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【特別インタビュー】 吉田都 新国立劇場舞踊芸術監督〈前編〉〜新制作『マクベス』『夏の夜の夢』は、演技の質の違いも楽しんで

阿部さや子 Sayako ABE

新国立劇場バレエ団「シェイクスピア・ダブルビル」『マクベス』福岡雄大(マクベス)、米沢唯(マクベス夫人) 撮影:鹿摩隆司

吉田都新国立劇場舞踊芸術監督の3年目のシーズンも、残すところあとわずかとなった。約3年前の就任当初から続いたコロナ禍もようやく落ち着き、次の2023/2024シーズンラインアップも発表されたところで、吉田監督にインタビューする機会を得た。

特別インタビュー〈前編〉は、2023年4月29日(土祝)〜5月6日(土)まで上演中の、新国立劇場バレエ団「シェイクスピア・ダブルビル」について。英国の鬼才ウィル・タケットに振付を委嘱したオリジナルバレエ『マクベス』と、吉田監督自身も現役時代にヒロインを踊り「大好きな作品」だという巨匠フレデリック・アシュトン振付『夏の夜の夢』。どちらも新制作という意欲的なダブルビルーー両作品の魅力や見どころ、踊り手に求められること等について話を聞いた。

吉田都 新国立劇場舞踊芸術監督 ©JörgenAxelvall

◆◇◆

今回の「シェイクスピア・ダブルビル」は、アシュトン振付『夏の夜の夢』はバレエ団初演、タケット振付『マクベス』は世界初演と、どちらも新制作というチャレンジングなプログラムですね。
吉田 シェイクスピアの悲劇と喜劇、まったく雰囲気の異なる2作品を同時上演できることを、とても嬉しく思っています。新国立劇場開場25周年である今シーズンは、新演出版『ジゼル』やドウソン振付『A Million Kisses to my Skin』、そして今回のダブルビルと、バレエ団としてゼロから作品に取り組む経験をいくつも重ねることができました。未知のダンススタイルに出会うことや、振付家によってまったく異なる要求に柔軟に対応すること。新しいことにチャレンジするエネルギーがいかにダンサーたちの心身を鍛え、成長させるかを、あらためて実感しています。
今作に取り組むダンサーたちの様子はいかがでしたか?
吉田 今回は『夏の夜の夢』と『マクベス』のキャストを完全に分けるようにしました。何人かだけはどうしても重なっていますけれども、ダンサーたちがよりしっかりとリハーサルできる体制を組めたのは、とても良かった点のひとつだと思っています。

まず『夏の夜の夢』についてですが、新国立劇場バレエ団がアシュトン作品をレパートリーにするのは、『シンデレラ』以来、これが2作目だったんですね。このバレエ団はアシュトン作品に馴染みがあるような気がしていたのですが、じつはそれほどでもなかったわけです。ですから今回『夏の夜の夢』に配役されたダンサーたちは、アシュトンのスタイルを学ぶのにかなり苦戦しました。あの特有の足さばきやエポールマンを、美しくスムーズに、そして楽しそうに見せていくのがどれほど難しいか。振付指導にお呼びしたクリストファー・カーさんに毎日熱心にリハーサルしていただけたことは、ダンサーたちにとって本当に大きな財産になったと思います。

そして『マクベス』。自分たちのためのオリジナル作品が作り上げられていく、そのプロセスに立ち会えることの貴重さは言うまでもありません。今回振付を委嘱したウィル・タケットさんは非常に英国的なクリエイターで、さらには演劇も手がけていらっしゃるので、その場面がどういう状況で、そこにいる人物たちがどういう感情で、なぜそのように行動するのか……といったことをすべて細かく説明くださいます。ですからダンサーたちは頭にクエスチョンが浮かぶことなくとてもクリアな状態でリハーサルができたのではないでしょうか。

英国ドラマティック・バレエに連なる振付
練達プリンシパルたちの競演『マクベス』

まずはその『マクベス』について聞かせてください。タケットさんは作品の構築の仕方がとても緻密でそこが演劇的であり英国的でもあるということかと思いますが、振付じたいの印象はいかがですか?
吉田 振付にも英国バレエの伝統を感じます。たとえば3月末の公開リハーサルでも披露したマクベス夫妻のパ・ド・ドゥひとつを見ても、ドラマティックさといい、リフトなどの動きといい、どこかケネス・マクミラン作品に通じるものを感じられるのではないでしょうか。実際あのパ・ド・ドゥには、2人がお互いに引っ張り合う力を使い、重心のバランスをとりながら踊らないと成立しない、トリッキーなテクニックがふんだんに織り込まれています。それらはまさに『ロメオとジュリエット』や『マノン』といったマクミラン作品の特徴とも言えるもので、本当に難しい振付ですね。主演のダンサーたち(福岡雄大・米沢唯、奥村康祐・小野絢子)がいずれもベテランで優れた技術の持ち主だからこそ、するするっと流れるように踊りながらも、感情の起伏をきちんと表現するということができていますけれども。ウィルさん本人も「難しい振付になってしまった……」とつぶやいていたくらいです(笑)。
なるほど、技術と表現の両面において熟達の域にあるダンサーにしか踊れない役だということですね。
吉田 そのとおりです。福岡さんと米沢さん、奥村さんと小野さんは、身体的にも精神的にも成熟して、まさに表現者としてピークを迎えています。彼らがいまこのタイミングで『マクベス』に出会えたのも、とても良かったのではないかと思っています。

新国立劇場バレエ団「シェイクスピア・ダブルビル」『マクベス』福岡雄大(マクベス) 撮影:鹿摩隆司

音楽はスコットランド出身の作曲家ジェラルディン・ミュシャの「マクベス」で、これはバレエ音楽として書かれたものでありながら、実際にバレエ化されるのは今作が初めてだそうですね。楽曲だけを聴くと、決して踊りやすそうには思えない掴みどころのなさや摩訶不思議な響きを感じたのですが、タケットさんの振付と一緒になると途端に音楽の輪郭がくっきり浮かび上がってくるような印象を受けました。
吉田 おっしゃるとおり、ミュシャの「マクベス」はとても難解な音楽です。私自身も、最初に聴いた時はカウントをどう捉えればよいのかわからなかったほど。また、原曲はそのままでは短く、ストーリーを思い通りに展開させるためには変更が必要な状態でもありました。ところがウィルさんは、子ども時代にロイヤル・バレエ・スクールに入学するか、それとも音楽学校に行くか……と迷ったくらい、じつは音楽についても天賦の才能を持っている方で。今回編曲を手がけてくださった指揮者のマーティン・イェーツさんと一緒にミュシャの他の楽曲を探しつつ、著作権者である息子さんにも相談しながら見事に楽譜を整えて、とても音楽的なバレエを作り上げてくださいました。
振付や演出だけでなく、音楽の才まで……。タケットさんが世界中で引っ張りだこである理由がそこにもありそうです。
吉田 リハーサルを見ていると、スタジオの中でのウィルさんは「これが絶対だから、このとおりにしてほしい」とはおっしゃらず、目の前のダンサーと対峙しながら、振付をどんどん変化させていく柔軟なタイプの振付家です。けれどもスタジオに入る前の下準備はとても緻密で、音楽と振付の関係、ダンサーたちの動かし方、場面の展開の仕方など、すべてが計算し尽くされたうえでクリエイションに向かっているのだということがよくわかる。今回の作品では大掛かりな装置もなく、舞台上にあるものをダンサーたち自身が動かしながら、場面をみるみる変化(へんげ)させて物語を運んでいきます。そうした舞台作りの巧みさといい、劇場が求めるものやダンサーたちに必要なものを瞬時に察知してベストな提案をしてくださる対応力といい、ウィルさんの手腕の鮮やかさを見ていると「職人技」という言葉が浮かんできます。

新国立劇場バレエ団「シェイクスピア・ダブルビル」『マクベス』米沢唯(マクベス夫人) 撮影:鹿摩隆司

シャープでありながら柔らかく……
アシュトンの原点に立ち戻った『夏の夜の夢』

ベテランプリンシパルが揃い踏みする『マクベス』に対し、『夏の夜の夢』は若手の抜擢も多くてフレッシュな印象ですね。
吉田 『夏の夜の夢』は約60分の一幕もので、とても軽やかな印象ですけれど、踊ってみると信じられないくらいハードな作品なんです。若くて体力のあるダンサーでもよほど踊り込まないと最後まで踊りきれないくらい消耗しますし、とくにオーベロンやパックはどこまでもアクセルを踏み続けて踊らなくてはいけないような難役です。ですからリハーサルに入った当初は、とにかくみんな、まずはアシュトンの振付を正しく行うこと、そして音楽と一緒に最後まで踊りきることに必死でした。それでも、とくに若いダンサーたちはやる気満々でいつも嬉しそうに弾けていましたし(笑)、振りが身体に入ってくると、みんなみるみるスタミナもついてきました。そして最終的には、それぞれが自分なりの表現も見つけられたように思います。新国立劇場バレエ団をいつも観てくださっているお客様にはきっと、ダンサーたちがどれだけ成長したかを感じ取っていただけるのではないでしょうか。

新国立劇場バレエ団「シェイクスピア・ダブルビル」『夏の夜の夢』山田悠貴(パック) 撮影:鹿摩隆司

いち観客の身としても、一幕ものの『夏の夜の夢』は他の全幕作品に比べればライトなのかと思っていました。
吉田 ライトに見えますよね。コメディタッチなところもありますし。でも、時間が短くて展開がスピーディだからこそ、ダンサーたちは畳み掛けるように踊らなくてはいけないのです。体力が回復する間もなく次、次、次……と踊りが続いていく。そこがこの作品の面白さでもあります。
『夏の夜の夢』といえば、吉田監督自身も現役時代に妖精の女王ティターニアを踊っていました。だからでしょうか、リハーサルでは監督みずからダンサーたちにアドバイスをしていましたね。
吉田 私自身の経験もありますけれど、今回は私よりも前の時代、1980年代にこの作品を踊っていたレスリー・コリアたちの映像を、あらためて見直してみたんです。それがもう、本当に素敵で……本来のアシュトン・スタイルとはまさにこれだというものが、そこにありました。

アシュトンのスタイルというのは、シャープでありながらとてもソフト。その質感こそが本質です。しかし振付としてはどの音でどう身体を使うかが厳密に決まっているために、正確に踊ろうとするとつい力が入ってしまい、動きが硬くなりやすいんですね。そうなると、もうまったくの別物になってしまいます。シャープに動きながらも、柔らかなプリエをしっかり使って、ふわりとソフトな質感を醸していく。そのアシュトンのオリジナルのスタイルを今回は目指したいと思って、クリストファーさんにも相談させていただきました。

シャープでありながらふわりとソフト……素敵ですね。
吉田 今回はロイヤル・バレエのノーテーター(舞踊譜記録者)であるグラント・コイルさんにも来ていただいたのですが、彼自身もこの『夏の夜の夢』に長年携わってきた方で。この作品が初演されたのは1964年ですけれども、それ以来、振付をアシュトン自身が変えた部分もあれば、ダンサーたちが自分の踊りやすいように変えてしまった部分も多々あるのだと伺いました。作品が理にかなったかたちで改訂されていくのはもちろん良いことですが、例えばダンサーが「ここは難しいから」という理由で勝手に変えてしまうと、本来アシュトンが意図したスタイルは、どんどん崩れてしまいます。実際のところ、現在ロイヤル・バレエで上演されている振付さえ、アシュトンのオリジナルに対して厳密ではなくなっている部分があります。ですから今回の私たちの上演では、できる限り原点に立ち返りたいと考えました。私自身、ティターニアを踊った時には、初演キャストのアントワネット・シブリーやアンソニー・ダウエル、そしてレスリー・コリアといった方々に教わったので、その時ご指導いただいたことを大切にしようと。

新国立劇場バレエ団「シェイクスピア・ダブルビル」『夏の夜の夢』柴山紗帆(ティターニア)、渡邊峻郁(オーベロン) 撮影:鹿摩隆司

当時シブリーやダウエルらに学んだことは、いまでも鮮明に覚えていますか?
吉田 ええ、覚えています。アシュトンはスタイルが明確にあるからといって、ステップをただ「形」としてなぞろうとすると、振付そのものは正しくても、ニュアンスが違ってきてしまうんですね。あるいは音楽も、ただカチカチと精確に守ればいいということではありません。「ここは音と動きをぴたりと合わせる」という要(かなめ)があって、そこは必ず守るけれども、他の部分では多少音に遅れても呼吸を見せて、余韻を残していく。そういうことをシブリーたちは伝えてくださったので、今度は私が新国立劇場バレエ団のダンサーたちにそれを伝えたいと思い、リハーサルをしてきました。
あらためて、『夏の夜の夢』という作品の魅力を、ぜひ吉田監督の言葉で教えていただけますか。
吉田 全編からたっぷりと醸し出されるアシュトン・スタイルの美しさ、シェイクスピアの喜劇と振付家のテイストがかけ合わさって生まれる独特なユーモア。ロバになったボトムの愛らしいポワント・ワークとか、そんなロバに魔法にかけられたとはいえ恋してしまったプライド高き女王ティターニアもまた可愛らしいですし、1時間の中にたくさんの魅力が詰まった作品だと思います。

そして『マクベス』と合わせてぜひ楽しんでいただきたいのは「演技」です。『マクベス』も『夏の夜の夢』も英国バレエらしく演劇性の高い作品ですが、ひと口に「演劇性」といっても、演技にはいろいろなタイプ、テイストがあります。『マクベス』で求められるのは、いわゆるストレート・プレイにも近い、とてもリアルで自然な演技。例えば暗殺の場面で、少しでも「振付」然とした動きをしてしまうと、タケットから即座に「そんな動作では人は殺せない」と指摘が飛んでいました。いっぽう『夏の夜の夢』の演技はもっとオールドファッションです。ちょっと芝居じみていて大げさだけれども、クリアかつ的確に物語や感情を表現していくことが必要です。さらには妖精、貴族、職人たちというキャラクターや階級の違いによっても、演技の質が変わります。作品をご覧いただくと、ヘレナやディミートリアスたち貴族の演技からは上流階級の言葉遣いが、ボトムたち職人の面々からはコックニー訛りの会話が聞こえてくるような雰囲気を感じていただけると思います。ティターニアや彼女が率いる妖精たちの踊りではバレリーナらしい優美な踊りや立ち居振る舞いというものを堪能していただけますし、ぜひいろいろな視点から、このダブルビルを味わっていただけたら嬉しいです。

新国立劇場バレエ団「シェイクスピア・ダブルビル」『夏の夜の夢』柴山紗帆(ティターニア)、木下嘉人(ボトム) 撮影:鹿摩隆司

★【特別インタビュー】 吉田都 新国立劇場舞踊芸術監督〈後編〉につづく

公演情報

シェイクスピア・ダブルビル
『マクベス』/『夏の夜の夢』

公演日程

2023年
4月29日(土・祝)14:00

4月30日(日)14:00

5月2日(火)19:00

5月3日(水・祝)14:00

5月4日(木・祝)14:00

5月5日(金・祝)14:00

5月6日(土)14:00

約2時間(休憩含む)

会場

新国立劇場 オペラパレス

プログラム

『マクベス』
【振付】ウィル・タケット
【音楽】ジェラルディン・ミュシャ
【編曲】マーティン・イェーツ
【美術・衣裳】コリン・リッチモンド
【照明】佐藤 啓

『夏の夜の夢』
【振付】フレデリック・アシュトン
【音楽】フェリックス・メンデルスゾーン
【編曲】ジョン・ランチベリー
【美術・衣裳】デヴィッド・ウォーカー
【照明】ジョン・B・リード

スペシャルイベント

●クラスレッスン見学会/5月2日開催
●プレトーク/5月2日開催
●【25歳以下限定】プロダクションガイドツアー/5月3日開催
●アフタートーク/5月4日、5月5日開催

詳細はこちら

詳細  新国立劇場バレエ団WEBサイト

 

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