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【第60回】鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!-1列で進む(3)

海野 敏

文/海野 敏(舞踊評論家)

第60回 1列で進む(3)

■「1列で進む」は頻出振付

第58回は『白鳥の湖』第2幕で白鳥たちが1列で登場するシーン、第59回は『ラ・バヤデール』第3幕でニキヤの幻影たちが1列で登場するシーンを取り上げました。この2つに匹敵するほど印象的な「1列で進む」振付はなかなかありません。

しかし「1列で進む」振付じたいは、古典全幕の至るところで登場します。例えば、振付パターンは多様ですが、『白鳥の湖』第4幕の湖畔の場面では、白鳥たちが1列で登場したり、登場した後に1列で移動したり、1列で退場したりするでしょう。『ラ・バヤデール』でも、バレエ・ブランとキャラクター・ダンスのどちらにも2人~8人が1列で進む振付は頻出します。他の古典全幕作品でも同様です。

今回は『白鳥の湖』と『ラ・バヤデール』以外の古典全幕作品から、筆者が鑑賞を楽しみにしている「1列で進む」振付を4つだけ取り上げます。

■1列で進む振付のおすすめ

1つ目は『ドン・キホーテ』第2幕、ドン・キホーテの夢の場面の冒頭です。巨人と思い突撃した風車にはね飛ばされたドン・キホーテが気を失って見る夢の場面で、彼の想い人であるドルシネア姫(キトリ役が演じる)、森の女王、ドリアード(森の妖精)たち、キューピッドたちが登場するバレエ・ブランです。

その冒頭は、照明が入るとドリアードたちが勢ぞろいしている(つまりダンサーが「板付き」で待機している)パターンと、ドン・キホーテが独りのところへドリアードたちが登場するパターンがあります。どちらにしても、導入のメロディアスな音楽が終わり「ズン・チャ、ズン・チャ」のリズムの軽快な音楽に変わると、何人かずつで1列に進む振付が始まります。音楽はレオン・ミンクスです。

この「1列で進む」場面をなぜ楽しみにしているかというと、そのステップの楽しさが理由です。ドリアードもキューピッドも左右交互の「バロネ+軸脚ホップ→シャッセ」で、1歩ずつ弾みながら進みます。全員でスキップをしているような陽気な雰囲気です。子どものダンサーたちがキューピッドを演じるバレエ団もあり、子どもたちの弾む姿には可愛らしさも加わります。また、1列で弾みつつ進みながら、フォーメーションがどんどん変化していくのも見どころです(注1)

★動画でチェック!★
ウクライナ国立バレエの『ドン・キホーテ』の全幕映像より。夢の場面、冒頭の楽しいステップは55分52秒から観ることができます。

2つ目は『パキータ』第3幕、「グラン・パ・クラシック」と呼ばれるクライマックスの冒頭部分です。これは主人公のパキータとリュシアンの結婚式の場面で、音楽は『ドン・キホーテ』と同じミンクス。

「グラン・パ・クラシック」のアントレでは、4人または2人ずつの5組が1列で登場します。この5組が次々と「1列で進む」振付も、ノリがよくて華やかで、見ていて楽しい名場面だと思います。

16小節を単位として、少しずつ振付が変わってゆきます。まず①上手から4人、つぎに②下手から4人、そして8人がユニゾンで踊ったあとで音楽が最初に戻り、③上手から2人、④下手から2人、さらに⑤下手から2人が登場します(注2)。みな片手を横に広げ、片手を腰にあてながら、少しずつ異なるステップで踊る振付が見どころで、どれもダイナミックで伸びやかな踊りがお祝いの気分を盛り上げます。そして14人のコール・ド・バレエが揃ったところに、主役のパキータが颯爽と登場します(注3)

★動画でチェック!★
新国立劇場バレエ団の「New Year Ballet 2021」の紹介映像です。上述の場面は45秒から。こちらの映像では、⑤と主役のパキータを観ることができます。

■手をつないで1列で進む

紹介する残りの2つは、ダンサーが手をつないで「1列で進む」振付です。

まず『コッペリア』の第1幕最後と第2幕冒頭。主人公スワニルダが先頭になって女友だちと手をつないで進むのが典型的な振付でしょう。スワニルダの友だちは6人または8人が標準的です。第1幕最後は、スワニルダが広場でコッペリウス博士が落とした鍵を見つけ、博士の家にこっそり立ち入る場面。第2幕冒頭は、家の2階に上がり、恐る恐る博士のアトリエ(自動人形の製作室)に忍び込む場面です。

この7人または9人が「1列で進む」のは、バレエの振付というよりも芝居の演出と言うべきかもしれません。悪戯娘たちのコミカルなシーンです。スワニルダが先頭で、たいがい列の末尾に少し臆病な友だちがいて、みんなを引き留めようとする演技をするのも面白いところ。しかも第1幕と第2幕を、休憩をはさんでつなぐブリッジの役目も担う演技です。

★動画でチェック!★
英国ロイヤル・バレエの『コッペリア』の紹介映像です。1分39秒から、スワニルダと友だちが一列になって博士の家に忍び込むようすを観ることができます。

最後はフレデリック・アシュトン振付『ラ・フィーユ・マル・ガルデ』、作品のフィナーレがとても魅力的な「1列で進む」場面です(注4)。主人公のカップル、リーズとコーラスがめでたく結婚することになり、リーズの家の中では、お祝いにみなが代わるがわる踊ります。その後、その場にいるダンサー30人以上、全員が手をつないで1列になって、楽し気に踊りながら、しかもみなで「ラララ・ラララ・ラー」と歌いながら家の外へ出てゆくシーンです。これから屋外でパーティーをするのでしょうか。ハッピーエンドの古典全幕バレエはほかにもありますが、大団円に相応しい明るいフィナーレ(アポテオーズ)としては“ピカいち”ではないでしょうか。ちなみにこの後、道化役のアランが、お気に入りの傘を探しに戻ってくるという落ちも、ほのぼのとしていいですね。

★動画でチェック!★
牧阿佐美バレヱ団の『ラ・フィーユ・マル・ガルデ』のストーリー紹介映像より。14分16秒からフィナーレを観ることができます。

(注1)フォーメーションの変わり方に定番はなく、演出・振付によってさまざまなパターンがあります。

(注2)ステップ(パ)の呼称はメソッドや教師によって異なりますが、以下、覚え書きとして記載しておきます。
最初の8人(①②)は、「マズルカ・ステップ→カブリオール・ア・ラ・スゴンド(第18回)」×3回→マズルカ・ステップ→グリッサード・パ・ド・シャ。
次の2人(③)は「バットマン・デヴェロッペ・トンベ×2回→ピケ・アラベスク→ピケ・アティテュード・ドゥヴァン」×2回→「アントルシャ・サンク(第15回)→反転してピケ・アティテュード・デリエール」×2回。
次の2人(④)は「カブリオール・ア・ラ・スゴンド→マズルカ・ステップ」×3回→ソ・ド・バスク(第14回)からアンボアテ(第19回)。
最後の2人(⑤)は「タン・ルヴェ・アン・ナラベスク(第22回)→ソ・ド・バスク→カブリオール・ドゥヴァン(第18回)」を繰り返して、ピケ・トゥール→シェネ(第6回)です。

(注3)数人ずつ登場し、次第にコール・ド・バレエの人数が増えて、最後に中心人物が登場するのは定型的な振付パターンです。例えば『眠りの森の美女』プロローグで妖精たちの後にリラの精が登場する場面、『ドン・キホーテ』第1幕で闘牛士たちの後にエスパーダが登場する場面など。

(注4)1960年に英国ロイヤル・バレエで初演されたアシュトン版の『ラ・フィーユ・マル・ガルデ』は、世界中のバレエ団がレパートリーとしています。バーミンガム・ロイヤル・バレエ、パリ・オペラ座バレエ、アメリカン・バレエ・シアター、ヒューストン・バレエ、カナダ国立バレエ、オーストラリア・バレエ、牧阿佐美バレヱ団など。

(発行日:2024年7月25日)

次回は…

第61回は「2列で進む」です。「2列」と聞いて、皆さんはどのバレエのどの場面を思い浮かべるでしょうか。発行予定日は2024年8月25日です。

【鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!-総目次】
http://bibliognost.net/umino/ballet_tech_contents.html

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この記事を書いた人 このライターの記事一覧

うみのびん。東洋大学社会学部メディアコミュニケーション学科教授、情報学研究者、舞踊評論家。バレエ、コンテンポラリーダンスの舞台評・解説を『ダンスマガジン』、『クララ』などのマスコミ紙誌や公演パンフレットに執筆。研究としてコンテンポラリーダンスの三次元振付シミュレーションソフトを開発中。著書に『バレエとダンスの歴史:欧米劇場舞踊史』、『バレエ パーフェクト・ガイド』、『電子書籍と電子ジャーナル』(以上全て共著)など。

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