ウィーン国立バレエ専属ピアニストとして、バレエダンサーを音楽の力で支えている滝澤志野さん。
彼女は日々の稽古場で、どんな思いを込め、どんな音楽を奏でているのでしょうか。
“バレエピアニスト”というプロフェッショナルから見たヨーロッパのバレエやダンサーの“いま”について、志野さん自身の言葉で綴っていただく月1連載。
日記の最後には、志野さんがバレエ団で弾いている曲の中から“今月の1曲”を選び、バレエチャンネルをご覧のみなさんのためだけに演奏した動画も掲載します。
美しいピアノの音色とともに、ぜひお楽しみください。
夏休み編!「バレエピアニストになるには?」にお答えします
夏休みがやってきました。今年は、春先からずっと微妙にお休みだったような気もするのですが、、それでもやはり季節が変わり、私たち最後のシーズンが終わったという区切りという意味でも、自分のなかで大きく何かが変わった夏の始まりとなりました。
先月最後の週末は、バレエミストレスの誕生日で、ぶどう畑の中のホイリゲでみんなで乾杯。
ウィーンの街を見渡す、ぶどう畑。
ぶどう畑のなかのホイリゲで
日常を共にしていた友人たちはみな違う国へ旅立つので、もうこんな風には会えなくなる。。
どうしてもセンチメンタルになる気分を変えて!
3ヵ月の沈黙を経て、欧州内は自由に行き来できるようになったので、covidfreeの天国へエスケープ。
天国にエスケープ
heavenly
体に羽が生えたみたいな、束の間の夏休みを満喫。
さて、本題に入ります。今月は、バレエチャンネルも「夏休み編」ということで、これまで編集部に寄せられた「バレエピアニストになるには」質問集にお答えしようと思います。私がこの仕事を始めた学生時代、周りにバレエピアニストの知り合いはおらず、目指している人もおらず、暗中模索、孤独の道だったのですが、今は音大でバレエピアニスト志望者も増え、注目されている職業と聞きました。私の経験がどなたかの役に立てたら、そして、みんなでますますバレエ界を音楽の力で盛り上げていけたら、と私がみなさんに逆ラブコールを送る感じで、お答えしていきたいと思います!
Q1 「バレエピアニスト」の仕事内容を詳しく教えてください。
バレエの稽古で音楽をつけるのが主な仕事です。具体的には、①毎日のレッスン(クラス)で、バー・レッスンとセンター・レッスンを弾く仕事、②バレエ公演の稽古で作品を弾くリハーサル仕事、そして、③本番でオーケストラの中で弾いたり舞台上でダンサーと共演したりする、3つの仕事に分かれます。
Q2. なぜバレエピアニストになったのですか?
昔から舞台芸術に強い憧れを持っていました。音大に入った時に「必ずピアニストになろう」と決意したのですが、4年次在学中に、同じ芸術学部の演劇科のバレエクラスで嘱託演奏員として働いたことで、この仕事の面白さに夢中になり、バレエピアニストへの一歩を踏み出しました。
Q3. バレエピアニストの仕事で最も嬉しいこと・楽しいことは何ですか?
バレエは、日々の鍛錬を通して自身を削ぎ落とし、限界を超えたところに感動が生まれる芸術です。崖っぷちに咲く花を摘むというか……。私もその美しい芸術に共鳴して音楽とともに寄り添い、一体化できること、そしてそんな時間の積み重ねでダンサーとの信頼関係が生まれることが、大きな喜びです。あと、ある程度自由に好きな音楽を弾けますし、自分の思う美しい音楽を多くの人と分かち合えるのも魅力です。
Q4. 反対に、最も大変なこと・難しいことは何ですか?
とても繊細な芸術なので、いつもダンサーとピッタリいくわけではありません。そんな時は互いに葛藤を抱えることがあります。音楽家とダンサーは受けてきた専門教育が違うので、例えば音楽家同士だと音楽のルールは暗黙の了解で分かり合えますが、ダンサーとはそうはいかないことも多々あります。難しいけれど、それも楽しみのひとつかもしれません。外国人同士が互いを理解し合う感じに似ているかも。あと、テンポにはとてもとても気を遣って弾いています。
Q5. バレエピアニストになるには、バレエ経験が必要ですか? 経験がなかったとしたら、どうやってレッスンを理解するのでしょうか?
私も初めてバレエレッスンを弾いた時は、バレエ未経験でした! でも、バレエレッスンのDVDや本、動画はたくさんあるので、それらを見て勉強しました。あと、バレエレッスンのための楽譜もいろいろ出版されているので、最初はそれを使うといいと思います。ひとつの楽譜からでもいろんな振付に合わせてアレンジしたり、勉強になりますよ。素敵なピアニストの音源を聞いたら自分で採譜して弾いてみます。そこにはいろんな発見がありました。
Q6. バレエマスターやミストレスの言っていることがわからなくて困ったことなどはありますか?
あります。でも、専門用語が違うということもお互い解っているので、ちゃんと分かりやすく説明してくれると思いますよ。バレエ用語をフランス語で理解しておくと振付の意味も分かって細部が見えてくると思います。あと、カンパニークラスだと、テンポも拍子も提示されずパパっと言葉だけで説明されることもよくあるので、経験が少ないと置いてきぼりになりますよね(笑)。それは経験を積んでいくしかないのかな、という気もします。分からなくても怖がらずに弾いてみることが大事。違うなら違うと言ってくれるし、それを恥ずかしいと思わなくてもいいと思います。誰にでも新人の時代はあります!
Q7. クラスやリハーサルで弾くときに大切にしていることは何ですか?
テンポの制約など音楽上の細かい決まりごとは必須。その上で、相手への敬意や愛情を持ちつつ、自分の芸術性やエネルギーを与えきることを大切にしています。
Q8. レッスンで弾く曲を選ぶポイントは?
バレエ教師がどんな音楽を求めているかを考えます。私の音楽性で弾くというより、その教師の音楽性をピアノで再現できるように。バレエといってもいろんな流派があり、それを大まかにでも理解しておくといいと思います。その上で、私はその日の気分で、今日はチャイコフスキー特集、今日はジャズ、今日は『マノン』特集など、弾いているうちにテーマが決まっていくこともあります。「今日の気分」がダンサーと一致すると、クラスの雰囲気が高まってみんなでハッピーになれますよね。
Q9. レッスンではなぜ既存曲だけでなく即興も弾くのですか? 既存曲とのベストなバランスは? それぞれのメリットは何でしょうか?
即興のメリットは、その場で振付けられた動きにピッタリ合わせた音楽をその場で作れることです。いわば、オーダーメイドの洋服をその場で仕立てるようなもの。それってちょっと魔法みたいじゃないですか?(笑)これがピタッとハマるとダンサーは踊りに集中でき、レッスン内容が濃いものになります。そして、既存曲の良さは、「名曲」であることと、そこにドラマ性が生まれることかな、と思います。
Q10. レッスンに使える曲はどういうふうに見つけるのですか? また、平時から探してストックしているのですか?
まず、有名なバレエ音楽にたくさんのヒントがあります。チャイコフスキーやドリーブ、アダンやプロコフィエフ、そしてバレエ作品によく使われるショパンなどの音楽の中からレッスンに使えそうなものを探します。私は楽譜をコピーして、自分のノートをたくさん作っていました。今はもうレパートリーが頭の中に入っていて楽譜を見て弾くことはないのですが、今でもそのノートは私の宝物ですね。最近はiPadなどを使えばかなり便利ですよね!
Q11. バレエピアニストに必要な資質とは? 技能面と性格面、両方について教えてください。
技能面では、いろんな作品を弾きこなすクラシックのテクニック、きちんとしたテンポ感、心が踊るような魅力的な音楽性。性格面は、バレエを愛する気持ちが大きいこと、周りの人と調和しあえる柔軟性と協調性。この中からどれかひとつだけと言われるなら、「魅力的な音楽性」に一票!
Q12. バレエピアニストから見た「音楽性のあるダンサー」とは?
音楽のなかで遊んでいるかのようなダンサー。音楽と踊りの関係なのに、まるで極上の音楽のアンサンブルみたいな踊りを踊られる方はいらっしゃいます。
ウィーンでご一緒したダンサーでは、マニュエル・ルグリ、マリアネラ・ヌニェス、シルヴィア・アッツォーニ、オルガ・エシナの音楽性が極上でした。
Q13. ダンサーが音楽性を育むために必要なことは何だと思いますか?(ピアニストがしてあげられることと、踊る側が努力すべきこと)
ダンサーは音楽を心から愛する気持ちを持つこと、たくさんの素晴らしい音楽を生で聴くこと、振付だけにとらわれすぎることのないように気をつけること。
ピアニストがしてあげられることは、それはもう、魅力的な音楽を奏でることが第一ですが、時には音楽側からのアドバイスがあると大きな助けになると思います。ダンサーは楽譜を見て稽古しないので、私たちから言ってあげられることも多いはずですよね。あと、リハーサルではカウントが分かりやすいようにわざとアクセントをつけて弾いたり、カウントを大きな声で数えながら弾いたりもします。
Q14. バレエピアニストを目指しています。バレエピアニストとしていちばん必要な能力は何でしょうか。またバレエ未経験者でもバレエピアニストになれるのでしょうか。
必要な能力は、上に書いたのでご覧になってくださいね。バレエ未経験者でもバレエピアニストになれます。どの分野においてもそうですが、経験があるのは有利ですが、未経験でも努力と能力と情熱でカバーできます。何年かかかるかもしれませんが、大丈夫。経験より才能と努力!
Q15. レッスン中、先生の指示を聞いてから演奏するまで、頭の中でどのように弾く内容を組み立てているのでしょうか?
まず、先生の指示を聞くとき、拍子とテンポ、小節数を考えます。そうすると、頭の中で音楽が鳴りだすので、それを再現する感じです。私はあまり深く考えず、感覚的にやっているほうなのかもしれませんが(前奏を弾いている時にせっかく浮かんだメロディが消えたりすることも……)、たくさんのストックを用意して、どんな振付にどの曲が使えるか、それから小節数が増えた時のシミュレーションもしておくといいと思います。それから、バレエレッスンでは前奏(プレパレーション)がとても大事。ほとんどの場合、前奏は自分で考えて作ることになりますが、どんな前奏なら踊りやすいか、研究してみてください。
Q16. まだピアニストデビューしていない人におすすめの、バレエピアニストになるために必要な勉強方法や技術があれば教えてください。
バレエピアニストは実践で学んでいく職で、未経験のまま現場に出なければならないのが大変ですよね。いきなりプロのカンパニーは難しいですが、学びながら弾かせてもらえるバレエ教室を探したり、その上で、バレエレッスンDVDやCDを見て聴いて、どんな振付にどんな曲なら使いやすいのかを考えてみて、レパートリーをたくさん作っておきましょう。もちろん、バレエの知識も必要なので、公演を観たり、本を読んだり、好きなバレエ作品を全幕弾いてみてください。バレエと共に在りたい、この現場で働きたい、という気持ちが原動力になると思うので、自分の心の声に正直に、夢を大切にしていってほしいと思います。
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「バレエピアニストになるには」をこんなふうに共有したのは初めてで、私にとってもこの記事を書くのは楽しい時間でした。もっと具体的に、実践を交えながらのレクチャー、講習会、研究会? も面白そうと思ったので、機会を見つけてやってみようと思います。ご興味のある方はぜひ編集部か私宛にご連絡くださいね! バレエピアニストの輪が拡がっていきますように。
今月の1曲
完全に夏休みモードだからか、めずらしく恋愛ものが弾きたくなりました。『マノン』から寝室のパ・ド・ドゥを。互いに惹かれ合ったマノンとデ・グリューが初めてキスを交わし結ばれる、天に舞い上がるような恋の喜びを踊るシーンです。ちなみに、私はここでは途中から弾いていますが、この曲の原曲は、マスネ作曲のオペラ『サンドリヨン(シンデレラ)』。シンデレラが疲れて眠りに落ちた時、仙女がやってきてシンデレラに魔法をかける……そんな音楽で二人は結ばれるのです。なんて素敵なんでしょう。まるで羽が生えているかのようなマノンとデ・グリューを想像しながらお聴きいただけたら嬉しいです。
2020年7月20日 滝澤志野
★次回更新は2020年8月20日(木)の予定です
New Release!
ドラマティック・ミュージック・フォー・バレエ・クラス3
ウィーン国立バレエ専属ピアニスト 滝澤志野
ドラマティック・バレエの名曲に加え、ウィーンのダンサーたちのお気に入りの曲や、ひたむきに稽古するダンサーたちにインスパイアされた曲をセレクト。ピアノの生演奏でレッスンしているかのような臨場感あふれるサウンドにこだわりました。
●ピアノ演奏:滝澤志野
●監修:永橋あゆみ(谷桃子バレエ団 プリンシパル)
●発売元:新書館
●価格:各3,960円(税込)
★詳細はこちらをご覧ください
- ドラマティック・ミュージック・フォー・バレエ・クラス1&2 滝澤志野 Dramatic Music for Ballet Class Shino Takizawa (CD)
- バレエショップを中心にベストセラーとなっている、滝澤志野さんのレッスンCD。Vol.1では「椿姫」「オネーギン」「ロミオとジュリエット」「マノン」「マイヤリング」など、ドラマティック・バレエ作品の曲を中心にアレンジ。Vol.2には「白鳥の湖」「眠れる森の美女」「オネーギン」「シルヴィア」「アザー・ダンス」などを収録。バー、センター、ポアント、アレグロなど、初・中級からプロフェッショナル・レベルまで使用可能なレッスン曲集です。
- ●ピアノ演奏:滝澤志野
●Vol.2監修:永橋あゆみ(谷桃子バレエ団 プリンシパル)
●発売元:新書館
●価格:各3,960円(税込)