、この決断に至ったというところもあります。

公演情報

新国立劇場バレエ団『ドン・キホーテ』

会見後の公開ゲネプロには、同バレエ団の賛助会員が招かれていた。吉田監督は開演前にステージ上に登場し、観客にこう語りかけた。「劇場が閉鎖されていた間、たくさんのご寄付と温かいメッセージを本当にありがとうございました。すべてに目を通させていただき、“私たちの舞台をこんなにも待ってくださっている人たちがいる”と思えたことが、大きな支えになりました。ダンサーたちは自粛中、厳しい時間を過ごしました。しかしその時に感じたことや気持ちは、これからの踊りに必ず生かされるはずです」 撮影:鹿摩隆司

日程
2020年10月23日(金)19:00 オペラパレス
2020年10月24日(土)13:30 オペラパレス
2020年10月24日(土)19:00 オペラパレス
2020年10月25日(日)14:00 オペラパレス
2020年10月31日(土)13:00 オペラパレス
2020年10月31日(土)18:30 オペラパレス
2020年11月1日(日)14:00 オペラパレス

予定上演時間:約2時間35分(休憩含む)

会場 新国立劇場オペラパレス
詳細 https://www.nntt.jac.go.jp/ballet/donquixote/
その他 オンライン配信企画あり。詳しくはこちら

 

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