永久メイ ©︎Toru Hasumi
世界の名門カンパニーを代表するダンサーたちが出演する「バレエの美神(ミューズ)2023」が、2023年11月22日(水)・23日(木・祝)・25日(土)に東京・大阪で上演されます。
今回取材したのは、数々の作品で主演を果たすマリインスキー・バレエの永久メイさん。同公演では『ロミオとジュリエット』(A・Bプロ)、『ジゼル』(Aプロ)、『眠れる森の美女』(Bプロ)を踊ります。作品のこと、バレエをはじめてからの歩み、彼女のパワーの源について聞きました。
5年間、マリインスキーで培ったロシアスタイルを届けたい
- Aプロで披露する『ジゼル』は、2019年に初主演を果たしていますね。デビューが決まった時はどんな気持ちでしたか?
- 永久 『ジゼル』はずっと踊りたかった作品のひとつ。お話をいただいた時は、「ジゼルを踊ってもいいんだ」と感激して、涙があふれたのを覚えています。監督に練習を始めるように言われて、本当に楽しみで仕方ありませんでした。
デビューの時はどの作品でも、役作りのためにいろいろな映像を観て研究しながら、“私だったらどう演じるか”を考えています。いまでも寝る前や本番前に、音楽を聴きながら目を閉じて自分の踊っている姿を想像するのが習慣になっています。
- 今回の公演でジゼルを踊るにあたって、意識したいことはありますか?
- 永久 全幕では第1幕・第2幕と繋げて物語を紡ぐので、自然と役に入り込み、ジゼルを踊ることができます。今回お見せするのは、第2幕のパ・ド・ドゥのみ。幕が開いた瞬間には、裏切られウィリになってもアルブレヒトを想う心境でそこにいなければなりません。さらに、もはや生身の人間ではない存在を演じるのも難しいところ。いかに感情を露わにせず、踊りだけで表現できるかが重要になると思っています。
- AプロとBプロで踊る『ロミオとジュリエット』のパ・ド・ドゥも楽しみです。2020年にジュリエットデビューを果たした当時を振り返って、印象に残っていることはありますか?
- 永久 『ロミオとジュリエット』が、いままででいちばん過酷な作品だったかもしれません。『眠れる森の美女』などの作品に比べて、体力的な厳しさはないのですが、役を演じるという面では神経を研ぎ澄まさなければならないので。
リハーサルもつねに100%の力で臨み、本番と同じ状態に近づけることに注力していました。1週間前の稽古から自分がどうやって演じたいかを先生に見せようとしていたので、それこそ公演が何日も続いているような感覚でした。
- ジュリエットを演じて、新たな発見はありましたか?
- 永久 ロミオのあとを追って自ら命を絶つという壮絶な場面を演じて、自分がこれだけ表現できるのだと知りました。練習で何度も演じていても、本番になると新しい感情が芽生え、練習のどれとも違うまったく別のジュリエットになって……“舞台上で生きる”ということを経験できました。デビューに限らず、いまでも踊るたびに違うジュリエットを自分の中から引き出せていると感じます。
私は、演じる時に何か決まりを作ることはありません。なぜなら当日のコンディションによっても変化するもので、一度として同じジュリエットにはなり得ないから。舞台上でどれだけ臨場感をもって感情を表現するかを意識しています。
- Bプロで披露する『眠れる森の美女』も、永久さんを代表する作品のひとつ。2022年に初主演を果たし、翌年にはブノワ賞にノミネートされました。オーロラ姫を演じる上で気をつけていることはありますか?
- 永久 『眠れる森の美女』が初演されたのはマリインスキー劇場。つまり、これぞマリインスキー・バレエというスタイルが出る作品です。その特徴として、上半身の使い方がとても重視されています。リハーサルにあたって、コーチのエルヴィラ・タラソワ先生からも上半身についての注意を多くいただきます。
ふだん先生は、私がモナコで学んできたテクニックを尊重した上で指導してくださるのですが、オーロラ姫を踊る時はマリインスキー・バレエのスタイルを守るようにと一から教えてくださいます。リハーサルではよく「手の指先まで、全身を使って周りの空気を動かすように」「いつも胸の中心から大きく開くように、胸の中心から手を広げるように」と指導を受けます。自然と上体を意識し、視界を広く保てるようになりました。
©︎Toru Hasumi
「バレエなしでは私じゃない」
- 永久さんがバレエをはじめたきっかけと年齢は?
- 永久 もともと母は女の子が生まれたらバレエを習わせると決めていたそうで、3歳の時にはじめて教室に行ったのがきっかけです。
- 12歳で出場したユース・アメリカ・グランプリでジュニア部門金賞を受賞し、スカラシップを得て13歳でモナコのプリンセス・グレース・アカデミーに留学しました。在学中にバレエが辛いと思ったことはありませんでしたか?
- 永久 留学中は慣れない環境にホームシックになる時もありました。周りは外国の人ばかりで言葉が通じず、「私はどうすればいいんだろう」と悩んだことも。でもバレエが楽しいことに変わりはなかったので、帰りたいと家族に泣きつきたくても、いま帰ったらダメだ!と自分を鼓舞していました。
- その後、マリインスキー・バレエのファテーエフ監督に招かれ、2016年国際バレエ・フェスティバルの『ラ・バヤデール』で壺の踊りを披露。15歳ではじめてマリインスキー劇場の舞台に立ちました。
- 永久 いまでは考えられませんが、たった3分の壺の踊りを何ヵ月もモナコのバレエ学校で練習していたんですよ。だから本番後は「やっと終わったんだ」という気持ちで、涙がこぼれてしまって……。マリインスキー劇場で踊れたという実感が湧いたのは、舞台の緊張が解けてようやく落ち着いた時でした。これを話すのは少し恥ずかしいですね(笑)。
- 2017年にアカデミーを卒業し、マリインスキー・バレエに研修生として入団。その翌年にはセカンド・ソリストとして正式入団しました。プロになってから変化したと感じることは?
- 永久 より多くの舞台に立つことが、自信に繋がっていると感じます。いくらスタジオで練習を積んでいても、本番の舞台はまったく異なるもの。たくさんの公演を経験するうちに、まるで舞台上が稽古場のような感覚になり、本番も緊張せず普段通りに踊ることに慣れてきたように思います。一つひとつの舞台を大切にするのはもちろん、その上でどんな条件でもコンディションの良い状態を作れるようになってきたのを実感しています。
©︎Toru Hasumi
- プロのバレエダンサーとして心がけていることは?
- 永久 自分の中で秘めておきたいものもあるし、努力している姿を見せるのはあまり好きではありません。バレエは夢を見せる芸術なので、キラキラした世界を届けたいという想いがいちばんにあります。踊る身としては、体調が悪いからこういう踊りしかできなかったのだと知ってほしくなる時もありますが、それはお客様には関係のないこと。夢を届ける存在でありたいので、SNSでも自分の私生活についてあまり触れません。
- 永久さんは、バレエダンサーを目指す子どもたちにとって憧れの存在です。夢に向かってレッスンを頑張る子どもたちに、伝えたいことは?
- 永久 目の前にあることをコツコツ続けていくのがいちばん大切です。いまやるべきことをやっていれば、それが積み重なって自信に繫がります。苦手なことはあとから急にできるようにはなりません。あの時もっと練習すればよかったと後悔しないためにも、つねに自分のなりたい姿を思い描いて努力してほしいと思います。
- 永久さんにとってバレエとは? どんなところにバレエの魅力を感じますか?
- 永久 いまの私はバレエでつくられていると言ってもいいくらい、小さい頃から踊ることが生活の一部になっています。きっとバレエなしでは私じゃない。対になる言葉ではないし、言うのもおこがましいかもしれませんが……「バレエ=私」な気がします。バレエはとても奥深く、表はキラキラしていてみんなが憧れる存在でも、その裏には練習の積み重ねがあります。ひたすら追求しても、終着点がまったく見えないからこそおもしろい。まるで中毒になったみたいに、ハマってしまうと抜け出せない何かがあるのが魅力だと感じます。
- 日本の観客に向けてメッセージをお願いします。
- 永久 日本の舞台に立てるのは、私にとって特別なこと。ロシアで踊る時とはまったく違う感情を抱きます。ぜひ日本のお客様に、この5年間マリインスキー・バレエでロシアスタイルを培ってきた永久メイを見ていただけたらと思います。
©︎Toru Hasumi
【コラム】永久メイのパワーの源
- 好きなスイーツは?
- もともとチーズケーキが好きです。日本のスイーツでとくに好きなのは、六花亭の「マルセイバターサンド」。最近は「たべっ子どうぶつ」にもハマっています! お菓子情報は、日本にいる方よりもかなり調べているかもしれません(笑)。
- K-popが好きだと聞きました。最近ハマっているグループは?
- 「Stray Kids」*(略して)スキズです。それはもう迷いなく。
*編集部注: 2017年、サバイバル・リアリティ番組「Stray Kids」を通じて選抜された、韓国のボーイズグループ。
曲は本番の日を除いて、レッスンが始まるギリギリまで聴いています。普段の私と劇場で踊る私は別人のようですし、日本に帰ってきた時とロシアにいる時とではまったく違います。好きな音楽を聴くことで、スイッチを切り替えられるんです。K-popを好きになった理由も、アイドルたちがバレエダンサーと同じように裏で血のにじむような努力をしているから。オーディション番組でデビューを目指す練習生たちが過酷な経験をしているのを見て、リハーサルで疲れたなんて言っていられないと思い、とても励みになった時期があったんです。たとえつらい練習でも、いやいやスキズは倒れるくらい頑張っているから、私はまだいけるみたいな(笑)。彼らのさまざまな活動がパワーの源になっています。
- 身体づくりのために、食生活で気をつけていることは?
- なにしろ甘いものが大好きなので(笑)、つらいと思いながら何かを制限するようなことはありません。朝は食べるものがだいたい決まっていて、昼はリハーサルで重いものを食べられないので軽くつまむ程度に。そのぶん夜は好きなものを食べてと無意識のうちに食生活のルーティンができています。スーパーで食品を買う時は絶対に成分表を見ているのですが、それも意識せずにやっていることのひとつです。気をつけているのは、タンパク質を多めに摂ること。練習でどのくらい体力を使うかによって、その日に食べる量を調節しています。
私物のレオタード
今回黒を持ってきてしまったのですが、ロシアでは暗い色を着ないようにしています。向こうは冬が長く、ずっと室内にいるので、明るい色のレオタードを着ると気分が上がるんです。役にあわせて色を変えることもあって、オーロラ姫を練習している時はピンクを選んだりと、レオタードを通して日々の楽しみを見つけています(永久)©︎Toru Hasumi
- 永久さんは桜がお好きですよね。どんなところが気に入っていますか?
- 桜は可愛らしいだけでなく、散っていく姿も美しい。綺麗事かもしれませんが、私もそういったダンサーになりたいと思っています。海外の友だちに日本に行くならいつがいい?と訊かれた時は、私が好きな桜の咲く春をおすすめしています。なかなか日本で春を迎えることができないので、いつも恋しいです。
©︎Toru Hasumi
- 永久メイ May NAGAHISA
- 兵庫県出身。3歳からバレエを始め、深田真紗子バレエアカデミーで学ぶ。2013年ユース・アメリカ・グランプリのジュニア部門で金賞受賞。スカラシップを得てモナコのプリンセス・グレース・アカデミーに留学。卒業後の2017年マリインスキー・バレエに研修生として入団し、2018年にセカンド・ソリスト、2021年よりファースト・ソリスト。2023年に『眠れる森の美女』のオーロラ姫でブノワ賞にノミネート。
おもな主演作品は『眠れる森の美女』『くるみ割り人形』『ジゼル』『ロミオとジュリエット』など。
公式ウェブサイト:https://may-nagahisa.com/
公式Instagram:https://www.instagram.com/may__nagahisa/
公演情報
Ballet Muses
-バレエの美神(ミューズ)2023-
【公演日程】
〇東京公演
2023年11月22日(水)
19:00開演(18:15開場)
東京文化会館 大ホール
Aプログラム
11月23日(木・祝)
12:00開演(11:15開場)
東京文化会館 大ホール
Bプログラム
11月23日(木・祝)
16:00開演(15:15開場)
東京文化会館 大ホール
Bプログラム
〇大阪公演
11月25日(土)
15:00開演(14:15開場)
NHK大阪ホール
Aプログラム
【プログラム内容】
<Aプログラム>
『ライモンダ』第3幕よりパ・ド・ドゥ
振付:ルドルフ・ヌレエフ
『こうもり』よりアダージョ
振付:ローラン・プティ
オリガ・エシナ&ヤコブ・フェイフェルリック
『ジュエルズ』より“ダイヤモンド”
振付:ジョージ・バランシン
アリョーナ・コワリョーワ&ザンダー・パリッシュ
『瀕死の白鳥』
振付:ミハイル・フォーキン
アリョーナ・コワリョーワ
『バレエ 101』
振付:エリック・ゴーティエ
ザンダー・パリッシュ
『眠れる森の美女』第3幕よりグラン・パ・ド・ドゥ
振付:マリウス・プティパ
アリーナ・コジョカル&ワディム・ムンタギロフ
『ロミオとジュリエット』よりパ・ド・ドゥ
振付:レオニード・ラヴロフスキー
『ジゼル』よりパ・ド・ドゥ
振付:マリウス・プティパ
永久メイ&フィリップ・スチョーピン
『Cor Perdut』
振付:ナチョ・ドゥアト
『ドン・キホーテ』よりグラン・パ・ド・ドゥ
振付:マリウス・プティパ、アレクサンドル・ゴルスキー
アンジェリーナ・ヴォロンツォーワ&エルネスト・ラティポフ
『PIEL』
振付:ジャック・ウォルフ
『Ghost Light』
振付:ギャレット・スミス
吉山シャール ルイ・アンドレ
<Bプログラム>
『ライモンダ』第3幕よりパ・ド・ドゥ
振付:ルドルフ・ヌレエフ
『ジュエルズ』より“ダイヤモンド”
振付:ジョージ・バランシン
オリガ・エシナ&ヤコブ・フェイフェルリック
『シェヘラザード』よりアダージョ
振付:ミハイル・フォーキン
アリョーナ・コワリョーワ&ザンダー・パリッシュ
『瀕死の白鳥』
振付:ミハイル・フォーキン
アリョーナ・コワリョーワ
『バレエ 101』
振付:エリック・ゴーティエ
ザンダー・パリッシュ
『マノン』第1幕より寝室のパ・ド・ドゥ
振付:ケネス・マクミラン
アリーナ・コジョカル&ワディム・ムンタギロフ
『ロミオとジュリエット』よりパ・ド・ドゥ
振付:レオニード・ラヴロフスキー
『眠れる森の美女』第3幕よりグラン・パ・ド・ドゥ
振付:マリウス・プティパ
永久メイ&フィリッ・スチョーピン
『Cor Perdut』
振付:ナチョ・ドゥアト
『タリスマンのグラン・パ・ド・ドゥ』
振付:ピョートル・グーセフ
アンジェリーナ・ヴォロンツォーワ&エルネスト・ラティポフ
『PIEL』
振付:ジャック・ウォルフ
『Ghost Light』
振付:ギャレット・スミス
吉山シャール ルイ・アンドレ
【公演詳細】
https://www.koransha.com/ballet/muses/