動画撮影:星野一翔(STARTS)・奥田祥智(オクダ企画)/編集:星野一翔(STARTS)
※動画テロップ注:南江祐生の「ゆう」は示すへんに右
2025年3月7日(金)~16日(日)新国立劇場 小劇場で上演中の『イノック・アーデン』。原作はヴィクトリア朝の桂冠詩人アルフレッド・テニスンによる物語詩。その音楽的韻律に感銘を受けた作曲家のリヒャルト・シュトラウスが後に音楽を紡ぎました。
原作の言葉と音楽を忠実に再現した今回のステージは、3人の登場人物をダンサーが踊り、イノックの人生を2人の俳優が語ります。演出・振付は、舞台『レイディマクベス』『カスパー』をはじめ、新国立劇場バレエ団『マクベス』など多くの作品を生んでいる国際的振付家、ウィル・タケット。田代万里生と中嶋朋子が朗読を、東京バレエ団の秋山瑛、生方隆之介、南江祐生がダンサーとして出演します。
最後は、タイトル・ロールのイノック・アーデン役を演じる南江祐生さんにインタビュー。リハーサル動画と合わせてお楽しみください。

南江祐生(なんえ・ゆうき) 京都府出身。5歳よりバレエを始める。2012年より東京バレエ学校で学び、同校Sクラスの海外研修制度で15年にワガノワ・バレエ・アカデミーに留学。18年に東京バレエ団へ入団。22年にアスタナ・バレエで1年間の契約期間を経て帰国、24年より東京バレエ団へ再入団した。現在セカンドソリスト。©Ballet Channel
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- 今回の出演が決まったきっかけを教えてください。
- 南江 「Choreographic Project 2024」のリハーサル見学をしていた今回のプロデューサーに、声を掛けていただきました。当時はカザフスタンのアスタナ・バレエで1年間契約ダンサーとして踊り、帰国して再入団したばかり。あれこれ落ち着かない日々の中でいただいたお話だったので、すごく嬉しかったです。
- 『イノック・アーデン』で南江さんが演じるイノックとはどういう人物なのでしょうか。
- 南江 イノックは小さい時に父を亡くし、恵まれない家庭環境で育った青年です。演出・振付のウィル・タケットさん曰く、イノックのイメージはrough(ラフ)。漁師町に生まれ育った粗野な海の男、みたいな感じでしょうか。僕自身とは少し違うタイプだと思います。
- 役作りにはどう取り組んでいますか?
- 南江 イノックと(生方)隆之介くんが演じる幼なじみのフィリップは、性格も暮らし向きも対照的に描かれていますが、それを強調するために最初から男っぽく演じようとは考えていません。ウィル・タケット版『イノック・アーデン』は初演なので、稽古場で演じてみてはじめて分かることがたくさんあるんです。(秋山)瑛さんや隆之介くんと踊っていると、ふたりがキャラクターの感情や3人の関係性をどう解釈しているかも伝わってくる。リハーサルを重ねることで役を自分に落とし込み、そこから僕のイノック像を見つけていきたいですね。

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- 物語の中盤、幼い頃からの恋が実りアニーと結婚したものの、けがで仕事を失ってしまうイノック。商船に乗る決心をし、家族を町に残したまま海へ出て行きます。
- 南江 仕事を得られなくなった彼が船に乗るのは愛する家族のため。アニーと子どもたちには寂しい思いをさせてしまうけれど、僕は、将来を見据えた彼の決断は男らしいと思うし、イノックらしい家族への愛情表現だなと感じます。
- イノックが去った後、不安にくれるアニーたちに寄り添うのはフィリップです。
- 南江 ウィルさんが「イノックは海(sea)、フィリップは陸(land)」だとおっしゃって、なるほどと思いました。人間的なパワーを持ち、いつもはるか遠くを見つめているイノックは、確かに海のようにスケールが大きい人物です。
彼がようやく家族の住む町に帰って来た時、アニーと子どもたちの暮らしの中にはフィリップがいます。それを知ったイノックは、彼女たちのごく近くに住みながらも、その生活に介入しない道を選ぶんですね。彼が自分に向かってくるさまざまな運命を黙って受け入れるのも、心に海のような寛大さを備えているからできることなのだと思います。

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- 共演者の印象を聞かせてください。妻のアニー役を演じるのは秋山瑛さんですね。
- 南江 瑛さんとは、バレエ団の『ロミオとジュリエット』でパリスを演じた時、一度だけ一緒に踊ったことがあります。人一倍努力していても、それを決してひけらかすことなく、つねに冷静に自身と向き合っている。とても思慮深い方だと思います。
- 恋敵のフィリップ役は生方隆之介さんです。
- 南江 隆之介くんは、僕がプロのバレエダンサーを目指した時から、ずっと近くにいたひとりです。東京バレエ学校と、海外研修先のワガノワ・バレエ・アカデミーでともに学んだので、ライバルみたいに感じていた時もありました。
- イノックとフィリップの関係に少し似ていますね。
- 南江 そういえばそうですね! プロデューサーもウィルさんも、僕たちのこれまでの関係まではご存じないと思うんですけれど(笑)。そういえば僕と隆之介くんの誕生日は、ぴったり半年違いなんですよ。こういう偶然に、僕は不思議な縁を感じてしまいます。

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- 南江さんのバレエの経歴についても聞かせてください。バレエを始めたのは何歳ですか?
- 南江 5歳です。
- 自分から始めたいと思ったのでしょうか。
- 南江 僕が始めた理由はすごく特殊なんです。生後まもなくから幼少期の僕は、てんかん発作や多動症、脳性麻痺などいくつかの発達に関わる課題を抱えていて、家でも脳機能を高めるためのトレーニングやマッサージをしたり、小学校に入るまでは毎週、機能訓練を受けるために医療福祉施設へも通っていました。てんかん発作がなくなり、身体の発達がある程度まで整ってきた時に、僕の身体の強さと柔らかさを知って下さっている主治医が、「この子にバレエを習わせたら?」と母に勧めてくれたんです。身体を使って踊ることは多動のエネルギーを発散させる助けにもなるし、指先まで神経を使うバレエは脳神経の発達にもいいのではないかと。バレエを習っていた母と妹について教室に見学に行き、僕も一緒に始めることになりました。
- 初めてのバレエは楽しかったですか?
- 南江 はじめのうちは教室の床に寝ころんじゃったり(笑)、めちゃくちゃな生徒だったんですけれど、僕自身はすごく楽しかった。小学校の高学年になるころには集中力も身についてきて、きちんとレッスンが受けられるようになりました。

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- 中学2年生になると、南江さんは東京バレエ学校に入学します。
- 南江 当時、僕はバレエをやめようと思っていたんです。中学校になじめず家にいることが増えたため、バレエもサボりがちで。でも、これを最後にバレエはやめると母に宣言して受けに行った小林十市さんのワークショップが本当に楽しくて! それまで女の子に囲まれてレッスンしていた僕には、男の子が来ていたこともいい刺激になりました。これをきっかけに、東京で行われた首藤康之さんのボーイズワークショップを受け、東京バレエ学校ボーイズSクラスのオーディションを経て、プロを目指そうと決心しました。
- 急展開ですね!
- 南江 最後のワークショップのつもりが、プロへのきっかけになりました。Sクラス第1期生だった僕と隆之介くんは、首藤さんから本当にたくさんのことを教えていただきました。首藤さんは、ウィルさんとも舞台を作られているんですよね。数々の縁と偶然に恵まれて、僕はここまで引っ張り上げてもらったんだなと思わずにはいられません。
- 最後にプライベートについて質問を。最近はまっていることはありますか?
- 南江 ピアノを弾くのが好きです。もともと楽器を弾けるようになれたらいいなと思っていたのですが、2年前に右膝を手術して半年ほど踊れなかった時期があって、こういう時だからこそなにか始めてみようと思い立ちました。もうひとつの趣味は本を読むこと。目の前の現実からしばし離れて、物語の世界で生きられるひとときが大好きなんです。
公演情報
「イノック・アーデン」

【日時】
2025年3月7日(金)〜16日(日)
【会場】
新国立劇場 小劇場(東京都渋谷区本町1‐1‐1 京王新線「初台」駅下車)
【出演】
田代万里生
中嶋朋子
秋山瑛
生方隆之介
南江祐生
(東京バレエ団)
演奏
櫻澤弘子
【スタッフ】
原作:アルフレッド・テニスン
作曲:リヒャルト・シュトラウス
翻訳:原田宗典
演出・振付:ウィル・タケット
企画製作:tsp Inc.
公式HP