2021年8月末より、横浜の街や劇場を舞台に約2ヵ月半にわたって様々なステージが繰り広げられてきたDance Dance Dance @ YOKOHAMA 2021 (DDD2021) 。
そのクロージングを飾るのは、同フェスティバルのディレクター・小林十市 が、振付家・金森穣 率いるNoism Company Niigata と初共演する注目の舞台「Noism Company Niigata × 小林十市『A JOURNEY〜記憶の中の記憶へ』」 です。
20世紀を代表する巨匠振付家モーリス・ベジャールのバレエ団〈ベジャール・バレエ・ローザンヌ(BBL)〉のスターダンサーとして活躍した小林十市。
ベジャールが創設したバレエ学校〈ルードラ・ベジャール・ローザンヌ〉に1期生として入学し、若き日にその薫陶を受けた金森穣。
ベジャールという巨星のもとで出会ったふたりが、約30年の時を超えて、今回初共演を果たします。
金森が「永遠の兄」と慕う小林のために、ベジャールの記憶を軸にして本作を演出振付。
10月初旬、Noismの拠点であるりゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館で行われていたリハーサルのあと、小林十市・金森穣の両氏にお話を聞きました。
写真左から:金森穣、小林十市 ©️Ryu Endo
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引退しても、他の道に進んでも、踊りをあきらめられなかった
今日は初めて『A JOURNEY〜記憶の中の記憶へ』のリハーサルを見せていただきました。十市さんが〈バレエチャンネル〉の連載エッセイ に「ずっと踊っている」と書いていらっしゃいましたが、本当にこんなにもずっと踊っているんですね……!
小林 そうなんです、ずっと踊っています。
金森 今回の作品は二部構成で、今日リハーサルしたのは二部のほう。一部でも十市さんは俺と踊るデュオもあり、群舞と一緒に踊る場面もありで、踊る量を全部足したら今日のリハーサルの倍はありますよね。
十市さんはついこの間まで南仏オランジュでお教室を経営し、そこで教えるのが主なお仕事だったのに、こうしてまたダンサーとして本格的に再始動することになりました。こんなにも人生が急展開して、とくに身体がびっくりしてはいないのでしょうか?!
小林 びっくりしてますよ。とくにこの1年半ほどはオランジュでもコロナ禍のために自宅からオンラインで指導することが多かったし、今回のDDD2021で自分が踊ると決めてからも、ひとり自主練の日々――ただバーをやって、ピルエットを回ってSNSに上げるだけの毎日でしたから(笑)。
金森 しかも9月の「エリア50代」で踊ったソロを振付けたアブー・ラグラさんにしろ、今回の俺にしろ、十市さんにとっては初めての振付家であり、身体が知らない動きですからね。熟知している動きであってもそれだけブランクがあれば、身体はかなりしんどいはず。俺はまだアブーさんの作品を見たことがないけど、バレエチャンネルの日記を読みながら「十市さん大変そう……こちらの作品も大変なんだけど大丈夫かな?」とちょっと心配していました(笑)。
©️Ryu Endo
小林 でも「エリア50代」でアブーさんの『One to One』という作品を4日間、ゲネプロも入れると5日間連続で踊ってみて、大変だったけどすごくおもしろかった。同じ作品なのに、不思議なほど毎回違う発見があって、違う自分がそこにいた。「ああ、今日はそっちなんだ。それならそっちを探ってみよう」と、作品の中を自由に動く自分がいたんだよね。『One to One』は「こんな感じで」という方向性だけが決まっていてあとは自由という部分が3箇所くらいあったせいもあると思うけど。
金森 だから十市さん、俺が振付を始めたら、「振りが全部ちゃんと決まっていて、『こんな感じで』みたいな曖昧なところがないのが新鮮」って言っていた(笑)。
小林 その難しさがけっこう久しぶりだなと思って(笑)。9月に初めて新潟入りして、最初に穣くんが振付けてくれたのは僕のソロのパートだったよね。他のメンバーとは別のスタジオで、ふたりきりで振付けてくれたんだけど、僕はすごく集中していて、1週間があっという間に感じられた。
金森 十市さんは振りを覚えるのがものすごく早くて驚いた。
小林 「エリア50代」では「50代の今の踊りを模索する」ということをやっていたわけだけど、穣くんの振付が始まったらもうそういうのは全部吹っ飛んで、自分の年齢のことなんか考えもしなかった。それどころじゃないくらい毎回のリハーサルに情報が詰まっているから、とにかくNoismのみんなと一緒に、ひたすら音楽を聞いて、動き続けて。そして2週目に入って身体に痛みを感じた時、ふと「穣くん、僕に対してまったくハンデなしじゃない?」と気がついた(笑)。それで穣くんにそうこぼしたら、「ハンデをつけるなんて失礼なことはできないし、そんな十市さんは見たくない!」とはっきり言われました。
金森 (笑)
小林 そこから「これは本気で頑張らないと」と、あらためて覚悟が決まりましたね。
©️Ryu Endo
穣さんは、十市さんが腰に持病を抱えていることも、ダンス活動にブランクがあることも知っているのに、それでも十市さんは“ハンデなし”で踊れるはずだと信じることができたのはなぜでしょうか?
金森 もちろん実際に自分の目で確かめるまで、十市さんの身体がどういう状態なのかわからなかった。だから最初はふたりだけで、別のスタジオで振付を始めたのだけど。
小林 僕も昨年2月に穣くんに振付をお願いした時点で、自分の発表会で踊った時の動画を送ったよね。「今の僕はこんな感じですけど」って。
金森 あれは十市さんほとんど踊っていなくて、音楽の中で歩いているだけ、みたいな動画でしたけど(笑)。でも十市さんが不安に思う気持ちはわかるから、俺もざっくりとした構想だけ考えておいて、現実的にどこまでやれるかは現場に入ってから判断しようと思っていました。それでリハーサルが始まって実際に動いてもらったら、すぐに「これはいける。大丈夫だ」とわかった。もちろん怪我は絶対にしてほしくないから、「しんどかったり、この動きはちょっと無理というのがあったりしたら、必ず言ってください」とは常にお伝えしています。でも、俺の中で振りが浮かんだ時に「でもこの動きは無理かな」なんてブレーキをかけるのは嫌。だから今の十市さんと向かい合って見えてくるものをそのまま十市さんに渡していて、何の妥協もしていません。
©️Ryu Endo
やってみたら、思っていた以上に十市さんは動けるとわかったわけですね。
金森 そうです。しかも9月前半に2週間のリハーサルをして、「エリア50代」の本番を経て戻ってきたら、みるみる身体が変わってきていて驚いた。まず動きが軽くなっているし、可動性が高まっている。やっぱり、「踊ってきた人」なんですよ、十市さんは。だからこそ本人のなかでは「以前はもっとこう踊れたのに」という記憶との闘いはあるのだろうけれど、それ以上に身体のほうが知っていることもあるから。
小林 確かに、身体が変わってきている実感はあります。今年5月に初めてアブーさんに『One to One』を振付けてもらった時は4時間ほど動いたのだけど、あの時はそれだけで信じられないほどきつかった。でも、きついのは動けているからだ、とも思った。求められている動きに応えているから身体が痛いし、その痛みもある地点を超えれば必ず無くなる。そういうことも、踊ってきたからわかっていた。
金森 でもその身体の変化は、十市さん自身が思っている以上だから。十市さんは本当にピュアなダンサーだなと、今回あらためて感じています。ピュアなダンサーって、自分の身体に何が起こっていて、自分がどれだけのものを発しているのかということを、意外と自覚していないんですよ。(井関)佐和子にもちょっとそういうところがあるんだけど、自分の感覚をあまり分析することなく、音を聴いて感覚的にパッと動くの。十市さんの身体は、自分が思っている以上に変わっているし、踊っているし、発しているし、語っている。それは、俺や舞台を観るお客様のほうがはっきり感じると思う。
©️Ryu Endo
まさに、「エリア50代」でも今日のリハーサルでも、十市さんの身体や動きには想像以上に迫力があって、ドキッとしました。
金森 そうでしょう。存在感があるし、強い。
小林 僕はとにかく、やっていて楽しい。それがいちばんですね。充実しているし、「生きている」と感じる。
今のこの毎日こそ、十市さんがずっと望んできたもの、あきらめきれなかったものですね?ずっと踊りたかった。その気持ちが、連載エッセイに綴られた言葉の中にもいつも滲んでいました。
小林 自分ではあまり表には出してこなかったつもりですけど、でも舞台に立つ予定もないのにずっと自主練を続けてきたということは、やはり「何かチャンスがあった時に」という気持ちがあったんでしょうね。
金森 そうだよね。あきらめられなかった。
小林 あと、今こうして踊れているのは、34歳で腰を壊していったん現役を引退したあと、わりとすぐに芝居で舞台に立てたことも大きかったと思う。ブランクといっても、舞台には立ち続けた期間があったから。
金森 そうね。でも芝居の道に進んだ時、「もうそろそろ踊りはいいかな……」みたいになっていたでしょう? それが間違いだった(笑)。
小林 そう、「踊りを捨てて役者でやっていこう」と思った。でも、大変すぎた(笑)。大変すぎて役者にはなりきれなかった。
金森 それは、舞踊を捨てきれなかったからだよね。
小林 芝居の公演をひとつ終えて、次の仕事まで時間が空くと、いつも東京バレエ団に行ってレッスンを受けていた。するとすごく解放されるというか、踊ることが純粋に楽しかった。
©️Ryu Endo
【特集:DDD2021】小林十市×金森穣クロストーク〈後編〉「舞台の幕が下りた時、“終わり”ではなく“始まり”になる作品に」はこちら
【Column】Noismのメンバーに聞きました!
“ダンサー・小林十市”と一緒に踊って感じること
●井関佐和子 Sawako ISEKI (Noism副芸術監督)
©️Noriki Matsuzaki
17歳からルードラで学んだ私にとって、十市さんはもちろん憧れの大スター。舞台でガンガン踊っていらっしゃる姿をいつも眩しく観ていました。今こうして稽古場でご一緒させていただいていても、「ダンサー・小林十市」の印象はあの頃のまま。まるで時間が止まっているかのようで、でも私の年齢は当時の十市さんをはるかに超えていて……何だか不思議な気がします。
十市さんは新しい挑戦に対しても、ご自身よりずっと若いダンサーたちに対しても、常に謙虚でオープンなんですよね。年齢的なこともブランクもあるけれど、とにかく受け入れてやってみようとするポジティヴなエネルギーにあふれていて、それは私たちNoismのメンバーにも明らかに影響を与えてくれています。私自身、普段はメンバーのなかで最年長ですが、十市さんがいらっしゃると心構えが若返るような感覚になります。若いみんなと一緒にこの十市さんを中心にした物語を盛り立てていこうという気持ちになるんです。
今回の作品の一部には、一瞬ですけれど、十市さんと穣さんと私の3人で舞台に立つ場面があります。そのシーンを初めてリハーサルした日は、言葉にならない感慨があふれてきて、夢のようでした。今回の舞台を踊り終えた時、十市さんがどう変化して、そこからどんな活動をしていかれるのか。その姿がきっと、十市さんより10年ほど後ろを走る私にとって、大きな刺激になると思います。
左から:金森穣、井関佐和子、小林十市 ©️Ryu Endo
●ジョフォア・ポプラヴスキー Geoffroy POPLAWSKI (Noism 1)
©️Noriki Matsuzaki
僕もルードラ出身ですが、少し世代が若いので、十市さんの名前はもちろん知っていたけれど、舞台を観たことはありませんでした。でも舞踊家として僕らの前を歩いてきた大先輩が、キャリアの中で体得してきたスタイルや技術を、今こうして目の前で伝えてくれるのはありがたいこと。そして十市さんの場合は、年齢もブランクも経た今の身体で、ここからまた自分の道を開こうとしています。その姿を僕たちに見せてくれているのは素晴らしいなと思います。
十市さんは今でも作品に多くのものをもたらすことができるし、いつもポジティヴなエネルギーをスタジオに充たしてくれます。一緒にリハーサルをしていると、いつもとは違う、いろいろな発見もあるんですよ。例えば十市さんがダンサーとしての感覚や踊りの技術をどんどん取り戻せるように、穣さんがどんな働きかけをしているか。あるいは十市さんが、今回出会った若いダンサーたちのエネルギーをどう集めて一体になろうとしているのか。そういったことを目の当たりにできるのも興味深い体験です。
僕は十市さんと一緒に踊れて本当に嬉しい。十市さんも僕らと踊ることを喜んでくれているといいなと思います。
公演情報
Noism × 小林十市 『A JOURNEY〜記憶の中の記憶へ』
【日時】
2021年10月16日(土)17:00開演
2021年10月17日(日)16:00開演
上演時間:約70分(休憩あり)
【会場】KAAT神奈川芸術劇場 〈ホール〉
【詳細】https://dance-yokohama.jp/ddd2021/noism/
VIDEO
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Dance Dance Dance @ YOKOHAMA 2021
【会期】2021年8月28日(土)~10月17日(日)
【会場】横浜市内全域〈横浜の“ 街” そのものが舞台〉
【ジャンル】バレエ、コンテンポラリー 、ストリート、ソシアル、チア、日本舞踊、フラ・ポリネシアン、盆踊りなどオールジャンル
【プログラム数】約200
【ディレクター】小林十市
【主催】横浜アーツフェスティバル実行委員会
【共催】横浜市、公益財団法人横浜市芸術文化振興財団
【詳細】https://dance-yokohama.jp/