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【リハーサル動画付き】「山本隆之さんは、ただそこに居るだけで何かを物語る」〜ピアノ×バレエ×日本舞踊「展覧会の絵」藤間蘭黄×山本隆之インタビュー

阿部さや子 Sayako ABE

ロシアの作曲家、モデスト・ムソルグスキーのピアノ組曲「展覧会の絵」は、無二の親友だった画家のヴィクトル・ガルトマンを喪ったムソルグスキーが、彼の遺作展で見た10枚の絵の印象を音楽にした作品です。

この「展覧会の絵」全曲に乗せて、ムソルグスキーとガルトマンの友情と永遠の別れ、ひとり残された作曲家の悲しみ、絶望、そして希望の物語を、ピアノ×バレエ×日本舞踊で綴る舞台『展覧会の絵』が、2025年6月6日(金)に浅草公会堂で上演されます。
芸術監督・脚本・演出・振付を手がけるのは、日本舞踊家の藤間蘭黄さんです。

同作の初演は2017年。この曲の舞台であるウクライナ・キーウの「黄金の門」で、バレエダンサーで現ウクライナ国立バレエ芸術監督の寺田宜弘さん(ガルトマン役)と藤間蘭黄さん(ムソルグスキー役)が踊りました。
その後、ウクライナ国立歌劇場や京都ロームシアター等での再演を経て、2024年7月には銀座・王子ホールにて改訂上演。新たなガルトマン役として元・新国立バレエ団プリンシパルの山本隆之さんを迎え、チケットが早々にソールドアウトするなど大きな話題を呼びました。

「展覧会の絵」2024年公演より 山本隆之、藤間蘭黄 ©Yoshitomo Okuda

今回も引き続き、ムソルグスキー役は藤間蘭黄さん、ガルトマン役は山本隆之さん、ピアノ演奏は「展覧会の絵」をライフワークとするピアニストの木曽真奈美さん。

4月中旬、大阪でリハーサルに臨んでいた藤間蘭黄さんと山本隆之さんに話を聞きました。
※リハーサルおよびインタビュー写真はすべて、4月25日に東京・浅草バレエスタジオで行われた同公演取材会にて撮影したものです

写真左から:山本隆之、藤間蘭黄 ©Ballet Channel

2024年夏の上演時にはチケットが早々に完売したピアノ×バレエ×日本舞踊『展覧会の絵』。約1年ぶりの再演に向けて、いよいよ始動ですね。
蘭黄 山本さんは関西が拠点、私は東京在住ですから、こうして一緒にリハーサルできる機会は貴重なんです。山本さんと踊るのは、やっぱり楽しいですね。

山本 僕も蘭黄師匠とご一緒できて、とても楽しかったです。ただ、自分は今日がリハーサル初日だったので、まず振付を思い出すところからのスタートでしたが……。

あらためて、それぞれの役どころを教えてください。
蘭黄 私は「展覧会の絵」を作曲したムソルグスキーを演じます。彼は不器用で孤独な人間ですが、ただ一人、親友と呼べる存在がいました。それが画家のガルトマン。しかしムソルグスキーはガルトマンの病の兆しに気づくことができず、ある日突然、友は逝ってしまいます。後悔、悲しみ、絶望のうちに、ムソルグスキーはお酒に溺れていく。しかし最後の最後に、ひとつの思いに到達する……という役どころです。

山本 僕はムソルグスキーの親友、ガルトマンを演じます。いま蘭黄師匠がおっしゃったように、彼は途中で死んでしまいますが、その後もムソルグスキーの周りに何度も現れます。それは亡霊というよりも、ムソルグスキーの心の中にいるガルトマンなのだということを、上手く表現できたらと思っています。

蘭黄 山本さんは、じつは一人で三役を演じるということなんです。一つ目は、生前のガルトマン。二つ目は、亡くなった後、ムソルグスキーの心の中の存在としてのガルトマン。そして三つ目は、ムソルグスキーを天界から大きな目で見つめているガルトマン。この三つ目は、ムソルグスキーも知らないガルトマンの姿ということになります。山本さんがどのように表現してくださるのか、とても楽しみですね。

©Ballet Channel

©Ballet Channel

山本さんは昨年初めてガルトマンを踊りました。
山本 昨年の会場は音楽ホールだったので、舞台照明や装置などが使えなかったんです。たとえば亡くなったガルトマンがムソルグスキーの心の中の存在として立ち現れるところや、最後に彼の魂が昇天するところなど、通常の舞台なら照明や装置で説明できることができなかったので、場面の意味が上手く伝わるかとても心配だったのを覚えています。蘭黄師匠と相談しながら、最終的には衣裳で変化をつける等の工夫をしたのですが。その点、今回の劇場は浅草公会堂で、いろいろな舞台設備が使えるので、よりブラッシュアップしたものをお見せできるんじゃないかなと思っています。

蘭黄 昨年は、ガルトマンが昇天していくのにどうにか高さを出したくて、ピアノの向こうに椅子を置いて、その上に山本さんに立ってもらうという工夫もしましたね(笑)。
この作品はおかげさまで再演を繰り返していますが、山本さんが新たなガルトマンとして加わってくださって、作品の印象が驚くほど変わりました。私がいちばんびっくりしたのは、それまで聴こえていなかった音が聴こえるようになったことです。もう何度聴いたかわからないくらいの曲なのに、山本さんの踊りを観てはじめて、「こんな音があったのか」と。まるで、霧の向こうに未知の山を見つけたような大発見でした。それだけ、山本さんの動きが音楽に対して忠実であるということでしょう。

「展覧会の絵」2024年公演より 山本隆之、藤間蘭黄 ©Hidemi Seto

作品全体の脚本・演出・振付は蘭黄さんですが、ガルトマンが踊るところは、山本さんが振付けたそうですね。
蘭黄 その通りです。私からは全体の流れだけをお伝えして、具体的な振付は山本さんにお任せしました。

山本 クラシック・バレエ的すぎるステップだと日本舞踊とあまりにもかけ離れてしまいますし、いまの僕の身体的にも無理があるので(笑)、上半身をより多く使って踊る振付にしました。あとは歩き方。日本舞踊とより馴染みやすいように、少し摺り足みたいなイメージで足を運ぶように工夫しています。

蘭黄 二人で一緒に踊るパートでは、私が踊る日本舞踊の振りをバレエ的に翻訳するようにして作ってくださったところもあります。ダンスが好きな方であれば、同じ動きがバレエと日本舞踊でどう違うかに注目していただくのもおもしろいかもしれません。

©Ballet Channel

蘭黄さんと山本さん、お互いに対してはどんな印象を持っていますか?
蘭黄 踊り手の中には、立っているだけで成立する人、そこに居るだけで何かを物語れる人というのがごく稀にいますけれど、山本さんはまさにそういうダンサーです。浅草公会堂には、花道があるんですね。あそこに、山本さんのガルトマンがスッと現れたら、絶対に良いシーンになると思う。どの場面で、どういうふうに花道に登場していただくのが最も効果的か、今いろいろと考えを巡らせているところです。山本隆之ファンのみなさん、どうぞお楽しみに(笑)。

山本 僕も楽しみです(笑)。蘭黄師匠の踊りは、バレエダンサーである僕から観ても本当に素晴らしくて、いつも感動しています。それはここまでひと筋に道を極めてきたことに加えて、この〈日本舞踊の可能性〉というシリーズに表れている通り、ジャンルの殻に閉じこもることなくつねに新たな挑戦をし続けていらっしゃるからだと思うんです。今回も、この『展覧会の絵』と同時上演される『鄙のまなざし』で初めて作曲に挑戦したと伺いました。バレエしかやってこなかった自分からすると、本当に驚きですし、尊敬しています。

©Ballet Channel

蘭黄 私のような人間を「器用貧乏」とも言うんですよ(笑)。でも、嬉しいお言葉をありがとうございます。今や日本舞踊はバレエ以上に“敷居が高い”と思われていますから、少しでも多くの方々に、何とかして「日本舞踊もおもしろいね」と感じていただきたくて、〈日本舞踊の可能性〉公演を始めました。この『展覧会の絵』にしても、初演したのはウクライナのキーウでしたから、ある意味では日本で上演する以上のハードルがありました。日本舞踊に親しみのある観客なんて、誰もいないわけですから。それでもウクライナのお客様は大喜びしてくださって、終演後には「おもしろかった」「日本のダンスにはこういう表現もできるのか」等、たくさんの声をいただきました。そういった反響が、日本舞踊の底力を私に教えてくださった面もあるんです。

山本 日本舞踊はすごくおもしろいと思います。観る側としてはもちろん、踊る側としても、びっくりすることがいろいろあります。

蘭黄 どんなところにびっくりしますか?

山本 蘭黄師匠は、稽古場に入るやいなや、いきなり踊り始めることができますよね。それがまずすごい。僕たちバレエダンサーは、まずストレッチなどウォーミングアップをして、次にバー・レッスンをして、汗をかくくらい動いてからでないと、身体がリハーサルに臨める状態にはなりません。

蘭黄 今の日本舞踊の動きは、江戸時代末期くらいの日本人なら誰でもやっていた日常の動作をデフォルメしたものなんです。よく「日本舞踊は瞬時に立ったり座ったりして、軸や足腰が相当強いのでしょうね」と言っていただくのですが、江戸時代の家屋は畳敷で、立ったり座ったりはごく日常的な動作だったわけです。私たちもつねにそうした動きの入った振付を稽古していますから、必要な筋肉が自然についているのだと思います。

山本 スクワットみたいなエクササイズで鍛えたりはしないのですか?

蘭黄 そういったエクササイズはしていません。ただ、たくさん踊った後はしっかり筋肉を伸ばさないと次の日に足が痛くなることもありますから、稽古後はストレッチをしてクールダウンするようにはしています。

バレエダンサーが入念なウォーミングアップを必要とするのは、バレエがそれだけハードな舞踊だということですよね。バレエは、人間の身体の究極の美を見せてくれる芸術だと思います。しかもその美しい身体で、超人的なジャンプや回転を繰り出すわけですから。

©Ballet Channel

再び『展覧会の絵』のお話を。木曽真奈美さんのピアノ演奏には、どんな印象を持っていますか?
山本 素晴らしい演奏ですよね。初めて聴いた時はワーッと鳥肌が立って、「この演奏で踊るんや!」と興奮したのを覚えています。

蘭黄 そしてものすごくエネルギーがある。あの強くて深い音に応えられる踊りをしなくてはと、つねに思っています。音の強さを受け止めて、こちらも強く打ち返すのか。それとも打ち返さずに、ふっと取り込むのか。ムソルグスキーを演じながら、木曽さんの奏でる旋律に打ちのめされることもあれば、それを押しのけるように踊ることもあります。つまり、ただの伴奏ではないということです。山本さんのガルトマンと会話しながら踊るように、彼女のピアノともキャッチボールをしながら踊っています。

本作の中でとくにお気に入りのシーンは?
山本 僕は、蘭黄師匠が足踏みをするところ。

蘭黄 ああ、「リモージュの市場」の曲のところですね。半狂乱のムソルグスキーが踏む足拍子。

山本 トン、トン、トン、トン……って、力強く音を立てて足を踏むのがすごくかっこよくて大好きです。あとは、最後の「キエフの大門」のところ。音楽も物凄い迫力で素晴らしいなと。

蘭黄 山本さんがおっしゃった「リモージュの市場」の足拍子ですが、じつは私がこの作品を創ろうと思った時、いちばんに振付を思いついたのがその部分だったんです。この曲は「テテテテテテテテ……」と十六分音符の音がせわしなく続きますよね。その音の連打に、日本舞踊の足拍子がぴたりとはまることに気づいたのです。
日本舞踊の足拍子というのは「やっとん、やっとん、やっとんとん」というリズム。「やっ」で足を上げて「とん」で踏みます。つまり音を頭ではなく後ろで取る。いわゆる「裏取り」ですね。「テテテテテテテ……」と走る音楽で、「やっとん、やっとん、やっとんとん、やっとことん、やっとことん」と踏んでみると、これが絶妙にはまるんです。だからこの場面の振付はもう絶対に足拍子でいこう、と。

山本 なるほど……おもしろいですね。

蘭黄 日本舞踊における足拍子は音を聞かせるための動きで、喜んでいる様子を表現するなど、ひとつの見せ場として踏むことが多いんですね。そこに私はもうひとつ、悔しさとか、悲しさとか、まさに「地団駄を踏む」というような感情を載せられないかと考えました。自分に取り憑いて離れないガルトマンの幻を、振り払おうとするけれど振り払えない。離れたいけど離れたくない。ムソルグスキーの複雑な心情が、足拍子になって表れる場面です。

最後に、読者のみなさんにメッセージを。
山本 バレエ団で踊っていた頃から、僕はいわゆる「役作り」をしないんです。あまり細かいことを頭で考えたりはせずに、ただ自分なりにその役を踊る。そしてそれを観てくださった方が、ご自身なりに感じたり解釈したりしてくれたらいいなと思っています。ピアノと、日本舞踊と、元バレエダンサーの(笑)僕が踊るダンス、その3つの融合を楽しんでいただけたら嬉しいです。

蘭黄 バレエファンのみなさんにとって、山本隆之さんはきっと特別なダンサーだと思います。浅草公会堂で踊る山本さんは、新国立劇場で踊っていらした時とはまた違う味わいや深みを見せてくださるはずです。みなさま、ぜひ劇場に足をお運びください。

©Ballet Channel

公演情報

日本舞踊の可能性 vol.7
「鄙のまなざし〜一茶の四季〜」「展覧会の絵」

日時 2025年6月6日(金)19:00開演
※上演時間:約1時間30分(休憩を含む)
会場

浅草公会堂
〒111-0032 東京都台東区浅草 1-38-6

※銀座線「浅草」駅下車1・3番出口徒歩5分
※都営浅草線「浅草」駅下車A4出口徒歩7分
※東武鉄道「浅草」駅下車北口徒歩5分
※つくばエクスプレス「浅草」駅下車A1出口徒歩3分

上演作品

【第1部】『鄙のまなざし~一茶の四季~』
作詞・作曲・演出・振付:藤間蘭黄
編曲:清元栄吉
作調:梅屋巴
出演:藤間聖衣曄、藤間鶴熹、藤間蘭翔
ナビゲーター:桂吉坊

【第2部】『展覧会の絵』
作曲:モデスト・ムソルグスキー
脚本・演出・振付:藤間蘭黄
振付:山本隆之
出演:藤間蘭黄、 山本隆之( 新国立劇場バレエ団 オノラブルダンサー)
ピアノ演奏:木曽真奈美
ナビゲーター:桂吉坊

問合せ 株式会社 代地
TEL:03-5829-6130(10:00~17:00)
詳細 「日本舞踊の可能性」公式WEBサイト

 

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