現在上演中、今夏注目の公演「フェリ,ボッレ&フレンズ 〜レジェンドたちの奇跡の夏〜」。
前半のAプロ(8月3日まで)ではフェリ&ボッレによる『マルグリットとアルマン』など話題の演目が続々と上演され、後半のBプロ(8月3日・4日)ではフェリの復帰作のひとつ『フラトレス』など、ノイマイヤー作品を中心としたプログラムが予定されています。
〈バレエチャンネル〉では開幕直前に東京バレエ団のスタジオで行われていたリハーサルを取材。
舞台写真家・瀬戸秀美さんに、ダンサーたちの姿を撮影していただきました。
その素晴らしい写真の数々を、出演ダンサーたちへのインタビューと共に3日連続でお届けしています。
2日目の今日は上野水香&マルセロ・ゴメスによるローラン・プティ振付『ボレロ』のリハーサル風景から。
水香さんのインタビューも併せてお楽しみください。
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リハーサル風景 vol.2 「ボレロ」
振付:ローラン・プティ
音楽:モーリス・ラヴェル
出演:上野水香&マルセロ・ゴメス
撮影:瀬戸秀美
出演者インタビュー 上野水香
©︎Ballet Channel
- 上野水香さんは今回Aプロではローラン・プティ振付『ボレロ』を、Bプロでは高岸直樹振付『リベルタンゴ』を踊られます。まずは『ボレロ』について。水香さんはベジャール版もプティ版も踊っていますが、プティの『ボレロ』の魅力とは?
- 上野 ベジャールのほうは大勢の男性ダンサーに囲まれているとはいえ“ソロ”で踊るもの。いっぽうプティの『ボレロ』はパ・ド・ドゥです。最初から男性パートナーとふたりで出てきて、常に相手のことを感じながら、ふたりで作り上げる舞台なんですね。でも、通常のパ・ド・ドゥみたいに男女の甘やかな踊りではなく、これは“喧嘩”。まさにボクシングの試合が始まるみたいに、羽織っていたバスローブを脱ぎ去り、互いにぶつかったり、牽制したり、駆け引きしたりしながら踊っていきます。でもおもしろいのは、ビシバシとした雰囲気で喧嘩をしながらも、同時にふたりの関係は非常に緊密で、心の奥深くでは繋がっているということ。指導をしてくださったルイジ・ボニーノさんいわく、「これは喧嘩であると同時に、ひとつの愛の表現だ」と。確かに、男女の間にはいろいろな感情がありますよね。そういった心の細かい部分を、パートナーのマルセロ(・ゴメス)とふたりで綿密に作り上げていきたいと思っています。
- プティ作品を踊る水香さんはとても素敵なので、楽しみです。
- 上野 私も、自分とローラン・プティ作品というもののつながりを、とても大切にしているんです。これは他の方からもよくいわれることなのですが、プティを踊っている時の自分は“水を得た魚”のような感じ。今後もずっと大切にするべきだと思っていますし、いろいろな作品を踊っていきたい。すでに踊ったことのある作品、例えば『ノートルダム・ド・パリ』なども、もう一度踊りたいという気持ちがあります。
- それはぜひ観たいです!水香さんはこれまでもここぞという時にはいつもプティ作品を踊ってこられたと思いますが、おとなの女性として成熟し、ダンサーとしてもキャリアを重ねてきた今だからこそ感じることや発見はありますか?
- 上野 それは、すごく感じます。例えば『シャブリエ・ダンス』という演目があるのですが、これは私が20代の頃に初めて踊ったプティ作品。当時、人には「合っている」と言われるけれども、自分のなかでは何もわからないまま踊っていたところがありました。でもそれから十数年が経ち、2014年の「Jewels from MIZUKA」公演のなかで久しぶりに踊ったら、「ああ、いまの私だからこう感じて、こう表現するんだな」という発見がたくさんあって。そのことに、自分自身とても感動しました。
思い起こすと、私はいつもプティさんから「Bébé!」(編集部注:“赤ちゃん”という意味のフランス語)って言われていたんですね。 それがいつも悔しかったのですが、いまはその理由がよくわかります。当時の私には、“おとなの表現”というものが全然できていなかった。プティ作品には、彼の振付に特有の女性らしさとか、柔らかさのなかにある色気とかを出せる余地がたくさんあることに、まったく気づけていなかったんです。今回踊る『ボレロ』には、そうした“おとなの女性”にしか出せないエッセンスたくさん散りばめられています。だからいま踊れることがとても嬉しいし、やりがいがありますね。
- プティ作品を踊る水香さんには、何か特別な魅力があるように感じます。おとなっぽいだけでも、セクシーなだけでもなくて、儚さにも似た何かがあるといいますか。
- 上野 嬉しいです。空気感の柔らかさ、みたいなものでしょうか。ベジャールの『ボレロ』などを踊っていてもそうなのですが、自分のなかから香ってくる、どこかふわっと柔らかい何かというものは、絶対に大事にしないといけないなと思っています。それを大事にして踊ってこそ自分の芸術なのかなと、最近とくに感じるようになりました。
- 最初のお話にもありましたが、今回踊られる2作品とも、パートナーはマルセロ・ゴメスさんですね。
- 上野 マルセロにはラテンの血が流れているので、色気もあるし、強さもあるし、動きや目線や表情の一つひとつから醸し出されるニュアンスが濃厚で独特なんです。いつもこちらが「そうきたか!」と思うような表現で向かってきてくださるので、私のなかからも新しい何かが次つぎと触発されて出てくる。そんな感覚があります。
- ゴメスさんといえば、女子ダンサーに厚い信頼を寄せられるダンサーでもありますね。世界中のトップ・バレリーナたちから「パートナーに」と指名が後を絶ちません。
- 上野 その理由は、私にもよくわかります。あれだけ強くて、力があって、女性をサポートするのが上手で、しかも自分自身もアーティストとして非常に能力が高い男性ダンサーというのは、本当になかなかいないと思います。作品を掘り下げる力、表現する力、踊る力、感じる力。そしてもちろん、バレエの基礎の美しさ。すべての面においてレベルがとても高いのですが、それでいて、“女性を立てる”ということにすごく長けているんです。自分は自分として素晴らしく存在しながらも、絶対に“自分が中心!”とはならない。女性のことをあくまで立てて、何があっても美しく見せようとしてくれるんですね。それが素敵なところであり、どんな女性ダンサーも彼と組みたいと思う理由だと思います。
- Bプロで踊る『リベルタンゴ』は、ゴメスさんが熱望されたと聞きました。
- 上野 そうなんです!彼が踊りたいと言ってくれそうな作品をいくつか挙げていったなかで、いちばん強く「それがいい!」と言ってくれたのが『ボレロ』と『リベルタンゴ』でした。『リベルタンゴ』は2018年の「Jewels from MIZUKA Ⅱ」で初めて一緒に踊ったのですが、やはりマルセロの持つラテンの血にあまりにもぴったりで。「これは世界の舞台で見せたいね」とふたりで話していて、今回さっそく、世界的なスターが集うこの公演でお見せできることになりました。
- 最後に、アレッサンドラ・フェリというバレリーナについて、思いなどがありましたら聞かせてください。
- 上野 フェリさんは、本当にずっと憧れの人です。忘れられないのは、私が初めてメキシコでのガラ公演に出演した時のこと。世界中のスターが大勢集まっていたその舞台で、フェリさんがマッシモ・ムッルを相手に『カルメン』を踊ったんですね。それがもうゾクゾクするほど素晴らしくて、「いつかあの域に達したい」と心から思いました。しかもそのフェリさんが、若い私にも優しく声をかけてくださったり、アドバイスをくださったり……ダンサーとしても人間としても感動したことを、いまでも鮮明に覚えています。
その後、私がミラノ・スカラ座で『ノートルダム・ド・パリ』に客演した際も、その公演のファースト・キャストだったのがフェリさんでした。個人レッスンを「一緒に受ける?」と誘ってくださったり、ゲネプロから本番にかけて一気に自分の踊りや演技を“完成形”に持っていく姿もかっこよかった。真のアーティストとはこういう人なのだと思いました。
私はフェリさんの、あの素晴らしい脚も大好きですし、全身から溢れ出てくる表現も大好き。彼女自身も、彼女の周りに集まる人たちもそうですが、長い時間をかけて芸術を深く深く追求してきた人たちというのは、人間的にも本当に深みがあります。だから今回の公演は、間違いなく、非常に濃厚で厚みのある舞台になると思います。
©︎Ballet Channel
公演情報
「フェリ,ボッレ 〜レジェンドたちの奇跡の夏〜」