パリ・オペラ座 ――それは世界最古にして最高峰のバレエの殿堂。バレエを愛する私たちの聖地!
1661年に太陽王ルイ14世が創立した王立舞踊アカデミーを起源とし、360年の歴史を誇るオペラ座は、いわばバレエの歴史そのもの と言えます。
「オペラ座のことなら、バレエのことなら、なんでも知りたい!」
そんなあなたのために、マニアックすぎる連載 を始めます。
「太陽王ルイ14世の時代のオペラ座には、どんな仕事があったの?」
「ロマンティック・バレエで盛り上がっていた時代の、ダンサーや裏方スタッフたちのお給料は?」
「パリ・オペラ座バレエの舞台を初めて観た日本人は誰?」 etc…
……あまりにもマニアックな知識を授けてくださるのは、西洋音楽史(特に19〜20世紀のフランス音楽)がご専門の若き研究者、永井玉藻 (ながい・たまも)さん。
ディープだからこそおもしろい、オペラ座&バレエの歴史の旅。みなさま、ぜひご一緒に!
イラスト:丸山裕子
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研究者にとって、資料が集まる図書館や資料館は、まさに「宝の洞窟」。地域の図書館はもちろんのこと、大学図書館や国立国会図書館レベルになると、普段はお目にかかれないような貴重な書籍や、この世に一点しかないレア資料に出会えることも少なくありません。
フランスにもそうした素晴らしい資料館がたくさんあり、中でも国立図書館(Bibliothèque nationale de France、略称BnF) は、修士・博士課程での研究を進める学生ならば、一度ならずお世話になった懐かしの場所のはず。パリ13区にある本館のフランソワ=ミッテラン館、近ごろリニューアルした2区のリシュリュー館などに、朝から晩まで篭っていた方も多いのではないでしょうか。
フランス国立図書館の新本館、フランソワ=ミッテラン館。開いた本の形をした4つの棟から成っています ©️Arthur Weidmann
じつはこのフランス国立図書館には、オペラ座に特化した部門 と、音楽資料に特化した部門 が存在します。本連載でも、これらの部門の所蔵資料はたびたび登場してきましたが、オペラ座に興味のある方にとっては特に、音楽部門とオペラ座図書館は、興味をそそる場所でしょう。今回は、フランス国立図書館が誇る、この2つの部門についてご紹介します。
パレ・ガルニエ内の資料館、オペラ座図書館
まずは、パリ・オペラ座とその関連事物に特化した資料を多く所蔵する、オペラ座図書館(Bibliothèque-musée de l’Opéra、略称BmO) から見ていきましょう。1875年のパレ・ガルニエの開場から3年後の1878年、パリでは3回目の万国博覧会が開催され、その際に、さまざまな劇場で使用された舞台装置を展示する「舞台博覧会」が行われました。大変な好評を得たこの企画の発案者は、バレエ《コッペリア》の台本を執筆したシャルル・ニュイッテル (ヌイッターとも、1828-1899)。当時、ニュイッテルはオペラ座のアーキヴィスト(文書の収集や保存・管理を行う専門職)を務めており、彼はパレ・ガルニエの中に、オペラ座の豊かな歴史資料を恒常的に保存・展示できる博物館を作ることを発案したのでした。
じつは、オペラ座のそうした貴重な資料を保存する場自体は、それよりも以前からありましたし、図書館も1866年から稼働していました。ニュイッテルは、そうした場所がガルニエの中に必要だ、と考えたのですね。その後、1882年には図書館の閲覧室が整備されて、公開に至ります。
オペラ座図書館 ©️Tamamo Nagai
貴重な蔵書がずらり ©️Tamamo Nagai
現在、オペラ座図書館へは、一般の劇場見学者と同じルートで劇場内に入り、3階の入口を目指します。閲覧室に入るにはBnFの研究パスを所持している必要があるため、劇場見学のチケットのみでは、残念ながら入室や資料の利用はできません。しかし、図書館の一部はパレ・ガルニエの見学者にも解放されており、日中の劇場見学が可能な時間帯には、金網越しにその貴重な所蔵資料のごく一部を見ることもできます。また、毎年9月に行われている「ヨーロッパ文化遺産の日」などの機会に、閲覧室を見学できる場合もあります。
このオペラ座図書館、資料館にも関わらずWi-Fiがない、椅子が木製・クッションなしで長時間座ると痛いなど(笑)欠点もあるのですが、シャンデリアが吊り下げられた高い天井は解放感があり、席数も利用者も少ないため、街中や劇場内の喧騒から離れて静かに作業ができる、素敵な場所です。私も留学中から幾度となくお世話になり、また今でも、パリ滞在時には足繁く通っています。
オペラ座図書館の中。天井を見上げれば美しいシャンデリアが ©️Tamamo Nagai
フランス国内の超一級音楽資料がゴロゴロ、音楽部門
オペラ座図書館とともに外せないスポットのBnF音楽部門。こちらのほうが馴染み深い! という研究者が圧倒的に多いのは、オペラ座関連の資料に特化しているオペラ座図書館とは異なり、音楽全般、特に楽譜などの資料が集結するのが音楽部門だから、でしょう。所在地はパリ2区の日本食屋さんが多い界隈で、以前は「ルーヴォワ館」と呼ばれる、ちょっとそっけない建物の中にあったのですが、2022年9月にリシュリュー館がリニューアルオープンしたのを機に、音楽部門もリシュリュー館内へお引越ししたようです。こちらの音楽部門の利用・閲覧室入室も、BnFの研究パス所持者に限られます。
フランス国立図書館のリシュリュー館 Façade de la BnF I Richelieu, côté rue Vivienne © Jean-Christophe Ballot / BnF / Oppic
こちらの音楽部門が設立されたのは、第二次世界大戦中の1942年。所蔵資料は多岐に渡り、特定の作曲家や演奏家、音楽関係者に特化した、同じ出どころからの資料群(「フォンfond」と呼びます)も数多くあります。楽譜の資料も、印刷し出版されたものもあれば、作曲家自身が書いたメモ書きのような楽譜、印刷所へ送るための浄書譜など、さまざまな種類がありますし、資料の作成年代も15世紀ごろから現代まで、実に多様です。
こうした資料のうち、ネット上での公開時期を迎えたものについては、BnFのデジタルアーカイブである「ガリカGallica」からも検索・閲覧ができます。そのため、日本にいながらにして、ドビュッシーのピアノ曲や、モーツァルトの代表的なオペラ《ドン・ジョヴァンニ》などの自筆譜を細部まで見られるのです! うーん、素晴らしすぎる。ただし、著作権が切れていないものや、そのほか様々な理由によってGallicaにはアップされていない資料も多いので、直接閲覧もまだまだ必要な状態ではあります。
リシュリュー館の内観 Salle Ovale, nouvelle salle de lecture ouverte à tous de la BnF I Richelieu © Jean-Christophe Ballot / BnF / Oppic
余談ですが、私がBnFの音楽部門に初めて足を踏み入れたのは、大学院の修士課程2年生の時でした。修士論文執筆のため、夏休みを利用して資料調査を行ったのですが、渡仏前に大学院の先生に言われたのは、「作曲家の自筆譜を初めて間近に見ると興奮するから、とにかく落ち着いて、深呼吸してから調査に取り掛かること」(笑)。今でも、待ちに待った資料が運ばれてきた瞬間や、長年探していた資料を見つけた時には、言いようのない高揚感に包まれますが、その度に先生の言葉を思い出して戒めとし、喜びの舞を踊りたくなる衝動を押さえています。
資料を見られる機会もある
さて、上述のとおり、普段この両部門が所蔵する貴重な資料にアクセスできるのは、研究パスの所持者なのですが、一般のバレエファンも、その至宝を目にすることができる機会があります。それは、毎年オペラ座内や、その他の場所で開催されているオペラ座関係の展覧会。しかも日本では、2022年11月5日〜2023年2月5日 まで、東京・八重洲のアーティゾン美術館 で、両部門から200点ほどの資料が出展された展覧会「パリ・オペラ座ー響き合う芸術の殿堂」 が開催されているのです! ドガやマネの作品など、オルセー美術館など所蔵の絵画作品も展示されており、ドガの《バレエの授業》 (1873〜76年製作)などは、バレエファンにとって必見の作品でしょう。他にも、前回の連載 で取り上げた《悪魔のロベール》 の第5幕の三重唱を描いた作品などもあるそうですので、この機会に、BnFの素晴らしい財産を堪能するのはいかがでしょうか。
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★次回は2023年1月5日(木)更新予定です