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【第49回】ウィーンのバレエピアニスト〜滝澤志野の音楽日記〜愛する「ジゼル」を弾く

滝澤 志野

ウィーン国立バレエ専属ピアニストとして、バレエダンサーを音楽の力で支えている滝澤志野さん。
彼女は日々の稽古場で、どんな思いを込め、どんな音楽を奏でているのでしょうか。

“バレエピアニスト”というプロフェッショナルから見たヨーロッパのバレエやダンサーの“いま”について、志野さん自身の言葉で綴っていただく連載エッセイ。
日記の最後には、志野さんがバレエ団で弾いている曲の中から“今月の1曲”を選び、読者のみなさんのためだけに演奏した動画も掲載します。

更新は隔月(基本的に偶数月)です。美しいピアノの音色とともに、ぜひお楽しみください。

♪「ウィーンのバレエピアニスト 滝澤志野の音楽日記」バックナンバーはこちら

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愛する『ジゼル』を弾く

19世紀のロマンティック・バレエ全盛期に生まれ、いまなお、ひときわ美しい輝きを放ち続ける不朽の名作『ジゼル』。多くのダンサーにとってもバイブル的な作品であろうこの美しい作品に、私は長年、片想いのような憧れのような感情を抱いてきました。そして、その恋が実る日は唐突にやってきたのです。

ウィーン国立歌劇場の新シーズンが開幕してひと月半。先月『ドン・キホーテ』公演を終え、いまは『ジゼル』と『コッペリア』を同時上演しつつ、今後の3演目の稽古も並行して行われています。ダンサーもピアニストも大忙しのなか、棚ぼたのように私のもとに『ジゼル』が降ってきました。このバレエ団のピアニストになって12年、私はこれまでの『ジゼル』公演では、主役組やペザント・パ・ド・ドゥなどのソリストの稽古を担当してきました。群舞パート及び通し稽古は弾いたことがありません。此処では1993年に改訂されたエレナ・チェルニショヴァ版(パリ初演のジャン・コラーリ/ジュール・ペロー版、ロシアでのマリウス・プティパ版に基づく)を上演しており、30年前から弾いているベテランピアニストたちが作品を知り尽くしているため、私が全幕を弾くことはなかったのです。今回も私は主役組の稽古かな、と思っていたら、先輩たちは他の演目で忙しく、通し稽古の予定表に私の名前が!(いつも突然回ってくる)

作品のメインピアニストになると、全パートの稽古および通し稽古を弾き、指揮者とオーケストラに手渡しするまで、音楽的責任を負います。『ジゼル』は最愛のバレエ作品のひとつなので、全幕に深く関わることをずっと楽しみにしていました。

稽古場にて

ジゼルの魅力

1841年にパリ・オペラ座で初演された『ジゼル』は、19世紀ヨーロッパで流行したロマン主義の思想のもとに作られました。その時代の空気のなかでロマンティック・バレエが生まれ、現代のバレエの礎になっていること。『ジゼル』が時代を超えて脈々と受け継がれてバレエの美の真髄を伝えていること。それは奇跡的なことのように思います。

2018年の舞台稽古にて

第2幕のウィリたちの群舞パートを初めて弾いた日。その美しさに稽古場で鳥肌が立つほどの感動を覚えました。ピアニストとしてそこに身を置いてみてあらためて感じるエレガンス。なんという様式美、なんという詩情でしょうか。静謐な世界観がまるでお能のようだと感じました。アルブレヒトがお墓を訪れる登場シーンも究極の美学であり。この作品は、様式美と生身の人間が心を伝えあうストーリーとが両立しているところが最高だと感じます。

音楽は、アドルフ・アダン(ブルグミュラーとミンクスの音楽も挿入)。脚本に忠実に作られた楽曲はいたってシンプルで、牧歌的なメロディーに単純な和声がつけられています。時を同じくしてパリで活躍していたショパンやリストの音楽に比べると、アダンの音楽はあっけないほどスッキリしています。でも、余計なものがすべて削ぎ落とされているからこそ作品の本質が浮かび上がり、このバレエの端正さを際立たせているように私には感じられるのです。繰り返し演奏されるモチーフ(花占い、ワルツ、ウィリたちの沼への誘い)も暗示となって物語の鍵を握ります。オケピでは、第2幕は各楽器がソロを聴かせます。ミルタの登場シーンは弦楽四重奏、アルブレヒトの登場シーンはオーボエソロ、ジゼルとアルブレヒトのパ・ド・ドゥはヴィオラが叙情的に歌い上げます。

ここでこっそりお伝えしたいのですが、『ジゼル』第2幕はピアノ伴奏で踊られるのが最高だと私は思っています。ピアノの繊細でピュアな音色と独奏の緊迫した空気感が、ジゼルの世界観にとても似合う。楽曲はシンプルながら、変幻自在にテンポを変えて踊りに添わせないといけないという難しい側面もあり、一対一の親密な音楽作りが向いている作品だとも感じます。

ですが、昔の私はジゼル主役組の稽古を弾くのに手こずっていて、自分の不出来さに毎日落ち込んでいました。でもそれから数年が経ち、あらためて向き合ってみると、すんなり踊りと音楽が溶けあっていることに気づきました。それだけ経験を積んできたということなのでしょう。とてつもなく高い壁だと感じていたものがいつの間にか消えていて、そこには素晴らしい眺めが広がっている。美の真髄に近づいていくのを感じられるのは幸せなことです。

2017年「ルグリ・ガラ」にて、ジゼルを踊るマリアネラ・ヌニェス

裏切られてもなお、愛することをやめられないジゼル

このストーリーは超常現象のようでいて、誰の心にも起こりうる、魂の物語なのではないかと思うのです。相手に触れることはできないけれど、この世とあの世で心を合わせて踊るパ・ド・ドゥ。

2018年、ウィーン国立歌劇場にゲスト出演した、オルガ・スミルノワとセミョーン・チュージン

正直に言うと、楽曲としてはチャイコフスキーやプロコフィエフのほうが魅力的で、演奏しがいもあります。ですが、ジゼル全幕を弾いたあとに味わう静かな充実感は格別なものと感じます。それはやはり、これが名作だから。役柄の胸の内がそのまま踊りとなって紡がれる美しい物語。悲恋に見えるけれど、ジゼルの愛に触れて私たちも救われ、あたたかなものが心に残る気がするのです。「もし生まれ変わったら、バレエダンサーになってジゼルを踊ってみたい」というのが自分の来世の夢と話したことがあります。ですが、全幕を弾くことによって、ダンサーと心を合わせてその作品と対峙し、作品の真髄に触れていると感じるいま、その夢はすでに半分叶っているのかもしれませんね。

今月の1曲

じつは、連載3年半でジゼルを既に3曲収録していることに気づきました。1幕のヴァリエーション、2幕のパ・ド・ドゥ(2022ヴァージョン)、そしていちばん好きな終曲。なので、今回はちょっと雰囲気を変えて、第2幕から、ウィリがヒラリオンを死の沼に突き落とすシーンをお届けしたいと思います。私もこの時ばかりはウィリ側に立って非情な気持ちで弾いていますが、これがなかなか気持ちいいのです(笑)。

★次回更新は2023年12月20日(水)の予定です

Now on Sale

Brilliance of Ballet Music~バレエ音楽の輝き

滝澤志野による、珠玉の作品を1枚に収めたピアノソロアルバム。

<収録曲>
1.『眠れる森の美女』第3幕 グラン・パ・ド・ドゥよりアダージオ(チャイコフスキー)
2.『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』よりアダージオ(チャイコフスキー)
3.『ジュエルズ』ダイヤモンドよりアンダンテ/交響曲第3番第3楽章(チャイコフスキー)
4.『瀕死の白鳥』/「動物の謝肉祭」第13番「白鳥」(サン=サーンス)
5.『マノン』第3幕 沼地のパ・ド・ドゥ/宗教劇「聖母」より(マスネ)
6.『椿姫』第2幕/前奏曲第15番「雨だれ」変ニ長調(ショパン)
7.『椿姫』第3幕 黒のパ・ド・ドゥ/バラード第1番 ト短調(ショパン)
8.『ロミオとジュリエット』第1幕 バルコニーのパ・ド・ドゥ(プロコフィエフ)
9.『くるみ割り人形』第1幕 情景「松林の踊り」(チャイコフスキー)
10.『くるみ割り人形』第2幕 葦笛の踊り(チャイコフスキー)
11.『くるみ割り人形』第2幕 花のワルツ(チャイコフスキー)
12.『くるみ割り人形』第2幕 グラン・パ・ド・ドゥよりアダージオ(チャイコフスキー)

●演奏:滝澤志野
●発売元:株式会社 新書館
●販売価格:3,300円(税込)
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Dear Chopin(ディア・ショパン)〜Music for Ballet Class

滝澤志野さんの5枚目となる新譜レッスンCDがリリースされました!
志野さんがこよなく愛する「ピアノの詩人」ショパンのピアノ曲で全曲を綴った一枚。
誰もがよく知るショパンの名曲や、『レ・シルフィード』『椿姫』などバレエ作品に用いられている曲等々を、すべて志野さんの選曲により収録しています。
それぞれのエクササイズに適したテンポ感や曲の長さ、正しい動きを引き出すアレンジなど、レッスンでの使いやすさを徹底重視しながら、原曲の美しさを決して損なわない繊細な演奏。
滝澤志野さんのピアノで踊る格別な心地よさを、ぜひご体感ください。

ドキュメンタリー風のトレイラー全収録曲リストなど、詳細はこちらのページでぜひご覧ください
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●CD、52曲、78分 ●価格:3,960円(税込)

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Dear Tchaikovsky(ディア・チャイコフスキー)〜Music for Ballet Class

バレエで最も重要な作曲家、チャイコフスキーの美しき名曲ばかりを集めてクラス用にアレンジ。
バレエ音楽はもちろん、オペラ、管弦楽、ピアノ小品etc….
心揺さぶられるメロディで踊る、幸福な時間(ひととき)を。

●ピアノ演奏:滝澤志野
●監修:永橋あゆみ(谷桃子バレエ団 プリンシパル)
●発売元:新書館
●価格:3,960円(税込)

★収録曲など詳細はこちらをご覧ください

ドラマティック・ミュージック・フォー・バレエ・クラス1&2&3 滝澤志野  Dramatic Music for Ballet Class Shino Takizawa (CD)
バレエショップを中心にベストセラーとなっている、滝澤志野さんのレッスンCD。Vol.1では「椿姫」「オネーギン」「ロミオとジュリエット」「マノン」「マイヤリング」など、ドラマティック・バレエ作品の曲を中心にアレンジ。Vol.2には「白鳥の湖」「眠れる森の美女」「オネーギン」「シルヴィア」「アザー・ダンス」などを収録。Vol.3ではおなじみのバレエ曲のほか「ミー&マイガール」や「シカゴ」といったミュージカルナンバーや「リベルタンゴ」など、ウィーンのダンサーたちのお気に入りの曲をセレクト。ピアノの生演奏でレッスンしているかのような臨場感あふれるサウンドにこだわった、初・中級からプロフェッショナル・レベルまで使用可能なレッスン曲集です。
●ピアノ演奏:滝澤志野
●Vol.2、Vol.3監修:永橋あゆみ(谷桃子バレエ団 プリンシパル)
●発売元:新書館
●価格:各3,960円(税込)

配信販売中!

現在発売されている滝澤志野さんのベストセラー・CDを配信版でもお買い求めいただけます。
下記の各リンクからどうぞ。

★作曲家シリーズ
♪Dear Tchaikovsky https://linkco.re/pEHd0G2A?lang=ja

★「Dramatic Music for Ballet Class」シリーズ

★滝澤志野さんのアーティスト情報ページはこちら

この記事を書いた人 このライターの記事一覧

大阪府出身。桐朋学園大学短期大学部ピアノ専攻卒業、同学部専攻科修了。2004年より新国立劇場バレエ団のピアニスト。2011年よりウィーン国立バレエ専属ピアニストに就任。 レッスンCD「Dramatic Music for Ballet Class」Vol.1、2、3、「Dear Tchaikovsky~Music for Ballet Class」、「Dear Chopin〜Music for Ballet Class」をリリース(共に新書館)。国内のバレエショップを中心にベストセラーとなっている。2023年7月大阪・東京で初のピアノソロリサイタルを開催。初のピアノソロアルバム「Brilliance of Ballet Music~バレエ音楽の輝き」も同時発売。

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