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Dance Company Lasta「奈落」ロンドン招聘公演:公開リハーサルレポート&櫛田祥光インタビュー「抗うことで生まれる希望を描きたい」

若松 圭子 Keiko WAKAMATSU

Dance Company Lasta「奈落」公開リハーサルより ©Hiroyasu Daido

2025年9月18~20日、ダンサー・振付家の櫛田祥光(くしだ・よしみつ)率いるDance Company Lastaが英国のコロネット・シアターにて招聘公演を行いました。
演目は『奈落』。2021年の初演後には映像作品としても発表され、海外からも多くの注目を集めた作品です。今回のロンドン公演では構成演出をブラッシュアップ。出演者には中川賢本島美和安岡由美香らが顔を揃えました。
遠征の直前となる9月上旬、横浜の某スタジオにて公開リハーサルが行われ、舞台衣裳やオリジナル音楽を手掛けたスタッフのほか、メディアやダンサーの関係者らが集まりました。そのもようを櫛田祥光さんのインタビューと合わせてお届けします。

『奈落』あらすじ
人の男の空想と現実の物語。
永遠に満たされること、潤う事のない「渇き」がこの世界を飲み込み
見るものを奈落の底へと引きずり込む。

『人間とは業(ごう)の深い生き物である』
人間の内に秘めた強烈なまでの嫉妬や妬み、欲望の果てに広がる世界を、
ひとりの男の葛藤や苦しみ、揺れ動く心をとおして描く。

公開リハーサルレポート

激しい雨音と雷の音が響くなか、暗い部屋にいるふたりの男の姿が浮かび上がる。ひとり(中川賢)は舞台前方の床で眠り、もうひとり(櫛田祥光)は中央の椅子に座って、眠る男をじっと見つめている。ひとりの女性(岡本奏)が登場し、口上を述べる。

現実と空想は 合わせ鏡のように互いを映し合うことで
その境界をいとも容易(たやす)く越えていく
虚構が現実に見えれば それは“現実”になる
問題は いかに虚構の世界から現実の世界に戻るかであり
いかにふたつの世界を結びつけるかなのです

左より:櫛田祥光、岡本奏、中川賢 ©Hiroyasu Daido

眠っていた男が目を醒ますと、彼の前にひとりの女(本島美和)が現れる。どちらからともなく誘い合い、踊るふたり。戯れが大胆になるにつれ、男は女を執拗に引きずり回し始める。

左から:中川賢、櫛田祥光、本島美和。中川と本島のペアは、ダイナミックで美しい踊りの中に、リアルな恐怖を感じさせるダンスを見せた ©Hiroyasu Daido

ぐったりした女を抱き抱え、ものすごい速さで回転する男。その腕の中で女は気を失い、息絶える ©Hiroyasu Daido

続いて現れた男(小川莉伯)と女(安岡由美香)は、長年連れ添った夫婦や恋人のようにも見える。圧力と暴力で女の自由を制限している男。女は従順に従っているが、その表情は硬い。

©Hiroyasu Daido

左から:小川莉伯、安岡由美香。高圧的で隙を見せない男と、彼の暴力性を理解したうえでギリギリまで耐える女の姿は、日常的なカップルの闇を思わせる ©Hiroyasu Daido

©Hiroyasu Daido

続いてどこかから迷い込んでしまった3人目の女(田﨑真菜)も、この男たちに執拗に追いかけられ、逃げ場を失い、屈するしかない。
その時、最初の女が現れて、黙って事の成り行きを見ていた男(櫛田)に「このままでいいと思っているのか」と声を荒げるのだが……。

©Hiroyasu Daido

©Hiroyasu Daido

©Hiroyasu Daido

Interview 櫛田祥光

通し稽古の翌日、振付・演出・出演の櫛田祥光さんに、作品についてお話を聞きました。

櫛田祥光 Yoshimitsu Kushida
1980年生まれ、岡山県出身。2007年よりNoismに所属。2012年に退団後、2013年Dance company Lastaを創立。 NPDF2015 (チェコ)International Dance Festival-Competitionコレオグラフィー部門・コンテンポラリー部門第1位、第49回埼玉全国舞踊コンクール創作舞踊部門第1位。2015,16年Seoul International Choreography Festival ファイナリスト。韓国の釜山国際舞踊祭へも招聘されている。 おもな振付作品は「白昼夢」「ナラク」「奈落」「牡丹灯籠」「歓喜」「ROOM」「糧」「継承」など。「奈落」「ROOM」は舞台作品を再編集し映像作品として発表、渋谷のユーロライブにて2DAY映画館上映を行い、ヨーロッパを中心に海外でも多くの評価を得ている。 2025年9月ロンドンのコロネットシアターにて招聘公演「奈落」を上演。2026年1月大和シティー・バレエ「近代能楽集」にて「葵上」を発表予定。 ©Hiroyasu Daido

『奈落』は映像作品としても海外で多くの評価を得ていますね。
櫛田 はい、ありがたいことに。2020年、パイロット版の『ナラク』を上演した時にもブラジルのサンパウロから遠征に来られないかと声が掛かりました。でもコロナのパンデミックで頓挫してしまって。2021年タイトルを『奈落』にして再演した時には、映像作家の奈須一葉さんと一緒に再構成して、映像作品としても発表しました。海外では評価を頂けていますが、正直なところ、日本ではやや伸び悩みを感じています。なので今回のロンドン公演を機に、日本での活動にも新たな変化があればいいなと思っています。
ロンドン招聘公演を前に思うことは?
櫛田 僕は、いい作品をもっともっとつくっていきたい。だから今回の公演をひとつのゴールにしたくはありません。それでは次に繋げるためのチャンスが、ただの思い出作りの場で終わってしまう。そんなのは嫌です。それではロンドンでどんなにいい評価をもらったとしても、上演経歴に文字だけが残って、やがてみんなの記憶からも消えていくでしょう。だから続けること。これをきっかけにして次の活動に確実に繋げていく、それが僕の思いです。

3人目の女が逃げ惑う中で音もなく現れ踊るのは、先に息絶えたふたりの女性。シンクロの動きがぞくっとするほど美しい ©Hiroyasu Daido

リハーサルを観て、ホラー映画のようにフィクション的な怖さではなく、隣家で起こっている事件を覗いてしまったような恐怖を感じさせる作品だと感じました。
櫛田 そうですね。想像力を使って怖さを感じてもらおうと思っています。ホラー作品だと言われることが多いのですが、僕はサスペンスのつもりで作っています。視覚的なものよりも精神的な恐怖ものが好きなんです。毎晩、怪談を聴きながら寝ているくらいですから。
子守唄の代わりに怪談を!
櫛田 よく聴くのは怪談師の夜馬裕(やまゆう)さんという方の怪談です。気持ちよい終えかたをしない語りが大好きなんですよ。
子どもの時から怖いものが好きだったのですか?
櫛田 いや、感動的な話が好きな子どもでした。好みが変わったのは20代で東京に来てからです。地元の岡山では情報に触れる機会が少なかったから、上京してから無意識に刺激を求めるようになったのかもしれません。

©Hiroyasu Daido

『奈落』は中川賢さんと櫛田さんが演じるふたりの男が空想と現実を越える物語ですが、どちらが空想でどちらが現実なのか、解釈が難しいですね。
櫛田 それこそ合わせ鏡のような世界を描いているので、どちらがどちらなのかはお客様の感じたほうで理解してくださっていいですよ。演出的なことを言うと、舞台の後方で行われているのが現実。つまり僕が演じている男が現実で、僕の空想の姿を演じているのが中川くんです。
『奈落』をはじめ、櫛田さんの作品の中には暴力的な場面や、精神的な危うさを持つ人物の描写が多く出てきます。
櫛田 そこは、僕自身を投影しているところもあります。僕は作品に出てくるような暴力的な人間ではないけれど、内側に屈折したダークな部分は持っているはずだし、その反面「常識的な人でいなきゃいけない」っていう考えにも左右されていると思う。でも僕だけじゃなくて、例えば現実と幻想の境界を越え、あちらの世界に行ってしまいそうになる危うさを感じたことがある人は、意外といるんじゃないでしょうか。

©Hiroyasu Daido

いっぽうで、彼らに襲われる3人の女たちはただの被害者として描かれているのではなく、本気で戦っているように見えました。
櫛田 そうですね。この作品のテーマは暴力じゃなくて、抗うことだけが唯一の希望だということなんです。誰かを苦しめたり、いじめたりするシーンを見せたいのではなくて、その裏にある、どんな結果に終わろうともあきらめない気持ちを伝えたい。『奈落』の女たちが、男性に屈することなくバタバタ暴れたり、必死で逃げようとするのは、抗うことで希望が生まれる、と感じているからだと思います。
観てくださった方からは、残酷な作品だとか、希望がないラストシーンだと言われることも少なくありません。でも僕の中では残酷性は「結果」ではない。その先に未来や希望があるからこそ描いている世界です。戦争映画を観ていると、兵士たちは死に向かっていくのはわかっているけれど、逃げずに戦いますよね。それこそ生きるために抗ってる姿なんだと思うんです。死ぬと分かっていることと諦めているのとは違う。それでも生きて帰るんだっていう気持ちにこそリアリティがある。僕は、人が抗う姿を描くために、残酷な世界を設定しているのだと思います。

「本島美和さんと初めて出会った瞬間に、この人は女優だ!と感じました。バレエダンサーの枠を超えた演技力を持つ、素晴らしい表現者です(櫛田)」 ©Hiroyasu Daido

女性たちが男性に追われて逃げる場面や、命を奪われる瞬間では、大技のリフトや回転など、ダンスで表現されています。
櫛田 ドラマティックな作品になりますが、あまりお芝居に寄りすぎないようには意識しています。僕は演劇の養成所を出てからダンスを始めたので、演技の要素が原点にある。でも、ダンサーはやっぱり自分の身体で表現したいという思いがありますからね。稽古場では、ダンサーたちとディスカッションを重ねながら振付けていきます。前もって用意していくと、本当にこの振りがベストなのかな、って迷って決めきれないんですよ(笑)。だから、みずからその場で決断しなきゃいけない状況に身を置くようにしています。

「中川賢は、僕の中で絶対的な主役です。Noism時代から彼は別格でした。当時は負けたくない、みたいな気持ちもあったけれど、やっぱりいちばん好きなダンサー。作品への向き合い方も、顔も、雰囲気も僕の理想。この役は賢じゃないとできないと思っています(櫛田)」 ©Hiroyasu Daido

最後にLastaを観たことのない読者にメッセージを。
櫛田 「こういう作品をつくっています」と簡単に伝えきれない部分も多いし、好き嫌いがはっきり分かれる作品なだけに、一度どんなものが出てくるのか観に来て欲しいです。嫌いな人は嫌いでもいい。でも同時に魅力を感じてくれる方もいると思うので、まずは観てもらって、知ってもらって、好き嫌いを判断でしてもらえたら、と思います。

「Naraku」トレイラー

公演データ

Dance Company Lasta
ロンドン公演『奈落』

【日程】
2025年9月18日(木)~20日(土)
※各19:30開演(計3ステージ)
※上演時間 約80分(休憩なし)

【会場】
The Coronet Theatre (London, UK)

【出演・スタッフ】
芸術監督:櫛田祥光
出演:中川賢、本島美和、安岡由美香、田﨑真菜、小川莉伯、岡本葵、櫛田祥光

作曲:松田幹
衣裳デザイン:hitoha.nasu 株式会社グルロ アーブル
制作:山本久美子、井出みどり
アンダー:河村アズリ
助成:公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京[スタートアップ助成]

◆Dance Company Lasta公式ホームページこちら
◆Dance Company Lasta公式Instagram
こちら
◆櫛田祥光Instagram
こちら

 

櫛田祥光振付作品公演情報

大和シティー・バレエ/ダンス  冬季公演 2026
『近代能楽集』
原作:三島由紀夫
脚本・演出:笠浦静花
【日時】
2026年1月31日(土)17:00
【会場】
大和市文化創造拠点シリウス やまと芸術文化ホール メインホール
【演目】
『邯鄲』(振付:皆川まゆむ)
『葵上』(振付:櫛田祥光)
『卒塔婆小町』(振付:竹内春美)

◆公演情報こちら

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