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英国バレエ通信〈第46回〉英国ロイヤル・バレエ「オネーギン」、ノーザン・バレエのトリプルビル、ロンドンのコンテンポラリーダンス事情

海野 敏

注目の舞台のもようを現地からお届けする「英国バレエ通信」。執筆は連載「鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!」の著者でもある海野敏さん(舞踊評論家・東洋大学教授)です。

英国ロイヤル・バレエ「オネーギン」

ドラマティックな全幕作品を得意とする英国ロイヤル・バレエにとって、ジョン・クランコ振付の『オネーギン』は自家薬籠中の演目だろう。今回筆者は、十年以上主役タチヤーナを演じ続けてきたマリアネラ・ヌニェスと、タチヤーナ役デビューのフランチェスカ・ヘイワードの主演日を選んで鑑賞した。

ロイヤル・バレエ「オネーギン」フランチェスカ・ヘイワード(タチヤーナ)©2025 ROH. Photographed by Andrej Uspenski

『オネーギン』はプーシキンの韻文小説を原作とし、クランコがシュツットガルト・バレエのために作った物語バレエの傑作である。愚かで切ない恋愛を描いた「大人のバレエ」であり、純朴な恋心と冷ややかな拒絶、気紛れなからかいと嫉妬がもたらす無益な死、穏やかな夫婦の愛情と遅すぎる後悔など、さまざまな情動と心理が舞台上で交錯して観る者の感情は揺さぶられる。世界中のバレエ団で上演され続け、初演から今年で60周年(注1)。ロイヤル・バレエでは2001年に初演し、すでに100回以上の上演を重ねてきた(注2)

ヌニェスは、第1幕の読書好きで内向的な少女から、第3幕の客人をもてなす堂々とした公爵夫人へ、幕が進むにつれて成長するタチヤーナの姿を細やかな演技と踊りで表現して円熟の極み。相手役のリース・クラークも、第1・2幕の尊大で傲慢なオネーギンの姿を充分に演じ、難度の高い振付でリフト、スウィング、トスが連続する「鏡のパ・ド・ドゥ」では盤石なパートナリングを披露した。第3幕最終場の「不和のパ・ド・ドゥ」(手紙のパ・ド・ドゥ)では、一線を越えかける2人の激情が生々しく、痛々しく、幕が下りた直後、その迫真の演技に客席からどよめきが起きたほどだった。

この日、タチヤーナの妹オリガ役は高田茜、その恋人レンスキー役はウィリアム・ブレイスウェルが演じた。ロイヤル・バレエのプリンシパル4人が共演する贅沢な配役である。第1幕前半は高田とブレイスウェルのパ・ド・ドゥが一番の見どころで、タチヤーナとオネーギンの捻じれた恋愛に対し、オリガとレンスキーの真っ直ぐな恋愛は幸福感に満ちて輝いていた。

ロイヤル・バレエ「オネーギン」フランチェスカ・ヘイワード(タチヤーナ)、セザール・コラレス(オネーギン)©2025 ROH. Photographed by Andrej Uspenski

一方ヘイワードのタチヤーナも、初役にもかかわらず第1幕の演技が出色だった。とりわけオネーギン役のセザール・コラレスとの「鏡のパ・ド・ドゥ」は、タチヤーナの高鳴る心臓の音が聞こえてくるような踊りにうっとりとさせられた。しかし「不和のパ・ド・ドゥ」はほんの少しぎこちなく、ヌニェス&クラーク組に一日の長があったことは否めない。オリガ=ヴィオラ・パントゥーソ、レンスキー=ジャコモ・ロヴェロも、高田&ブレイスウェルと比べると発展途上と言わざるをえない。

ロイヤル・バレエ「オネーギン」フランチェスカ・ヘイワード(タチヤーナ)、セザール・コラレス(オネーギン)©2025 ROH. Photographed by Andrej Uspenski

本公演では、クランコの群舞の振付の巧みさとロイヤル・バレエのコール・ド・バレエの素晴らしさを改めて痛感した。とりわけ第1幕の中盤で9組の男女が集って踊り、女性のグラン・パ・ド・シャを男性がサポートしながら舞台を斜めに駆け抜ける場面と、第3幕の幕開きで12組の紳士・淑女が板付きで登場してポロネーズを踊る場面は、これぞコール・ド・バレエの醍醐味と思わせる抜群の出来栄えだった。

ロイヤル・バレエ「オネーギン」©2025 ROH. Photographed by Andrej Uspenski

【2025年1月22・25日、ロンドン、ロイヤル・オペラハウス(メインステージ)】

ノーザン・バレエのトリプルビル

イングランド北部の都市リーズを拠点とするノーザン・バレエは、日本で紹介される機会が少ないが、英国5大バレエ団の一つである。2022年より元ロイヤル・バレエのプリンシパル、フェデリコ・ボネッリが芸術監督を務めており、現在所属する36人のダンサーには日本出身者が7人も含まれている。ロイヤル・オペラハウスの小劇場で「3つの短編バレエ」(Three Short Ballets)と題して上演された同団のトリプルビルは、たいへん充実した公演だった。

ノーザン・バレエ「四つの最後の歌」アンバー・ルイス、ジャクソン・ドワイヤー ©Emily Nuttall

『四つの最後の歌』は、オランダの振付家、ルディ・ファン・ダンツィヒによる約25分の作品。リヒャルト・シュトラウス作曲のソプラノ歌曲に合わせて、女性4人、男性5人が踊るネオクラシカルなバレエである。死をテーマとしており、4組の男女につねに死の天使がつきまとうのだが、パ・ド・ドゥの振付が流麗で美しく、暗さよりも透明感があって心地よかった。白井沙恵佳が出演(注3)

ノーザン・バレエ「四つの最後の歌」ジョージ・リャン、ドミニク・ラローズ ©Emily Nuttall

『勝利のダンス』(Victory Dance)はクリステン・マクナリー振付で、2人の男性と車椅子のダンサー、ジョセフ・パウエル=メイン(注4)が乗りのよいラテンミュージックで踊る約5分の作品。車椅子がパウエル=メインの移動、疾走、回転の器具としてだけでなく、他の2人のダンスを支える小道具となる振付。ダンサーたちの掛け合いが陽気で、ユニゾンに高揚感がある楽しい舞台だった。脇塚優がトリオの1人として快活な演技で活躍した。

ノーザン・バレエ「勝利のダンス」左から:脇塚優、ケヴィン・プン、ジョセフ・パウエル=メイン ©Emily Nuttall

ノーザン・バレエ「勝利のダンス」左から:脇塚優、ジョセフ・パウエル=メイン、ケヴィン・プン ©Emily Nuttall

『愚か者たち』(Fools)は、南アフリカ出身の振付家ムトゥトゥゼリ・ノヴェンバーが南アフリカの作家の小説をもとに作った約40分間の作品。ボネッリが委嘱した新作である。南アフリカの村を舞台として恋人たちが2つの部族の対立に巻き込まれ、男性が刺殺されてしまう「ロミオとジュリエット」的なストーリー。バレエと、足を踏み鳴らすアフリカのダンスとが融合していることが見て取れる振付が面白く、見応えがあった。ダンサーは17人で、白井、脇塚、松本夏帆石井潤が出演。

ノーザン・バレエ「愚か者たち」©Robert David Pearson

ノーザン・バレエ「愚か者たち」アントニ・カニェラス・アルティガス、ハリス・ビーティー ©Emily Nuttall

ノーザン・バレエ「愚か者たち」サラ・チュン、ハリス・ビーティー ©Emily Nuttall

【2025年1月31日、ロンドン、ロイヤル・オペラハウス(リンバリー劇場)】

ロンドンのコンテンポラリーダンス最新事情

最後に、この冬のロンドンのコンテンポラリーダンス界の話題を3つお送りする。

最大のニュースは、ロンドンにダンス専用の新しい劇場「サドラーズ・ウェルズ・イースト」が開館したことだ。コンテンポラリーダンスの拠点であるサドラーズ・ウェルズの4つめの劇場で、ロンドン・オリンピック以降の再開発が著しいロンドン東部にオープンした。新築のビルには、約550席の中劇場、6つのスタジオ、広々としたラウンジが収まっている。筆者は開館初日に『アワ・マイティー・グルーヴ』(Our Mighty Groove)を鑑賞。ヒップホップ・ダンスをベースにした振付で、ナイトクラブに友人・知人たちが集まって踊りを競うコミカルなストーリー。切れ味のよいワッキングやニュー・ヴォーギングの技が印象的だった。

【2025年2月6日、ロンドン、サドラーズ・ウェルズ・イースト】

コンテンポラリーダンスを対象とした「ローズ国際ダンス賞」(Rose International Dance Prize)が創設されたのも大きな話題。これもサドラーズ・ウェルズの主催イベントで、今後は隔年で開催されるとのこと。識者のリサーチで世界中から集めた42作品が1次候補となり、さらに最終候補の4本が選ばれてサドラーズ・ウェルズ劇場で連続上演された。筆者は4本すべてを鑑賞。優勝賞金4万ポンド(約800万円)は、ギリシャの振付家クリストス・パパドプーロスによる『ラーセンC棚氷』(LARSEN C)が獲得した(注5)。地球温暖化で崩壊しつつある南極の巨大な棚氷をテーマとした作品である。

【2025年1月29日、2月1、4、8日、ロンドン、サドラーズ・ウェルズ劇場】

ザ・プレイス劇場では、今年もコンテンポラリーダンスのフェスティバル「レゾリューション」(Resolution)が開催された。1990年から35年間も続いている若手振付家・ダンサーのためのショーケース・イベントで、いまや大御所となったウェイン・マグレガーもホフェッシュ・シェクターもケイト・プリンスも、かつてこのイベントに出品している。1日3グループがそれぞれ15~30分の作品を発表し、今年は20日間で60作品が上演された。筆者は60作品のうち15作品を鑑賞。ダンサーの数はソロから十数人までさまざまで、振付のベースも、ストリート系ダンス、フラメンコ、インド舞踊、暗黒舞踏から、大御所のメソッドを彷彿とさせるものまで多種多様。約300席の小劇場であるが、若いダンサーたちのテクニックの平均値がかなり高いことと、照明、美術、衣裳、小道具を工夫した手の込んだ演出が多いことに感心した。
【2025年1月10、16、17、18、24日、ロンドン、ザ・プレイス劇場】

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(注1)『オネーギン』のシュツットガルト・バレエによる初演は1965年。その後、パリ・オペラ座バレエ、ミラノ・スカラ座バレエ、デンマーク・ロイヤル・バレエ、アメリカン・バレエ・シアター、カナダ・ナショナル・バレエ、オーストラリア・バレエ、東京バレエ団等々がレパートリーとしてきた。今シーズンは、シュツットガルト・バレエが来日公演で上演(2024年11月)。またロイヤル・バレエの上演時期(2025年1~2月、5〜6月)と重なって、パリ・オペラ座バレエも上演している(2025年2~3月)。

(注2)ロイヤル・バレエによる2020年の『オネーギン』については、實川絢子氏による「英国バレエ通信」第8回の記事をお読みください。

(注3)『四つの最後の歌』は、2002年に新国立劇場バレエ団が2回だけ上演している。再演を期待している。

(注4)ジョセフ・パウエル=メインは、ロイヤル・バレエ・スクールの生徒だったときに左脚を負傷し、車椅子を使用して踊るようになったダンサー。本公演にはゲストとして出演した。

(注5)受賞作以外の最終候補作品は、アメリカの振付家カイル・エイブラハムの『名もない愛』(An Untitled Love)、ポルトガルの振付家マルコ・ダ・シルヴァ・フェレイラの『カルカサ』(CARCAÇA)、ブラジルの振付家リア・ロドリゲスの『エンカンタード』(Encantado)。

【NEWS】
本記事の著者、海野敏さんからのお知らせ

2025年5~6月、早稲田大学エクステンションセンターの春季講座にて、「世界史のなかのバレエ~美を追求する舞踊の600年」という講座を行います。全6回で金曜の午前中、場所は早稲田キャンパスです。詳細は同センターのWEBページをご覧ください。

なお、同センターでは3月31日まで「春の入会金無料キャンペーン」を実施しており、入会金(8,000円)が無料になります。会員資格は4年間有効で、同センターが開講している100を超える講座を会員料金で受講できるほか、早稲田大学中央図書館が利用できるなどの特典があります。

この記事を書いた人 このライターの記事一覧

うみのびん。東洋大学社会学部メディアコミュニケーション学科教授、情報学研究者、舞踊評論家。バレエ、コンテンポラリーダンスの批評記事・解説記事をマスコミ紙誌、ウェブマガジン、公演パンフレット等に執筆。研究としてダンスの三次元振付シミュレーションソフトを開発。著書に『バレエの世界史』『バレエヴァリエーションPerfectブック』『バレエとダンスの歴史:欧米劇場舞踊史』『バレエ パーフェクト・ガイド』など。

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