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現地レポート・ローザンヌ国際バレエコンクール2023【2】ローザンヌの現在地〜現地取材で見た同コンクールの「いま」と「これから」

阿部さや子 Sayako ABE

現地取材を始めて10年。ローザンヌ国際バレエコンクールはどう変わったか

ローザンヌ国際バレエコンクールの現地取材に初めて赴いたのは今からちょうど10年前、2013年のことだった。その時も審査員には熊川哲也がいて、第1位は現在シュツットガルト・バレエのプリンシパルとして活躍しているブラジル人のアドナイ・ソアレス・ダ・シルヴァ。日本人では現在Kバレエカンパニープリンシパルの山本雅也が第3位に入賞した年だった。

あれから10年。もちろんコロナ禍等で足を運べなかった年はあるけれど、できる限り現地での直接取材を続けてきて、今回あらためて変化を実感したことがいくつかある。

2023年1月29日、コンクール初日。乗り継ぎの空港からそうだったが、1月末のヨーロッパはすでにほぼノーマスク。ボーリュ劇場でもマスクを着用していたのは日本・中国・韓国といった東アジア人くらいで、もはやコロナ禍は過去のこと、すっかり元どおりの日常を取り戻していた。写真は劇場入口に設けられたウェルカムデスクで参加登録(チェックイン)をする出場者たち ©️Ballet Channel

まずは床がフラットになったこと(*)。ボーリュ劇場といえば「床に3.5%の勾配がある」(つまり約2度の傾斜がついている)ことで有名で、ほとんどの出場者たちにとって初体験の傾斜床にいかに早く順応し、その勾配をむしろ味方につけて踊るくらいになれるかどうかがひとつの大きな勝負だった。しかし2019年から3年間にわたる劇場改修工事により、伝統の傾斜床は消え、フラット床になった。それによって「例年に比べると、出場者たちが初日からずいぶん落ち着いているように見えた」と、同コンクールのライブ配信でコメンテーターを務めるジェイソン・ビーチー氏らも語っていた。

*ローザンヌ国際バレエコンクールがフラットな床で行われるのは初めてのことではない。ボーリュ劇場改修のため2019年〜2022年大会まで代替会場として使用されたモントルーのストラヴィンスキー・オーディトリアムも、劇場・スタジオともにフラット床だった。

3年間にわたる改装工事を経てリニューアルオープンしたボーリュ劇場。スイス最古の劇場としての雰囲気は残しながらも、旧劇場からそのまま保持されたのは天井の装飾灯と舞台の枠(プロセニアムアーチ)のみとのこと。それらもいったんすべて取り外した上で全面改装を施したという ©️Ballet Channel

これらのスタジオは今回のコンクールのために特設されたもので、本来劇場の地下にあるスタジオは、じつは未だ工事中とのこと。今回用意されていたスタジオは、体感的には例年より少し狭い印象。とくに男子のグランジャンプなどではスペースが足りないように見え、少しひやりとする場面も

もうひとつは、コンテンポラリーダンスについてである。

15〜18歳の彼ら・彼女らにとって、コンテンポラリーダンスはいまや完全に「標準装備」のものになった。例えば10年前の取材時には、コンテンポラリークラスで慣れない動きに戸惑い、コンビネーションを覚えられなかったり流れについていけなかったりする出場者がどのカテゴリーにも見受けられたものだった。しかし今大会ではもう、コンテンポラリーの動きに戸惑いを見せる出場者は一人も見当たらなかったように思う。もちろん人によって得意不得意はあり、とくにアイソレーションやコントラクションのような動きは多くの出場者にとって難しそうではあった。それでも端で見ている限り、みんなクラシッククラスでアンシェヌマンに取り組むのと同じように、コンテンポラリークラスのコンビネーションをサクサク覚え、どんどん踊る。「何を今さら、当たり前じゃないか」と思われるかもしれないが、やはり過去の取材と比べての感慨として、それは「バレエの時代がひとつ大きく変わったのだ」と深く実感した光景だった。

DAY 1(1/30)、Girls B(17-18歳女子)のコンテンポラリークラスのようす ©️Ballet Channel

そしてじつはクラシックよりもコンテンポラリーのほうが、相対的には評価の比重が大きくなっているとすら言えるのではないか。今回の取材を通して、そんなふうにも感じた。

というのも、このコンクールに出場するのはバレエスクールの生徒たちであり、クラシックバレエの基礎訓練内容や経験量についてはそこまで大差はないだろう。しかしコンテンポラリーダンスのほうはどうか。日頃からどのくらい練習しているか、どんな指導者に訓練を受け、どんな振付を踊った経験があるか……等々、クラシックバレエとは比較にならないくらい個人差があるだろう。経験値に関しては、どの出場者だってクラシックと比べればまだまだのはずである。ましてや日本から出場した人たちは、欧州のバレエ学校で週に数回でも定期的にコンテンポラリークラスを受けている生徒らに比べると、コンテンポラリーに触れてきた機会はさらに少ないことが推測できる。

Boys A(15-16歳男子)のコンテンポラリークラスのひとコマ ©️Ballet Channel

みんな真剣な表情でコンテンポラリーの動きに食らいついていた ©️Ballet Channel

そうであるにも関わらず、同コンクールにおいてはクラシックとコンテンポラリーが完全に同等の比重で評価される。つまり経験や練習量の差を勘案すれば、コンテンポラリーのほうが相対的に比重が大きいと言い得るのではないだろうか。

そして結果を見れば明らかなとおり、クラシックヴァリエーションがどんなに完璧で素晴らしくても、コンテンポラリーヴァリエーションが弱ければ、トップ・オブ・トップにはもうなれない。クラシックバレエには「役柄」という具体的な表現の手がかりがあるけれど、コンテンポラリーダンスはもっとずっと抽象的だ。つまり「自分自身」というものがより問われるのがコンテンポラリーダンスであり、若者たちはまだたった十数年の人生経験や感情体験を燃料にして、その身ひとつで審査員と観客に説得力のある表現を見せなくてはいけない。

コンテンポラリーヴァリエーション『Chroma』(ウェイン・マクレガー振付)のコーチングを受けるGirls Aの出場者たち

Boys Aのコンテンポラリーヴァリエーション・コーチング中。作品はチャン・キンスン振付『RAIN』

「ヤング・クリエイション・アワード」の意義

そのいっぽうでコンテンポラリーヴァリエーションの課題曲には、まだ10代という未完のダンサーならではの青い魅力や、その世代の等身大の表現を輝かせる作品もあって目を引いた。昨年の「ヤング・クリエイション・アワード」受賞作として今大会の課題曲に入った2つのソロである。

ヤング・クリエイション・アワード(以下YCA)とは、ローザンヌ国際バレエコンクールが2020年に新設を発表、2021年から実施を開始した、次世代の振付家発掘・育成のための賞だ。対象は同コンクールの提携校・提携カンパニーに所属する15〜22歳(コンクール開催時の満年齢)の生徒たち。応募された振付作品のうち、事前のビデオ審査で選出された優秀作5つがローザンヌ本選(ファイナル)に進出。そのファイナルで受賞した2作品が、翌年の同コンクールにおいてコンテンポラリーヴァリエーションの課題曲リストに入る……という仕組みである。

今大会中に行われた「ヤング・クリエイション・アワード2023」ファイナルの様子

才能ある振付家を発掘・育成することの難しさと重要性を思えば、ローザンヌ国際バレエコンクールがこの賞を設けたのは疑いようもなく素晴らしい。しかし正直に告白すると、私は今回の現地取材に入る直前まで、「出場者にとってYCA作品を選ぶのは良いことなのだろうか……?」と考えていた。

というのも、課題曲リストには他にウェイン・マクレガー、マウロ・ビゴンゼッティ、チャン・キンスンといった著名振付家の作品がずらりと並ぶ。さらに今回はそこにモーリス・ベジャール作品まで加わった。本選会期中にはヴァリエーション・コーチングの時間があり、若い出場者たちは、自分の選んだソロを振付けた振付家本人、もしくはその振付家が信頼する一流のコーチから、直接指導を受けることができる。例えば今回ベジャール作品を選択した出場者は、なんとベジャール・バレエ・ローザンヌ芸術監督のジル・ロマンから直に指導してもらえたのだ。

ジル・ロマンは時に自ら手本を見せながら、とても熱のこもったコーチングをしていた

また、そもそも同コンクールがコンテンポラリーヴァリエーションをかつての自由曲制から課題曲制に変更したのは、踊る作品の良し悪しがダンサーの良し悪しに見えてしまうのを防ぐためではなかったか。YCA作品は、いくら受賞作とはいえ学生が作ったもの。やはりベジャール作品やマクレガー作品などを選んだほうが、出場者にとっては有利なのでは……と、個人的には思っていた。

しかし結果的に、私は自分の考えの浅はかさを思い知ることになった。
昨年のYCA受賞作として課題曲入りしていた『Cognition』(振付:ミラ・ルック Milla Loock/ハンブルク・バレエ・スクール所属(当時))と『Les Ombres du Temps』(振付:ルカ・ブランカ Luca Branca/モナコ・プリンセス・グレース・アカデミー所属)の2作品が、じつに素晴らしかったのだ。振付も、振付家自身も。

『Cognition』のコーチングで自ら踊って見せながらニュアンスを伝えるミラ・ルック

実際、YCA作品を選んだ出場者は多かった。どちらもジェンダーニュートラル(男女どちらも選択可能)かつ年齢もA(15〜16歳)B(17〜18歳)両カテゴリー共通の作品で、『Cognition』は10名(女子5名、男子5名)、『Les Ombres du Temps』は16名(女子14名、男子2名)が選択。とくに『Les Ombres du Temps』は今大会で最も多くの出場者が踊った作品だった。

『Les Ombres du Temp』のコーチングをするルカ・ブランカ

コンテンポラリーの課題曲には、例えばマクレガー作品のように、鍛え抜かれたダンサーの身体が極限までエクステンションされた時に光が放たれるようなソロも含まれている。まだ10代半ばの身体に、そうしたソロがフィットするのかどうか。もちろん驚くべきレベルで踊りこなす出場者もいる。しかしやはりどうしても、まるでぶかぶかの靴を履いているかのように、あるいは片言の外国語で話しているかのように、自分の身体を充分に使いきれずに踊る出場者は少なくなかったように思う。
そんななかで、10代の振付家が作ったYCA作品は、ステップの一つひとつが、10代が踊ってこそ輝くものに見えた。踊り手たちが、自分自身の言葉でちゃんと語りかけているように感じられた。

そしてミラとルカによるコーチングも見事だった。出場者一人あたり数分ずつという制限時間内でテキパキ指導していく手際の良さは、端から見ている限り、他のベテラン振付指導者と比べて遜色なし。コンクール側も若い二人に対して何ら「ハンデ」を設けることなく、課題曲を提供している一振付家として、他の振付家たちと同等に扱っていたことにも感銘を受けた。

「今年は非常にレベルが高かった」

決選後の表彰式で、芸術監督や審査員長が毎年のように述べる「今年は非常にレベルが高かった」という言葉。ブラッドニー芸術監督自身が「毎回同じことを言っていますが(笑)」と自らつっこんでいたくらいおなじみのフレーズだが、実際そのとおりなのである。コンテンポラリーにおける年々の進化しかり、クラシックに至ってはもはや10代のダンサーに望むべきレベルのほぼ上限に達しているのでは……と思ってしまうくらいだ。基礎の美しさや技術レベルの高さはもはや当然の前提で、舞台上での華やインパクト、自分の見せたいものをくっきりと押し出せる強さ、個性といった、表現や魅力の領域がものをいう。熊川哲也氏が端的に語った「最終的には本番がすべて」というひと言は、この状況をずばり射抜く言葉でもあるだろう。

そしてひとつ付け加えるなら、今大会は押し並べてレベルが高かったいっぽうで、「この出場者がきっと1位だ」と誰もが確信するような頭抜けた存在はいなかったように思う。同点で2名が第1位となったのも納得の結果だった。

同点第1位に輝いたファブリツィオ・ウジョア・コルネホ(16歳・メキシコ/写真左)とミジャン・デ・ベニート(15歳・スペイン)

今から50年前、「才能ある若いダンサーに、優れたバレエ学校・バレエ団で学ぶチャンスを与える」という目的のもとでスタートしたローザンヌ国際バレエコンクール。しかし少なくとも「バレエ学校で学ぶチャンス」については、ユース・グランプリ(YGP)などローザンヌより低年齢から出られるコンクールですでに獲得済みで、留学先の「優れたバレエ学校」からローザンヌに出場する子どもたちが増えているのは周知のとおりだ。

同コンクールは次なるミッションのひとつとして「次世代振付家の発掘・育成」を掲げ、ヤング・クリエイション・アワードをスタートさせた。提携校から数名ずつ生徒が集まり、本選会期中の5日間で著名振付家と作品を一から作り上げて決選の日に披露する「パートナースクール・コレオグラフィック・プロジェクト」(2018年より開始)も、若いダンサーたちにクリエイションの現場を体験させるおもしろい取り組みとして年々盛り上がりを見せている。そしてローザンヌコンクールはこれからの50年で、アフリカなどまだ出場者の少ない国や地域を含め、文字通り世界中の若いダンサーたちにアクセスしていきたいという旨の発言もあった(詳報後日)。

ローザンヌ国際バレエコンクールは、これからどうなっていくのだろうか。

Interview
ルカ・ブランカ Luca BRANCA
『Les Omble du Temps』振付
ローザンヌ国際バレエコンクール2022 ヤング・クリエイション・アワード受賞

ローザンヌ国際バレエコンクール2022 ヤング・クリエイション・アワード受賞作で、今年のコンテンポラリー課題曲となった『Les Ombres du Temps』の振付者、モナコ・プリンセス・グレース・アカデミーのルカ・ブランカ。準決選終了後、自身の作品を踊った出場者たちの演技を見届けたルカに話を聞くことができた。

ルカ・ブランカ(モナコ・プリンセス・グレース・アカデミー) ©️Ballet Channel

自身の作品を踊った出場者たちの演技を観て、感想は?
とてもよかったと思います。ヤング・クリエイション・アワードにこの作品を出した時は同じスクールの中島耀に踊ってもらったのですが、とにかくその時のことを思い出しつつ、すべての情報を出場者のみなさんに渡そうという思いでコーチングをしました。そしていま準決選の舞台を観てわかったのは、みんなが僕の伝えたかったことをすべて理解してくれていただけでなく、この作品を自分らしく楽しもうとしてくれたのだということ。それぞれに素晴らしいパフォーマンスだったし、みんな踊り終えた後まで楽しそうにしていて嬉しかった。この仕事ができて本当によかったです。
コーチング時間は一人当たりに換算すると数分というレベルの短さでした。初対面の出場者たちに短時間で教えるのは大変だったのでは?
僕が指導した人数は、おそらくコーチ陣の中でいちばん多かったと思います。非常に短い時間でしたが、それでも自分の情熱や作品のストーリー、空間の使い方、そして個々の動きの修正点をできる限り伝えたかった。でもやはりどうしても時間が足りないので、じつはバックステージでコーチングの続きをやっていたんですよ(笑)。みんなにも「必要があればいつでも質問に来てね」と声をかけていました。
この作品は男女共通の課題曲になっていましたね。
最初は女性ソロとして耀に振付けたわけですが、その後男性用にもしてほしいと頼まれて、「もちろん。ぜひそうしましょう」と答えました。いろいろな人が踊ることで振付のニュアンスが微妙に変わるのもよかったし、とてもうまくいったと思います。
この作品の他にも振付活動をしているのですか?
ええ、僕は振付が本当に好きなんです。モナコの学校では創作の機会もたくさんあって、いろんなプロジェクトをやっています。
プリンセス・グレース・アカデミーにはまだ在学中ですか?
はい、今年が最終学年です。ただ、じつは僕はもうゴヨ・モンテロが芸術監督を務めるニュルンベルク州立劇場バレエでゲストとして働いているんです。6ヵ月ほど仕事をしたら、学年最後の2ヵ月間だけアカデミーに戻って卒業するつもりです。

コーチング中のルカ。作品後半に出てくる後半に出てくるシェネのシークエンスについて「回っている間にきみの中の何かが変化していくように」とアドバイスするなど、振りのニュアンスを伝える言葉の選び方も素敵だった ©️Ballet Channel

現地レポート・ローザンヌ国際バレエコンクール【3】出場者、審査員、ゲストたちの声「若いダンサーたちの夢が50年間積み重なった場所。それがローザンヌなのだと思います」 記事はこちら

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