撮影・編集:古川真理絵(バレエチャンネル編集部)
2023年10月20日(金)〜29日(日)、新国立劇場バレエ団『ドン・キホーテ』が上演されます(*)。
スーパーテクニックだらけのダンスシーン、クセ強めな(?)キャラクターたちのゆかいな演技。どこをとっても文句なしに楽しい古典バレエの人気演目ですが、同団が上演するのはアレクセイ・ファジェーチェフが改訂振付を手がけたバージョン。今回の上演ではファジェーチェフ自身が来日し、同作の核をあらためてダンサーたちに直接指導しているそう。
10月上旬、そのリハーサル現場を動画取材。今シーズンからプリンシパルに昇格し、キトリ役で主演する柴山紗帆さんのインタビューと併せてお楽しみください。
*その他、11月3日(金祝)・4日(土)には愛知県芸術劇場での上演あり
【Interview 2】
柴山紗帆 (プリンシパル)10/21昼, 24 キトリ役
柴山紗帆(しばやま・さほ)東京都出身。田中洋子、スヴェトラーナ・オシエヴァ、デニス・マーシャル、マジョリー・グルントヴィに師事。バレエスタジオDUO、ハリッド・コンサーヴァトリー、ピッツバーグ・バレエシアター・スクールで学ぶ。2014年にソリストとして新国立劇場バレエ団に入団。21年ファースト・ソリスト、23年プリンシパルに昇格。 ©︎Ballet Channel
「技術に捉われるよりも、伝わる演技を大切に」
- あらためまして、柴山紗帆さん、プリンシパル昇格おめでとうございます!
- 柴山 ありがとうございます。
- 昇格発表は2023年6月17日の『白鳥の湖』終演後、カーテンコールの舞台上でサプライズ的に行われたことが話題を呼びました。しかし柴山さんは別日の主演だったので、吉田都芸術監督から名前を呼ばれ、舞台袖から私服姿で現れました。ということは、柴山さんはプリンシパル昇格について、前もって知らされていたということですね?
- 柴山 私は6月11日と15日の2回、オデット/オディールを踊らせていただいたのですが、その2回目の公演が終わったあとに吉田都芸術監督に呼ばれて、「昇格」のお言葉をいただきました。その瞬間はもう、驚きすぎて頭が真っ白になりました……。でも、一緒に速水渉悟くんも昇格すること、そしてそれは17日に舞台上で発表するからそれまでは誰にも言わないように、ということも言われましたので、そこから2日間はまだ信じられないような気持ちでしたし、ずっとそわそわしながら過ごしていました(笑)。やっと実感できたのは、発表の日が来て、舞台に立った瞬間です。「お客様がこんなにも喜んでくださっている」ということが、本当に嬉しかったです。
- そうだったのですね! 吉田監督は、昇格の理由についても何かおっしゃっていましたか?
- 柴山 監督はいろいろとお声がけくださったのですが、頭が真っ白すぎて、残念ながらあまり覚えていません……。ただ2022/2023シーズンは、新制作の作品も多かったですし、いただいた役も全部、それぞれに違う挑戦が求められるものばかりだったんです。次から次にやってくる舞台に向かってがむしゃらに取り組んできた1年で、そういう姿を監督は見ていてくださったのかなと思います。
- 2022/2023シーズンそのものが、柴山さんにとって特別な1年だったのですね。
- 柴山 そうですね。例えば『くるみ割り人形』や「ニューイヤー・バレエ」での『シンフォニー・イン・C』や『A Million Kisses to my Skin』といった作品は本当に体力的にハードで、自分の身体をどう使い切って踊るかを研究する良い機会になりました。演技の面で鍛えられたのは『ジゼル』やプティ版『コッペリア』など。とくに『コッペリア』のスワニルダは、私にとってまったく新しいタイプの役でした。あそこまで明るく弾けたコメディエンヌを演じるのは、本当に初めてだったんです。それまでとは違うアプローチの仕方で演技するのは難しかったけれど、すごく勉強になりました。また、逆に『白鳥の湖』はこれまで何度も踊ってきたからこそ、あらためて基礎から見直したり、より細かな部分まで追求したりする気持ちの余裕を持てた気がします。
こんなふうに先シーズンは様々な経験を積み重ねることができて、自分の身体や考え方を少しずつ変えていくことができました。私にとってとても重要なシーズンだったと思います。
新国立劇場バレエ団『コッペリア』柴山紗帆(スワニルダ)、福岡雄大(フランツ)撮影:長谷川清徳
- 柴山さんの持ち味といえば、端正な基礎を備えているからこその、美しく澄んだ踊り。最近はそこに華やかな強さが加わってきたように感じますが、ご自身でもそうした変化を感じていますか?
- 柴山 決定的に自分を変えてくれたと思うのは今年4月末〜5月上旬の『夏の夜の夢』です。私が踊ったのはティターニア役。ダブルキャストだったので、リハーサルや本番で踊る回数がいつもよりずっと多かったということがありました。もちろん何度踊ろうとすべての舞台で自分のベストをお見せしたいと思いますけれど、人間ですからどうしても不調な日が出てきてしまいます。それである日の舞台で少しミスをしてしまい、しかもそのミスを引きずってしまったところ、吉田監督から喝をいただきました。小さなミスを気にするより、何があっても堂々と踊り続けること。妖精の女王という役を私自身が楽しみながら、物語をお客様に伝え続けることのほうがずっと大事だと。そのお言葉でマインドが変わったというか、自分がひとつ開けた気がしました。
- そうした心境の変化を経て迎えた6月の『白鳥の湖』が、プリンシパル昇格の決定打になりました。
- 柴山 思い返すと、『白鳥の湖』は踊るたびに私に転機をもたらしてくれる作品です。毎回、自分のなかで何かしらの発展や気づきがあるんです。初めて主演させていただいた時に学んだのは、パートナーとどう踊りをつくりあげていくかです。独りよがりでは決して踊れないし、そのような踊りではストーリーを語ることもできないんだ、と。また当時の大原永子監督から白鳥の羽ばたきの動きを徹底的に教えていただいたことは、今でも演じる際のベースになっています。
そして吉田都監督が新制作されたピーター・ライト版では、「技術に捉われるよりも、伝わる演技を大切に」ということを何度も言っていただきました。それまでの私は、どうしても技術面の失敗に捉われがちだったんです。でも吉田監督の言葉のおかげで、そんな自分から少し解放されたような気がしていて。例えば王子との関係性などを深く考えたり、パートナーと話し合いながら役を掘り下げていったりする心の余裕を持てるようになりました。
- 柴山さんの白鳥といえば、本当に白い羽が見えてくるような美しい腕の運びが何といっても心に残ります。それはやはり最初から徹底的に鍛えられたからこそなんですね。
- 柴山 白鳥のポール・ド・ブラって、もはやクラシック・バレエの領域を超えているのではないでしょうか。アカデミックなポジションの外側まで大きく伸びていったり、他のバレエにはない腕の運びがいろいろとあったりして、他のダンサーの方もおっしゃっていることですが、「むしろこれはコンテンポラリーなのでは……」と思うようなところがあります。以前の私は、「動きを止めるべきところはピタッ!と止めなくては」と、筋肉を固めるようにしてポーズしていました。でも白鳥を踊らせていただいたのがきっかけで、その固定観念が覆された気がするんです。良い意味で力を抜いて、たっぷり呼吸をして、無理なく踊る。それによってお客様も一緒に呼吸ができて、よりリラックスして舞台を楽しんでいただけるのではないか……と。そういうふうに客観視することが、少しずつできるようになってきたのかなと思います。
身体が強くなると、演技の幅も広がっていく
- 柴山さんは2014年に入団。ここまでの9年間を振り返って、率直に思うことは?
- 柴山 正直に言えば、嬉しかったことよりも苦しかったことのほうをたくさん覚えています。ただ、以前は苦しい時にどうしていいかわからなくなる自分がいましたけれど、いまは少し違います。人間だから波があるのは当たり前で、どの作品に取り組んでいても悩む瞬間は必ずくる。そうして悩む自分自身も、ようやく受け入れられるようになりました。上向きの時も下向きの時も、それを人生だとしてポジティブに捉えられるようになり、最近はリハーサルをしていても「自分自身のためにやっている」とすごく実感します。そして毎公演をもっと楽しもうと心から思えるようになりました。
- 柴山さんの昇格により、新国立劇場バレエ団の女性プリンシパルは4名となりました。そしてそれ以外にも主役級の実力をもつダンサーや、勢いのある若手ダンサーが次々と出てきています。そうした中で、柴山さんはこれからどのような個性や強みを押し出していきたいと思いますか?
- 柴山 私にはまだまだ改善していきたいところがたくさんありますし、細部までこだわって突き詰めていく先輩方の姿勢を見習いたいという気持ちが大きいのですが……それでも自分なりの個性を出すとしたら、やはり「演技」でしょうか。以前は苦手で仕方がなかったのに、いまは演技することが本当に楽しいんです。自分自身がその役を心から楽しみながら人物像や物語を作り上げていって、お客様と共有できるように。それが自分ならではの個性になるといいなと思います。
- まさに、新プリンシパルとしてこれからますます役の幅が広がっていくかと思いますが、なかでも今後ぜひ踊ってみたいと思う夢の役はありますか?
- 柴山 それは……今はまだ、自分の中だけに秘めておきたいと思っていて。そのほうが、モチベーションが保てるような気がするんです。そしていつか叶った時に「これが私の夢の役だったんです」と言えたらいいな、と。すみません……。
- とんでもないです! それも素敵な答えです。
- 柴山 まずは前シーズンにプティの『コッペリア』を踊らせていただいたように、これまでの自分では想像がつかないような役に挑戦できたら。そして自分自身の中で新たな扉が開いたら嬉しいなと思っています。
- 楽しみにしています! そしていよいよ2023/2024シーズンが開幕します。公演は『ドン・キホーテ』。柴山紗帆さんはもちろんヒロインのキトリ役。意気込みをぜひ聞かせてください。
- 柴山 私はあまり意気込みすぎると良くない気がしていて……(笑)。でも最近、ピラティスやジャイロキネシスなどのトレーニングの効果もあって、自分の身体が変化してきたのを感じています。身体が強くなると、技術的なことはもちろん、演技の面でもできることが増えてくるんです。プリンシパルに昇格したことをポジティブなエネルギーにして、『ドン・キホーテ』の物語を楽しみたい。それがいちばんの思いです。そしてパートナーの井澤駿さんは、前回の『白鳥の湖』でも組ませていただいたのですが、彼と『ドン・キホーテ』のような明るい作品で共演するのは初めてなんですよ。パートナーシップもどんどん深まっているので、今回も一緒に演じられるのがすごく楽しみです。
新国立劇場バレエ団『ドン・キホーテ』柴山紗帆(キトリ)撮影:鹿摩隆司
公演情報
新国立劇場バレエ団『ドン・キホーテ』
日程 |
2023年
10月20日(金) 19:00
10月21日(土) 13:00
10月21日(土) 18:30
10月22日(日) 13:00
10月22日(日) 18:30
10月24日(火) 13:00【貸切】
10月27日(金) 14:00
10月28日(土) 13:00
10月28日(土) 18:30
10月29日(日) 14:00
★予定上演時間 約2時間45分(休憩含む)
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会場 |
新国立劇場 オペラパレス
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詳細・問合せ
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新国立劇場 公演サイト
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その他 |
【愛知公演】
2023年
11月3日(金・祝)14:00
11月4日(土)14:00
愛知県芸術劇場 大ホール
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