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【第3回】英国バレエ通信 ニュー・アドベンチャーズ「ロミオとジュリエット」

實川 絢子

鑑賞ファンにも、バレエ留学を志す若いダンサーたちにも、圧倒的に人気のある国ーー英国。
現地で話題の公演や、街の人々の”バレエ事情”などについて、ロンドン在住の舞踊ライター・實川絢子さんに月1回レポートしていただきます。

ニュー・アドベンチャーズ「ロミオとジュリエット」

ROMEO AND JULIET by Bourne, , Director and Choreographer – Matthew Bourne, Designer – Let Brotherston, Lighting – Paule Constable, Rehearsal Images, Three Mills, London, 2019 ©︎Johan Persson

クラシック・バレエを現代的な独自の解釈で生まれ変わらせる鬼才、マシュー・ボーン。日本でも7月に 『白鳥の湖』の公演が行われたばかりだが、ボーン率いるニュー・アドベンチャーズの本拠地であるロンドンではこの夏、2016年の『赤い靴』以来ファン待望の新作となる『ロミオとジュリエット』がたいへんな話題になった。

『白鳥の湖』、『眠れる森の美女』、『くるみ割り人形』など、クラシック・バレエ作品の再解釈はどれも大成功を収めてきたボーンだが、『ロミオとジュリエット』だけは、長い間着手するのをためらってきたという。ダンス界だけでも、ラヴロフスキー、アシュトン、クランコ、マクミラン、ノイマイヤー、ヌレエフ、マイヨー、ラトマンスキー、マッツ・エックから、最近ではヨハン・コボーまで、数え切れないほどの振付家による版があり、ダンスだけでなく映画やミュージカルといった他の分野も含めれば、もはや再解釈し尽くされてきた作品だけに、ボーンも以前インタビューで「これまで作られてきたどの作品とも違う、新しい『ロミオとジュリエット』を作ることは、ほとんど不可能なことに思えた」と語っていた。

Matthew Bourne’s ROMEO AND JULIET, Andrew Monaghan-Romeo, Seren Williams-Juliet ©︎Johan Persson

そんなボーンを後押ししたのは何かーーそれは、“若さ”の力に賭けてみようという思いだ。 私も、これまで多くのダンサーや振付家をインタビューする中で、「ジュリエットなどの若い役は、年を重ねるほどに深みが増す」という意見をあちらこちらで聞いてきたし、実際に舞台を見て、ベテラン・ダンサーの踊る若い恋人たちに瑞々しさを感じたことも数え切れないほどあった。しかし、ボーンはあえて、この世界一有名な若い恋人たちの物語を描き出すのに、まさに青春真っ只中の若者たちの生身の若さを、直球勝負でぶつけてみることを選んだのだ。

Matthew Bourne’s ROMEO AND JULIET, The Company ©︎Johan Persson

この“若さ”というテーマのもと、ダンサーだけでなく振付、照明、美術、音響などのクリエイティブ・チームのスタッフにも6人の若手を〈ヤング・アソシエイト・アーティスト〉として採用し、今回の『ロミオとジュリエット』では総勢100人の若いダンサーとアーティストがプロとしてのデビューを飾ることになった。ダンサーの内訳は、 カンパニーの若手ダンサーのみならず、ダンス学校の最終学年に在籍中のダンサーもいれば、カンパニー主催のワークショップを通して新たに採用された者もいる。さらに画期的な試みとして、ツアーが行われる13都市でオーディションが開催され、16−19歳の男女3人ずつがローカルキャストとしてカンパニーメンバーとともに舞台に立つことになった。まさにプロダクションそのものがタレント開発のための一大プロジェクトになっているという、リスクも伴う斬新な試みだ。

MatthewBourne’s ROMEO AND JULIET, Andrew Monaghan-Romeo ©︎Johan Persson

8月7〜31日にサドラーズウェルズ劇場で行われたロンドン公演は、前半と後半で“キャピュレット”と“モンタギュー”の2チームにキャストが分かれ、私は8月21日のモンタギューチームの初日を鑑賞したのだが、 ほとんど初めて見るダンサーたちをなんの前情報もなしに見て、まずそのいい意味でナイーヴで荒削りな若者のパワーに圧倒された。バレエにおいては〈ヴェローナの街の衆〉とひとくくりにされがちなコール・ド・バレエの一人ひとりに、ジュリエットの親友ラヴィニア、マキューシオのボーイフレンドのバルサザールといった名前が与えられ、各々の背景の物語が透けて見える踊りが挿入されており、それぞれ強烈なキャラクターを持った若者たちが一緒に踊る場面はどこまでもパワフルで説得力があった。

Matthew Bourne’s ROMEO AND JULIET, The Company ©︎Johan Persson

Matthew Bourne’s ROMEO AND JULIET, Asher Rosenheim-Balthasar ©︎Johan Persson

そして何と言っても、 ボーン作品の真骨頂であるストーリーテリングの巧みさ。シェイクスピアの原作のエッセンスを保ちながら、 どのようなプロット、見せ方で舞台を展開すれば 現代の観客の心をわしづかみにできるのかを、ボーンは熟知している。大胆にもモンタキュー家とキャピュレット家の家族間の闘争という枠組みを取り払い、近未来における、 若者たちが反体制的異分子になるのを防ぐための精神病院的な教育施設 〈ヴェローナ・インスティテュート〉の男子寮と女子寮を舞台に『ロミオとジュリエット』をやろうなんて、一体誰が思い付くだろう……? 昨今の政治事情やジェンダーをめぐる議論への皮肉とも受け取れる場面がいくつか挿入され、「こんな未来がもしかしたら来るかも……」とハッとさせられる設定だった。そして、舞台芸術ファンなら知らない人はいない原作の物語に忠実であることにこだわらず、いくつものサプライズを仕掛けているのがボーンらしいところだ(ここでは詳しくは書かないので、是非実際に観てください!)。

Matthew Bourne’s ROMEO AND JULIET, Danny Reubens-Tylbalt, The Company ©︎Johan Persson

物語のキーとなるのは、看守のティボルト(ダニー・ルーベンス)。サディスティックな面を持つ、アルコール依存気味のねじ曲がった大人で、彼がジュリエットに目をつけたことがすべての悲劇のきっかけとなる。施設に収容されている若者たちは、ティボルトをはじめ大人の目のあるときには、まるで従順なロボットのように角ばった動きを見せるが、ひとたび大人の目がなくなると、性的なエネルギーが充満し流動的な動きを見せ、そのコントラストが面白い。著名な政治家の両親から見放されて施設に入れられたロミオ(アンディ・モナガン)が、小さな子どものように無垢な存在であるのに対し、ジュリエット(セリーン・ウィリアムズ)は男性/権力者の暴力性へのトラウマを抱える複雑さを持った役であるという点もとても斬新だった。

Matthew Bourne’s ROMEO AND JULIET, Andrew Monaghan-Romeo, Seren Williams-Juliet ©︎Johan Persson

バルコニーシーンでは、ロミオとジュリエットがひとたびキスを交わすと磁石のようにくっついたまま踊り続ける振付が、恋のなんたるかを実験的に感覚的に全身で試しながら突っ走る、混じり気のない10代の恋そのもの。誰もがその後に起こる悲劇を知っているからこそ、その不器用でこそばゆいような二人の踊りが痛々しいまでに切ない瞬間となる。そんな、人間の等身大の感情を大胆なまでにダイレクトに突きつけてくる振付とストーリーテリングの力こそが、30年以上も人気を保ち続ける振付家マシュー・ボーンの魅力のひとつと言えるだろう。

Matthew Bourne’s ROMEO AND JULIET, Andrew Monaghan-Romeo, Seren Williams-Juliet ©︎Johan Persson

スタンディングオベーションとなったカーテンコールでは、ジュリエット役のウィリアムズをはじめ、何人ものダンサーの目に涙が光っていた。 1年以上もかけてリハーサルを行ってきたこの一大プロジェクトで、ダンス界の未来を担う人材が大きな一歩を踏み出した瞬間だった。

Matthew Bourne’s ROMEO AND JULIET, Andrew Monaghan-Romeo, Seren Williams-Juliet ©︎Johan Persson

 

Column
この夏、久しぶりに真夏の日本に一時帰国してびっくりしたのは、 海外から帰省したダンサーが出演する、レベルの高いガラ公演が連日のように行われていたことだ。考えてみたら、英国ではそもそも、海外で活躍する英国人ダンサーのガラというものを見かけない。英国国外で活躍する英国人ダンサーはいても、必ずしも“国外=バレエの本場”という認識がないので(ロシアは例外)、凱旋公演的なガラ公演は成立しないのかもしれない。
そんな英国でも、毎年夏の風物詩となっているガラ公演がある。ハッチ・ハウスというウィルトシャー州にある貴族の館の庭園で行われる、「バレエ・アット・ハッチハウス」は、“バレエ版グラインドボーン”と言われるように、着飾った紳士淑女がディナーを楽しみながら野外バレエを楽しむイベントだ。チケットは高いし、社交の要素も強いので一見敷居が高そうだが、世界的人気ダンサーが出演するため、バレエファンの間でも注目されている。先日のコラムでは、バレエを幅広い客層に広げる動きがあると書いたが、一方でこうした階級社会を意識させるようなイベントも根強く残っているところが、英国ならではかもしれない。

マリア・ホーレワ&ザンダー・パリッシュ「ラ・バヤデール」Xander Parish and Maria Khoreva, La Bayadere at Hatch House ©️Alice Pennefather

マリア・ホーレワ&ザンダー・パリッシュ「クロージャー」Xander Parish and Maria Khoreva, Juliano Nunes’ CLOSURE at Hatch House ©️Alice Pennefather

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東京生まれ。東京大学大学院およびロンドン・シティ大学大学院修了。幼少より14年間バレエを学ぶ。大学院で表象文化論を専攻の後、2007年に英国ロンドンに移住。2009年より舞踊ライターとしての活動を始め、シルヴィ・ギエム、タマラ・ロホ、ジョン・ノイマイヤーをはじめとするダンサーや振付家のインタビューを数多く手がけるほか、公演プログラムやウェブ媒体、本、雑誌などにバレエ関連の記事を執筆、大学シンポジウムにて研究発表も行う。長年会社員としてマーケティング職に従事したのち、現在は一児の母として育児にも奮闘している。

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