2020年7月24日(金・祝)〜7月31日(金)、新国立劇場バレエ団の舞台の幕が、久しぶりに上がる。2月の『マノン』以来、約5ヵ月ぶり。嬉しい。どんな舞台でも嬉しいけれど、それが新しいこと尽くめの「世界初演」だというから心が躍る。
『竜宮 りゅうぐう』〜亀の姫と季(とき)の庭〜。日本の御伽草子「浦島太郎」をモチーフにした、全2幕の新作バレエだ。演出・振付、そして美術・衣裳まで担当するのは、ダンサー・振付家の森山開次。コンテンポラリー・ダンスを主軸にしてきた森山が初めて創る「バレエ作品」ということでも注目を集めている。
開幕を目前に控えた7月14日、森山開次にインタビュー取材を行った(4媒体による合同取材)。森山は一つひとつの質問に対して誠実に言葉を重ねながら、いま舞台を創ることのできる喜びと葛藤を、率直に話してくれた。
森山開次 Kaiji Moriyama ©︎Ballet Channel
『竜宮 りゅうぐう』のあらすじはこちら
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- 子どもたちも楽しめる題材として『竜宮』を選んだ理由を聞かせてください。
- 森山 まず、「日本」をテーマにしたバレエを、というお話をいただきました。日本にはたくさんの昔話やお伽話がありますが、自分自身がもう一度振り返ってみたい作品は何か? それはバレエにどう転換できる? という観点で探していたときに、最初にぱっと思い浮かんだのが「浦島太郎」でした。でも、僕が子どもだった頃の記憶を辿ると、浦島はわりとシンプルな話だなと。これはバレエにはしにくいかもしれない……と思っていったん候補から消去し、他の昔話を探していたのですが、これが調べれば調べるほどおもしろい。例えば「羽衣伝説」ひとつでも、日本各地のみならずアジア各地に伝わっていたり、それぞれの地域で変化していたり。昔話をさかのぼることは、自国やアジアの文化を知ることでもあるんですね。それがおもしろくてどんどん調べているうちに、「御伽草子」(*)の浦島太郎に出会いました。
「御伽草子」を読んでびっくりしたのが、まず亀が姫であったということ。竜宮城が海中ではなく地上にあったこと。そしていちばん驚いたのは、浦島太郎が玉手箱を開けておじいさんになったあと、鶴に変化(へんげ)すると書かれていたことです。僕のなかでいろんな要素が一気につながって、「ああ、浦島太郎は“時の物語”だったのだ」と。おじいさんになってしまうだけでなく、「鶴と亀」という大きな時の巡りが描かれている。この深みがあればバレエにできるかもしれない、と思いました。ただ、子どもたちに届ける上で、やっぱり竜宮城は海の中にあってほしいなと(笑)。今作は「御伽草子」をベースにしながらも新国立劇場バレエ団オリジナルの「浦島太郎」として描いています。
*「御伽草子」=室町時代から江戸時代初期にかけてつくられた短編の絵入り物語
- タイトルは「竜宮」、そしてサブタイトルには「亀の姫」「季の庭」と主要なキーワードが並んでいるのに、「浦島太郎」だけがどこにも入っていないのはなぜでしょう?
- 森山 『竜宮』のほうが『浦島太郎』よりも語呂としてカッコいいなと思ったのもありますが(笑)、竜の宮と書いて「竜宮」――竜宮とはなんぞやと、いろいろな想像を巡らせることのできる言葉だと思います。お客様にも自由にイメージを膨らませていただけたら嬉しい。副題については、僕たちがこれまで認識していなかった「亀の姫」という存在を入れたかったのと、日本の四季の移ろいの美しさ、素晴らしさをもう一度見つめ直してもらえたらという思いを込めて決めました。
浦島太郎と亀の姫 Photo by Isamu Uehara
- 新国立劇場バレエ団のダンサーたちの印象は?
- 森山 新国立劇場とは長らくお付き合いさせていただいていますが、バレエ団のみなさんとはずっと、ただ劇場内ですれ違うだけの関係性でした(笑)。今回こうして初めて深く関わり、一緒に作品を創ることができて、とても嬉しく思っています。
ダンサーたちとはまずワークショップ的な形からスタートして、さあ本格的にリハーサルを始めようと思った矢先、緊急事態宣言が発出されました。自粛期間中、ダンサーたちは体を維持することも大変だったと思います。リハーサルが何とか再開できた今は、舞台に立てること、向かうべきところがあることの喜びをみんなで感じながら、必死に力を合わせて頑張っています。演出を担当する自分としては、みんなの思いをしっかり届けられる舞台にしたい。プリンシパル・ダンサーたちの時間の使い方や稽古場での居方を見ていると、70名近くいる団員を自分が導いていくのだという責任感を強く感じます。また他のダンサーたちも、若いメンバーもベテランのメンバーもいる中で、それぞれが自分の役割をしっかり果たそうとしている、チームワークのあるバレエ団だと思います。
先日、次期芸術監督の吉田都さんが「みんなで綺麗に揃えて踊ることは素晴らしくできる。あとは一人ひとりが個性を出していくことが課題」とおっしゃっていました。僕自身、今回挑戦したいと強く思っていることのひとつは、団員一人ひとりの個性を引き出していくことです。
バレリーナがこんな可愛いフグに! Photo by Isamu Uehara
- 振付などのプロセスにおいては、いわゆる「ソーシャルディスタンス」を心がけていますか?
- 森山 本当に難しい問題です。いろいろな考え方がある中で、僕はどんな作品を創るのか?まったく触れ合わないバレエを創るのか? キャスト全員にマスクをつけさせるか? いろいろと悩んでいたのは事実です。今日この時点でも葛藤はあり、毎日毎日、みずからに問い続けている自分がいます。どういう表現を舞台からお客様に届けるべきなのか? 振付ひとつでも、ここで手を握っていると、それがお客様にはどう映るのか?……等と、日々揺れています。この葛藤はきっと、公演本番を迎えるその瞬間まで続くと思います。ただ、バレエの素晴らしさを伝えたいと考えれば、2メートル、3メートルとずっと距離を取ったままでは舞台が成立しません。もともと「ソーシャルディスタンス・バレエ」という企画で、触れ合うこともリフトもなしでマスクをして、というコンセプトで走っていれば別ですが。
もちろん、必要以上は触れ合わないような振付を選択するなどの試行錯誤はしています。またこれだけは言えるのは、新国立劇場のスタッフとともに、感染防止のための最大限の努力をしています。稽古場では日々のクラスも少人数ずつに分けて、マスクは必ず着用。バー・レッスンの後には必ずみんなで消毒して、リハーサルが終わった後にもみんなで床をアルコール消毒するなど、徹底してやってきたつもりです。本番までのプロセスでは感染防止の意識を高く持ち、舞台に乗った時にはしっかりとバレエをお届けしたいという思いでいます。
- この物語を「バレエ」として組み立てていくにあたり、苦心したことや配慮したことは?
- 森山 僕はコンテンポラリー・ダンス、現代舞踊、創作の世界で生きている人間です。そんな自分がバレエの振付・演出をするなかで大事にしたいと思っているのは、ちゃんと「バレエ」を作りたい、ということ。観に来てくれたバレエファンの方や子どもたちに「やっぱりバレエっていいなあ」と思ってもらえるように、バレエの「様式」というものはしっかりと使っていきたい。例えば「波のダンス」など、ちょっとバレエのパを崩したり、新しい試みをしたりしている部分はあります。ただ大きな括りとして、バレエの醍醐味は伝えていきたいと思っているところです。
衣裳も素敵な美しい金魚 Photo by Isamu Uehara
- 森山さんから見て、「バレエ」というダンス・スタイルの面白さとは?
- 森山 いちばん大きいのは、やはりバレエの懐の深さと広さ。いろいろなものを取り入れることができる抱擁力。大きくて歴史があって、その深さと広さをあらためて感じています。もちろん、パそのものの面白さもあります。とくにトウシューズを履いての「パ・ド・ブーレ」や「プロムナード」は素敵だなと思います。例えば今回の振付では、亀の姫が太郎と別れた時にパ・ド・ブーレをトトトトトト……と踏むのですが、それが彼女の思いや泣いているような表現につながっていく。あるいは強い表現がほしい時には、プロムナードですね。軸をひとつしっかりと定めて動いていくことの強さ。僕は「軸の強さ」というものに惹かれているのかもしれません。トウで立つということ、つまり軸を作るということ。その上に積み上げている芯の強さ。そこが僕の中での、バレエの大きな魅力のひとつです。もちろんすべてのダンスにおいてそうなのですが、どんなに崩したとしても、体の中にある軸をどう表現できるか。そして確かな軸から生まれるアームスの表現や感情表現にこそ、お客様は胸を打たれるのではないでしょうか。
- 森山作品にはユーモアのあるものが多くて、今回も遊び心のあるキャラクターがたくさん出てくるようですが、そのインスピレーションはどこからくるのでしょうか。
- 森山 妄想でしょうか(笑)。それと僕は語呂合わせみたいなことが好きで。お客様はもちろん出演者にも楽しんでもらえるような工夫をしたいなと思っていて、今回なら「イカす3兄弟」が「イカタンゴ」を踊るとか(笑)、ちょっと「ぷぷっ」と笑ってしまうような語呂合わせをして遊んでいます。
イカすイカはこちら Photo by Isamu Uehara
- バレエで好きな作品、振付家、ダンサーなどを教えてください。
- 森山 僕はミュージカルの現場でダンスに出会いました。そこで初めてダンスを始め、ジャズダンスやタップダンスなどいろんなダンスのうちのひとつとしてバレエにも出会いました。初めて観た作品は、ビデオでしたが、ジョルジュ・ドンの『ボレロ』。グランド・バレエのような大きな作品よりも先に、たった一人で踊る彼の姿を観ました。だから今でも、あのように音楽とともに身体でシンプルに伝えていくことが、ダンスで表現する醍醐味のひとつだと感じています。その後たくさんの作品を観てきて、好きなものもたくさんありますが、ひとつ挙げるなら『牧神の午後』でしょうか。半神半獣の「人間でないもの」の表現。バレエから逸脱して新しい表現を目指した作品の持つ強さ。試み、創作していこうとする意気込み。そうしたものが今なお形として残っていて、僕に大きな影響を与えてくれています。
- 最後に、これを読んでいるみなさんへのメッセージをお願いします。
- 森山 コロナのことがあろうとなかろうと、舞台にずっと向き合ってきた思いは変わりません。しかしやはりこの困難な時代に公演を打てる喜びは、とても強く感じています。
『竜宮』は「時」の話です。この作品にはもともと「時」がテーマとしてあり、それをどう伝えていけるか、ずっと考えていました。そんな最中(さなか)にコロナ禍が起こり、自粛生活を経て、みなさんの中でも「時間」に対する意識が大きく変わった部分があるのではないでしょうか。
劇場は玉手箱。作品や歴史や文化という「時」を封じ込めた場所です。そして今はコロナ禍によって、バレエの「時」、劇場の「時」が封じ込められていた。その蓋を開けたときーーみなさんがおじいさんになるわけではありませんが(笑)――奇跡が起きる瞬間を、ぜひ楽しみに観に来ていただけたらと思います。
取材の席に森山が持参していた、自作の「亀」の模型。「僕はもともと工作が好きで。テープの芯やウレタンなど家にあるもので作りました。今回は衣裳と美術のデザインも担当していますが、僕は専門家ではないので、こうして自分なりに模型を作ってプロのみなさんに伝えています」。これが実際の舞台ではどのような形で登場するのだろうか
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インタビューの前に、少しだけリハーサルを見学した。
ダンサーたちが動かす空気。衣裳の艶感。トウシューズが床を踏む心地よい音。マスク越しにもわかる笑顔。――やっぱり生の舞台には、パソコンやスマホで見る映像ではどうしても感じきれない鼓動がある。
間もなく、待ちに待った幕が上がる。観客側に求められている感染拡大防止対策を100%遵守しつつ、幸せな時間ではちきれそうな玉手箱を開けに行こう。
公演情報
新国立劇場バレエ団『竜宮 りゅうぐう』〜亀の姫と季(とき)の庭〜