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【第82回】鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!-隊形変化を楽しむ(2)影の王国・雪の精の踊り

海野 敏

文/海野 敏(舞踊評論家)

第82回 隊形変化を楽しむ(2)影の王国・雪の精の踊り

■『ラ・バヤデール』第3幕「影の王国」

残念ながら「バレエチャンネル」終了に伴い、本連載も次回が最終回となりました。今回は「コール・ド・バレエ編」のまとめとして、前回に続き隊形変化を鑑賞する楽しみについてお話しします。

私が古典全幕作品のコール・ド・バレエでとりわけ楽しみにしているトップ3は、前回解説した『白鳥の湖』第2幕の白鳥たちが登場する場面に加えて、『ラ・バヤデール』第3幕「影の王国」で幻影たちが登場する場面、そして『くるみ割り人形』第1幕終盤の「雪の精の踊り」です。いずれも「バレエ・ブラン」(白いバレエ)と呼ばれるシーンです。

「影の王国」の冒頭で、ニキヤの幻影が坂の上に1人ずつ現れて、だんだんと増えてゆくシーンについては、第59回「1列で進む(2)」で詳しく説明し、第64回「四角に並ぶ」と第73回「増えてゆく」でも再び取り上げました。数ある古典全幕バレエのバレエ・ブランでも、特別な輝きを放つ珠玉の場面です。

約8分間の隊形変化を簡略に述べると、「1列でゆっくり坂を下りる(約5分)→四角に並んでユニゾンで踊る(約3分)→舞台左右に分かれて縦2列に並ぶ(約10秒)」となります。じつは、全員が坂を下りて、横6列×縦4列(または横8列×縦4列)の長方形に整列してからは、ほとんど隊形変化しません。今回のタイトルと矛盾するようですが、同じ四角い隊形のままユニゾンで踊るコール・ド・バレエが絶品なのです。

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パリ・オペラ座バレエ『ラ・バヤデール』の「影の王国」より。ゆっくりと列をなして坂を下りていく、幻想的なシーンを観ることができます。

見どころの連続を紹介しましょう。まず①一斉にデヴェロッペ・エカルテ・ドゥヴァン(第26回)でキープした後、右脚を下ろしてエポールマンを変え、第1アラベスクでポーズします。②全員が床に左膝をつけ、右脚を上手斜め前へ向かって伸ばし、上体を後ろへ大きく反らしてポーズします。③「第4アラベスク→上体を前屈→パ・ド・ブーレ・クーリュ(第24回)で1回転」を3回反復します(注1)。④最後尾列から1列ずつ順番に、パ・ド・ブーレ・クーリュで舞台奥へ後退します。⑤すばやく左右に分かれて、舞台左右に縦2列に並んでフィニッシュとなります。

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英国ロイヤル・バレエ『ラ・バヤデール』「影の王国」のリハーサル映像です。坂を下りてユニゾンで踊り始めるシーンは1分15秒から。7分39秒からは最初から最後まで通して練習する様子を観ることができます。

どの瞬間を切り取っても絵になる美しさです。コール・ド・バレエの美の真髄を凝縮したような場面ですので、生の舞台で是非鑑賞してください。

■『くるみ割り人形』第1幕「雪の精の踊り」

「雪の精の踊り」の群舞は、「影の王国」の群舞と3つの点で対照的です。第1に、「影の王国」には定番の振付があり、どのバレエ団でもおよそ共通していますが、「雪の精の踊り」はバレエ団ごとにそれぞれ違います。『くるみ割り人形』は振付のヴァリエーションがきわめて多く、定番と呼べる振付がないからです(注2)

第2に、上述の通り「影の王国」は隊形変化が少ないのに対し、「雪の精の踊り」は頻繁に隊形を変えます。1892年の初演時にプティパが台本で設定したのは、粉雪が降りしきる「雪の松林」の情景でした。チャイコフスキーはそのイメージに合わせて、アップテンポで軽快な「雪片のワルツ」を作曲しました。そのため「雪の精の踊り」はどのバレエ団の振付でも、粉雪が風に吹かれて舞い集まり、渦を巻き、やがて降り積もる様子を描くため、コール・ド・バレエが次々とフォーメーションを変えてゆくことが多いのです。

第3に、「影の王国」は群舞が全員登場してからは、袖幕へ誰も退出せずに全員で踊り続けます。いっぽう、「雪の精の踊り」はほとんどのヴァージョンで、群舞の袖幕への退場と袖幕からの登場を何度も繰り返します。舞台上の人数が変化することで、いっそうダイナミックな踊りになっています。

「雪の精の踊り」は約6分ですが、バレエ団ごとにそれぞれ工夫した隊形変化の連続を楽しむことができます。バレエ団のコール・ド・バレエの力量が試される場面でもあります。なお、群舞だけでなく、雪の王と雪の女王が登場するヴァージョンも少なくないことを付け加えておきましょう(注3)

さて、私が個人的に好きな「雪の精の踊り」のヴァージョンは、ワイノーネン版です(注4)。これについては、約6分の冒頭1分半について、第66回「円形に並ぶ(1)」で詳述しました。舞台の四隅から4人ずつダンサーが4回登場し、16人が素早く回転しながらすれ違い、タイミングを合わせて一斉に跳躍する振付は傑作です。また、中盤では、全員がアラベスクのポーズを保ち、その場で小さくアラベスク・ホップ(第22回)を繰り返して一斉に4回転(プロムナード)する見どころもあります。

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イングリッシュ・ナショナル・バレエ『くるみ割り人形』より。こちらのヴァージョンはイーグリング版で、「雪の精の踊り」はワイノーネン版にかなり近い振付になっています。

鑑賞者の目線で言えば、「雪の精の踊り」は群舞の振付を見比べるのに最適です。ラストの2分では、雪の降り方が激しくなるかのごとく音楽のテンポがさらに速くなりますが、その吹雪の様子をどう表現するかもバレエ団ごとに違っていて面白いです。『くるみ割り人形』は国内でも最も上演回数が多い演目ですから、いろいろなバレエ団の「雪の精の踊り」を見比べて、皆さんのお気に入りのヴァージョンを見つけて下さい。

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英国ロイヤル・バレエ『くるみ割り人形』より「雪の精の踊り」。こちらのヴァージョンは、英国ロイヤル・バレエで長く上演されているピーター・ライト版です。
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ボストン・バレエ『くるみ割り人形』より「雪の精の踊り」。こちらのヴァージョンはミッコ・ニッシネン版で、雪の王と女王が登場します。同作は、第1幕の人形のシーンで熊が踊る「Nutcracker Bear」が話題になりました。
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イングリッシュ・ナショナル・バレエの2024年に新制作された『くるみ割り人形』の映像です。こちらのヴァージョンの「雪の精の踊り」は雪ではなく冬の王国がテーマになっており、きらびやかな氷の女王が登場します。

(注1)約15秒の③の振付を詳述すると、(A)「上手斜め前を向いて右軸脚で第4アラベスク→前屈→パ・ド・ブーレ・クーリュで左へ1回転」→(B)「下手斜め前を向いて左軸脚で第4アラベスク→前屈→パ・ド・ブーレ・クーリュで右へ1回転」→もう一度(A)→(B’)「最後は第1アラベスク」となります。

(注2)『くるみ割り人形』で、どのヴァージョンでも比較的共通している振付は、クライマックスの「金平糖の精と王子のパ・ド・ドゥ」ぐらいです。

(注3)雪の女王のみのこともあります。ほかにも2人のソリストが芯を踊るパターンや、クララとくるみ割りの王子が一緒に踊るパターンがあります。

(注4)ワイノーネン版は、1934年にワシリー・ワイノーネンがマリインスキー・バレエ(当時のキーロフ・バレエ)に演出・振付したヴァージョンです。このヴァージョンを元にした「雪の精の踊り」は、国内の複数のバレエ団で踊られています。

(発行日:2026年5月25日)

次回は…

本連載の最終回(第83回)は、私なりのバレエ鑑賞の仕方、バレエを見て楽しむ時のテクニックの味わい方についてお伝えしたいと思います。最終回の発行予定日は2026年6月25日です。

【鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!-総目次】
http://bibliognost.net/umino/ballet_tech_contents.html

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この記事を書いた人 このライターの記事一覧

うみのびん。東洋大学社会学部メディアコミュニケーション学科教授、情報学研究者、舞踊評論家。バレエ、コンテンポラリーダンスの批評記事・解説記事をマスコミ紙誌、ウェブマガジン、公演パンフレット等に執筆。研究としてダンスの三次元振付シミュレーションソフトを開発。著書に『バレエの世界史』『バレエヴァリエーションPerfectブック』『バレエとダンスの歴史:欧米劇場舞踊史』『バレエ パーフェクト・ガイド』など。

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