バレエを楽しむ バレエとつながる

  • 観る
  • 知る
  • 考える

【特集:Noism「境界」②】金森穣インタビュー〜コロナ禍のいま。誰もが無意識のうちに、生き物としての根源的な痛みを感じている

阿部さや子 Sayako ABE

Noism0『Near Far Here』演出振付:金森穣 撮影:篠山紀信

「りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館」の専属舞踊団Noism Company Niigataの、18年目のシーズンが幕を開けました。

開幕公演は、2021年12月17日(金)〜19日(日)に新潟で初日を迎えたダブルビル公演 Noism0 / Noism1「境界」
今回は同舞踊団芸術監督の金森穣による新作に加え、コンテンポラリー・ダンスカンパニー〈Co.山田うん〉(こ・やまだうん)主宰の山田うんが招かれて、新たな作品を振付けています。

新潟での上演のあとは、12月24日(金)〜26日(日)東京・池袋の東京芸術劇場〈プレイハウス〉で3公演。そして2022年1月10日(月祝)には、高知市文化プラザかるぽーと〈大ホール〉で上演されます。

「今回の創作のテーマに」と、ふたりの振付家が奇しくも共通して挙げたというキーワードは「境界」
みなさんはこの2文字から、何をイメージするでしょうか?

【Interview #2】
金森 穣 Jo KANAMORI

金森 穣 ©️Ballet Channel

Noism Company Niigataはこれまでにも様々なゲスト振付家を招いていますが、今回は山田うんさんにNoism1の新作を委嘱されました。
金森 ゲストに作品を委嘱する上で、大事にしていることが2つあります。ひとつ目は、「金森穣」とできるだけ違うタイプの演出振付家であること。もちろん誰であれ違いはあるけれども、せっかくゲストをお招きするなら、作風も、創り方も、ダンサーに求めるものも、私とは大きく異なっていればいるほどいいと思っています。そのほうがNoismのメンバーの経験値が増えるし、新たな舞踊の可能性を知るきっかけにもなりますから。お客様にも、Noismという舞踊団の多面性をより楽しんでいただけるのではないでしょうか。

もうひとつは、「劇場専属舞踊団」というものに興味のある方を招くこと。我々は、劇場が特定の舞踊団を専属で抱えて舞台を上演していく文化を広めたいと思っているわけだから、その価値に心から共感して一緒に可能性を切り拓いてくださる演出振付家と仕事がしたいと思っています。

金森穣さんの作品、そしてNoismの公演は、いつも私たちの目を開かせるような問いを投げかけてくれますが、今回のテーマは「境界」。これはうんさんに創作のコンセプトにしたい言葉を挙げてもらったら、奇しくも穣さんの胸にあったキーワードと同じだったことから即決されたそうですね?
金森 そうなんですよ。だから今回はもうこのテーマ以外には考えられませんでした。21世紀に入った頃から、情報技術の進歩によって「時間」や「場所」の概念や「他者とのつながり」のあり方が一気に変わりましたよね。そうした状況に対する問題意識をずっと抱いていたのですが、2020年に入って「コロナ禍」というある種の悲劇が起こり、その急激な変化にさらに拍車がかかってしまった。だからうんさんにしても私にしても、「あの世とこの世」「此岸と彼岸」「生と死」といったことに思いを馳せるのは、芸術家として必然なのだと思います。何をしていても、どうしても意識がそこに引き寄せられてしまう。

Noism0『Near Far Here』リハーサルより 演出振付:金森穣 撮影:遠藤龍

その「境界」というテーマのもとで穣さんが創作した作品は『Near Far Here』。出演はNoism0(金森穣、井関佐和子、山田勇気)ですね。
金森 17〜18世紀のヨーロッパで隆盛したバロック音楽を9曲ほど用い、ソロ、デュエット、そして3人で踊る場面もある、30分ほどの作品です。
これから公演を観るみなさんのために、ネタバレになり過ぎない範囲で伺いますが……その1曲に、とても印象的なアイテムとして「アクリル板」を使ったデュエットがありますね。
金森 あのアクリル板は、まさしく「コロナ禍」の象徴です。パンデミック以来、私たちは「目の前に見えるのに、触れられない」という状況を経験してきました。私がいちばんショックだったのは、コロナに罹患し、重症化して危篤に陥ってしまった方々が、最期に家族や最愛の人に会うこともできず亡くなっていくという現実でした。すぐ会える場所にいるのに、手に触れることもできないなんて、それほど悲しいことはありません。だから今回の作品では、何らかのかたちでこのコロナの象徴としてのアクリル板を使いたいと考えていました。
まさに、いまこの時を象徴する「境界」と、その境界が私たちにもたらしているものが鮮やかに視覚化されていて、ハッとしました。
金森 コロナ禍以来、私たちは「人と触れ合いたい」という人間の根源的な欲望を抑制された状態にあります。それによって、じつは誰もが無意識のうちに、生き物としての根源的な痛みを感じているのではないでしょうか。あのデュエットには、グルックのオペラ「オルフェオとエウリディーチェ」のなかの1曲を使っています。後ろを振り返ってエウリディーチェの姿を見たくても、振り返れば彼女を永遠に失ってしまうというオルフェオの葛藤は、「触れたくても触れられない」といういまの我々の心情と、どこか重なるような気がするのです。

Noism0『Near Far Here』演出振付:金森穣 撮影:篠山紀信

その音楽について、今回の作品にバロック音楽を選んだのはなぜでしょうか。
金森 いまの「オルフェオとエウリディーチェ」の話で、あたかもまずコンセプトありきで選曲したかのような言い方をしましたが、じつはそうした理屈は“後付け”です。私はいまバロック音楽に魂が惹かれるものがあり、まずはシンプルに聴いて感動した曲を集めて並べていったのがスタートです。その後クリエイションが進むなかで楽曲の背景や作曲家のことなどを調べ、あらためてコンセプトや振付と合わせて考えてみた時に、自分のなかでカチャカチャカチャ……と理屈がはまっていったという感じですね。
そうなのですか!
金森 だって、音楽というのは理屈から感動はできないでしょう? もちろん、その音楽にまつわる知識や学びを得ることで知的興奮を覚えることはありますよ。しかし「心が動く」という意味の感動は、音色や響きといった非言語的な要素からもたらされるものです。そして理屈抜きで身体が反応するくらい感動した時に、この音楽で作品を創りたいと思うわけです。ただシンプルに、自分がいま興味のあるテーマと、興味のある音楽を、頭の中にバッ!と放り込んで、ガチャガシャガシャガシャ……とやった時に何が出てくるか。そんなふうに実験的なやり方で創作したのが今回の作品です。
とても素朴な質問で恐縮なのですが、そのように計算づくではない実験的な創り方をすることに、不安はないのでしょうか? 本番の日は決まっているわけで、その日までに納得のいくかたちにたどり着けなかったらどうしよう、というような。
金森 確かに、不安がないと言ったら嘘になります。でも私は「失敗するかもしれない、納得のいくかたちにならないかもしれない」という心配より、もう自分の中から何も出てこなくなって、同じことを繰り返し始めることのほうが不安です。それまでにやってきたことを切り売りしたり、「これをやっておけばお客様は喜ぶはず」ということを繰り返すだけになってしまったら、その時点で芸術家としては終わりですよね。私にとってはそちらのほうがずっと怖い。だからこそ、このNoism0という場で佐和子や勇気と一緒に実験的な創作をしていくことには大きな意味がある。実験を通して新しいことに気づいていきたいし、そうして見出した表現や演出の仕方が、例えば先日の『かぐや姫』のようなプロダクションを創る時にも、必ず活きてくることになるわけです。

Noism0『Near Far Here』リハーサルより 演出振付:金森穣 撮影:遠藤龍

なるほど……ありがとうございます。今回のゲスト振付家、山田うんさんについても質問させてください。穣さんからご覧になって、「山田うん」という振付家の個性や持ち味とはどういうものだと感じますか?
金森 ひとつ特徴としてあると思うのは、「常に開かれている」ということです。心も、空間の使い方も、動きの作り方も開かれていて、常に止まることのない流れの中にあるような作品だと感じます。そして舞踊家たちに求めるものも、ある1点に定めるのではなく、「それぞれに目指すものがあっていいんだよ」というくらい許容範囲が広い。だから逆に、今回はNoism1のメンバーにとって難しいチャレンジだったと思いますよ。なぜなら金森穣という演出振付家には、いつも「これを目指してほしい」という要求が明確にある。だからメンバーは、とにかくそれに向かって稽古をしていけばいいのです。もっとも、向かうべきものが見えているのになかなか掴めないから、みんないつも苦労しているのですが。ところがうんさんの作品では、「あなたたちはどうしたいのか」を深く問われているのだと思います。それは本当に難しくてハードなことですが、若い彼ら・彼女らには大きな経験となるでしょう。ぜひこの機会を通して、新しい自分を見つけてほしいと思っています。
確かに、今回の穣さんの作品とうんさんの作品は、あらゆる面で対照的だと感じます。同じ「境界」というキーワードを掲げて創作されたにもかかわらず!
金森 そうでしょうね(笑)。
ちなみに、今後は穣さん自身がゲスト振付家の作品を踊ってみたい、つまりNoism0の新作を他の振付家に委嘱してみたいという考えもお持ちですか?
金森 その気持ちは、私の中にはあまりありませんね。先日発表した通り、来シーズンからは井関佐和子がNoismの国際活動部門芸術監督となり、Noism0と1の事業企画を担うようになるので、彼女の考えしだいではその可能性もありますが。ただ、私自身はもう他の振付家の作品に一舞踊家として献身するということをあまり望んではいないし、ゲスト振付家のほうも、Noismに来て私に振付けるというのはあまり嬉しくないかもしれない(笑)。私には振付家として表現したいものが次々と溢れているので、いろいろな振付家の作品を踊るという経験は、若いNoism1のメンバーにこそ与えていきたいと思っています。

Noism0『Near Far Here』リハーサルより 演出振付:金森穣 撮影:遠藤龍

今回の取材では、Noismのみなさんが毎朝行っているという「Noismバレエ」のクラスも見学させていただきました。まず特徴的だと思ったのは、センターのアンシェヌマンがその場で振付けられて渡されるのではなく、あらかじめ決まっていたことです。
金森 バーはその日のクラスを担当する者がその場で考えますが、センターは1週間ごとに、基本的には同じ内容のコンビネーションを繰り返すようにしています。なぜそうしているかというと、Noismはクラシック・バレエを専門にやってきたわけではない舞踊家も多いので、毎日違う振りをその場で与えるかたちにすると、ただ振りを覚えて動いて終わり、になってしまうから。そのエクササイズをすることで身につけるべきものが、身体に入っていかないのです。また、クラシック・バレエと違って、コンテンポラリーダンスは新作が圧倒的に多いでしょう。しかし舞踊のための身体には同じ動きを繰り返すこともとても重要だから、せめて毎日のクラスくらいは同じことをしようと。
それから、腕のポジション、とくにア・ラ・スゴンドの位置が、通常のバレエよりずっと高いのも印象的でした。
金森 バレエのア・ラ・スゴンドのポジションは、腕をやや斜め下に伸ばして、首から肩のラインが美しく長く見えるようなフォルムを作りますよね。しかし我々の場合は身体を360°全方位的に極限まで使うことが目標で、その感覚でいくと、腕がいちばん長くなるのは肩の高さで真横に上げた時です。つまり私たちはバレエのポジションを練習しているわけではなく、腕や脚を体からいちばん遠いところまで伸ばして使えるよう訓練しているので、Noismバレエでのア・ラ・スゴンド・ポジションは肩の高さなのです。
そして最も独特だったのは、クラスの最後のエクササイズでした。全員が正面を向いて、エネルギーをグッ!と緊張させるかのように静止し、いったん弛緩して、またグッ!と緊張させて静止する……というふうに、一般的なバレエクラスでは見たことのないメニューが行われていました。
金森 Noismの舞踊家たちは、「静止すること」をベースとして訓練をしています。静止するというのはとても難しいことで、本質的には止まることのできない身体を、それでも止めようとする集中力やエネルギー量のようなものに、私の美意識があります。
そうして訓練された舞踊家のみなさんのエネルギー量と、それをコントロールする能力を目の当たりにしたのが、今回の山田うんさんの作品でもありました。Noism1のみなさんから、凄まじいエネルギーがバーッ!と放出されたと思うと、突然ギュッ!とひと息に凝縮するような瞬間が訪れる。まるでダムみたいにエネルギーがコントロールされていると感じました。
金森 確かに、彼らにはその強度はあると思います。ただ、若いメンバーはまだ力と情熱だけで止まろうとしてしまうので、息がもたないし動きも固まってしまう。もっと身体をほぐして、「自在に動ける身体が止まっている」という状態を目指さなくてはいけません。最小限の力で、最大限のエネルギーを出力して止まるということです。それがいちばん難しいのですが。

Noism1『Endless Opening』リハーサルより 演出振付:山田うん 撮影:遠藤龍

穣さんは、なぜ「静止」を重視しているのでしょうか?
金森 なぜなら、それが21世紀の舞踊家には必要だと思うからです。舞踊とはもちろん「動く芸術」であり、とりわけ近年は動き・動き・動きの時代だと言えます。身体をいかにすみずみまで細かく使うかが追求され、あらゆる動きの可能性が探求され、バレエダンサーだってコンテンポラリーダンスを踊れて当たり前。もう「動く」ということに関しては「何でもあり」の状態で、ダンサーたちはどんなものでも踊れなくてはいけないし、実際にみんな動けてしまっているのが現在の舞踊界の姿ではないでしょうか。しかしこのままいけばきっと、いま世界に広がっている規範なきコンテンポラリーダンスは飽きられてしまう。「凄いことをしているけど、みんな似たり寄ったりでつまらない」と。そうなった時、潮目はどう変わるのか? 私は再び「古典」に回帰すると思います。そして古典とは、ポジションであり、止まるということです。その本質を舞踊団として踏まえていなくては、活動が継続できない時代、すなわち継続的鍛錬による身体の質、強度を維持できなくなる日がくると考えています。
とてもおもしろいお話ですね。
金森 「動くこと」だけを極めようとするなら、生身の身体はもはや3DCGなどのテクノロジーにかないません。しかし人間のほうが圧倒的に勝てることがある。それは「静止によってもエネルギーを生み出すことができる」という点です。デジタルのテクノロジーは、静止した瞬間にエネルギーが消えてしまいます。なぜならそこに熱量や鼓動を持っていないからです。そこに生身の人間がいることの感動や強さ。それこそが人に劇場へと足を運ばせる理由になるのではないでしょうか。

Noism0『Near Far Here』演出振付:金森穣 撮影:篠山紀信

金森 穣 Jo KANAMORI
演出振付家、舞踊家。りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館舞踊部門芸術監督、Noism Company Niigata芸術監督。17歳で単身渡欧、モーリス・ベジャール等に師事。ルードラ・ベジャール・ローザンヌ在学中から創作を始め、ネザーランド・ダンス・シアター(NDT)2在籍中、20歳で演出振付家デビュー。10年間欧州の舞踊団で舞踊家、演出振付家として活躍したのち帰国。2004年より現職、日本初となる公共劇場専属舞踊団Noismを立ち上げる。

公演情報

Noism0 / Noism1 境界

【東京公演】
◎公演日時
2021年
12月24日(金)19:00
12月25日(土)17:00
12月26日(日)15:00
※全3回

◎会場
東京芸術劇場〈プレイハウス〉

◎詳細はこちら

【高知公演】
◎公演日時
2022年1月10日(月祝)
※全1回

◎会場
高知市文化プラザかるぽーと〈大ホール〉

◎詳細はこちら

この記事を書いた人 このライターの記事一覧

NEWS

NEWS

最新記事一覧へ