Singulière Odyssée(振付:ソル・レオン、ポール・ライトフット)©️Rahi Rezvani
いよいよ今週末(2019年6月29日)より、ネザーランド・ダンス・シアター(NDT)来日公演が始まる。
これは間違いなく、今夏私たちが観るべき舞台のひとつだ。
参考記事:「NDTとはいかなるカンパニーなのか」ポール・ライトフット芸術監督インタビュー
今年で創立60周年。
設立当初よりコンテンポラリー作品のみを上演するバレエ団として独自路線を貫くNDTは、いまや世界で最も成功したダンス・カンパニーとして知られる。
日本でも抜群の知名度を有しながら、2006年を最後に来日が途絶えていたNDT。
13年の時を経て、彼らはどんな世界を私たちに見せてくれるのかーー。
去る6月11日、東京・港区のオランダ王国大使館で、NDT記者会見が開催された。
その後、バレエチャンネルではポール・ライトフット芸術監督およびNDT1で活躍する日本人ダンサー・刈谷円香にインタビュー(小社含め4媒体での合同取材となった)。
これらふたつの取材のもようを併せてお届けする。
記者会見レポート
2019年6月11日。梅雨の晴れ間、庭の緑が目に鮮やかなオランダ王国大使館内の大使公邸で、記者会見が行われた。
©︎Ballet Channel
- 【登壇者】
- ポール・ライトフット(NDT芸術監督、専任振付家)
刈谷円香(NDT1所属ダンサー)
中村恩恵(振付家・ダンサー、元NDT1所属)
小㞍健太(振付家・ダンサー、元NDT1所属)
唐津絵理(愛知県芸術劇場シニアプロデューサー)
以下、登壇者の談話を抜粋で紹介する(発言順)。
●唐津絵理
©︎Ballet Channel
NDTは日本でも大変人気が高く、日本人ダンサーもたくさん輩出しています。今回は13年ぶりの来日公演ですが、私たち愛知県芸術劇場はこれまでもずっと日本での上演を望んできました。しかし諸々の経済的な問題、それからこれは非常に大きなプロダクションで、50人ものダンサーによる引っ越し公演ということになります。また演目も4作品あり、舞台も装置も非常に大掛かりで、なかなか実現するのが難しかったという背景があります。しかし5年ほど前から、なんとかこの公演を日本で上演できないかと模索を続けてまいりまして、今回愛知と神奈川で実現できる運びとなりました。
●ポール・ライトフット
©︎Ballet Channel
NDTは進化・変化するカンパニーです。1959年の創立の時点から、私たちにとって重要な柱は「クリエイティビティ、創造性」そして「古典バレエの伝統とコンテンポラリーを掛け合わせること」。これら2つの柱がいまでも私たちの拠り所となっています。
もちろん、この素晴らしい日本との関係は、私たちの前の芸術監督である天才的振付家、イリ・キリアンによるところが大きいと思っています。
しかしみなさまと離れていた13年間のあいだに、私たちは新たなフェーズ、新しい時代に入りました。私と共同振付家のソル・レオンの作品だけでなく、たくさんの若い振付家が作品を創ります。それらを今回みなさまにお目にかけます。
《上演作品について》
①『シュート・ザ・ムーン』
これはソル・レオンと私の作品です。これはどちらかというとバレエというよりはプレイ(芝居)に近い、演劇的な作品です。3つの部屋があり、装置からして非常にシアター的。その3つの場所が回転しながらシチュエーションが変わっていきます。それだけでなく実はカメラが隠されておりまして、客席から見えない部屋での出来事も映像で映し出す、という趣向になっています。
Shoot the Moon(振付:ソル・レオン、ポール・ライトフット) ©️Rahi Rezvani
②『ウォーク・アップ・ブラインド』
③『ザ・ステイトメント』
私とソルの作品以外の2作品は、私たちのアソシエイト・コレオグラファー、いわゆる専属振付家によるものです。マルコ・ゲッケの『ウォーク・アップ・ブラインド』、そしてクリスタル・バイトの『ザ・ステイトメント』。彼らはいま世界で最も注目されている振付家で、NDTには毎シーズン1作ずつ作品を提供して下さっています。
クリスタルとマルコは2つの全く異なる世界を代表するかのようで、非常に極端に違います。
マルコは極めて変わった人で、ダックスフンドを連れてリハーサルに来ます。彼は黒いコートと黒いサングラスをかけているのですが、さらに照明を消し、スタジオを真っ暗にして、ダンサーに近づきジーッと見ていく。極度に繊細な人です。しかしユーモアと魅力に溢れる温かい人間で、彼の振付のスピード感やテクニックは非常に素晴らしい。ダンサーと一緒に作品を創るプロセスがとても好きなようですが、出来た作品を自分で見ているのかどうかは、僕も知りません(笑)。たぶん、舞台袖で静かに見ているのかもしれませんね。
「マルコはこうやってジーッと…」ゲッケの真似をしてみせるライトフット ©︎Ballet Channel
今回上演する『ウォーク・アップ・ブラインド』もバーチュオーソ的で非常にスピード感のあるテクニカルな作品ですが、同時にダンサーの情感を見事に引き出しています。観ていただくと、とても感動しますよ。
Woke up Blind(振付・マルコ・ゲッケ) © Rahi Rezvani
マルコは非常に抽象的なダンスを創りますが、クリスタル・バイトはその真逆。とてもメッセージ性の高い作品を創ります。現在のコンテンポラリーの世界において、非常に革新的な女性だと思います。そして作品を創るスピードがとても速く、今回の『ザ・ステイトメント』は9日間で創りました。ジョナサン・ヤング(カナダのエレクトリック・シアター芸術監督)のテキストを使った短編で、唯一無二の特別な作品です。
The Statement(振付:クリスタル・パイト) © Rahi Rezvani
④『サンギュリエール・オディセ』
こちらも私とソル・レオンの作品です。私がヨーロッパに旅した時、チューリッヒからルクセンブルグに行く途中に、スイスのバーゼルを通りました。ここは鉄道の要で、フランス、スイス、ドイツがちょうど重なるところなんですね。その待合室を、まさにこの舞台装置は再現しております。
この作品は、動く、ムーヴメント、移動するということの意味を扱っています。ヨーロッパにいると移動がとても多く、移住も多いし、難民の方もいらっしゃる。かと言ってこれは社会的なメッセージを持っているわけではありません。ただ、人々はいつも流れては消えていく。そういう動きを表現したくて創りました。
Singulière Odyssée(振付:ソル・レオン、ポール・ライトフット)©️Rahi Rezvani
●刈谷円香
©︎Ballet Channel
私はオランダで踊って5年目になるのですが、この時期に13年ぶりとなる日本のツアーに参加できるのが夢のようです。NDTと共に日本で踊るというのは、本当にずっと願ってきたことでした。今回の公演はたくさんの方が協力してくださり実現していることなので、感謝の気持ちでいっぱいです。
私は『シュート・ザ・ムーン』に出演します。これは5人のダンサーが踊る作品で、そのうち女性は2人。私が踊らせていただくのは黒いドレスのほうで、もう一人は明るいピンクのドレスを着ています。どこか同じ女性のことを描いてるようで、でも違う年代のキャラクターのようにも感じられます。私たち2人の女性が一緒に踊るシーンはありませんが、私はどこかリフレクションしていると思いながら踊っています。5人のダンサーそれぞれの感情や、それぞれの男女の関係性というものが、とても強く出ている作品だと思います。
Shoot the Moon(振付:ソル・レオン、ポール・ライトフット) © Rahi Rezvani
●中村恩恵
©︎Ballet Channel
私がダンスシアターを辞めて20年が経ちます。この20年間、私はダンスシアターで学んだことをベースに、また新たに自分の踊りというもの、もしくは振付というものを模索してきました。1〜2年ほど前に子どもと一緒にオランダを訪れ、私がフリーランスになってからいつも拠点にしていた劇場に遊びに行ったら、若い人たちが「NDTがすごくいいパフォーマンスをしていて、今日がその最後だから行くといいよ!」ってすごく薦めてくれて。それで劇場に向かうバスにもすごくたくさんの若い人たちが乗っていて、その日のパフォーマンスについて本当に楽しそうに語っていました。いまのNDTにはもう私の知っているダンサーは1人しか残っていなくて、自分がいた頃とはもう全然違うカンパニーのようだけれども、やっぱり自分はここの出身なんだな、と感じます。
●小㞍健太
©︎Ballet Channel
僕がNDTを離れてからもう10年くらい経ちます。僕がいた間にはできなかった日本公演が、ついに実現するんだなと。すごく楽しみでもある一方で、やはり自分の国で踊るというのはすごく特別なことなので、「あああ、やりたかったな!」っていう気持ちも正直あります(笑)。でも、本当にたくさんの方に見ていただきたい公演です。
僕は辞めてからもオランダでの仕事が定期的にあったので、毎回NDT1の公演や、ジュニアカンパニーであるNDT2の公演も観ていました。それで円香ちゃんの公演もNDT2の時から見てるので、勝手に“お兄さん”のような気持ちでいます(笑)。
NDT2は公演回数も多く、プログラムが突然変更になることもよくあり、過酷なんですね。またキャスティングされるのも男性の方がちょっと多い。だから若い女性がNDT2で生き抜いてNDT1に入るっていうのは、肉体的にも精神的にもすごくタフなこと。それを見事に通り抜けたのが、いまNDT1で踊っている刈谷円香ちゃんや高浦幸乃(たかうら・ゆきの)ちゃんです。
NDTの公演を見るたびに、ダンサーたちが輝いて、どの時代も自分を全力で出すってことを全うしているダンサーたちを、あらためて素敵だなと感じます。
©️Ballet Channel
ライトフット芸術監督&刈谷円香 インタビュー
©︎Ballet Channel
- ライトフット芸術監督にお聞きします。NDTは数多くの作品を上演していますが、作品の良し悪し、採用・不採用を決める基準は?
- ライトフット 私はNDTの専任振付家でもありますので、自分の創る作品についてお答えします。私の場合はいつも、同じく専任振付家のソル・レオンとの共同振付で作品を創っていますので、“夢”も“現実”も、全部2つずつあるんです。“手”も“椅子”も“恋”も“創造性”も、全部2つ。僕はどちらかというと夢見るタイプで(笑)、自分のなかにたくさんのアイディアがあり、それらをとにかくたくさん出す。そしてソルがそれらを非常に上手く編集し、いい意味で壊してくれたりしながら、作品を形にしていきます。
僕はいまでも、「ああ、自分はまだ“バレエ”というものをわかっていない」と思うことがよくあります。もちろん、出来上がった作品を見て、すぐに「これは素晴らしい!」と思う時もありますが、一度見てもわからない、もう一度見てもまだわからない、そしてしばらくするうちに、その作品の重要さに気づき、愛おしさが増してくるということもあります。
つまり、作品の良し悪しを判断する明確な“基準”のようなものはありません。ある人にとっては大した作品でなくても、僕はものすごく好きだということもある。スペインの言葉で、「“好み”に関する本はない」という言葉があります。ことダンスのような芸術作品に置いて、“好き・嫌い”や“良い・悪い”を測る教科書はないと思います。
- NDTは「クラシック・バレエ」と「コンテンポラリー」を結びつけることを大事にしていると伺いました。その一方で、60年前の創立当初から、あくまでもコンテンポラリー作品のみを上演してきたカンパニーでもありますね。NDTにおける「クラシック・バレエ」と「コンテンポラリー」の関係について、もう少し詳しく聞かせてください。また、クラシック作品にはない、コンテンポラリーならではの魅力とは何でしょうか?
- 刈谷 NDTというカンパニーは、いまから60年前、アムステルダムにあるオランダ国立バレエで踊っていたダンサーたちが独立して始まりました。オランダ国立バレエは古典を上演するカンパニーで、彼らは「もっと前衛的なものを踊りたい」といって独立したそうです。つまりNDTはベースにまずバレエがあり、そのさらに先にあるもの、いまこの時代に適切なものを求めて始まったカンパニー。だからいまでも、基礎としての“クラシック”と現代のダンスである“コンテンポラリー”の間に橋を架けているようなスタイルが多い、ということだと思います。
私たちが踊るダンスは、クラシック作品のようなストーリー・バレエとは違い、例えばいま起こっている社会問題などを取り扱うこともあります。
いま起こっていることを、いま生きてる人たちに見てもらうーー私は踊っていて、そういう感じがします。何百年前の作品ではなく、いまできたものを、いま生きている人たちとシェアできること。それが私にとってはすごく魅力ですし、私が観客であったとしても、そういう作品を見た時、やはり心に残ります。
- ライトフット 僕らはクラシック・バレエを単に“テクニック”として使っているだけ、という意識ではないんですよ。僕はこう信じています。例えば画家でも小説家でも作曲家でも、長く伝承されてきた古典的な技術をまったく使わずに、優れた作品を生み出すことはできない、と。絵筆にはやはり正しい持ち方というものがあり、それができなければ、その人はぐちゃぐちゃな絵しか描けないのです。
僕自身は英国ロイヤル・バレエ・スクールでバレエを学びました。ここで正統的なクラシック・バレエをしっかりと訓練していただき、僕は自由になるための道具をもらいました。いまでもクラシックの見事な踊り手を見ると本当に胸が踊るし、古典バレエには大きな尊敬の念を持っています。でも、そこは自分の世界ではない。僕はクラシックという揺るぎない土台から、自分たちの可能性や新しい世界の扉を開きたい。
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- 刈谷さんに質問です。NDTに入りたいと思ったのはなぜですか?
- 刈谷 NDTを知ったのはドイツのパルカシュレという学校に留学した時です。私は日本ではクラシックしかやっていなかったのですが、この学校ではカリキュラムとしてコンテンポラリーとクラシックを50:50の割合でやっていました。またやはりヨーロッパなのでコンテンポラリーのカンパニーを観る機会も増え、私の世界もバッ!と広がって、「こういうスタイルも踊っていてすごく楽しい」と感じるようになったんです。最初は苦手意識もあったのですが。
それで卒業の年になると、クラスメイトのほぼ全員がNDTのオーディションを受けに行っていたんですね。私も受けようかと思ったんですけど、その時はまだ自信がなくて。クラスメイトはみんなNDTに夢中で、みんな大ファンなんですよ。NDTがもう“ドリームカンパニー”だったので、クラスの中で私を含む2名以外、全員がNDTのオーディション受けにいって。私もすでにNDTが大好きだったけど、どうしても自信がなくて、その時はチューリッヒのジュニアカンパニーに受かり、まずはそこに入りました。チューリッヒでは『白鳥の湖』などのクラシックも踊りつつ、ネオクラシックの新作を振付家と一緒にスタジオで創り上げていく経験もできました。そこで2年間過ごしたのですが、NDTはまずNDT2という若いメンバー向けのグループに入るのに、年齢制限がありまして。その年が私にとってNDTに挑戦できる最後のチャンスだったので、「もう今しかない!」と。
そこでさっそく、当時チューリッヒの芸術監督だったクリスティアン・シュプックに相談しに行きました。すると彼は「円香は僕のこのカンパニーで踊っているより、NDTに行った方がもっと羽を広げて成長していけると思うよ」と背中を押してくださって。何もかもが、恋愛ではないけれどまるで“両想い”になったようでした(笑)。
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- オランダでは、NDTの公演に来る観客はどのような人が多いのでしょうか? 年齢層、男女比など。
- ライトフット NDTには3つの“顔”があります。世界の中の顔、国内の顔、そして地元の顔。地元に関しては、割と古い世代の観客が多いです。それこそ1960年代、70年代からずっと観てくださっているようなオールドファンですね。それがオランダ国内という範囲になると、もう少し若い人が増えてきて、男女の比率もバランスが取れていると思います。そして国際的には老若男女、ありとあらゆる客層が観に来てくれています。しかし僕は、やはり若い世代に向けてより意識的にアピールをしなくてはと力を入れています。未来の世代ですからね。どこのカンパニーでも同じだと思いますが。
- 日本公演の公式ウェブサイトに掲載されている金森譲さんのインタビューに、「ポールとソルが作る作品は、なぜかいつもタイトルが“S”で始まる」とありました。今回も『シュート・ザ・ムーン(Shoot the Moon)』と『サンギュリエール・オディセ(Singulière Odyssée)』でやはり“S”から始まります。これはなぜですか?
- ライトフット 僕は昔からヒッチコックの映画が大好きで。ご存じの通り、彼は自分の映画のどこかにいつもちらりと登場するわけですが、僕は「今回の映画はどこにヒッチコックがいるかな?」と探すのが楽しみだったんです。そんなふうに、違う作品でもどこかに繋がりがあるのはとてもいい。実はソルは「作品にタイトルはいらない」と言っていたんです。でも僕はタイトルをつけたくて、「じゃあソル(Sol)さんの“S”を取って付けてみようかな」と(笑)。それがだんだんジンクスのようになってきたのと、さらに僕には「サラ」という名前の娘がいまして(笑)。いまは彼女が僕のボスだから、ずっと“S”を冠し続けているわけです(笑)。
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公演情報
愛知公演 |
会場:愛知県芸術劇場 大ホール(愛知芸術文化センター 2階)
日時:2019年6月28日(金)14:00、6月29日(土)14:00
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神奈川公演 |
会場:神奈川県民ホール 大ホール
日時:2019年7月5日(金)19:00、7月6日(土)14:00
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上演作品 |
1.「Singulière Odyssée」
サンギュリエール・オディセ
振付:ソル・レオン、ポール・ライトフット、音楽:マックス・リヒター
2.「The Statement」
ザ・ステイトメント
振付:クリスタル・パイト、音楽:オーエン・ベルトン
3.「Woke up Blind」
ウォーク・アップ・ブラインド
振付:マルコ・ゲッケ、音楽:ジェフ・バックリィ
4.「Shoot the Moon」
シュート・ザ・ムーン
振付:ソル・レオン、ポール・ライトフット、音楽:フィリップ・グラス
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詳細 |
http://taci.dance/ndt/ |