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【レポート】第49回菊田一夫演劇賞授賞式~大賞はミュージカル「ラグタイム」。演劇賞に柿澤勇人、三浦宏規ら。前田美波里が特別賞受賞

若松 圭子 Keiko WAKAMATSU

左から:ウォーリー木下、宮澤エマ、前田美波里、井上芳雄、石丸幹二、安蘭けい、柿澤勇人、三浦宏規 ©蓮見徹

2024年6月6日(木)、都内某所にて、第49回菊田一夫演劇賞授賞式が執り行われた。
劇作家・菊田一夫(1908-1973)は1955年に東宝取締役(演劇担当役員)に就任、57年芸術座を開館。舞台の原作・脚本・演出などで活躍し、日本の演劇界に偉大な足跡を残した人物。ミュージカル『マイ・フェア・レディ』の上演権を獲得し、日本で最初のブロードウェイ・ミュージカル作品上演を手掛けてもいる。菊田一夫演劇賞はその業績を伝えるとともに、氏の念願であった演劇の発展のための一助として、大衆演劇の舞台で優れた業績を示した芸術家を表彰するもの。
今回の演劇大賞にはミュージカル『ラグタイム』上演関係者一同が選ばれ、個人賞となる演劇賞は俳優の柿澤勇人宮澤エマ三浦宏規、演出家のウォーリー木下の4名が受賞。また演劇賞特別賞は俳優の前田美波里が受賞した。

授賞式では菊田一夫演劇賞選考委員長の中川敬と選考委員(水落潔、矢野誠一、萩尾瞳、山口宏子、小玉祥子)が着席すると、続いて受賞者が登壇。山口宏子選考委員より、審査結果と選考理由の説明がおこなわれた。続いて中川氏より正賞の賞状、山口氏より副賞の楯と賞金目録が授与され、受賞者一人ひとりが受賞のコメントを述べた。

菊田一夫演劇大賞 「ラグタイム」上演関係者一同

選考理由:『ラグタイム』の高い舞台成果に対して
『ラグタイム』(演出:藤田俊太郎)は、肌の色の異なる様々な人々が生きた20世紀初めのアメリカを描いたミュージカル。日本での上演が困難とされる設定を、様々な演劇的要素を用いて、それぞれの人物が背負う文化や教訓を見事に表現。厚みのある人間ドラマを表現した。幾つもの課題をクリアし、且つ上質なエンターテインメント作品として創り上げたキャスト・スタッフ全員の功績を称えての受賞となった。

『ラグタイム』より 写真提供:東宝演劇部

『ラグタイム』より 写真提供:東宝演劇部

この日は、関係者一同を代表して主要キャストの石丸幹二(いしまる・かんじ)井上芳雄(いのうえ・よしお)安蘭けい(あらん・けい)が登壇。

ユダヤ人のターテ役を演じた石丸は「約四半世紀前にこの作品をニューヨークで観て、その楽曲の素晴らしさに心打たれた。いつか日本でこの作品ができる日が来たらと淡い思いを持っていました。それが叶ったことを本当に嬉しく思います。このメンバーに支えられてやってこられた。仲間たち、どうもありがとう」と挨拶。

黒人のコールハウス・ウォーカー・Jr.役の井上は稽古場でのエピソードとして、準備しておいたカツラを着けずに舞台に立とうと決意するまでの過程を語った。「黒人役を演じる“記号”としてカツラを被ることを、演じるための安心材料にしていたと気づいたんです。でも僕たちには“記号”はいらないんだなって。生きた人間として、勇気を持って作品にふさわしい表現を探っていけば、かならずお客様に届く。この作品からその自信と勇気をもらいました」

裕福な白人家庭の母親・マザー役の安蘭は「演者、演出家、スタッフさん。みんなの力でこの作品を素晴らしいものにできたんだなと思っています。そして、たくさんのお客様にこの作品を愛していただけたことが本当に嬉しい」と笑顔を見せた。さらに副賞の賞金100万円を「どうやってみんなで分けようか……それがこれからの課題です」と真面目な表情で語り、会場は大きな笑いに包まれた。

左から:井上芳雄、石丸幹二、安蘭けい ©蓮見徹

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菊田一夫演劇賞 柿澤勇人(かきざわ・はやと)

選考理由:『スクール オブ ロック』のデューイ・フィン役、『オデッサ』の青年役の演技に対して
ミュージカル『スクール オブ ロック』(演出:鴻上尚史)では名門の進学校に教師のふりをして潜り込み、息苦しい学校に風穴をあけるロックミュージシャンを痛快に演じた。『オデッサ』(演出:三谷幸喜)では、アメリカの地方都市で起きた殺人事件を舞台に、日本人容疑者の通訳として連れてこられた日本人青年役を好演。英語、日本の標準語と鹿児島弁を巧みに操る演技に賞賛の声が上がった。対照的な役柄の人物像をいずれもくっきりと描き出した高い演技力にも評価が集まった。

『スクール オブ ロック』より 撮影:田中亜紀 提供:ホリプロ

『オデッサ』より 撮影:宮川舞子 提供:ホリプロ

「人間、がむしゃらに頑張ればなんとかなっちゃうんだな、報われるんだなっていうのが正直な今の思いです」と照れ笑いを浮かべた柿澤。『スクール オブ ロック』では初のギター演奏を披露するために夜中まで練習し、『オデッサ』ではある意味三か国語を操るという役柄に「絶望的な思いで」稽古場に通ったという。「あまり頑張りすぎるなよ」と声を掛けてくれた鴻上尚史と「大丈夫。僕には先が見えていますから」と言ってくれた三谷幸喜、2人の演出家とのエピソードを、笑いを交えて語った。「演劇をやっていると、これからもたくさんの高く恐ろしい壁が待ち受けてると思いますが、諦めず一生懸命、誠実にがむしゃらに精進してまいりたいと思います」

柿澤勇人 ©蓮見徹

菊田一夫演劇賞 宮澤エマ(みやざわ・えま)

選考理由:『ラビット・ホール』のベッカ役、『オデッサ』の警部役の演技に対して
『ラビット・ホール』(演出:藤田俊太郎)は幼い息子を事故で失った母の深い悲しみと喪失感、その先に見える静かな再生の予感を抑制した繊細な演技で表現。柿澤勇人と共演した演劇『オデッサ』では、日本語の話せない現地の日系アメリカ人警部役で出演。コメディエンヌとしての魅力を大きく輝かせた。

PARCO劇場開場50周年記念シリーズ『ラビット・ホール』より 撮影:岡千里 写真提供:株式会社パルコ

『オデッサ』より 撮影:宮川舞子 提供:ホリプロ

初舞台から10年目の2023年に『ラビット・ホール』で初主演の機会を得た宮澤は、自分は作品と稽古現場に恵まれてきた、と語った。受賞対象となった2作にはいずれも「翻訳」という大きな課題があった。アメリカ人の父と日本人の母の方針で英語と日本語の教育を受けてきた宮澤は、英語劇を日本語でやることの課題の多さを強く感じてきたという。今回は「もう二度と呼ばれなかったとしても後悔のないように、言いたいことは言おう」と決めて挑んだ。『オデッサ』では英語監修を担当。「生きた日本語と英語」を大事にしてくれる現場だったと語った。翻訳ものの『ラビット・ホール』は、原語で読んだ時に「これは口語でやるべきだ」と感じ、演出の藤田俊太郎にみずから台本の翻訳見直しを申し出た。いちばんぴったりくる日本語の言い回しを本番直前まで話し合うなど、試行錯誤を重ねたという。「この先も言葉を大事に、お芝居を真摯に伝えていけたらと思っています」と決意を述べた。

宮澤エマ ©蓮見徹

菊田一夫演劇賞 三浦宏規(みうら・ひろき)

選考理由:『のだめカンタービレ』の千秋真一役、『赤と黒』のジュリアン・ソレル役、『千と千尋の神隠し』のハク役の演技に対して
『のだめカンタービレ』(演出:上田一豪)、『赤と黒』(演出:ジェイミー・アーミテージ)をはじめ、若手俳優の中でも特に多くの舞台で際立った活躍が注目された。上演中の(※取材時。授賞式当日も昼公演に出演した)『ナビレラ』(演出:桑原裕子)でも、バレエダンサーのイ・チェロク役を好演。この後も、舞台『千と千尋の神隠し』(演出:ジョン・ケアード)ロンドン公演でふたたびハク役を務めるなど、今後の活躍に大きな期待が寄せられる。

『のだめカンタービレ』より 写真提供:東宝演劇部

フレンチロックミュージカル『赤と黒』より 撮影:岡千里

『千と千尋の神隠し』より 写真提供:東宝演劇部

受賞対象となった舞台はいずれも日本初演。全員で力を合わせてつくっていった舞台での受賞を嬉しく思う、と三浦。5歳からクラシック・バレエを学び、バレエダンサーを夢見ていたが、けがのために断念。14歳で出会った演劇でふたたび舞台に魅せられた。「『趣味でやるようなことを仕事にするのは、生半可な気持ちや人並みの努力じゃできないよ』という母の教えを信じてここまで来た。家族にはすごく感謝しています」。最後に「僕は死ぬその日まで舞台に立ちたいっていう夢があるんです。その場をいただけるように、これからも挑戦していきたい」と熱く語った。

三浦宏規 ©蓮見徹

菊田一夫演劇賞 ウォーリー木下(うおーりー・きのした)

選考理由:『チャーリーとチョコレート工場』『町田くんの世界』の演出の成果に対して
俳優の身体表現に、映像など多彩な要素を組み合わせる斬新な演出が注目された。帝国劇場の大空間をマジカルな世界に創り上げた『チャーリーとチョコレート工場』、ごく普通の男子高校生と、彼を取り巻く人々の日常を綴ったシアタークリエの『町田くんの世界』と、まったくタイプの違う作品を、サイズの違う劇場に合わせて創り上げた演出家としての手腕にも評価が集まった。

関西で小劇場演劇集団を旗揚げし、以後、演出家・脚本家としてさまざまなステージに関わってきた木下。受賞対象となった『チャーリーとチョコレート工場』『町田くんの世界』はどちらも“「好き」を肯定してくれる”作品だという。「『チャーリーとチョコレート工場』のチャーリー君はものを考えるのが大好きで、やっちゃいけないと言われても頑張ってウォンカさんに認められる。『町田くんの世界』の主人公・町田くんの周りには、それぞれの好きなことを持っている人たちがいるんですが、町田くんがそれを肯定することで世界の色も変わって見えるんですね。僕もコロナ禍には「好き」という言葉の中に相反する不都合さや辛さを考えました。でも今は「好きだからやる」を好意的なものとして捉えて、好きな演劇やミュージカルをこれからも作っていきたいと思います」。賞金の使いみちについては、家族会議で子犬を飼うことになった、と木下。「菊池一夫さんの写真に似ている気がするんです。キクちゃんっていう名前になるかもしれません」と微笑んだ。

ウォーリー木下 ©蓮見徹

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菊田一夫演劇賞特別賞 前田美波里(まえだ・びばり)

選考理由:永年のミュージカルの舞台における功績に対して
15歳で菊田一夫氏に見出され、ミュージカル『ノー・ストリングス』で初舞台を踏んで以来、60年に渡り多くの作品で素晴らしいダンス、歌、演技を披露してきた功績を称えての受賞。出演作品がそのまま日本のミュージカル史とも言えるほどのキャリアに加え、近年も『Endless SHOCK』(演出:堂本光一)、『ピピン』(演出:ダイアン・パウルス)らで挑戦を続け、観客を魅了し続けている。

ミュージカル『アプローズ』より 撮影:小安勇次

ミュージカル『Endless SHOCK』より

2022年 ミュージカル『ピピン』より 写真提供:キョードー東京

菊田一夫との出会いがミュージカル俳優へのきっかけになった前田は、菊田氏との思い出を語った。クラシック・バレエを学び、バレリーナになるため上京したが、当時のマネージャーの先見の明あって東宝の門を叩くことに。オーディションの最後に菊田氏に名前を聞かれた。「『声がちっちゃいぞ。舞台人になるならもっと大きな声で!』と言われて、前田美波里です、と言い直すと、『芸能人みたいな名前だな!』と仰いました」。見事合格し、東宝現代劇に8期生として籍を置いた。日本初の半年間ロングラン公演『風と共に去りぬ』(帝国劇場)に出演していた当時は高校生で、学校を早退し劇場に通い続けて舞台に立った。卒業式の日も振袖姿のままで楽屋入りしたなど、たくさんの思い出を回想。「菊田先生が『1年だけやっても無理。10年やってやっと1年生だと思わなくちゃ、舞台はやっていけないよ』と仰った。あれから60年、私はやっと6年生なんです。だから私はもう少し生きたいと思います。それも舞台の上で。私も舞台の上で死にたい気持ちでおります」と晴れやかな笑顔で語った。

前田美波里 ©蓮見徹

最後に菊田一夫氏のパネルのほうを向き「すごく嬉しい賞をいただきました。本当にありがとうございました」と挨拶 ©蓮見徹

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