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【第58回】ウィーンのバレエピアニスト〜滝澤志野の音楽日記〜フェリ新監督を迎える2025/26シーズンが発表されました

滝澤 志野

ウィーン国立バレエ専属ピアニストとして、バレエダンサーを音楽の力で支えている滝澤志野さん。
彼女は日々の稽古場で、どんな思いを込め、どんな音楽を奏でているのでしょうか。

“バレエピアニスト”というプロフェッショナルから見たヨーロッパのバレエやダンサーの“いま”について、志野さん自身の言葉で綴っていただく連載エッセイ。
日記の最後には、志野さんがバレエ団で弾いている曲の中から“今月の1曲”を選び、読者のみなさんのためだけに演奏した動画も掲載します。

更新は隔月(基本的に偶数月)です。美しいピアノの音色とともに、ぜひお楽しみください。

♪「ウィーンのバレエピアニスト 滝澤志野の音楽日記」バックナンバーはこちら

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静かな風が吹いた日

長い冬が終わり、新しい季節の足音が聞こえてきたウィーン。先日、ウィーン国立歌劇場の2025/2026シーズン発表会が開催されました。総監督、バレエ監督、演出家、オーケストラ、著名歌手、バレエ、合唱団が一堂に会するこの発表会は、まるでガラ公演のような華やかさで、チケットは即完売となりました。バレエ部門では、新芸術監督アレッサンドラ・フェリを迎えるウィーン国立バレエの新シーズンのラインナップと、新加入のダンサーたちが発表されました。

注目の新シーズンのラインナップは、フェリさんが歩いてきた舞踊人生のエッセンスが色濃く反映されていました。ラトマンスキー振付『カリロエ』、サープ、マクレガー、ペックという現代を代表する振付家によるトリプルビル「Visionary Dances」、ABT時代を彷彿とさせる「アメリカン・シグネチャーズ」。そしてマランダン振付『マリー・アントワネット』など、ただ美しいだけでなく「物語る」バレエも並びます。再演される『ジゼル』『マノン』『こうもり』『ジュエルズ』といった作品も、彼女が深く関わってきた名作ばかり。ガラも含めて、まるで「これが私のバレエ」という静かな宣言のようにも思えました。

オルガ・エシナ&ティモール・アフシャーが『こうもり』のパ・ド・ドゥを披露

また、新たに7名のプリンシパルの移籍も発表されました。オランダ国立バレエからヴィクター・カイシェタ、バイエルン国立バレエ(ミュンヘン・バレエ)からマディソン・ヤングとアントニオ・カサリーニョ、ハンブルク・バレエからアレッサンドロ・フローラ、スウェーデン王立バレエから三森健太朗、ABTからカサンドラ・トレナリー、ジョージア国立バレエからラウラ・フェルナンデスが加わります。スタッフも一新され、リード・バレエマスターにはスターダンサーのマルセロ・ゴメスの名もありました。

2025/2026シーズンのパンフレット

出会い、再会、そして痛み

バレエ界のレジェンドであるフェリさんがウィーン国立バレエの芸術監督に就任すると発表されてから1年半。この間、彼女は月に1度ほどの頻度でウィーンを訪れ、会議を重ね、稽古場でも注意深くすべてを見渡していました。世界のトップステージで踊り続けてきた彼女にとって、芸術監督は初の仕事。しかしその眼差しには揺るぎない意志と明晰なビジョンが宿っており、まさに「志のかたまり」という印象を受けました。ある朝、彼女が突然ピアニスト部屋に現れ、「リノベーションをします。不要なものや、新しくしたいものを教えてください」と言った時、心地よい風が吹き抜けたような感覚を覚えました。彼女は、この伝統ある古い劇場に新たな命を吹き込もうとしているのだと感じたのです。

しかし、改革には痛みが伴います。新たな人材が入るいっぽうで、去る人も少なくありません。彼女のもとで解雇されたダンサーやスタッフは、30名近くにのぼります。それでも、フェリさんは手紙などではなく、一人ひとりと対話を重ねたと聞きました。バレエ団を離れることは、人生の大きな転機です。とくにオーストリアでは、辞めた場合は国外に出ざるを得ない場合が多く、自ら望んだ移籍ならまだしも、不本意な移動には深い苦しみが伴うはず。非EU圏出身者にはビザの壁も立ちはだかります。それでも彼女は、厳しくも、その痛みを自らの責任として受け止めている……そう思えました。

シュレプファー振付「悲愴」カーテンコールより

信じるということ

私は2011年にウィーン国立バレエのピアニストとしてのキャリアをスタートし、2020年までマニュエル・ルグリ監督のもとで働きました。彼が育てたバレエ団は10年間で奇跡的ともいえる成長を遂げました。彼の芸術、人柄、飛翔していくバレエ団は素晴らしいもので、私は仕事に没頭しましたし、かけがえのない時間を通じて監督と仲間達との深い絆が生まれました。ですが、2020年、マーティン・シュレプファーが監督に就任し、大きな転換期を迎えます。振付家である彼は、ウィーンの前に芸術監督を務めていたバレエ団から多くのダンサーを招き入れ、私たちのバレエ団はまるで別のカンパニーになったようでした。私はそれまで大切に築いてきたものが壊れてしまうような感覚に陥り、その変化を素直に受け入れられずにいました。移籍を考えたこともありました。けれど時が経ち、私の気持ちにも少しずつ変化が訪れました。昨秋、シュレプファー監督から届いた一通の長いメール。そこには、こう記されていました。「最初からうまくいったわけではなかったけれど、今は強い連帯感を感じている。芸術的に、そして人として、君がしてくれていることすべてに心から感謝している。」その言葉に、私は自らの心の在り方を見つめ直しました。

オペラハウスはその名のとおり、「家」です。私たちは一つ屋根の下、芸術という共通の目標に向かって共に生きています。コロナ禍以降の数年間は誰にとっても困難で、新しい監督の重圧は計り知れなかったでしょう。新たに加わったダンサーたちも、それぞれの人生を背負い、覚悟を持って国境を越えてやって来たのです。捨ててきたもの、残してきたもの、いろんな葛藤があったでしょう。

そして今、また新たな監督を迎えるにあたり、私は思います。「アレッサンドラ・フェリさんを、心から信じよう」と。仕事をするうえで最も大切なものは信頼関係だと、この14年間で教えてもらったから。体制は大きく変わります。彼女はきっと「改革の人」になるでしょう。これからまた様々な出来事があるはずです。私は心配性で、変化を恐れる気持ちもあります。でも、まずは自分が信じること。それがすべての始まりだと思うのです。

現在、ウィーン国立バレエの公演チケットは、じつはオペラよりも入手困難なほどの人気を誇っています。昨シーズンも好調で、特別ボーナスが支給されました。今シーズンに入って最初の4ヵ月間のバレエ公演では、客席稼働率が99.81%だったそうです。来シーズンから始まる新体制には大きな期待が寄せられていますが、今の売れ行きを考えると、新監督へのプレッシャーも少なくないのかもしれません。

これからどんな物語が紡がれていくのか、まだ誰にも分かりません。でも私は、このご縁に感謝しながら、未来へ希望を持って歩んでいきたいと思います。

今月の1曲

先日、今シーズン最後の新作プルミエ公演が幕を開けました。メインはシュレプファー監督振付のチャイコフスキー『悲愴』でしたが、私はバランシン振付『ディヴェルティメント No.15』を演奏していました。この愛らしい作品は、バランシン作品の中では比較的マイナーかもしれませんが、世界一モーツァルトを奏でるのが得意であろうこの劇場のオーケストラで踊られると、やはりその魅力が際立ちます。今日はその中から、女性ヴァリエーションを演奏したいと思います。初演では日本人プリンシパルの橋本清香さんが軽やかに舞い、大きな拍手を浴びました。モーツァルトの音楽に、バランシンの振付が目に浮かぶような作品です。

★次回更新は2025年6月20日(金)の予定です

Now on Sale

Brilliance of Ballet Music~バレエ音楽の輝き

滝澤志野による、珠玉の作品を1枚に収めたピアノソロアルバム。

<収録曲>
1.『眠れる森の美女』第3幕 グラン・パ・ド・ドゥよりアダージオ(チャイコフスキー)
2.『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』よりアダージオ(チャイコフスキー)
3.『ジュエルズ』ダイヤモンドよりアンダンテ/交響曲第3番第3楽章(チャイコフスキー)
4.『瀕死の白鳥』/「動物の謝肉祭」第13番「白鳥」(サン=サーンス)
5.『マノン』第3幕 沼地のパ・ド・ドゥ/宗教劇「聖母」より(マスネ)
6.『椿姫』第2幕/前奏曲第15番「雨だれ」変ニ長調(ショパン)
7.『椿姫』第3幕 黒のパ・ド・ドゥ/バラード第1番 ト短調(ショパン)
8.『ロミオとジュリエット』第1幕 バルコニーのパ・ド・ドゥ(プロコフィエフ)
9.『くるみ割り人形』第1幕 情景「松林の踊り」(チャイコフスキー)
10.『くるみ割り人形』第2幕 葦笛の踊り(チャイコフスキー)
11.『くるみ割り人形』第2幕 花のワルツ(チャイコフスキー)
12.『くるみ割り人形』第2幕 グラン・パ・ド・ドゥよりアダージオ(チャイコフスキー)

●演奏:滝澤志野
●発売元:株式会社 新書館
●販売価格:3,300円(税込)
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Dear Chopin(ディア・ショパン)〜Music for Ballet Class

滝澤志野さんの5枚目となる新譜レッスンCDがリリースされました!
志野さんがこよなく愛する「ピアノの詩人」ショパンのピアノ曲で全曲を綴った一枚。
誰もがよく知るショパンの名曲や、『レ・シルフィード』『椿姫』などバレエ作品に用いられている曲等々を、すべて志野さんの選曲により収録しています。
それぞれのエクササイズに適したテンポ感や曲の長さ、正しい動きを引き出すアレンジなど、レッスンでの使いやすさを徹底重視しながら、原曲の美しさを決して損なわない繊細な演奏。
滝澤志野さんのピアノで踊る格別な心地よさを、ぜひご体感ください。

ドキュメンタリー風のトレイラー全収録曲リストなど、詳細はこちらのページでぜひご覧ください
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●CD、52曲、78分 ●価格:3,960円(税込)

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Dear Tchaikovsky(ディア・チャイコフスキー)〜Music for Ballet Class

バレエで最も重要な作曲家、チャイコフスキーの美しき名曲ばかりを集めてクラス用にアレンジ。
バレエ音楽はもちろん、オペラ、管弦楽、ピアノ小品etc….
心揺さぶられるメロディで踊る、幸福な時間(ひととき)を。

●ピアノ演奏:滝澤志野
●監修:永橋あゆみ(谷桃子バレエ団 プリンシパル)
●発売元:新書館
●価格:3,960円(税込)

★収録曲など詳細はこちらをご覧ください

ドラマティック・ミュージック・フォー・バレエ・クラス1&2&3 滝澤志野  Dramatic Music for Ballet Class Shino Takizawa (CD)
バレエショップを中心にベストセラーとなっている、滝澤志野さんのレッスンCD。Vol.1では「椿姫」「オネーギン」「ロミオとジュリエット」「マノン」「マイヤリング」など、ドラマティック・バレエ作品の曲を中心にアレンジ。Vol.2には「白鳥の湖」「眠れる森の美女」「オネーギン」「シルヴィア」「アザー・ダンス」などを収録。Vol.3ではおなじみのバレエ曲のほか「ミー&マイガール」や「シカゴ」といったミュージカルナンバーや「リベルタンゴ」など、ウィーンのダンサーたちのお気に入りの曲をセレクト。ピアノの生演奏でレッスンしているかのような臨場感あふれるサウンドにこだわった、初・中級からプロフェッショナル・レベルまで使用可能なレッスン曲集です。
●ピアノ演奏:滝澤志野
●Vol.2、Vol.3監修:永橋あゆみ(谷桃子バレエ団 プリンシパル)
●発売元:新書館
●価格:各3,960円(税込)

配信販売中!

現在発売されている滝澤志野さんのベストセラー・CDを配信版でもお買い求めいただけます。
下記の各リンクからどうぞ。

★作曲家シリーズ
♪Dear Tchaikovsky https://linkco.re/pEHd0G2A?lang=ja

★「Dramatic Music for Ballet Class」シリーズ

★滝澤志野さんのアーティスト情報ページはこちら

この記事を書いた人 このライターの記事一覧

大阪府出身。桐朋学園大学短期大学部ピアノ専攻卒業、同学部専攻科修了。2004年より新国立劇場バレエ団のピアニスト。2011年よりウィーン国立バレエ専属ピアニストに就任。 レッスンCD「Dramatic Music for Ballet Class」Vol.1、2、3、「Dear Tchaikovsky~Music for Ballet Class」、「Dear Chopin〜Music for Ballet Class」をリリース(共に新書館)。国内のバレエショップを中心にベストセラーとなっている。2023年7月大阪・東京で初のピアノソロリサイタルを開催。初のピアノソロアルバム「Brilliance of Ballet Music~バレエ音楽の輝き」も同時発売。

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