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【特集】Noism「Der Wandererーさすらい人」#1 金森穣インタビュー〜新生Noism。そのさすらいを、私たちがどう生きるのかが問われている

阿部さや子 Sayako ABE

Noism『Der Wandererーさすらい人』リハーサルより photo: Ryu Endo

2004年、日本初の公共劇場専属舞踊団として「りゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館」を拠点に設立されたNoism Company Niigata。
19年目となる今シーズンより、新潟市が定めたりゅーとぴあのレジデンシャル制度(*)に基づいて、同舞踊団は「国際活動部門」と「地域活動部門」という二部門制を設けて新たなスタートを切りました。

Noism0とNoism1を率い、国内外での公演や創作活動を展開する「国際活動部門」の芸術監督には井関佐和子、研修生カンパニーNoism2を率いてプロをめざす若手舞踊家を育成すると共に、学校等へのアウトリーチや市民に向けたオープンクラスなどを展開する「地域活動部門」の芸術監督には山田勇気が就任。そしてこれまで芸術監督を務めてきた金森穣は、それらの活動全体を統括する芸術総監督に就きました。

この新生Noismの第一弾公演となる新作が、2023年1月20日(金)〜2月4日(土)まで新潟(りゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館〈スタジオB〉)で、2023年2月24日(金)〜2月26日(日)まで東京(世田谷パブリックシアター)で上演されます。

作品のタイトルは『Der Wanderer―さすらい人』。演出振付は金森穣。全編がシューベルトの歌曲で綴られ、Noism0とNoism1のメンバー11人が出演します。

開幕に先駆けて、本拠地・りゅーとぴあの稽古場で行われていたリハーサルを取材。
演出振付の金森穣、国際活動部門芸術監督の井関佐和子、そして出演のNoism0とNoism1の全員に話を聞いたインタビュー特集を、全3回でお届けします。

*りゅーとぴあの指定管理者である「公益財団法人新潟市芸術文化振興財団(芸文財団)」が実施主体となり、専属契約を締結したアーティストが新潟市に居住しながら、りゅーとぴあを拠点に年間を通して活動する。そして創造された舞台芸術作品をりゅーとぴあ及び国内外において公演等を行うとともに、市民の文化芸術活動の振興に貢献する継続的な取り組みのこと。
同劇場のレジデンシャル・カンパニーNoismが2004年に設立されてから長年にわたり事業を実施してきた中で、市と芸文財団の役割分担が不明確になるなど様々な課題が顕在化してきたことを背景に、レジデンシャルの仕組みが新たに制度として策定されることとなった。

◆◇◆

Interview #1
金森 穣(演出振付/芸術総監督)

金森穣さんは2004年のNoism設立から18年間にわたって同団芸術監督を務めてこられましたが、19年目となる今シーズンからその職責を二部に分け、国際活動部門芸術監督には井関佐和子さんが、地域活動部門芸術監督には山田勇気さんが就任しました。穣さん自身は「芸術総監督」というより統括的な立場に就かれての新体制がスタートしましたが、すでに何か変化などを感じていますか?
金森 私自身の仕事はずいぶん変わりましたよ。Noism1のリハーサル指導やスタッフたちとのやりとりの大半は井関に、Noism2や地域活動のことは山田に任せているので、実務的な仕事が半減しましたね。創作に集中できる時間をより多く持てるようになりました。
そんな今シーズンの第1作目となる新作は『Der Wanderer―さすらい人』。今、その第一部のリハーサルを見学させていただきましたが(編集部注:取材は2022年12月下旬)、今作では出演者であるNoism0とNoism1のメンバー11人全員が、1曲ずつソロを踊るのですね!
金森 メンバーがソロパートを踊る場面はこれまでの作品にもありましたが、1曲を丸ごと一人で踊り切る、というかたちのソロを全員に与えたのは今作が初めてです。
そうしようと思ったのはなぜですか?
金森 メンバー一人ひとりに「個」として立てるようになってもらいたいと考えたからです。Noismの舞踊家たちは毎日朝から晩まで一緒に舞踊活動ができる環境を保障され、NoismバレエやNoismメソッドという独自の方法で訓練をしているので、「集団」としての力はとても強い。それは舞踊団として大きな強みではあるけれど、そのぶん個々が自立した舞踊家であろうとする意志や覚悟が希薄になりやすいとも言えます。しかし新生Noismは、舞踊家として自立した個人の集団でありたいのです。ですから今回は全員に、ソロを一曲踊り切るという挑戦を課すことにしました。
それぞれのソロでメンバーのみなさんが「自分はこういう舞踊家だ」というものを見せてくれているように感じましたし、11人全員の「顔」と「踊り」がよりはっきり一致して、観る側としてはすごく楽しかったです。
金森 それはよかった。ただ、いまお見せしたレベルまで到達するのはなかなか大変なことではありましたよ。音の取り方、身体の使い方、一人で舞台を背負うということ……まあ、そういうことはあまり言わないでおきましょう(笑)。
例えばクラシック・バレエ出身のメンバーのみなさんは、10代の頃からクラシックのヴァリエーションをたくさん踊ってきたのではないかと思いますが、それと今回のような作品でソロを踊るのとは、まったく違う経験だということですよね?
金森 クラシック・バレエのヴァリエーションというと、『海賊』だとか『ドン・キホーテ』だとか、これまで数え切れないほどのダンサーたちが踊ってきたのと同じ作品に自分がどう挑むか、ということでしょう。例えばバジルのヴァリエーションであれば、バリシニコフはじめ歴代の素晴らしいダンサーたちの踊りを勉強したり真似てみたり、そうした経験を通して「自分はまだまだだ」と思い知ることができる。けれども私の作品の場合は、Noism0とNoism1のメンバー一人ひとりのために作ったソロであって、いわばオートクチュールの振付。彼らには参考にできる先例もなければ、比較する対象もいません。だから個々の舞踊家がよほど危機感をもって臨まないと、「そこそこ」の出来で終わってしまいやすいのです。他の誰かの踊りと比較できないがゆえに「自分の表現は全然足りていない」ということが客観的に認識できず、あっさり自己完結してしまう。そこが非常に難しい。
しかもおもしろいなと思ったのは、各人のソロがそれこそクラシック・バレエのように一曲ずつ単独で完結していくのではなく、他の人と少しずつ関わったり、ソロとソロが接続し合ったりしながら綴られていくことです。
金森 この作品のテーマの中には「孤独」ということがあるのですが、孤独とは常に「対象」が存在して初めて生まれるものです。つまり、人間は誰しも一人では生きていけないにも関わらず、他人と相容れない、他人と分かり合えないから孤独になっていく。だから今回のソロにおいても、舞踊家たちは一人で舞台の真ん中に立つけれども、そこにはそれを観ている人がいたり、背後を通り過ぎる人がいたり、そのソロを誰かに向けて、何かを語りかけるように踊ったりする。他者との関係性の中でソロを踊ることで、孤独が顕在化するのです。

Noism『Der Wandererーさすらい人』リハーサルより photo: Ryu Endo

もうひとつ今回の作品の大きな特徴と言えるのは、全編がシューベルトの歌曲で綴られているということですね。つまり「歌詞」があります。本作の振付には、それらの歌詞の意味も踏まえられているのでしょうか?
金森 もちろんです。ただし詩ですから、抽象度は高い。並んでいる言葉の意味をある程度はこちらが自由に解釈できるし、私自身も詩の意味を説明するような振付にはしたくありませんでした。歌曲には、まず詩自体が表現しているものがあり、その詩から作曲家がインスピレーションを得て表現した音楽があります。そしてそれらの表現に拮抗する3つ目の視点として、動きを作ったのです。つまり、本作において一番大事なのは、詩・音楽・動きという3つの視点を、舞踊家たちが自身の身体ひとつでどう表現するかということです。彼らは音楽に合わせて動くだけではだめで、その背後にある詩を理解しなくてはいけないし、その詩を金森穣がどう捉えているからその振付になっているのかということも理解しなくてはいけない。
ちなみに各ソロは、詞や音楽だけでなく、その曲を踊るダンサーの個性も意識して振付けたのでしょうか?
金森 もちろん。それはもう選曲する段階からの大前提です。音楽の中に踊っているメンバーの姿が見えなければ、その楽曲は選びません。ただしそこで難しいのは、曲を選ぶ時、あるいは振付をイメージする時、私の妄想の中にいる彼らは「すごい彼ら」だということです(笑)。ものすごく美しくて、ものすごく格好良くて、ものすごく表現力豊かな彼らが見えるから、作品を作りたいと思うわけです。しかも創作のためには音楽を何十回、何百回と繰り返し聴くわけで、聴けば聴くほどその中で踊る彼らの素晴らしい姿は鮮明になってくる。Noism1のメンバーには、もっと貪欲になってほしいし、願わくば私の妄想を超えてきてほしい。彼ら・彼女らにはそれができると信じているし、本人たちの中でまだ咲かせられていない部分を開花させるために振付をしているという面もあります。
しかしダンサーにとって「自分のためにソロを振付けてもらえる」というのはきっと特別なことで、みなさんすごく嬉しいでしょうね……。
金森 どうでしょうね……ここではそれが当たり前のことになっていて、あまり「ありがたみ」みたいなものはないのかもしれない(笑)。でも実際のところ、どんなに素晴らしい巨匠振付家とダンサーの間であっても、その創作の現場というのは側(はた)から見るほどバラ色ではないのが現実だとは思いますよ。むしろ互いのプライドがぶつかり合い、さまざまな葛藤が生まれ、時には愛憎すら入り乱れるけれど、それでも自分自身を超えたものに出会いたいと思うから、我々はわざわざ他者と向き合おうとするわけです。
なるほど……。歌曲のことに話を戻しますと、シューベルトは「歌曲の王」と称されるほど数多くの歌曲を書いていますが、その中でも「さすらい人(Der Wanderer)」を今回のメインテーマに選んだのはなぜでしょうか?
金森 「さすらう」ということが、シューベルトの数ある歌曲のすべてに通底していると思うからです。シューベルトは31歳で夭逝した作曲家ですが、その短い生涯を通じて、彼は魂のレベルでずっとさすらっていたのではないでしょうか。愛を求めてさすらい、生きる意味を求めてさすらい、音楽とは何か、人間とは何かということと最後まで向き合いながら、孤独にさすらい続けた人生だった。だからこそシューベルトのどの歌曲にもさすらう魂のようなものが含まれているし、言葉を変えれば、それが芸術家というものだとも思うのです。芸術家とは、目の前にはないもの、答えがわからないもの、この手につかめないものを求めて、常にさすらい続けている人たちのことでしょう。そこに金森穣として共鳴したということです。

そしてもうひとつ、先ほど話したように今シーズンから新体制となり、金森穣としてもNoismとしても、新たな旅が始まるということ。そのさすらいを、私自身も含めてメンバー一人ひとりがどう生きるのか。それが問われている今、「さすらい人」をテーマに選んだことは必然と言えます。

穣さんは今回の創作に寄せて「ここ数年歌曲に惹かれる」と語っていますが、歌曲の何が穣さんを惹きつけるのでしょうか? そこに言葉があるからなのか、それとも人間の声がメロディを奏でるからなのか。
金森 理由は自分でもよくわかりません。でも言葉であるということよりも、そこに人の呼吸があるということのほうが大きいのかもしれませんね。もちろん楽器のみの演奏であっても演奏者の呼吸があるし、指揮者の呼吸もあるわけだけれども、歌曲ではもっと如実に呼吸の音が聞こえてきます。そしてシューベルトということで言えば、私が初めてシューベルトに触れたのはルードラで学んでいた頃、彼の楽曲を用いたベジャール作品を踊った時でした。つまり、自分にとって初めての歌曲は、聴いたのではなく踊ったのだということです。歌曲を聴くとなぜか身体が動き出すというか、踊る身体が見えるのは、それが原体験になっているからではないかと思います。
最後に、本作では「赤いバラ」も重要な役割を果たしていますね。人生の輝きのようでもあり、翳りのようでもあり、さすらいの旅路の道標のようでもあり……見終えた後に、赤い残像が鮮烈に脳裏に残りました。
金森 『Der Wanderer―さすらい人』は二部構成の作品で、一部のメタファーは愛、二部のメタファーは死。赤いバラは愛の象徴であると同時に、美しく咲き誇るのはほんの一瞬で、儚く枯れていく定めにあるものでもあります。そして人は愛する人への思いをバラに託して伝えますが、その行為のためにバラを手折る、つまり愛のために花の命を奪うわけです。そもそも誰かを愛するということは、他の誰かからの愛を拒絶するということでもある。何かを成すために失われるもの、見ないふりをするもの、忘れられるものに、私はいつも興味があります。愛というものの美しさと残酷さ、その両義性を表しているのが、赤いバラなのです。

Noism『Der Wandererーさすらい人』リハーサルより photo: Ryu Endo

公演情報

Noism Company Niigata『Der Wandererーさすらい人』

新潟公演

◎日時
2023年
1月20日(金)19:00
1月21日(土)17:00
1月22日(日)15:00
1月25日(水)19:00
1月26日(木)19:00
1月28日(土)15:00
1月29日(日)15:00
1月30日(月)15:00
2月2日(木)19:00
2月3日(金)17:00
2月4日(土)15:00

※上演時間:約70分(途中休憩なし)を予定

★=終演後約20分のトークあり
◆=金森穣著『闘う舞踊団』金森穣サイン会あり

◎会場
りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館〈スタジオB〉

東京公演

2023年
2月24日(金)19:00
2月25日(土)17:00
2月26日(日)15:00

※上演時間:約70分(途中休憩なし)を予定

◎会場
世田谷パブリックシアター

詳細

公演WEBサイトでご確認ください

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