写真左から 廣川みくり、直塚美穂 ©Ballet Channel
2024年4月27日(土)~5月5日(日)、新国立劇場バレエ団が牧阿佐美版『ラ・バヤデール』を上演します。
インドを舞台に、寺院の舞姫ニキヤと戦士ソロルの恋と、複雑な人間関係が織りなす物語を描いた本作。王の娘ガムザッティや、寺院の大僧正ハイ・ブラーミンなど、登場するキャラクターたちにもそれぞれに際立つ個性があります。
4月上旬、今回の公演で初役となるニキヤ役の廣川みくりさんとガムザッティ役の直塚美穂さんを取材。作品のことやバレリーナになるまでの歩みについて聞きました。対談インタビューと併せてリハーサル写真もお楽しみください。
『ラ・バヤデール』について
- おふたりはニキヤとガムザッティをどのように解釈していますか?
- 廣川 ニキヤはいい意味で変わっていて、狂気の片鱗が見える役だと思います。清楚で落ち着いた雰囲気をまとった美しい女性でありながら、ソロルへの強い愛を内に秘めている。ニキヤとソロルの関係は、決して知られてはいけない秘密です。でもガムザッティにふたりの愛を否定された時に、「ソロルは絶対に譲れない」という頑固さが表に出てしまいます。感情が昂って、ガムザッティに向かってナイフを振り上げてしまう。彼女の行動は少し狂気じみているけれど、その頑固さはニキヤがキャラクターとして愛される部分だと感じています。
- 直塚 本能のままに動いてしまう。
- 廣川 そう。でも私は、ニキヤを悪く描きたくなくて。感情的になってしまうところすらも彼女なんだと受け入れて、役作りをしたいと思います。
- 直塚 現実と離れているからこそ、役に入りやすい部分はあるよね。私も楽しみながら演じています。
ガムザッティは悪女というイメージがあると思うのですが、少し違うふうに捉えています。彼女は純粋に結婚に強い憧れを抱きつつ、ソロルを好きになり、権力を使ってでもソロルと結婚したいという思いが溢れている。だから健気で弱い面もある女性ではないかと。王の娘として表面は強そうに振舞っていても、中身はもろい。ニキヤよりもはるかに弱いかもしれません。
- 廣川 ガムザッティは意外とガラスのハートだよね。硬いガラスでしっかりと覆われていても、すごく薄い部分がある。そこをニキヤに突かれた瞬間に、ひびが入って粉々に砕け散ってしまう。
- 直塚 お嬢様として育てられ、他人から命令されるようなこともなかった。そんなガムザッティからしたら、「身分の低い人にこんなことされるなんて!」という気持ちになりますよね。どちらかというとニキヤよりもガムザッティのほうが純粋で、ソロルを好きになったのも“世間を知らないお嬢様の恋”だと思っています。
- 廣川 ニキヤもソロルも恋愛に対して盲目ですよね。好きになるのは仕方のないことかもしれないけれど、その盲目さによって周りの人たちを振り回していく、そんな恋の怖さを感じながら演じています。ふたりの恋の迎える結末がその怖さを物語っている気もしていて……理性って大事だなと思います。ふたりの愛をどのように描いていくか、ソロル役の井澤駿さんともよく話し合っています。
- 直塚 ガムザッティがソロルに出会った時にはすでに、彼はニキヤと愛し合っていて。それでニキヤを呼び寄せて顎をクイっとあげたら、自分よりも美しい顔がそこにあって、「勝てない」と思ったはず。彼は振り向いてくれないと分かっていながらも、地位や財力を使ってなんとしても自分のものにしたいという気持ちなのかなと考えています。
- 廣川 だから個人的にはガムザッティが可哀想だと思ってしまうんですが、ニキヤの役柄として共感しないようにしています(笑)。
廣川みくり(ニキヤ)、井澤駿(ソロル) ©Ballet Channel
- ニキヤとガムザッティが争う場面のマイムは、どんなことを意識していますか?
- 廣川 バレエには台詞がなくて、身体で表現しなければいけないのが難しいと感じています。さらに音楽にマイムをあてはめて、強弱をつけ、情緒が感じられるように表現するのが、難しいところであり楽しいところ。機械のように単調な動きでは、感情の変化を丁寧に描くことはできません。だからこそ音楽を効果的に使って、自然に会話しているように見せることが必要です。
- 直塚 昨日のリハーサルでも、一緒に台詞を言いながらやったよね。
- 廣川 そう、台詞がそのまま身体の動きに出るんだなと思った。
- 直塚 小さい仕草だけではお客さまに伝わらないし、かといって大げさすぎてもわざとらしく見える。だから、私は手先や目線を使ってガムザッティの役柄を表すようにしているんです。たとえば振り向く時は、見られていることを感じつつも、いきなり身体ごと向けるのではなくて、まずは伏し目からゆっくり視線を向けていく、というように。動きに気品を持たせながら、「私負けないわよ」という雰囲気も出すように意識しています。
- 廣川 同じマイムでも役柄で雰囲気は変わってくるよね。幸い先輩方がたくさんいらっしゃるので、みなさんの演技を参考にしながら研究しています。
- 直塚 決められた音でマイムをしなければいけませんが、間(ま)の使い方は人それぞれ。ダンサーによって違うニュアンスが楽しめるのも、おもしろいと思います。
- 廣川 リハーサルでは、バレエミストレスの湯川麻美子さんがすべて台詞つきで指導してくださるんです。それが演劇のお稽古に来たのかな?と思うくらい、とても分かりやすくて。それを見るたびに、すべての動きにきちんと意味を持たせないといけないなと実感します。
- 直塚 麻美子さんが見せてくださったマイムで印象的だったのは、ガムザッティがニキヤを呼び寄せて、自分の権力を示すところ。指先で部屋の調度品を一つずつ指していく動きから、「ほら見て。これもこれも、この宮殿ぜんぶ、ソロルも私のもの!」という台詞がはっきり聞こえてくるようでした。
- 廣川 説得力がありすぎて、思わず「その通りでございます。すみません」とひれ伏したくなったくらい(笑)。さらにニキヤに対して、ガムザッティは「あなたはそんな格好して。ただの巫女でしょ」と追い打ちをかけます。ニキヤはしゅんとしてしまうのですが、そこで「ソロルだけは譲れない」という感情が沸き上がる。彼女の心の動きが分かりやすく描かれていると思います。
廣川みくり(ニキヤ) ©Ballet Channel
- 婚約式でニキヤが踊る場面は、それぞれどんな気持ちですか?
- 廣川 周りのことは眼中になく、ソロルに向けて、彼の裏切りを嘆くように踊っていると思います。台詞で表すなら、「私とあんなに誓い合ったのに、どうしてなの?」と。でも踊りの途中から、「こんなに悲しんでいるのに、どうして私を見てくれないの?」に変わります。たったひとりで踊り続けていても、誰も相手にしてくれないし、心配して支えてくれるわけでもない。ソロで踊ることで、ニキヤの狂気に拍車をかけていると思います。もし、このソロがパ・ド・ドゥだったら、きっと彼女の心情も変わってくるはずです。
そんな心情を訴えながらも、この踊りの中には彼女自身が少し自分に陶酔しているような部分があると感じています。ニキヤは悲しんでいる姿も、狂っている姿も美しくなくてはいけない。そして感情をぶつけるように踊り、最終的に命を落としてしまうニキヤの姿は、少女漫画に登場する“悲劇のヒロイン”にも似ていますよね。彼女の場合は、いけないことをしていて自業自得な部分もありますが、権力を前にどうすることもできない理不尽さへの葛藤も抱えているのではないかと思います。
- 直塚 はじめてニキヤと対面し、ソロルをめぐって争い、頼みごとをしたことのないガムザッティがお願いまでした。それでも諦めるどころか、ナイフを振り上げるなんて、かなりひどい仕打ちをされたと感じたはず。ニキヤはこの私にそんなことをしたのだから、仕方がないけれど……。
- 廣川 本当は殺したくなかったのだと思う?
- 直塚 ガムザッティは話し合いで解決しようとしたのに、ニキヤはそれに応じなかったのだから仕方がないと思ったのかな、と。もちろん殺そうと決意するのは度が過ぎているけれど、ガムザッティは自分自身の正義を貫いた。彼女の立場を考えると、じつはガムザッティがいちばん正しいことをしているのでは?と思ってしまうんです。だから、彼女は根っからの悪女ではない。そういう人物であってほしいと私自身は願っています。
私たちはこのように解釈して演じますが、お客さまには自由にニキヤやガムザッティを捉えていただけたらと思います。やっぱりガムザッティは悪女だ!と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、それはそれで嬉しいですね。
直塚美穂(ガムザッティ)、福岡雄大(ソロル) ©Ballet Channel
- 踊りについて意識していることはありますか?
- 廣川 ニキヤの踊りはしっとりと美しいイメージ。全幕を通して感情の変化をどう表現するのかを研究したいです。とくに第3幕の影の王国は、第1幕と第2幕を経て感情が募ったからこそ演じられるものがあると思っています。
- 直塚 ガムザッティの踊りには、グラン・パ・ド・シャやイタリアン・フェッテといった華やかなパがちりばめられています。踊るときに意識してしまいがちなのですが、私はテクニックだけに囚われたくないと考えています。ただ脚をあげるのではなく、ガムザッティの強さを表すために大きく動いている。そんな風に、役柄を踊りに繋げていけたらと思います。
直塚美穂(ガムザッティ)、福岡雄大(ソロル) ©Ballet Channel
バレリーナになるまでの歩みとこれからのこと
- おふたりがバレエをはじめたきっかけは?
- 直塚 通っていた幼稚園の課外活動に体操教室とバレエ教室があって、バレエのクラスに通い始めたのがきっかけです。ちょうど4歳くらいの頃でした。
- 廣川 もともと母が私に音楽をやらせたいと考えていて、先にピアノを習っていたのですが、じっと座っていられなかったのだそう。それを見て、私が3歳の時にバレエ教室に連れて行ってくれました。
- 小さい頃から踊ることが好きでしたか?
- 直塚 バレエを始める前から、音楽に合わせて身体を動かすのが好きだったらしく、よく道端で踊っていたそうです。
- 廣川 私はどちらかというと、歌に合わせて身体を動かすことが好きでした。両親はオペラが好きで、自宅にCDや楽譜がたくさんあったので、よく母と歌いながら踊っていました。いまでも歌は好きで、ジャンルにこだわらず聴いています。
バレエに夢中になりはじめたのは、幼い頃に現役時代の吉田都芸術監督の踊る「金平糖のヴァリエーション」を観た時でした。
- 直塚 私も、吉田監督が出演していた「スーパー・バレエ・レッスン」を録画して、なんども観ていました。自宅のフローリングの床ですべりながら、必死に踊っていたんですよ(笑)。
- プロのダンサーを目指すようになったきっかけは?
- 廣川 小学6年生の時に、当時通っていたバレエ教室の先生に「バレエでお金を稼ぎます」と宣言したのだそうです。子どもだったのであまり深く考えていなかったのですが、先生方が「この子はプロになりたいんだ」とオーディションの資料を持ってきてくださるようになりました。そうしてオーディションを受けていくうちに、だんだんと「私はバレエダンサーとして生きていく」という自覚が生まれたのだと思います。
私は何かのテクニックが特出してできるわけでも、コンクールで1位を獲ったわけでもなかったけれど、純粋にバレエが好きで黙々と続けてきました。でもある時、牧阿佐美先生が「個性がないからこそ、色付けをしやすい」と言ってくださって。それから、自分がどうなりたいかという意志も強くなっていきました。
- 直塚 私は中学1年生の時に、ボリショイ・バレエの来日公演を観て「バレエってこんなにすごいんだ!」と感動したのがきっかけです。その日から、「私はロシアに行ってダンサーになる!」と思うようになりました。ロシアのワガノワ・バレエ・アカデミーを目指していたのですが、当時のコンクールはスカラシップ制度がいまほど充実しておらず、入学手段が限られていて。オーディションやワークショップの情報を自力で調べて応募し、16歳の時にワガノワ留学の切符を手にしました。「留学して、バレエで生きていく」と決意して、高校は中退しました。
- 廣川 私が新国立劇場バレエ研修所にいた頃、「バレエ・アステラス」で同じ舞台に立つ機会がありました。美穂ちゃんはその時からロシアで活躍するダンサーとしてグラン・パ・ド・ドゥを踊っていて、既にキャリアを積み重ねていました。そんな人といま一緒に踊っているのが、少し不思議な感覚です。でも話してみると同年代のダンサーという感じで、楽しいんですよ。
廣川みくり、直塚美穂 ©Ballet Channel
- 今後の目標はありますか?
- 直塚 今回演じるガムザッティもそうですが、一つひとつの公演に全力で向き合いたいと思います。大きな目標を掲げるよりも、目の前のことに集中して、丁寧に舞台を積み重ねていきたいです。
- 廣川 私も美穂ちゃんと同じ。いただいた役はどれもプレッシャーがあって、どう踊るかで必死になります。お休みの日に役のことで頭がいっぱいになることも。結果は副産物で、それまでの過程が自分を作るということを、身に染みて感じています。
- 直塚 このバレエ団にいるとますますそう感じます。
- 観客へメッセージをお願いします。
- 廣川 美穂ちゃんとの演技はおもしろくなると思います! 私たちがこうやって話し合いながら演じていることを想像しながら、『ラ・バヤデール』を観ていただけたら嬉しいです。
- 直塚 バレエはなくても生活していけるものかもしれない。でもダンサーとして、観に来たお客さまに元気をお届けするのが役目だと思っています。この公演を観たから明日も頑張れる。そう思っていただけるように、舞台を作っていきたいです。ぜひ『ラ・バヤデール』を楽しみにいらしてください。
廣川みくり、直塚美穂 ©Ballet Channel
- 廣川みくり Mikuri HIROKAWA
- 岡山県出身。2016年に新国立劇場バレエ研修所を修了し、新国立劇場バレエ団に入団。2021年ファースト・アーティスト、2023年ソリストに昇格。2024年『くるみ割り人形』で主演デビュー。4月28日(日)13:00、5月3日(金・祝)14:00公演にニキヤ役で出演予定。
- 直塚美穂 Miho NAOTSUKA
- 愛知県出身。2012年にワガノワ・バレエ・アカデミーに留学、2013年サンクトペテルブルグ・バレエ・シアターにソリストとして入団。2016年ミハイロフスキー劇場バレエにコリフェとして入団。2018年モスクワ音楽劇場バレエに移籍し、2020年ソリストに昇格。2022年に新国立劇場バレエ団にファースト・アーティストとして入団し、2023年ソリストに昇格。4月27日(土)14:00、4月28日(日)13:00、5月3日(金・祝)14:00、5月4日(土)18:30公演にガムザッティ役で出演予定。
【動画つき】新国立劇場バレエ団「ラ・バヤデール」特集➁個性派ぞろいのキャラクター紹介&インタビューはこちら
公演情報
新国立劇場バレエ団『ラ・バヤデール』
日程 |
2024年
4月27日(土)14:00
4月28日(日)13:00
4月28日(日)18:30
4月29日(月・祝)14:00
5月3日(金・祝)14:00
5月4日(土・祝)13:00
5月4日(土・祝)18:30
5月5日(日・祝)14:00
|
会場 |
新国立劇場 オペラパレス
|
詳細・問合せ
|
新国立劇場 公演サイト
|
その他 |
イベント
●バックステージツアー
4月29日(月・祝)、5月3日(金・祝)開催
●クラスレッスン見学会
5月3日(金・祝)開催
イベント詳細はこちら |