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【特別インタビュー】 吉田都 新国立劇場舞踊芸術監督〈後編〉〜一歩ずつでも、着実に進んでいく。来シーズンは若手の育成を目標に

阿部さや子 Sayako ABE

新国立劇場バレエ団『白鳥の湖』撮影:鹿摩隆司

2023年3月7日、新国立劇場の来シーズンの上演演目が発表される「2023/2024シーズンラインアップ説明会」が開催された。
2020年から続いたコロナ禍の出口は見えてきた。しかしこの3年間の困難と、昨年来の戦争の影響は、いまなお舞台芸術にも重くのしかかっている。

まず、同劇場のオペラ・舞踊・演劇の3部門とも、本来2023/2024シーズンに予定していた一部の演目を、その先のシーズンに延期することになったという。コロナ禍で相次いだ公演中止や客席使用率制限により、入場料収入をはじめとする劇場収入が大幅に減ったうえ、感染予防対策等の支出は増加。さらには戦争の影響による世界的な物価高、エネルギー価格の高騰により劇場の財政が著しく圧迫されており、予定していた全演目を実施するのは困難という判断に至ったと説明があった。

併せて、来シーズンからはオペラとバレエのチケット料金が値上げとなることも発表された。これも上述の理由によるもので、同劇場がチケット料金の大きな改定を行うのは2007年以来となる(消費税増税に伴う料金変動はあった)。

この説明会で、吉田都舞踊芸術監督は来シーズンを「立て直しのシーズン」と位置付けた。そして「今年は新国立劇場開場25周年、バレエ団も創立25年。いまの充実はひとえに歴代の監督のおかげであり、来シーズンは歴代監督へのオマージュのシーズンにします」と語った。

2023年3月7日、新国立劇場オペラパレスホワイエにて開催された「2023/2024シーズンラインアップ説明会」。吉田都舞踊芸術監督より、来シーズンのバレエ&ダンス演目が発表された ©️Ballet Channel

その2023/2024シーズンのバレエ・ダンスのラインアップは以下の通り。

2023年10月20日~29日
『ドン・キホーテ』

2023年11月25日・26日
新国立劇場バレエ団
「DANCE to the Future: Young NBJ GALA」
パ・ド・ドゥ集/ドゥエンデ ほか

2023年12月22日~2024年1月8日
『くるみ割り人形』

2024年2月23日~25日
『ホフマン物語』

2024年4月27日~5月5日
『ラ・バヤデール』

2024年6月14日~23日
『アラジン』

2024年6月28日~30日
森山開次『新版・NINJA』

上述の説明会でとりわけ気になったのは、オペラ・舞踊・演劇の3部門のなかで、舞踊にだけ「新制作」の文字がなかったことだ。どの部門も一部演目が延期となったのは同じとしても、オペラには3作品、演劇には2作品の「新制作」もしくは「新作」がある。その理由について説明会中に質問したところ、同劇場運営財団常務理事より

  • 舞踊部門の新制作は「ニューイヤー・バレエ」の予定だった
  • しかし「ニューイヤー・バレエ」は公演回数が少なく、収益が上がりにくい
  • またオペラや演劇部門の新制作は年内の上演ですでにかなり準備が進んでいるのに対し、「ニューイヤー・バレエ」は年明けの上演で、他の公演に比べると延期しやすい状況にあった

との回答があった。

新国立劇場バレエ団の有料入場率は平均90%を超えており、同劇場の集客力を牽引している存在だ。コロナ禍が明け、さらに勢いをつけたいはずのタイミングでの今回の発表と、次シーズンに向けての思いなどについて、吉田都舞踊芸術監督に話を聞いた。

吉田都 新国立劇場舞踊芸術監督 ©JörgenAxelvall

◆◇◆

2023年4月末〜5月初めにかけての「シェイクスピア・ダブルビル」では、ウィル・タケットが新国立劇場バレエ団のために新たに振付けたオリジナル作品『マクベス』と、今回新たにバレエ団のレパートリーに加わったフレデリック・アシュトン振付『夏の夜の夢』、どちらも新制作での上演でしたね。
吉田 新国立劇場開場25周年という節目だった今シーズン(2022/2023シーズン)は、昨年10月の『ジゼル』をはじめ4つの作品を新制作することができました。新しいことにチャレンジするエネルギーは、やはり特別です。それまでとは異なるスタイルの踊りに挑戦したり、演じ方ひとつとっても振付家ごとに求められるものが違ったりする経験が、どれだけダンサーたちの成長につながるか。私は引き続き古典バレエを大切に守っていきたいという気持ちを強くもっていますが、いっぽうで古典以外の新たな作品にもどんどん取り組んで、バレエ団を進化させていくことの大切さもあらためて実感できたシーズンでした。
「ダンサーたちの成長」や「バレエ団の進化」についてはまさに観客の側もそれぞれに感じていると思いますが、吉田監督は具体的にはどのような点に、そうしたポジティブな変化が見て取れると考えていますか?
吉田  これは今シーズンよりも前からのことですが、コロナ禍の困難を乗り越えていくなかで、ダンサーたちの対応力が飛躍的に上がったように感じています。本番間際の急なキャストチェンジや演目変更に次々と対応していくうちに、ダンサーたちは身体的にも精神的にも本当に強くなりました。そうした経験が実を結んできたからこその今シーズンだったとも言えるかもしれません。
そうしたなかで、来シーズンは上演演目が減り、舞踊部門に関しては新制作もないことが発表されました。もちろんコロナ禍で生じた財政難を取り急ぎ立て直さなくてはいけないのは当然として、ようやく日常が戻り「さあここから」というタイミングでむしろブレーキをかけてしまうことが、本当に「立て直し」に繋がるのかどうか。この点についてお考えがあれば聞かせてください。
吉田 もちろん劇場からそのように要請があった当初は、納得のいかない思いもありました。けれども今はもう気持ちを切り替えています。来シーズンもこれまでと同じように一つひとつの舞台を全力でお届けして、その次の2024/2025シーズンで、また大きなチャレンジができたら。それに来シーズンに関しても、新しい試みはあるんですよ。2023年11月25日・26日の「DANCE to the Future : Young NBJ GALA」では、若手ダンサーのみなさんに、ふだんなかなか任される機会のない古典のグラン・パ・ド・ドゥなどを踊ってもらいます。また同時上演のナチョ・ドゥアト振付『ドゥエンデ』も新国立劇場バレエ団では久しぶりの上演。他のどのレパートリーとも違う独特なスタイルのダンスをお見せできるのを嬉しく思っています。
もうひとつ、先の「2023/2024シーズンラインアップ説明会」と併せて行われた吉田舞踊監督を囲む記者懇談会で、記者側から「来シーズンはコンテンポラリーダンス公演の比重が非常に小さくなっていること」を指摘する質問がいくつか挙がりました。吉田監督は「クラシックとコンテンポラリーの両輪で進んでいきたいという方針は変わらない」としたうえで、「世界中のバレエ団が人員的・予算的な理由で古典作品を上演しなくなりつつあるからこそ、あらためてクラシックを大事にしていきたい」ということ、そして「ダンサーたちにはコンテンポラリーに挑戦する機会をもっと与えたいけれども、その時期やタイミングは見計らいたい」という考えを示しました。
吉田 古典バレエの上演には大勢のダンサーが必要で、大規模な舞台装置や衣裳、オーケストラなど大きな費用もかかります。そうした理由からクラシックのレパートリーを抱えきれなくなって、コンテンポラリーのほうに比重を移していくカンパニーを私自身も見てきました。もちろんそれは芸術的にも意義のあることですけれど、クラシックの演目を充分なかたちで上演できるカンパニーが世界的に貴重になってきているのは事実です。ですから新国立劇場のいまの環境は本当にありがたいですし、古典バレエの価値をこれからもしっかり守っていけるカンパニーでありたいという思いは強くあります。

そのいっぽうで、ダンサーたちがコンテンポラリーダンスを踊る機会も、もちろんもっと作っていきたいと考えています。ただし来季が「立て直しのシーズン」である以上、有料入場率、つまりチケットの売れ行きはよりシビアに問われます。例えば『白鳥の湖』『ドン・キホーテ』『ジゼル』といった古典全幕ならば95%前後の有料入場率であるのに対して、コンテンポラリーダンスはもちろん、例えば「シェイクスピア・ダブルビル」のような公演でさえ、古典上演時の数字にはまだまだ及びません。ここが、いつも本当に難しいところです。

ただ、もうひとつ忘れてはいけないのは、新国立劇場バレエ団は公共のカンパニーだからこそ、時には採算を度外視したチャレンジをしなくてはいけないということです。思いきった試みで可能性を切り拓いていくこともこのバレエ団が果たすべき役割だと私自身は考えていますけれど、“数字”で証明できなければその価値や意義を理解していただくのがなかなか難しい。そういうジレンマもあります。

2023/2024シーズンラインアップ説明会後の記者懇談会にて、記者たちの質問に答える吉田監督 ©️Ballet Channel

採算度外視でのチャレンジ……バレエやダンスなど舞台芸術を愛する人間であればもちろん「ぜひやってほしい!」と思う部分ですが、確かに国立の劇場だからこそ、よけいに“数字”で評価される面はありそうです。
吉田 そうですね。そこはもどかしいところです。また、コンテンポラリー作品の比重を増やしていくにはもうひとつ、ダンサーたちへの報酬の問題もあります。新国立劇場バレエ団のシーズン契約ダンサーの報酬は「固定報酬(毎月一定の額を支払う)」と「出演料(公演ごとに支払う)」の二層構造になっていて、彼らにとっては「出演する公演の数」が収入を左右します。その意味で言うと、大人数が必要な古典全幕であればほぼすべてのダンサーが出演することになるのに対して、コンテンポラリー作品はどうしても少人数編成ものが多いので、限られた人しか出演できないという一面もあります。先日の記者懇談会でも、古典とコンテンポラリーを両立している好例としてパリ・オペラ座やハンブルク・バレエといったバレエ団の名前が挙がりましたけれど、そうした欧州のカンパニーと日本では、やはり国の文化政策や劇場のシステム、ダンサーたちへの保障のレベル等がまったく違います。現状を踏まえるとどうしても芸術的な判断だけでプログラムを組むことはできず、苦しいところです。
吉田監督は来シーズンに向けてのメッセージのなかで「固定報酬と出演料から成る報酬のうち、固定報酬の割合を増やすことで、公演中止や怪我、体調不良などがあってもダンサーが一定の収入を得ることができるようにシステムを変更した」という旨の説明をしています。それはまさに、いまこの現実のなかで少しでも状況を前に進めていくための一歩であるわけですね。
吉田 本当に一歩ずつですけれど、着実に進んできてはいますので。現状がどれだけもどかしくても、これはこれでいったん受け入れた上で、「ならばどうすればいい?」と考えていくこと。そしてまず改善できることを改善して、 次にできることに着手する。そうやって焦らずに、時間をかけて、少しずつでも理想的な環境を整えていけたらと思っています。
そして今年は、吉田監督がかねてより必要性を訴えてきた「リハーサルスタジオの増設」が実現するそうですね。
吉田 ええ、ありがたいことに、今年中に新スタジオが完成する予定です。これまでは2つしかなかったスタジオが3つに増えることで、より効率的にリハーサルスケジュールを組めるようになります。すると公演回数を増やすことも可能になりますし、キャスティングの幅も広がります。ゆくゆくはその新スタジオでお客様との交流イベントなども開催できたら……等と、いろいろなアイディアを膨らませています。
楽しみです! いっぽうで、公演数が増えたりキャスティングの幅が広がったりすると、ダンサーの身体的な負担は大きくなって、故障が増えたりする心配はないのでしょうか? 実際、例えば今シーズンの12月〜1月にかけて『くるみ割り人形』の公演回数が全13公演もあり、それが終わるとすぐに「ニューイヤー・バレエ」4公演があって……というなかで、ダンサーが怪我をして降板するという状況が見られました。
吉田 ダンサーの故障については、私が2020年に芸術監督に就任した時から、すべて記録をして統計を取っています。医療機関のご協力のもと、どの作品で、どのような怪我が発生したかまですべて把握していて、その結果を見る限り、ダンサーの故障が増えているという事実はありません。もしファンのみなさまが「怪我が増えているのでは」と感じていらっしゃるとしたら、それは以前ならダンサーが故障を隠して踊っていたようなケースでも、私がストップをかけてキャスト変更をするためにそのような印象を与えているのかもしれません。

怪我というのは、もちろんできる限り避けるべきものではありますけれど、じつはネガティヴな面だけではないんです。怪我をするかしないか、そのギリギリのところまで自らをプッシュできるのは、それだけ本人の身体が強くなっていることの証でもあります。

新国立劇場バレエ団『白鳥の湖』撮影:鹿摩隆司

来たるべき2023/2024シーズンに、まずは取り組みたいと考えている課題は何ですか?
吉田 やはり、若手の育成でしょうか。先ほどお話しした11月の「DANCE to the Future : Young NBJ GALA」もそうですけれど、若い才能を外から引っ張ってくるのではなく、いまこのバレエ団にいる若手を育てたいと思っています。そのためには、誰を、どの役に、どのようにキャスティングすれば成長していくのか……それをいつも考えています。そして私たちはダンサーをただ「見守る」のでは足りなくて、こちらから「教え込んでいく」姿勢が必要。そんなふうに、バレエスタッフのみなさんとも話し合っているところです。
例えば次の『白鳥の湖』は全9公演ですが、そのうちの1公演は主役を含めて「若手キャストのチャレンジ公演」にする、みたいな企画はあり得ますか? 宝塚歌劇における新人公演(*)のように。
吉田 それはなかなか難しいというのが正直なところです。1プログラムあたり何十回と上演する宝塚歌劇と違って、バレエは公演回数が限られていますから。素晴らしいプリンシパルたちにも複数回踊らせてあげたいですし、ソリスト級のダンサーでも、すでに主役を踊れるだけの実力があるのにチャンスがもらえないということもあると思います。そうしたキャスティングのバランスも、いつも頭を悩ませていることのひとつです。

*宝塚大劇場および東京宝塚劇場で上演される演目を、宝塚歌劇団入団7年目までの出演者のみで上演する公演。両劇場での公演期間中にそれぞれ1回ずつしか上演されず、チケットの入手が困難なほど人気の公演でもある

間もなく新スタジオができることも、ダンサーたちにとって何かしらのチャンスにつながるきっかけになりそうですね?
吉田 そうですね。ただ、ダンサーたちにも伝えたいのは、まずは自分自身を客観的に見て、「いまの自分に足りないものは何か?」をきちんと分析できなければ、前には進めないということです。ダンサーであれば、誰もがみんな「もっといろいろな役を踊らせてほしい」と思っています。でも、本当はできていないのに自分ではできているつもりでいる限り、進歩はありません。
なるほど……「踊りたい」という意欲だけではダメだということですね。
吉田 私たちにできるアドバイスはもちろんしますけれども、プロであれば、自分のことはまず自分でわからなくてはいけません。そして自己分析ができたなら、ふだんのお稽古やリハーサルの時に、「私にはこういうことができます」というものを自分の踊りで見せてほしい。なぜならキャスティングを考える時、私たちは日々のスタジオでの様子を思い浮かべながら、「この役を踊れるのは誰か」を判断するのですから。日々の地道な鍛錬はもちろん、自分に必要なものを見極められる頭の良さや、自分の成長のためならどんなことでも学びにいくくらいの貪欲さなども求められるのがバレエダンサーです。

新国立劇場バレエ団『白鳥の湖』撮影:鹿摩隆司

取材を終えて

ダンサーの待遇、集客やファンドレイジング、シーズンのプログラム構成、クラシックとコンテンポラリーの比重、日本を代表するバレエ団として個性をどう出していくか等――すべてはこの国が歩んできた歴史や現在の文化政策、劇場のシステムなど、大きな構造のなかで地続きにつながっている。バレエ、ダンス、ダンサーたちを取り巻く問題を改善していくには「1年単位ではなく数十年単位の視点をもって取り組まなくては」と語った吉田都芸術監督。すぐに「……とはいえ、私もつい目の前のことでキリキリしそうになるので、これは自分自身に言い聞かせていることでもあるんです(笑)」と言葉を付け足したのは、個々のダンサーにとって「その1年」がどれだけ大切かを、誰よりも知っているからこそだ。

2023年6月10日(土)〜18日(日)上演の『白鳥の湖』で、新国立劇場バレエ団は今シーズンを締めくくる。主役のオデット/オディールに配役されていたプリンシパルのひとりが、残念ながら怪我で降板。その代役を、吉田監督はまだアーティストの吉田朱里に託した。それはちょうど、吉田監督自身がサドラーズ・ウェルズ・バレエ(現在のバーミンガム・ロイヤル・バレエ)の若いバレリーナだった頃に、同じく『白鳥の湖』で初めてオデット/オディールの代役に抜擢されたところから輝きへの一歩を踏み出したエピソードにも重なって見える。

この秋から始まる2023/2024シーズンは、吉田都芸術監督の4年目のシーズンでもある。新国立劇場の芸術監督の任期は一期4年(再任あり)、つまり来シーズンは自身にとってひとつの節目とも言えるだろう。コロナ禍が明け、国内の他のバレエ団もそれぞれにダイナミックな動きを見せるなか、新国立劇場バレエ団のこれからにも注目が集まっている。

公演情報

『白鳥の湖』

日程

2023年

6月10日(土)14:00

6月11日(日)13:00

6月11日(日)18:30

6月13日(火)13:30

6月14日(水)13:30

6月15日(木)13:30

6月17日(土)13:00

6月17日(土)18:30

6月18日(日)14:00

上演時間 約3時間(休憩含む)

会場 新国立劇場 オペラパレス
詳細 新国立劇場バレエ団WEBサイト

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