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【リハーサル動画あり】新国立劇場バレエ団「ドン・キホーテ」①速水渉悟インタビュー〜生の舞台でしか伝えられないものがある。だから僕らは踊っている

阿部さや子 Sayako ABE

撮影・編集:古川真理絵(バレエチャンネル編集部)

2023年10月20日(金)〜29日(日)、新国立劇場バレエ団『ドン・キホーテ』が上演されます(*)

スーパーテクニックだらけのダンスシーン、クセ強めな(?)キャラクターたちのゆかいな演技。どこをとっても文句なしに楽しい古典バレエの人気演目ですが、同団が上演するのはアレクセイ・ファジェーチェフが改訂振付を手がけたバージョン。今回の上演ではファジェーチェフ自身が来日し、同作の核をあらためてダンサーたちに直接指導しているそう。

10月上旬、そのリハーサル現場を動画取材。今シーズンからプリンシパルに昇格し、バジル役で開幕初日を飾る速水渉悟さんのインタビューと共にお届けします。

*その他、113日(金祝)・4日(土)には愛知県芸術劇場での上演あり

【Interview 1】
速水渉悟 (プリンシパル)10/20, 27 バジル役

速水渉悟(はやみ・しょうご)京都府出身。ジョン・クランコ・バレエ学校を経て、2015年ヒューストン・バレエに入団。2015年ユース・アメリカ・グランプリNYファイナルシニア男性の部で金メダル、審査員特別賞を受賞。2018年新国立劇場バレエ団にソリストとして入団。20年『ドン・キホーテ』で全幕主演デビュー。21年ファースト・ソリスト、23年プリンシパルに昇格。 ©️Ballet Channel

プリンシパルに昇格して

速水渉悟さん、あらためまして、2023/2024シーズンからのプリンシパル昇格おめでとうございます!
速水 ありがとうございます!
昨シーズン最後の公演『白鳥の湖』でジークフリード王子を無事に踊りきった後、カーテンコールに吉田都芸術監督がマイクを持って登場。速水さんと、別日にオデット/オディールを踊った柴山紗帆さんのプリンシパル昇格を発表しました。驚きと喜びが入り混じった笑顔で観客の喝采に応えた速水さんは、少し涙ぐんでいるようにも見えましたが。
速水 はい、ちょっと泣いていました(笑)。まったく予想していなかったので。あの日は日頃から僕を応援してくださっているみなさんもたくさん観に来てくださっていたと思います。昇格を舞台上で発表してくださったおかげで、その方たちにいちばん最初に報告できたことが何より嬉しかったです。
速水さんは、2021年に新国立劇場バレエ団がピーター・ライト版『白鳥の湖』を初演した際にも同役デビューが決まっていたものの、怪我で降板を余儀なくされました。それだけに、今回の『白鳥の湖』に懸ける思いには特別なものがあったのでは?
速水 そうですね。僕はこれまで『白鳥の湖』のタイミングで怪我をすることが本当に多くて。アメリカのヒューストン・バレエで踊っていた頃に見せ場の多い王子の友人役をもらった時も、日本に帰ってきてベンノ役を踊らせてもらえることになった時も、怪我に見舞われてしまいました。『白鳥の湖』は大好きな作品のひとつなのに、いまひとつ良い印象が持てないというか、心のどこかに恐怖心を抱えたままきてしまった。だから今回こそは絶対に成功させよう! という気持ちはありました。
速水さんは2018年にソリストとして入団し、2020年には『ドン・キホーテ』で主役デビュー。その翌年にはファースト・ソリストに昇格し、おそらくバレエファンの多くが「近い将来、必ずやプリンシパルになる人」と目してきたと思います。ご自身にとっては、プリンシパルに到達するまでの5年間は長かったですか? それとも短かったですか?
速水 バレエダンサーである以上は主役を踊りたいし、プリンシパルを目指したい。多くの人たちがそう思って日々精進しているように、もちろん僕も同じ気持ちを持っていました。だけどこのバレエ団は、プリンシパルはもちろんその他の階級にも実力のある先輩ダンサーがとにかく多くて、層が厚いんです。それに僕に与えられていたファースト・ソリストというポジションは、主役をいただける機会もあるしソリスト役もたくさん任せてもらえるので、年齢的にも体力的にも豊富に踊れるいまの自分にとっては適しているのだろうと考えていました。だから本当にこのタイミングで昇格できるとは、まったく思っていませんでした。プリンシパルになれるとしたらそれはもっとずっと先だろうと感じていた、というのが正直なところです。

新国立劇場バレエ団『白鳥の湖』速水渉悟(ジークフリート王子)撮影:長谷川清徳

これまで転機になった役、これから踊りたい夢の役

そんな5年間を振り返って、自身の転機になったと思う役や作品を3つ挙げるとしたら?
速水 じつは、僕がシーズン通して全公演を踊りきれたのは、1年目の2018/2019シーズンと、5年目だった2022/2023シーズンだけなんですよ。間の3シーズンは、コロナ禍で公演中止が相次いだり、怪我で踊れなかったりしたので。だからとりわけこの1年は「やりきった!」という達成感がありますし、学ぶことも本当に多かった。転機になったという意味でパッと思い浮かぶ役や作品も、最近踊ったものばかりです。

1つ目はやはり、今回の『白鳥の湖』です。理由は先ほどお話しした通り。ずっと怖がっていた作品を、ついに素晴らしい思い出に変えることができました。2つ目は、今年5月にバレエ団初演した『夏の夜の夢』でしょうか。僕が演じたオーベロン役は、体力的な面ではもう今まで踊ってきた中でいちばんハードでした! 作品自体が1幕もので短いし、ダイナミックなジャンプなどもあまりないので意外に思われるかもしれませんが、あの役がどれだけしんどいか……みなさんにもぜひ踊って体感してみてもらいたいです(笑)。とくに今回は、歴代いろいろなダンサーが踊るなかで徐々に変わってきてしまった振付を、オリジナルキャストのアンソニー・ダウエルさんが踊った通り、フレデリック・アシュトンが最初に作った通りのかたちに戻すというのが吉田都監督のこだわりでした。とても貴重で勉強になる経験ではありましたが、現代の僕らにとってはそれが本当に難しかった。振付指導に来てくださったクリストファー・カー先生が「オーベロンを踊りきれたら、もう他のどんな役も怖くないよ」とおっしゃっていたのですが、まさにその通りでした。

ジークフリード、オーベロン、そして気になる3つ目は?
速水 難しいですね。個人的にはローラン・プティの『コッペリア』や『ジゼル』も大好きですし……でもやっぱり、自分を変えてくれたという意味では、初めて主役を踊った『ドン・キホーテ』かなと思います。それまでの僕はいわゆる“周り”を踊っていたわけですが、初めて“真ん中”を踊らせていただいたことで、逆に “周り”がどれだけ大切かを初めて本当に理解できました。たとえば第1幕、街の人々を演じるダンサーたち一人ひとりのエネルギーや、目が合った時に返してくれる笑顔が、どれだけパワーを与えてくれるか。ひとつの作品をみんなで作り上げるってこういうことか、と。主役を踊るダンサーたちの演技に深みがあるのは、彼らもまた“周り”で踊る経験をたくさん積み重ねてきたからこそなんだ――ありきたりかもしれませんが、そういう大切なことに気づかせてもらった経験でした。
逆に、まだ踊ったことはないけれど、いつか絶対に踊りたい夢の役はありますか?
速水 その質問はよく聞かれるのですが、本当はあまり言いたくないんです。期待されてしまうから。でも言ってしまうと、僕は『ロメオとジュリエット』が昔から大好きです。だからいつかはロメオを踊れたら嬉しいけれど、それはもっとずっと先……いっそ「もうそろそろ引退かな」というくらいキャリアを積んでからのほうが良いのでは、という気持ちがあります。
ロメオのような役こそ、若い頃には若いなりの、キャリアを経たら経たなりの表現があって、われわれバレエファンとしてはぜひ速水さんがダンサーとして成熟していくとともにロメオ像も変化していくさまを観たいのですが……と、さっそく期待してしまってすみません(笑)。
速水 いえ、ありがとうございます(笑)。僕、この夏に来日した英国ロイヤル・バレエの『ロミオとジュリエット』も2回ほど観に行ったんですよ。なんて素晴らしい作品なんだろう……って、音楽が流れるだけで涙が出てきました。新国立劇場バレエ団がレパートリーにしているのも同じマクミラン版。本当に大好きすぎて、踊るのが怖い。だけど踊りたい。僕にとってはそういう作品です。

舞台の上でしか表現できないものがある

新国立劇場バレエ団には現在5名の男性プリンシパルがいて、それ以外にも主役級の実力をもつダンサーたちがひしめいています。みなさんがそれぞれの個性を輝かせる中で、速水さんはどのような強みを押し出していきたいと考えていますか?
速水 これが質問の答えになるかはわかりませんが、僕は、舞台の上では素顔の自分とまったくの別人でありたい、と思っています。そもそも舞台というのは、日常とはまったく別の世界だと感じます。僕はとにかく、いろいろなタイプの役を踊りたい。だから素の自分の延長上で役を演じたくはないし、むしろふだんの自分とは完全に切り離して、まったくの別人になる感覚で演じるほうがやりやすいです。
おもしろいですね。
速水 舞台では、舞台上でしか表現できないものをお見せしたい、というか。ふだんの僕を知っている人が驚くくらいオンとオフにギャップがあって、「この役もできるんだ」「この役も似合うんだ」とお客様に思っていただけるようなダンサーでありたいです。
素顔の速水さんとのギャップ……というと語弊がありますが、お話しするとこんなに気さくで楽しい人柄なのに、舞台上で見せる踊りの質感は「エレガント」という表現がぴったりくる。それもバレエダンサー速水渉悟ならではの持ち味だと感じます。
速水 ありがとうございます。それは自分自身でも強く意識しているところです。僕はドイツのジョン・クランコ・スクールに留学していた頃、恩師の先生にずっと言われていた2つの言葉を今でもずっと大事にしていて。それは「エレガント」と「ミュージカリティ」です。もちろん役にもよりますが、基本的にはいかなる時もエレガントに、音楽と一緒に踊ること。そうでなければ、バレエとして伝えるべきものが伝わらないと思っています。
さらに抽象的な質問をさせてください。バレエ団において、プリンシパルとはどういう存在であるべきだと思いますか?
速水 「どうあるべきか」というより「自分が心がけたいと考えていること」ですが、僕は「みんなに好かれる存在でありたい」と思っています。 周りのダンサーからも、お客様からも慕われて、「速水となら一緒に踊りたい」「速水が踊る舞台なら観たい」と思ってもらえるような存在になること。それは踊りを磨くだけではダメで、人間性が問われることだと思う。仲間たちや観客のみなさんと、お互いにリスペクトし合える関係性を築いていきたいです。
さあ、いよいよ2023/2024シーズンが始まります。新シーズンの開幕を飾る公演は『ドン・キホーテ』。自身にとって「転機になった」という作品で、速水さんはプリンシパルとしての第一歩を踏み出すことになりますね。
速水 はい。ありがたいことに、僕は初日を踊らせていただきます。2020年に初主演した時と同じく、米沢唯さんという素晴らしいダンサーとパートナーを組めるのも嬉しい。最高のスタートを切らせてもらえることに、感謝しかありません。
舞台はやっぱり「生」のもの。映像では決して伝わらないものを楽しんでいただきたくて、僕らは踊っています。絶対に素晴らしい舞台にして、成長した姿をお見せします。ぜひ劇場にいらしてください!

新国立劇場バレエ団『ドン・キホーテ』米沢唯(キトリ)、速水渉悟(バジル)撮影:鹿摩隆司

公演情報

新国立劇場バレエ団『ドン・キホーテ』

日程

2023年

10月20日(金) 19:00

10月21日(土) 13:00

10月21日(土) 18:30

10月22日(日) 13:00

10月22日(日) 18:30

10月24日(火) 13:00【貸切】

10月27日(金) 14:00

10月28日(土) 13:00

10月28日(土) 18:30

10月29日(日) 14:00

予定上演時間 約2時間45分(休憩含む)

会場

新国立劇場 オペラパレス

詳細・問合せ

新国立劇場 公演サイト

その他

【愛知公演】

2023年

11月3日(金・祝)14:00

11月4日(土)14:00

愛知県芸術劇場 大ホール

詳細はこちら

 

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