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【動画&写真レポート】開幕!新国立劇場バレエ団「ドン・キホーテ」リハーサル&主役インタビュー

阿部さや子 Sayako ABE

Videographer:Kenji Hirano

2020年10月23日(金)より、いよいよ吉田都新舞踊芸術監督率いる新国立劇場バレエ団の新シーズンがスタートする。

開幕を飾るのは『ドン・キホーテ』。今回は久しぶりのオーケストラ生演奏付き、そして客席もイベント収容率緩和に伴い、「前後左右を空けた50%」ではなくほぼ全席を販売しての上演となる。

この演目は本来ならば大原永子前監督のラストシーズンであった2020年5月に上演されるはずだったものの、新型コロナの影響で公演中止に。
「これは大原前監督の思いのこもったプログラムだった。団内のダンサーたちだけで日替わりキャストを組み、初役デビューのダンサーもいる。前監督が“最後にこのダンサーたちの、この舞台を見たい”と願った、その思いをそのまま引き継ぐかたちで、今回上演することにした」という吉田監督。
その結果、主役を何と6組ものキャストが代わるがわる務めるという、まさにバレエ団の新たな船出にふさわしいオープニングとなった。

バレエチャンネルでは、開幕を間近に控えた10月半ば、リハーサルにいよいよ熱が入る稽古場を取材。
動画と写真、そして主演キャスト3組のインタビューをお楽しみください。

Interviews
【Interview 1】池田理沙子×奥村康祐
【Interview 2】木村優里×渡邊峻郁
【Interview 3】柴山紗帆×中家正博

写真:瀬戸秀美

「ドン・キホーテ」のリハーサル指導にあたる吉田都新舞踊芸術監督

新シーズンの開幕初日(10/23)を飾るのはこのカップル! 米沢唯&井澤駿

米沢唯。澄んだ明るさを感じさせる踊りで、観ているこちらを幸せな気持ちにしてくれる

あまりにも素敵な伊達男、井澤駿。別日にはエスパーダ役も踊るもよう

抜群の華とパートナーシップ、小野絢子&福岡雄大は10/24夜公演と11/1(楽日)に登場!

小野絢子。一つひとつのポーズも、その間をつなぐステップも、どの瞬間も美しい

福岡雄大。パ・ド・ドゥのサポートは力強くて紳士的、そしてソロを踊り始めると爆弾級のど迫力

木村優里&今回がバジル・デビューとなる渡邊峻郁は10/24昼公演に登場する  ★下記インタビューも併せてお楽しみください

「ふたりで組むのはほぼ初めて」という新鮮な組み合わせ、柴山紗帆&中家正博は10/25に出演 ★ふたりのインタビューも間もなく掲載します

いきいきと物語を紡いでいく池田理沙子&奥村康祐の組は10/31昼公演に登場 ★下記インタビューも併せてお楽しみください

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【Interview 1】池田理沙子×奥村康祐

リハーサルの様子を拝見しましたが、本当に楽しそうに踊っていらして、見ていて幸せな気持ちになりました。
奥村 新しいシーズンをこうして何とか無事にスタートできたことに、とても感謝しています。ほんの数ヵ月前までどうなるか本当にわからなかったし、今年いっぱいの公演が全部なくなるんじゃないかという不安になったこともありました。でもそうはならず、こうして一度はなくなってしまった『ドン・キホーテ』を踊ることができて、いまはとても嬉しいです。
公演が次々となくなっていったあの時期は、本当につらかったでしょうね。
池田 私たちは舞台で表現すること、それをお客様にお届けすることを目標に、毎日毎日練習しています。公演がなくなるということは、表現の場を失うということ。それまで当たり前のように舞台に立てて、お客様に観ていただけていたことが、どんなにありがたかったか……あの自粛の期間は、それを実感する機会になりました。
おふたりはバレエ団の中でもパートナーを組むことが多いですね。そのためか、この『ドン・キホーテ』ではバジルが両腕や片腕で高々とキトリをリフトするシーンがたくさん出てきますが、奥村さんと池田さんはスパッ!という感じで、いともたやすくこなしていたように見えました。
池田 バレエには感覚でやらなくてはいけないこともたくさんあるのですが、その感覚が、康祐さんと一緒だととてもつかみやすいんです。瞬時にジャストポイントを見つけられるというか。

奥村 パートナーシップというのは、2人でひとつの造形物を作るということです。喩えて言うなら、違う種類の2本の花をひとつの花瓶にいかにきれいに生けることができるかどうか、ということ。そこが、理沙子さんとはとてもスムーズにできるようになってきたと思います。

おふたりはそれぞれ、どんなキトリ像、バジル像を思い描いて演じていますか?
奥村 物語の舞台であるスペインのバルセロナは海が近くて、空には明るい太陽がある。そんな街に暮らしているバジルも根っから明るくて、みんなを引っ掻き回せるくらいのパワーの持ち主だとイメージしています。ちょっと遊び人ではあるけど男らしい面もあって、たとえばお祭りでは先陣きって「だんじり」に乗るタイプというか(笑)。お金や地位があるわけでもなく、本当に普通の“街の兄(あん)ちゃん”だけど、みんなが思わずついて行きたくなる。そんな魅力を持った人なのかなと思っています。
だんじり! いい喩えですね(笑)。そんな“兄ちゃん”的なバジルが、第3幕のグラン・パ・ド・ドゥでは少し表情が変わるというか、グッと“大人の男”という印象になりますね。
奥村 新国立劇場バレエ団のバージョンでは、あの場面はキトリとバジルが貴族の家で結婚式を挙げている、という設定なんですね。そういうシチュエーションだと普通は緊張して硬くなると思うのですが、バジルはその反対。すごく気持ちが上がって「いいところを見せてやる!」と思えるタイプなんじゃないかなと僕はイメージしています。
池田さんはどのようなキトリ像を?
池田 『ドン・キホーテ』って演技をする部分がとても多いのですが、吉田都芸術監督から「その振付やマイムでキトリが何を言っているのか、セリフを全部書いてみるといいわよ」とアドバイスをいただきました。だからいま、一つひとつ全部ノートに書き出してみているところです。キトリはものすごくパッションがあって、どこにいてもパッと目が引きつけられるような華のある女性。お茶目でいたずらっぽい一面もあるけど、心の中にはずっとバジルがいると思うんですね。そんな一途さや、ドン・キホーテがドルシネア姫と見間違えてしまうような気品みたいなものも根底にはあるのかな……など、いろいろ考えているところです。
セリフを考え、それをノートに書き出していくと、やはり役の見え方が違ってくるものですか?
池田 そうですね。ノートに書くことで、だんだん整理ができてきたように思います。私は新国立劇場バレエ団で『ドン・キホーテ』全幕に出演すること自体が初めてなので、とくに演技の面で、「こうやって、ああやって……」と、つい振りを追うだけになりがちなんです。でも、まずは気持ちがあって、だからその動作に至るのだということ。そこをちゃんと自分の中に落とし込まないと、どうしても不自然に見えてしまうのだというところを、都さんに教えていただいています。

リハーサルを拝見すると、おふたりは本当に自由に、心から楽しんで踊っているように見えるのですが、じつは難しいと感じていることもあるのでしょうか……?
池田 はい、むしろ難しすぎます(笑)。
そうですか! 例えばどんなところが難しいのでしょうか。
池田 まず、体力面はひとつの課題です。キトリは第1幕からずっと全力疾走しているような感じで、そこから酒場の場面があって、ドゥルシネア姫として踊って、最後にグラン・パ・ド・ドゥ。これを踊りきるにはかなりのスタミナが必要で、さらには場面ごとに少しずつテイストを変えなくてはいけないので、本当に難しいですね。

奥村 この作品でのバジル役は第1幕からずっとお芝居の要素が強くて、最後のグラン・パ・ド・ドゥで純粋に踊りの魅力を見せるのですが、そこまではずっとお芝居で物語を引っ張っていくというのが難しいですね。とくに、コメディなので。先ほど理沙子さんが言ったこととも重なりますが、コメディって“自然”に見えないとおもしろくないんです。自分から「ね、おもしろいでしょ?!」って仕掛けていくと、逆にお客様には絶対に笑ってもらえなくて、確実に滑ります(笑)。だから、あくまでも自分は大真面目にやっているだけなのに、端から見ていると何だかおもしろい。そういう空気感を作るのが、本当に難しいですね。

確かに、おもしろさの押し売りみたいになると、観客はしらけてしまいそうです。
池田 そこの塩梅が、すごく難しいです。ハプニングというのはそこで初めて起こるから“ハプニング”なのだし、そのとっさのリアクションがおもしろかったりするのだと思うんですね。でも、私たちはもう何が起こるのかを知っている。なのに毎回、まるでいま初めて起きた出来事であるかのように演じなくてはいけないというのは、やはり難しいですよね。

奥村 しかも、毎日練習してるしね(笑)。

池田 本当に新鮮な気持ちで、毎回真っ白な気持ちで臨まないとダメなんですよね。でも油断するとつい、次の展開に対してすでに構えているような演技になってしまって……。

なるほど。練習すればするほど失われていく新鮮さを、いかに保つか。それを日々練習しているということですね。深い!
奥村 はい。毎回新鮮に見えるように演技の精度を上げていく練習、という感じですね。不思議な言い方ですけど(笑)。
踊りのテクニック面でも難しいところはありますか?
奥村 もちろんです。難しい振付がたくさんありますし、とくに最後のグラン・パ・ド・ドゥでは、バレエとしての美しさを見せなくてはいけないので。
奥村さんはその第3幕グラン・パ・ド・ドゥのヴァリエーションの最後に、見るからに難しそうな、しかもあまり見たことのないような回転技を入れていますよね。
奥村 あれはかつてウラジーミル・ワシーリエフさんがやっていたテクニックです。昔、ワシーリエフさんに直接教わった高岸直樹さんに、僕も教えていただいたことがあったので、せっかくなら入れたいなと思って。

キトリがコーダで見せるグラン・フェッテも、池田さんのはアームスの使い方に工夫があってユニークですね。
池田 私はまだ、いろいろ試してみているところです。フェッテはバレリーナによっていろいろな回り方があるのですが、やはりみなさんがあまり見たことのないような、少しおもしろいものをお見せしたいと思って。もうひとつ私自身が難しいと思うのは、その前のヴァリエーションです。とくに難しいテクニックが入っているわけではなくて、簡単にやろうと思えばできてしまうパばかりなのですが、あの細かい足さばきをいかに繊細に運べるか、というところにあのソロのすごさがあると思うんです。
こちらのバージョンの振付では、細かいパ・ド・ブーレ・クーリュの繰り返しがあったりと、トウシューズを履いて踊るバレリーナならではの素敵なステップがたくさん入っていますね。
池田 そうなんです。素晴らしいロシア人バレリーナの方などを見ると、あのシンプルな振りだけで本当に迫力があるので、それをどうすれば表現できるのかを追求したいなと思っています。
最後に、今回は久しぶりの生オーケストラ付き全幕バレエです。いまの思いを聞かせてください。
奥村 たくさんのお客様が観に来てくださることを、心から感謝しています。誰にとってもつらいことの多い時期ですが、劇場の中ではすべて忘れられるように、僕たちも精一杯踊りたいと思います。

池田 吉田都監督が率いる初めてのシーズンの開幕として、本当にものすごいエネルギーを感じられる作品です。お客様にもぜひ一緒に盛り上がって楽しんでいただけたら嬉しいです!

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【Interview 2】木村優里×渡邊峻郁

今回は本当に久しぶりのオーケストラ生演奏付き全幕バレエですね!
渡邊 これは本当なら昨シーズンに上演するはずで、練習を始めていたところで劇場が閉まり、「中止」になってしまった演目。ですから踊れることになって嬉しいというのはもちろんありますし、いつもの新シーズン開幕とは少し違う、不思議な感覚も抱いています。

木村 5月に初役でキャスティングされていた人や、チャレンジとなる役を任されている人がたくさんいたんですね。中止になってしまって、みんな「すごく踊りたかった」と言っていました。だからこの作品で今シーズンを開幕できることになって、それぞれが挑戦できること、それが本当によかったなと思っています。

キャスティングといえば、今回の『ドン・キホーテ』は主役だけでも全6キャスト。吉田都新芸術監督率いる新体制のお披露目という意味においてもまさにふさわしい華やかさですね。
渡邊 ここまでキャストが多いのは初めてだと思います。いつもは多くても4キャストくらいなので。僕は個人的に、速水渉悟君のバジル・デビューを観るのがとても楽しみです。

木村 えっ? 渡邊さんもバジル・デビューでしょう?(笑)

渡邊 そうだ、僕も新国立劇場でのバジル・デビューでした(笑)。

木村 渡邊さんのバジル、私はすごく楽しみにしているんです。いつも王子系のノーブルな役が多いから、バジルみたいに弾けた役を踊るとどうなるのかなって。

渡邊 海外で踊っていた頃はバジルのようにキャラクター性の強い役も多かったけれど、新国立劇場バレエ団に入ってからはほとんど踊っていない。だからいま本当に久しぶりにやっている感じで、新鮮ではありますね。

6組もあるキトリとバジル、お互いにリハーサルを見あったりはするのですか?
渡邊 結構よく見ていますよ。

木村 同じ役どうし、一緒にリハーサルをすることも多いので。ひと組ごとに、まったく違います! そして他のキャストを見ると、「自分たちにあるもの」と「自分たちにはないもの」の両方を感じることができるんです。私たちの強みとは何なのかを考えたり、気付くことも多くて、勉強になりますね。とくにお芝居の場面などはパートナーどうしで話し合って決められる部分が多いので、いつも渡邊くんとワクワクしながら相談しています。

おふたりはどんなキトリとバジルでありたいと考えていますか?
木村 まさにいま探っている最中です。前回キトリを踊らせていただいた時はまだ入団した翌年くらいで、全幕の主役といえば『くるみ割り人形』の金平糖の精しか踊ったことがありませんでした。全幕を通してストーリーを繋いでいくような主人公を演じるのはキトリ役が初めてで、あの時は本当に右も左もわからない状態でした。でもいまは少しずつ周りの状況も見えるようになってきていますし、どんなキトリだったら街のみんなに愛されるのかな? とか、いろいろ考えています。スペイン女性ならではのプライドの高さを持ち、すごく気が強いけど持ち前の明るさがあって、みんなに「大好き!」と思われている女性。そして1幕、2幕、3幕でそれぞれ違った面を見せていきたいです。

渡邊 『ドン・キホーテ』は周りの人たちと一体になって盛り上げていく部分がすごく多いので、みんなを惹きつけずにはいられないキャラクターの強さ、魅力のある男性でいなくてはいけないと思っています。最初に登場した瞬間から、「彼が来たら何かすごく楽しいことが起こるぞ!」と人々に思わせるような何かが大事だな、と。そしてやはり、恋人キトリとの関係は大切に演じたい。とくに第1幕での恋の駆け引きをはっきり見せることが、その後の物語のおもしろさにつながっていくと思っています。

木村 その駆け引きの演じ方も人によってすごく違いますよね。

渡邊 キトリとバジルの関係性の見え方も、キャストごとにかなり違っている気がする。

木村 それはありますね!

渡邊 例えば他の女性に声をかけているバジルを見たキトリが、余裕の表情で近づいてくるのか、それとも「ちょっと!」と少し怒った感じでくるのか。そういう細かなニュアンスの違いで、同じ役なのにキャストによって関係性が大きく違って見えるのがすごくおもしろい。じゃあ僕たちならではのキトリとバジルとは? って、木村さんと相談しながら「街のふたり」を作っていくプロセスがとても楽しいです。

新国立劇場バレエ団は7月の『竜宮』で国内ではいち早く公演を再開しましたが、その時と違うのは、今回はオーケストラの生演奏付きで、さらに客席の収容人数も50%規制を解いての上演だということですね。久しぶりに満場の観客を迎えられる今回の舞台、いまの思いを聞かせてください。
木村 『竜宮』の時、こんなことを思ったんです。「この状況の中で、お客様は本当に劇場に来てくださるのかな。幕が開いて、目を開けた時、客席に誰もいなかったらどうしよう……」って。でも実際に幕が上がったら、目の前にはたくさんのお客様がいらっしゃった。その光景を見て、本当に感謝の気持ちでいっぱいになりました。そしてその終演後には、小さな女の子からお手紙をいただきました。可愛らしい便箋に、鉛筆書きの文字で、「じしゅくのときは、まいにちがとてもたいくつだったけど、バレエを見て元気をもらえました」と書いてあって。
私たちダンサーというのは、作品や振付がないと踊れないし、音楽や美術なども含めて大勢のスタッフさんに支えられてやっと成立する職業なんだなと、自粛期間中にすごく感じてしまったのですが……こうして公演ができて、小さなお子さんを元気づけることができる……。必要としてくれる方がいらっしゃるのだということが、本当に嬉しかった。だから今回はあらためて、舞台というかたちで、私たちを必要としてくださるみなさんに恩返しができたらと思っています。渡邊 ひとつ、またひとつと公演がなくなっていった時、僕も木村さんと同じことを考えました。劇場が閉まって、スタッフのみなさんもお客様もいなくなったら、僕たちは何もできない。公演をできるということがどれだけありがたくてすごいことなのかを、痛感したんです。
客席を100%稼働させて上演できるとしても、お客様はきっと、劇場までいらっしゃる道のりも含めて感染のリスクをどこかでは気にしながら観に来てくださるのだと思います。でも、それでも来てくださるお客様がいるということが、やはり僕たちにとっては大きな力になるんです。その感謝の気持ちを絶対に大事にして、お客様に「楽しかった、やっぱり来てよかった」と思っていただけるようなパフォーマンスをしたいです。

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【Interview 3】柴山紗帆×中家正博

今回の主役6キャストの中でも、柴山さんと中家さんの組み合わせというのはとても新鮮な印象です。
中家 柴山さんとこうしてしっかりと組ませていただくのはほぼほぼ初めて。ですからみなさんあまり想像がつかない組み合わせかもしれませんね。
リハーサルの様子を拝見しましたが、「ほぼほぼ初めて」とは思えないほど見事なパートナーシップでした。
柴山 中家さんのパートナリングは本当に素晴らしくて、私(わたし)的には安心感しかないという感じです。細かい部分のテクニックみたいなものをいろいろ教えてくださるのも勉強になりますし、私の意見もできる限り取り入れてくださる。「一緒に作品を作っている」という実感がすごくあって、いまとても楽しいです。
どのようなところで「中家さんのパートナリングの素晴らしさ」を感じますか?
柴山 パートナーのことをすごくよく見ていて、私だけでなく誰と踊る時にも相手の個性を汲み取ったサポートをしてくださるところ。そして私の踊りやすいポジションをまず気にかけてくれて、その中で中家さん自身がやりやすいポジションを探り、最終的に両方にとってベストなポイントを見つけてくださるんですね。常に、客席から見たときの美しさを意識したアドバイスをくださるのもありがたいです。

中家 僕はもともと、人を観察するのが好きなんです。「このダンサーはこういう踊り方をする人だな」「もしこの人と踊るとしたら、こういうふうにサポートするのが良さそうだな」と、本人の自己評価と一致するかはわかりませんが、僕なりのそのダンサーのイメージというのは、団員全員に対して持っています。その上で僕自身がパートナリングで最も大切にしているのは、「女性がいちばん踊りやすいようにしてあげたい」ということ。なぜなら舞台に立った時、まず最初にお客様の目に入るのは女性であって、男性はその後ろに立っていることが多いから。

中家さんの“観察”によると、柴山さんはどんなタイプのダンサーですか?
中家 まず、すごく真面目で、ずっと稽古場にいる。そしていつも練習している。

柴山 その方が落ち着くので……。

中家 そしてこれは個人的な好みもあるけれど、僕は、柴山紗帆さんというダンサーのフォルム、ダンサーとしての身体のラインは、バレエの理想形だと思っていて。それは持って生まれたものがどうだということだけではなく、その身体をどう使えば美しいラインを描き出せるかを考えた上で踊っている。だから今回の『ドン・キホーテ』では、その美しさをもっともっと発揮できるようなパートナリングをしたい……という思いは本人にも伝えさせていただきました(笑)。

柴山さんは、中家さんのことをどんなタイプのダンサーだと感じていますか?
柴山 中家さんは、演技の“間(ま)”とかが、やはりすごいなと思います。いろいろな役を踊っていらっしゃいますけれど、一つひとつ「こんなに変われるんだ!」といつも驚かされるんです。

中家 思いついたことをやってるだけなんですけどね(笑)。

柴山 今回はバジルの他にジプシーの頭目役も演じていらっしゃるのですが、周りの人との役柄上の上下関係や立場の違いを、さりげない仕草や視線や絶妙な間合いなどで見事に表現していて。

今回の上演では“六組六様”のキトリとバジルが楽しめますが、柴山さん・中家さんは、それぞれどのような人物像を表現したいと考えていますか?
柴山 キトリはスペインの女性なので、やはり日本人とは違う部分を出していかなくては、と思っています。まさにそこが、私の課題なのですが。そしてスペインなど欧米の方のもつ大人びた雰囲気も出していけたらと。
これはこちらの勝手なイメージなのですが、柴山さん自身は物静かで楚々としていて、性格的にはキトリと対照的、という印象があります。実際のところはどうなのでしょう?
柴山 じつはキトリと近いかもしれないです(笑)。

中家 ほんまに!? 僕は紗帆ちゃんの素顔を全然知らんってことか……こんなにいつも打ち合わせをしているのに(笑)。

柴山 仕事の場面などで人と話す時などは、頭のなかですごく考えて、言葉を選んでから口に出すようにしているのですが、家族とか近しい人の前では、思ったことをはっきりとストレートに言っている気がします。キトリはまさにそういうストレートな女性だと思うので、素顔の時の自分をもっと出していけたらいいのかなと、いま思いました。

中家 うん、多分そうやと思う。キトリは感情をストレートに出す女性で、喜怒哀楽も激しい。だから柴山さんのなかで一瞬沸き起こった感情をバン!と出すだけで、キトリになるんちゃうかな。

柴山 そうですね。私はポジションとか型的なものにこだわりすぎてしまって、感情の部分をちょっと後回しにしてしまうところがあるのかもしれません。舞台に乗っちゃえば、もう1回きりだから「もういいや!」と弾けられたりもするのですが。

中家さんはどのようなバジルを演じたいと思っていますか?
中家 僕は、まずはパートナーがどういう女性かを見た上で、じゃあ自分はこういうバジルでいこう、というふうに考えるんですね。前回の上演でバジルを演じた際は木村優里さんのキトリと組んだのですが、木村さんは実年齢が年下ということもあったので、あの時は「ちょっとわがままで妹的な恋人を引っ張っていく、兄貴的なバジルでいこう」と思いました。でも柴山さんは少し年齢が近いですし、タイプ的にも“妹”というのとは違う。リハーサルの中で柴山さんがどんなキトリを演じたいのかを感じ取りながら、自分のバジルを組み立てていっています。いま何となく考えているのは、キトリと対等な関係性で付き合っているバジルかな、ということ。思ったことをそのままバンバン言い合っているような感じかなと思っています。

柴山 私もそういう感覚です! どちらか一方が慕うような感じではなくて、他の人にふらふらよそ見をしたり、焼きもちを焼いたりするのもお互いさま。どちらも同じくらいの力関係で惹かれ合っている感じだといいのではと思っています。

『ドン・キホーテ』はお芝居的な楽しさと、もちろん踊りの魅力もたっぷり詰まった作品ですが、柴山さんと中家さんはリフトの安定感なども素晴らしくて、聞くところによるとキトリを放り投げるテクニックのところは物凄い迫力なのだとか?!
中家 ああ、第1幕のグラン・パ・ド・シャのところですね。

柴山 自分ではよくわからないのですが、私はすごく高く放り投げられているらしいです(笑)。

中家 僕、結構思いきりリリースしているので。柴山さんの体がかなり高く飛んでいるとは思うけど、そう言ってあまり本番のハードルを上げたくはないですね(笑)。

高く放り上げるコツは?
中家 もちろんふたりの呼吸やタイミングがピタリと合っていることがいちばんです。そして男性の力の強さもあるけれど、女性の空中感覚が大事。僕らが思いっきり投げても上でポーズをキープしておける力がなかったら、崩れちゃうんですよ。柴山さんの場合は、そこで絶対に崩れない力を持っているので、僕も安心して投げることができます。彼女なら大丈夫だと信じられる。

柴山 私もです。中家さんは絶対に受け止めてくれるから、私は気持ちよくジャンプしていれば大丈夫、という安心感があります。

中家 サポートをする男性の立場からすると、女性に安心して任せてもらえるというのは、すごくありがたいんですよ。やはり女性は高いところに上がるから怖いと思うのですが、それで下を見てしまったり体がこわばったりすると、かえってバランスを崩してしまう。でも柴山さんは安心して任せてくれている。それは、手で感じることができるので。

今回は吉田都新芸術監督が就任されて初めての公演でもありますが、吉田監督のご指導の「ここがすごい」というところや特徴などがあれば聞かせてください。
中家 そのダンサーの“弱点”を、はっきり言っていただけるんですよ。ぱっと見ただけで「あなたはここがこうだから」っていうのをすぐに見抜いて、端的な言葉で伝えてくださる。だから刺さるし、直そう、改善しようという気持ちがさらに強くなるんです。自分でも何となくはわかっていたことでも、あらためてズバッと言われるのはすごく大事だと思う。

柴山 しかもそのアドバイスが一人ひとり違っていて、本当にみんなのことを、すごくよく見てくださっているのがわかります。私の場合は、表現の部分とか、一つひとつのテクニックをどう効果的に見せるかといったところ。都さんからいただく言葉によって気づくことがたくさんあります。

最後に、今回の舞台にかける思いを聞かせてください。
中家 これまで、心のどこかにはずっと「またいつどうなるかわからない」という不安があったのですが、いまは再開できた嬉しさと、「このまま活動を続けていきたい」という希望でいっぱいです。一度は中止になってしまった『ドン・キホーテ』を上演できることになって、しかも吉田都芸術監督を迎えての新しいスタートでもあるので、勢いよくいけたらと思います!

柴山 7月の『竜宮』で、お客様から大きな拍手やスタンディングオベーションを久しぶりにいただいて、「ああ、やっぱり生の舞台っていいな」とあらためて感じました。新シーズンをこの明るい作品で幕開けできるのが本当に嬉しいです。ぜひ劇場にいらしてください!

公演情報

新国立劇場バレエ団『ドン・キホーテ』

日程
2020年10月23日(金)19:00 オペラパレス
2020年10月24日(土)13:30 オペラパレス
2020年10月24日(土)19:00 オペラパレス
2020年10月25日(日)14:00 オペラパレス
2020年10月31日(土)13:00 オペラパレス
2020年10月31日(土)18:30 オペラパレス
2020年11月1日(日)14:00 オペラパレス

予定上演時間:約2時間35分(休憩含む)

会場 新国立劇場オペラパレス
詳細 https://www.nntt.jac.go.jp/ballet/donquixote/
その他 オンライン配信企画あり。詳しくはこちら

 

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