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【新連載】バレエものづくりStory #1:中野吉章(「バレエ言」クリエイター)

古川 真理絵

レオタード、衣裳、トウシューズ、バレエ雑貨など、「ものづくり」でバレエを支えているクリエイターたちがいます。

この連載では、“もの”とそれを作っている“人”の背景にある物語を、動画とともにお届けします。

作った“もの”にもStoryがある。
作った“人”にもStoryがある。

第1回は、2020年にバレエショップ「バレエ言」を立ち上げた、現役のバレエダンサー・中野吉章さんにお話を伺いました。

動画・写真撮影、動画編集:バレエチャンネル

◆◇◆

Profile
中野吉章 Yoshiaki Nakano
大阪生まれ。4歳より母親が主宰するエリート・バレエ・スタジオでバレエを始め、法村友井バレエ学校を経て、サンフランシスコ・バレエ・スクール、ピッツバーグ・バレエシアター・スクールに留学。2010年、ピッツバーグ・バレエシアターに入団。2014年にはプリンシパルに昇進。『ロミオとジュリエット』、『くるみ割り人形』、『ジゼル』などで主演を務めるほか、振付作品も多数。2020年にバレエショップ「バレエ言」を立ち上げ、クリエイターとしても活躍している。

作った“もの”のStory:「バレエあるある」Tシャツ、ヒットの裏側

「バレエ言」の代名詞といえば「バレエあるある」が書かれたTシャツですが、最初に作った「あるある」について教えてください。
中野 はじめに作った「あるある」は、
「今日は5番が入りません」
「これでもつま先伸ばしてます」
「かま足は敵」
の3つ。常日頃からレッスンで先生に言われてきたことです。どれも言い訳でしかないんですけど(笑)。「今日“も”5番が入りません」というのもあるんですよ(笑)。
「あるある」はどうやって思いつくのですか?
中野 ワードについては、友人との何気ない会話や、レッスンで先生に言われたことを記憶して、メモに全部書き出します。そこから客観的に見て「面白い」と思ったものだけを残す。「バレエ言」は今年で3年目になりますが、100種類以上の「バレエあるある」を世に出しました。
あとは、SNSで「バレエ言コンテスト」を開催して、「あるある」を募ることもあります。グランプリ受賞者には、その「あるある」を商品化してプレゼントするんです。1回の募集で80〜90くらいの応募がくる人気コーナーで、これは立ち上げた当初から行っています。もう9回は開催してる。久しくやってないから、またやりたいですね。
Tシャツの素材などのこだわりも聞かせてください。
中野 Tシャツは2タイプです。女性向けの腰回りを絞った「スリムTシャツ」と、ユニセックスで着られる「クラシックTシャツ」です。スリムTシャツは、首周りも丸く広いので、デコルテも綺麗に見せてくれる。女性にとても人気です。
生地はSDGsを意識して、エコ素材を使用しています。薄いから速乾性があるし、とても軽い。ゴワゴワしていると動きにくいけれど、これはレッスンにぴったりな素材です。
国内外の製造会社からサンプルを取り寄せて、スリムTシャツはアメリカで、クラシックTシャツは日本で製造されたものを使うことにしました。だから、スリムTシャツだけ、お届けするまでに少し時間をいただいています。
アメリカを活動拠点にしている中野さんにとって、日本の方をターゲットにした商品を作ることは、難しくありませんか?
中野 基本的には受注生産なので、どこにいても作れるし、どこへでも発送できます。中には、ヨーロッパで働いている日本の方からの注文もあります。受注管理はECサイトのシステムで完結しているので、いちいち僕が対応する必要もない。パソコン1台あれば、どこでも仕事ができます。アメリカが拠点だからといって、マイナスに感じたことはないですね。

受注の管理からデザインまで、すべてこのPCひとつで行っているとのこと

「バレエ言」を立ち上げる時に、とくに意識したことはありますか?
中野 「お客様が面白いと思ってくれるもの、買う価値があると感じてくれるもの」は、時間をかけて考えました。ブランドを立ち上げた当時はコロナ禍で、時間だけはありましたから。
あとは低コストで商品を作ること。マーケティング術やSNS運用の仕方、デザインは、本を読んですべて独学で勉強しました。
また、日本のニーズに合う価格帯を意識することも大事ですよね。Tシャツはレッスンで着る頻度の高いもの。つまり消耗品です。だからこそ長持ちして安価である必要がある。僕はなるべく気軽に手に取ってもらいたいので、原価に近い価格帯で届けるようにしています。
たった一人で運用されて、しかも受注生産で在庫を持たないというのは、コスト削減を突きつめていますね。
中野 在庫を持っていたら大変だったと思います。「バレエ言」はバレエのレッスンに特化した商品を作っているから、アパレルのようなシーズンも関係ない。どれもオールシーズンで使えるアイテムです。冬だったらパーカーを、夏はTシャツやタオルをメインに……くらいは考えますけどね。
「バレエあるある」Tシャツを初めて世に出した時の反響はいかがでしたか?
中野 反応は驚くほど早かったですね。真っ先に買ってくれた人は、新国立劇場バレエ団の福田圭吾さんだったんですよ。「“これでもつま先伸ばしてます”はある?」とメッセージがきて(笑)。
YouTubeで、最初に何枚か売れると必ず成功する、という動画を見ていたから、販売初日から「いける!」と感じました。
この夏も、日本の公演で共演したダンサーが「バレエ言」を知ってくれていて。「バレエ言」が独り歩きし始めたのを実感して、嬉しかったですね。
いまはTシャツだけでなく、いろんなアイテムが誕生していますね。
中野 Tシャツだけだと面白くないと思った時期があって。その時に、タオルやブランケット、トートバックといった雑貨を作りました。ダンサーは荷物が多いですから、ちょっとクスッとなるトートやポーチがあったら面白いと思ってもらえるんじゃないか、と。生徒もレッスンや発表会、コンクールで使えますし。
そのほかにも2023年から「バレエあるある」とは少し毛色の変わったシリーズが出てきました。
中野 じつは今年に入るまで、方向性に悩んでいた時がありました。それまでは「バレエあるある」一本だったのですが、スタジオの中でしか着られないという声が耳に入ったんです。女性は「面白い」より「恥ずかしい」が勝っちゃうようです。
そこで、タウン着としても活用できるオシャレ路線のアイテムも作ることにしました。欧文でスタイリッシュな「バレエの順番が覚えられる」Tシャツと、イラストデザインのみの「コツコツちゃん」Tシャツです。後者はフォロワーから名前を募りました。はじめは「骸骨バレリーナ」と呼んでいたのですが、フォロワーが「骨骨(コツコツ)」と「練習はコツコツ」を掛けた「コツコツちゃん」という名前を考えてくれて。春先の販売に合わせてチュチュは花柄に。チュチュのおかげで骸骨が可愛く見える。そのギャップがウケたようです。
「バレエあるある」と「オシャレ路線」の両輪を始めてから、方向性が定まり「バレエ言」はさらに軌道に乗ったように感じています。

足の甲までしっかり伸びたバレリーナ骸骨「コツコツちゃん」。さりげなく「Ganimata(がにまた)」と書かれたキャップも、2023年の春から販売しているそう

作った“人”のStory:クリエイター中野吉章とは

中野さんご自身のバックグラウンドについても教えてください。バレエを始めたのは、バレエ教師であるお母様の影響で?
中野 はい。4歳の時に母のスタジオに通うようになりました。当時のことは覚えていないのですが、黒いタイツをカッコイイ!と思ったらしくて。履いたまま寝てしまうくらい、お気に入りだったようです。

取材で訪れたエリート・バレエ・スタジオ(母・中野光子さん主宰)には写真がたくさん。アルバムのひとつに中野さんがバレエを始めた頃の写真も

じっさいにレッスンは好きでしたか?
中野 男の子は僕のほかにもいたし、年上のお姉さんたちが世話してくれたから、バレエを嫌だと思ったことは一度もありません。何より踊ることが楽しかった。同じ時期に習っていたピアノは、席にじっと座っていることさえできませんでした(笑)。
転機となったのは14歳です。国際バレエコンクール ジャパン・グランプリに出場し、サンフランシスコ・バレエ・スクールのフル・スカラシップをもらって1年間留学しました。最初は英語も話せないし、とにかく留学するのが嫌でしかたなかった。でも、いざ現地に行ってバレエを鑑賞したら衝撃を受けました。総合芸術としてのバレエの素晴らしさを目の当たりにし、「これがホンモノだ! 僕もアメリカで踊りたい」と、気持ちが一気に切り替わりました。
留学後は高校を卒業するために、一旦帰国。19歳の時に再び渡米して、オーディションを受けました。1年目は縁がなかったのですが、2年目にピッツバーグ・バレエシアター・スクールに入学。翌年には入団してプロとなりました。
そのあと、ほどなくしてプリンシパルに昇進されますね。
中野 はい。入団4年目で昇格して、今年でプリンシパルになって9年目を迎えます。いまは振付にも興味があって、ディレクターに相談して、作品も発表しています。日本でももっと披露したいですね。

ピッツバーグ・バレエシアター『眠れる森の美女』でデジレ王子を踊る中野さん 写真提供:中野吉章

ダンサーとしてのキャリアも順風満帆の中、なぜ、30代前半でブランドを立ち上げようと思ったのですか?
中野 きっかけはコロナでした。2020年、町が突然シャットダウンして、公演もすべてなくなりました。一日じゅうパジャマでの生活が続いていたある日、妻がYouTubeでオリジナルTシャツを作って販売している人の動画を見つけたんです。好きなデザインを、自分で販売できるのはいいな、と思った。それが最初ですね。
立ち上げ当初から「バレエあるある」のTシャツを作ろうと思ったのですか?
中野 いえ、はじめはちょっと変わった動物のデザインでTシャツを作っていました。ただ、これが1枚も売れず、3ヵ月ほどでやめてしまいました。黒歴史ですね(笑)。そんな時、ネットで「膝故障中」とプリントされたTシャツをたまたま見かけて「面白い!」と。これをバレエに置き換えて、レッスンでみんなが思っていることをTシャツにしたらウケるんじゃないか?とひらめいたんです。
シュールで面白いTシャツって、日本のバレエ市場でこれまでなかったですよね。アメリカだと、洒落が効いててクスッとなるワードがプリントされた衣類をよく見かけます。例えば「Rosé all day(1日じゅうロゼワイン)」みたいな。そこから派生して「chassé all day(1日じゅうシャッセ)」と書かれたTシャツも見たことがあります。遊び心がありますよね。
僕もバレエならではの、バレエをしている人にしか伝わらない言葉を集めてTシャツにしたいと考えました。だからブランド名は、「バレエ言」と名付けました。
いまはコロナも明けて、バレエ団の活動も開始されていると思いますが、どうやって時間のやりくりをされているのですか?
中野 すき間時間で作業しています。6時半ごろに起きてから、バレエ団の稽古に行くまでの30分ほどと、帰宅してから寝るまでの時間を「バレエ言」の仕事にあてています。日本とピッツバーグの時差は13時間だから昼と夜が逆転している。日本のみなさんが稼働している時間、こちらは夜で意外と時間が合うんですよ。この仕事において、国境の壁はあまり感じないです。
昔は手探りで何をするにも時間を要していましたが、最近はルーティンになってきたから、効率的に時間を使えています。
もうひとつ伺いたかったのが、中野さんのワードセンスについて。「バレエ言」が唯一無二なのは、共感を呼ぶ「あるある」だと思います。そのセンスは、どうやって培ってきたものなのでしょう?
中野 なんでしょうね(笑)。大阪生まれ・大阪育ちだからお笑いは好きで、吉本新喜劇も小さい頃から見ていました。あとは、本が好きなのも関係しているかもしれません。文章を書くのは得意ではないけれど、心に刺さる言葉選びは、読書から学んだように思います。
中野さんはエネルギッシュで、本当に多岐に渡って活躍されています。ダンサーだけでなく、コンクールの審査員や舞台公演のディレクターもされているとか?
中野 母の影響が強いと思います。母が自ら開拓していく背中を、ずっと見てきましたから。「ワールド・ドリーム」という国内外のダンサーを集めたガラ公演も、母が2013年に始めたことなんです。いまは僕が引き継いで、代表を務めています。ダンサーがいちばん輝けるのはやはり舞台の上ですから、これからも絶えず開催していきたいです。

法村友井バレエ団に所属していた母、中野光子さんが、法村牧緒さん・圭緒さんと踊る『コッペリア』の写真を発見。その隣には吉章さんの写真も。「世代をまたいで、全部同じポーズの写真なんですよ。おもろいでしょ?」と光子さん。中野さんの「面白い」を探求するルーツを垣間見たようでした

では、中野さんにとって「バレエ言」は、とりわけ成し遂げたかった長年の夢というよりは、思いがけずにめぐってきたビジネスという感じなのでしょうか?
中野 そうですね。でも、何より「バレエ言」の仕事は、面白いし、楽しい! 「あるある」を考えている時、自分でもパソコンの前で笑いこけてます(笑)。
もともとファッションは好きでしたが、ものづくりは身近ではなかったし、まったく興味がありませんでした。ずっとバレエ一筋で、ほかのことを考える余裕がなかったんです。でも、コロナ禍で時間ができた時に「自分に何ができるのか」を自問した結果、「バレエ言」が生まれました。いまでは、自分の視野が広がったのでありがたいと思っています。これからももっと多くの人に「バレエ言」を知ってもらいたいです。
あなたにとって「ものづくり」とは?
中野 シビアなバレエの世界において、少しでもバレエが楽しい!と思ってもらえるよう「バレエ言」を立ち上げました。スタジオに行って「今日、これ着てんねん」と友だちに見せるだけで、クラスの雰囲気が明るくなるかもしれない。先生が着てるだけで空気が和らぐことだってあるはず。
僕の、ものづくりのすべての原動力は「面白さ」。面白くて、シュールで、どストレートな心の叫びを、これからも届けていきたいです。

掲載商品の詳細・お問い合わせ先

◆バレエ言 WEBサイト:https://balletgen.com

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