2020年1月8日に開催された、新国立劇場の2020 / 2021シーズンラインアップ説明会。大野和士オペラ芸術監督、吉田都次期舞踊芸術監督、小川絵梨子演劇芸術監督の3人によるシーズンラインアップ説明会が終わった後、オペラ、バレエ&ダンス、演劇の各ジャンルにわかれての懇談会が行われた。
バレエ&ダンス記者懇談会の会場は、吉田都次期芸術監督を囲んで雰囲気はとても和やかながら、記者たちは次つぎと手を挙げ、具体的なヴィジョンや施策について質問した。
吉田都次期芸術監督からは、言葉が溢れた。
どの発言にも共通していたのは、自分の経験から蓄積してきた知見のすべてを、現在そしてこれからのダンサーたちのために使おうとする明確な意志。
懇談会は1時間にもわたる盛り上がりを見せた。
こちらも先のラインアップ説明以上に重要な話題が盛りだくさんだったため、その質疑応答の内容を極力割愛せずに掲載します(一部割愛)。
バレエ&ダンス記者懇談会
- 記者A 昨年ダンサーを引退し、舞台の表に立っていた立場から、芸術監督というある意味“裏方”としてバレエ団を率いていく立場になるということで、これからの抱負をお聞きしたいと思います。
- 吉田 すでに2年ほど前から新国立劇場バレエ団のダンサーたちと一緒にお稽古を受けたり、公演もずいぶん観ておりますけれども、このダンサーたちとともにお仕事をしていけることが、いまは本当に楽しみで、わくわくしております。私自身がずっと経験してきたバレエ環境とはまた違うなかで、みんな本当にがんばっていますので、ダンサーたちにとってより良い環境を作っていけたらと。それが本当に、私の夢です。公演やダンサーたちのレベルは、世界的に見ても高いところにあります。けれども環境面では、時どき可哀想になることがあります。でもそのようななかでこれだけがんばっているのですから、私にできることはすべてやっていきたいという気持ちです。
- 記者B 「環境」という話が出ましたが、具体的に、まずどんなことを改革していきたいと思っていらっしゃいますか? 例えば東京バレエ団は「ポワント基金」を設けてダンサーたちがトウシューズを買う費用を助けていますが、新国立劇場バレエ団のダンサーたちは、ポワントが支給されているのでしょうか?
- 吉田 はい、支給はされています。ただ、例えばロイヤル・バレエ団なら確か“1カ月に30足まで”とかそのくらいの数だったと思うんですよ。もちろんそこまで使う人はそうそういないとは思うのですが、やはりそのレベルは目指していきたいなとは思います。しかし現時点でも支給はされていて、プリンシパルのほうが数は多いのですが、そこがまたなかなか難しいところで……。というのも、コール・ド・バレエのほうが、出演する舞台の数が多かったりするのです。東京バレエ団さんの「ポワント基金」もロイヤル・バレエ団を参考にされたと伺いましたが、ここ新国立でも、もしかしたらコール・ドのダンサーたちのためには、少し考えていかなくてはいけないのかなと思っております。
環境の面は、本当にお金さえあれば解決できることがほとんどですけれども(笑)、どれだけお金をかけずに整備をしていけるかを考えています。例えば(公演期間中の)楽屋などは素晴らしいのですが、リハーサル期間にダンサーたちが使える“居場所”があまりないんですね。ダンサーたちが空き時間に集中したり、リハーサル前にストレッチやウォーミングアップをするスペースがない。それはちょっと厳しいので、いま、いろいろなお部屋を覗いたりして、ちょっと空いているお部屋を……(笑)、フィジオやグリーンルームにできないかな、と。いろいろ言い出したらキリがないのですが、ダンサーたちがリラックスしたりストレッチしたりできるお部屋だけは、まず作りたいなと思っています。
また朝のお稽古でいうと、現在は30分前にしか(稽古場に)入れないのを、せめて1時間前には入って準備できるように変えられたら。女性であれば着替えて髪をアップして、という支度も必要ですし、私などはストレッチしたりエクササイズしたりで準備にすごく時間がかかるんですね。細かいところですけれども、ダンサーにとってはとても大切なことなので、できるところからちょっとずつ変えていこうと思っております。新国立劇場は、個人のバレエ団とは違って大きい組織ですので、たぶん時間はかかると思いますけれども。でも「世界のその他の劇場と比べてこういうところが足りない」ということだけでも、お知らせしたいと思っています。
- 記者C 今日の説明会ではバレエだけでなくダンスのプログラムもお示しいただきましたが、見たところ「舞踏」はないのかなと。確か2017 / 2018シーズンだと舞踏についてもフォーカスした公演があったかと。日本におけるダンスの表現として、舞踏の今後の展開等についてお聞かせください。
- 吉田 新国立としては舞踏も大切と思っておりますので、また戻って来ると思いますけれども、私の最初のシーズンには入っていません。
- 劇場担当者 補足しますと、舞踏や現代舞踊はもちろん日本の大事な歴史だと考えておりますが、他にも取り上げたいものがたくさんあるなかで、都さんと相談しながら選び、考えていきたいと思っているところでございます。
それから先ほどの「環境」についても、新国立劇場開場20年、たかが20年されど20年で、劇場のルールとして決まってきたものがありますが、それでもその壁を少しずつこじ開けていこうと、都さんと一緒にプロジェクトを考えているところです。
- 記者D 2点ほど伺いたいことがあります。ひとつは、ピーター・ライトさんの『白鳥の湖』のステージングは、都さんご自身がなさるのでしょうか?
- 吉田 いえ、先生方にしていただきます。バーミンガム・ロイヤル・バレエのデニス・ボナーさんと、佐久間奈緒さんにも女性の部分、白鳥たち等を見ていただこうと思ってますし、あとは元サドラーズ・ウェルズのスティーブン・ウィックスにも、キャラクターのほうを見ていただきたいなと思っております。もちろん私も参加しますけれども、やはりしっかり先生たちに教えていただくところが大切だと思いますので、私はその先のところを見たいなと思っております。
- 記者D もう1点が「吉田都セレクション」についてです。上演作品を拝見したら、ファン・マーネンとデヴィッド・ドウソンで、都さんはもっとイギリス的な作品を選ぶのではと想像してたら、むしろオランダ色が強いのが意外でした。このあたりのセレクションにはどんな意図があるのでしょうか?
- 吉田 私自身、イギリスの作品には馴染みもありますし、選びたい作品もたくさんあるんですけれども、できれば偏りたくないなと思っていて。ダンサーたちのことや、最初の年のプログラムだということを考えて、そういう形になりました。ダンサーたちにはバランスよく、いろいろな振付家の作品を経験してもらいたいですし、もちろんイギリスの作品も、これからどんどん……来ると思います(笑)。
- 記者E 配布資料のなかに「2020 / 2021シーズン主要キャスト」というのも配られていて、それを見ると、例えば米沢唯さん×福岡雄大さん、小野絢子さん×渡邊峻郁さん、小野絢子さん×奥村康祐さん等、これまでからすると新鮮な組み合わせ方をされている印象を受けました。これまでの“定番的な”組み合わせではないキャスティングをしているのには、どのような意図があるのでしょうか?
- 吉田 例えば小野さんと福岡さんはずっと一緒に踊っていて、それはもう本当に素晴らしいと思うのですが、そこは、あえて崩しました。例えば『ロミオとジュリエット』を観た時に、もっとドラマが欲しいと思ったんです。いつも一緒なると、安心感がある反面、どうしてもスパークみたいなものが見えづらくなることがある。ですので、あえて組み合わせを少し崩して、それぞれの組の間にケミカルな何かが起こってくれたらいいなと思っています。でももちろん、作品によってはいつものこの2人がいいなというものもありますので、すべてがすべてというわけではないんですけれども。いつもと違う相手と踊ることに関しては、ダンサーたちにも話してみたところ、それはすごく楽しみだと。「この人でないと踊れない」というような反応はあまりないようでした。
- 記者F 今後のダンサーの起用とかについては、何を重視してやっていこうと考えていらっしゃいますか? また、ラインアップに「DANCE to the Future」が入っていない理由と、今後復活の可能性はあるかということも教えてください。
- 吉田 「DANCE to the Future」に関しては、また戻ってまいります。デヴィッド・ビントレー元監督が始めた、とても大切な企画だと思っておりますので。私自身もスタジオ内でのワークショップみたいなものやリハーサルなども見せてもらったのですが、みんなのなかからいろいろなアイディアが出てきて、生き生きとしているのがとてもいいなと思いました。参加したいというダンサーたちも増えていて、いいことだなと思いながら見ています。
そしてキャスティングは、やはりその役柄に合った人を、というのは考えております。私自身もかつてはゲストとして呼んでいただいたこともありますが、いまは新国立劇場バレエ団のなかだけのキャストで公演ができているというのは素晴らしいなと思っています。もちろんゲストが来るというのはダンサーたちの刺激にもなるんですけれども、これだけいいダンサーが育ってきてるというのは、すごく頼もしく思います。いま、公演やリハーサル、そしてお稽古中もそうですけれども、ダンサーたちを見ながら、どの子にどの役が合うかしら、というのはいつも考えながら見ています。なにか、そのダンサーにとってチャレンジになる役もあげられたら。
- 記者G 「振付家をどう育てていくか」というお話がありましたが、団の内外を含めて、どうやって日本から世界へ作品を発信できる振付家を育てていくのか。何かビジョンがあれば教えてください。
- 吉田 先ほどお話したような、みんなでチャレンジしていくことや、そうしたチャンスを数多く重ねていくことが大切だと思っています。その中から本当に素敵な作品も生まれてくると思いますし、もし規模の大きな作品であれば、いずれはオペラパレスで上演できたら、とも。私の在任中に、日本人の振付家の作品で何か新作が作れたらいいな……と思っております。なかなかハードルは高いのですが、でもとにかく実際に作っていかないと、前に進みませんので。最初は小品になるとは思いますけれども、機会を増やしていけたら。イギリスの振付家たちを見ても、やはりみなさん若い時からチャレンジをしているんですよね。ですから「DANCE to the Future」みたいなものや、最初はスタジオの中でのワークショップで発表するような機会も数多く持って、作り続けていくということが大切だと思っています。
- 記者H 2020 /2021シーズンでも明確に古典の大切さを打ち出していらっしゃいますが、都さんが監督になってさらに伸ばしていきたいのは具体的にどういうところでしょうか?
- 吉田 古典に関してはやはり、いろいろ気になる部分もありますので……。やはり、まずは日々のお稽古で、みんなにしっかりと基礎に立ち戻ってほしいなというところがあります。そこからテクニックの強化であったり、例えばリハーサルの合間にちょっと鍛えられるジムなどをどこか一画にでも作れたら、スタミナ維持の助けになると思っています。あとは表現の部分で、舞台上のマナーみたいなものも。公演数が増えていくと、スタジオが2つしかないので、リハーサルが足りなくなってくるんです。私もラインアップの通りトリプル・ビルを2つも入れてしまったりして、もうとにかくスタジオが足りない状態なので、早め早めに準備して、みんなが本当にちゃんと身体に入った状態で舞台に臨めるようにしていきたいと思っています。
- 記者I 先ほど、作品ごとにゲストティーチャーを招きたいといったお話がありましたが、バレエ団を鍛えていくために、バレエマスターやバレエミストレスといった新国立劇場バレエ団内部の体制についても、考えがあれば聞かせてください。
- 吉田 体制としては変わらず、バレエミストレス2名、バレエマスター2名という形でいきます。ゲストの先生もなかなか作品ごとに毎回呼ぶというのは難しいのですが、私としては、例えばお稽古のためだけでも、優秀な先生にいらしていただきたい。本当に、日々のお稽古は大切なので。できるだけ多くの先生たちに、ダンサーたちを鍛えてもらいたいなと思っております。
また、いまある環境の中でも、お稽古の中身を濃くしていきたいと思っています。例えばいつも1回しかできないところを、何とかもう少し効率を良くしてお稽古の時間を長くとり、2回ずつできるようにならないか、など。スタジオが2つしかない中で、1日のスケジュールを考えると、そうした時間変更も難しいんですけれども。リハーサルも、もう少し細かいところまで時間を掛けたい。例えばソロ一つとっても、みんなが繰り返し繰り返し、毎日リハーサルできるような形を取れたらいいなという風には思っております。
- 記者J ずばり、新国立劇場バレエ団の弱点を教えてください。
- 吉田 いろいろなことに時間がかかる、ということでしょうか。例えば「これを変えたい」となったときに、これが「吉田都バレエ団」でしたら(笑)すぐにその場で変えられるようなことでも、やはりそれはもう時間がかかるものだと理解しています。なかなかポンポンといかないのが難しいところだとは思っています。
- 記者K 2点お聞きします。いま弱点という話がありましたが、逆に新国立劇場バレエ団の長所、誇れるところを。もうひとつは吉田さんご自身について。現役を引退し、監督という立場になって、バレエの見方や視点、考え方、行動など、何か変わったはありますか?
- 吉田 バレエ団として誇れるところはやはり、本当に真面目に取り組むところでしょうか。どのゲストの先生方にも褒められるくらい、みなさんしっかり集中して仕事をこなす勤勉さ。それがアーティスティックな面では少し難しい部分もありますが、それでも言われたことはもちろん、それ以上のところまでやろうとする姿勢は本当に素晴らしいと思っております。
私自身のいちばんの変化は、身体のケアをしなくて良くなったことです(笑)。いままでどれだけ神経を使ってきたのかと思うくらい、そこから解放されて、例えばちょっとしたところが痛くても何とも思わなくなりました(笑)。いままでだったら、「どうしよう、身体のバランスが崩れてるかな。どこを強化したらいいのかな」と、お休みの時でさえずっと気にしていましたので。
- 記者L 先ほど、世界的にコンテンポラリーダンスの比重が高くなり、新国立でもコンテンポラリーを少しずつ増やしていきたいというお話がありました。古典とコンテンポラリーを踊ることによって、ダンサーの身体には、古典だけを踊っていた時とは違う変化や負担があると思いますが、ダンサーのためのケアや身体のメンテナンスについて、吉田さんはどのように考えていらっしゃいますか?
- 吉田 コンテンポラリーは自由な動きができますので、クラシック・バレエでガチガチに固まっていただダンサーが、コンテンポラリーでは急に生き生きとして、広がりをもって踊り出したりします。そのぶんダンサーたちには本当に過酷な状態なので、やはりそれに耐え得る身体づくりをするのは非常に大切だと思っています。軸が鍛えられていないと、もちろん怪我にもつながりますが、同時に動き・踊りの幅が広がらない、ということもあります。いまの新国立のダンサーたちを見ていても感じるのですが、みんな身体が“ひとつ”になってしまっているんですね。そうではなく、もっとすべてをバラバラに使えるようにならなくては。しっかりとした軸、大きな動きに耐え得るだけの力が必要で、例えば脚は速い動きをしていても、上体は柔らかく、自由自在に動けなくてはいけないということですね。
ダンサーたちは時間のない中でのジャイロやピラティスなど自分に合うものを見つけて鍛えていますけれども、そういった環境はできたら作っていきたいと思っています。
- 記者M 「バレエ学校」について質問です。通常、バレエ団というものは付属のバレエ学校を持っているわけで、この新国立も最初からそのことを努力してこられました。確かに研究所は充実し、その出身者たちがここで主役クラスを踊るようにもなってきた。しかし、バレエ学校というのは研修所とはまた別の意味で、絶対に必要ではないでしょうか。これはバレエ団の芸術監督のお仕事とは別かもしれませんが、吉田さん個人のお考えを聞かせてください。
- 吉田 ありがとうございます。本当に、まずはバレエ学校が大切だと思っております。研修所のプログラムは本当に素晴らしい内容です。けれどもピーター・ライトさんとお話ししていた時に、「日本のスタイルみたいなものを作っていくことが必要なのではないか?」と言われました。「まずバレエ学校があって、そこでバレエ団で踊るべき作品のスタイルを学ばせるべきではないか」と。バランシンのバレエ団には、バランシン・スタイルを学ぶ学校があるように。そこは芸術監督としてはまた違う部分ではあるんですけれども、私も考えています。これからどうなっていくかはまだわかりませんけれども、それは本当にいちばん大切なところだと思っております。