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【マニアックすぎる】パリ・オペラ座ヒストリー〈第14回〉1820年代、オペラ座衣裳部門の倉庫に潜入!

永井 玉藻

パリ・オペラ座――それは世界最古にして最高峰のバレエの殿堂。バレエを愛する私たちの聖地!
1661年に太陽王ルイ14世が創立した王立舞踊アカデミーを起源とし、360年の歴史を誇るオペラ座は、いわばバレエの歴史そのものと言えます。

「オペラ座のことなら、バレエのことなら、なんでも知りたい!」

そんなあなたのために、マニアックすぎる連載を始めます。

  • 「太陽王ルイ14世の時代のオペラ座には、どんな仕事があったの?」
  • 「ロマンティック・バレエで盛り上がっていた時代の、ダンサーや裏方スタッフたちのお給料は?」
  • 「パリ・オペラ座バレエの舞台を初めて観た日本人は誰?」 etc…

……あまりにもマニアックな知識を授けてくださるのは、西洋音楽史(特に19〜20世紀のフランス音楽)がご専門の若き研究者、永井玉藻(ながい・たまも)さん。
ディープだからこそおもしろい、オペラ座&バレエの歴史の旅。みなさま、ぜひご一緒に!

イラスト:丸山裕子

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1820年代、オペラ座衣裳部門の倉庫に潜入!

華やかなバレエの舞台に欠かせない重要アイテムの一つ、衣裳。動きやすさを重視しつつ、作品や演出の方向性に沿ってていねいに作られた衣裳は、踊り手を美しく見せ、作品の世界観を支えてくれます。発表会前などに衣裳をつけて踊ると、それだけで気分が大盛り上がり!という読者の方も多いのではないでしょうか。たとえ踊らなくても、バレエの衣裳にはそれだけで素敵な魅力がありますよね。

そうした公演用の衣裳を、19世紀のオペラ座で制作・管理していたのが、劇場の衣裳部門でした。そこに所属していた人々については、本連載の第10回でも簡単にご紹介しましたが、そのころのオペラ座の公演衣裳は、どのような素材を使用して作られていたのでしょうか? 今回は1820年に作成された、オペラ座衣裳部門の倉庫保管商品目録を参照しながら、18世紀後半〜19世紀初頭の舞台衣裳とその素材についてご紹介します。

カマルゴからビゴッティーニまで バレエの衣裳の変化

18世紀後半から19世紀前半は、バレエの衣裳にさまざまな変化が起きた時期です。とくに女性ダンサーの衣裳は、注目すべき点が多かったと言えるでしょう。たとえば、18世紀フランスのスター・ダンサーの一人だったマリー・カマルゴ(1710-1770)は、自身の優れた足の技巧を見えやすくするために、スカートの丈をくるぶしの上までの長さに詰めました。当時の上流階級の女性服は、つま先が隠れる長いスカート丈が基本で、舞台衣裳も同様です。そのため、足元がはっきり見えるカマルゴの衣裳は、観客に大きな驚きを呼びました。

マリー・カマルゴ(1710-1770)

そのカマルゴのライバルだったマリー・サレ(1707-1756)も、衣裳に関して大胆なチャレンジを行ったと言われています。18世紀後半の女性は、コルセットを使って上半身のラインを強調していましたが、サレはそのコルセットを使わず、さらに肌が透けるような薄い素材のドレスで舞台に立ったことがあり、観客が衝撃を受けた、という逸話が残っています。

マリー・サレ(1707-1756)

革命の時期を経てナポレオンが皇帝になった1800〜15年ごろには、富裕層の女性の服装の影響を受けて、舞台衣裳にもまた変化が起きました。この時期、スカートを大きく膨らませていたパニエがなくなり、さらにコルセットが着用されなかったこともあって、胸下あたりからスカートが長く広がるスタイルの服装が、上流階級の女性たちの間で大流行しました(「エンパイア・ライン」と呼ばれるタイプのドレスですね)。そのため、連載の第9回でご紹介したナポレオンの推しダンサー、エミリー・ビゴッティーニも、しばしばこうした衣裳スタイルで描かれています。ただし、このナポレオン時代のドレスは薄いモスリン生地で作られていたため、1803年の冬には多くの女性が肺炎にかかって死亡したのだとか……。

こうした時期を経たあとの1820年に作成されたのが、今回参照する資料の「1820年11月1日の衣裳部門倉庫に存在する商品の目録とその状況Inventaire et Etat de situation des Marchandises existant dans le magasin de l’habillement au 1er novembre 1820」です。当時のフランスでは、1814年にナポレオンが失脚したのち、ルイ16世の弟の一人だったプロヴァンス伯がルイ18世となり、王政が復活。しかし1820年には、王位継承者のベリー公がオペラ座での観劇後に暗殺される事件が起き、オペラ座はル・ペルティエ通りに劇場を建設し始めます。そんな時代に作成された衣裳部門の商品目録には、どのような生地や素材が登録されているのでしょうか?

生地、糸、リボン、さまざまな小物がいっぱい!

目録は表紙を含めて11ページから構成されており、比較的読みやすい綺麗な書体で127の品目が登録されています。資料内には目録が作成された理由などは書かれていませんが、目録の日付がル・ペルティエ通りへの劇場建設命令が出たあとの11月1日であることを考えると、新劇場建設のために倉庫内の整理などが行われ、その際に作成されたものである可能性も否定できません。品目は全てアルファベット順で記載されているため、倉庫の商品を全てチェックしたのちに、清書用として作成された目録であると考えられます。

「1820年11月1日の衣裳部門倉庫に存在する商品の目録とその状況Inventaire et Etat de situation des Marchandises existant dans le magasin de l’habillement au 1er novembre 1820」の表紙 フランス国立公文書館(Archives Nationales)所蔵 ©︎Tamamo Nagai

現在の舞台衣裳には、ナイロンやポリエステルといった合成繊維の生地も多く使われますが、19世紀前半は、まだそのような素材がなかった時代でした。そのため、目録でもまず目につくのは、コットンや絹、麻、羊毛といった天然素材の多さです。たとえば、長靴下(ストッキング)は「コットン製」と「絹製」の2種類が記載されていますし、ボタンは銅、金、銀、木、糸、金糸および銀糸、骨などさまざまな素材のものを使用していたようです。

さて、衣裳部門の倉庫で大多数を占めているのは、やはり生地やリボン、糸などの品目。ガーゼ、メリノ、モスリン、オーガンジー、絹地、タフタ、ラシャ、カシミヤ、コットン、サテンなど、多種多様な生地類の名が登場しており、これらは現代の私たちにも馴染み深いですね。リボンに関しても、スパンコール付きのもの、サテンのもの、ビロード製、タフタ製などと分けられています。このように、目録に記載された各商品は、素材や産地で区別されているものが多いです。例えば、タフタ地(絹織物の一種)については「イタリア製」と「フィレンツェ製」[1]の2つがありますし、ラシャ地(厚手の起毛毛織物)は「カルカッソンヌ製」や「シレジア製」など。中には、具体的な生地の種別名ではなく、「ドーフィネ」「サン=ジョルジュ」などの産地名で書かれている布地もあります。こうした地域は、いずれも古くから繊維加工業や織物産業で知られたところであり、19世紀前半のパリで流通していた服飾素材が、どのような地域で作られていたのかがわかります。

「1820年11月1日の衣裳部門倉庫に存在する商品の目録とその状況」の中の1ページ。最下段に「オーガンジー」の文字が見えます フランス国立公文書館(Archives Nationales)所蔵 ©︎Tamamo Nagai

目録にはさらに、服飾品やパーツ、飾り用のさまざまな小物など、舞台衣裳に欠かせない各種物品も登録されています。衣裳を美しく彩る飾り紐や各種素材のブレード(テープ状になっている装飾用のひも)、フリンジ、羽、いろいろなパール、玉飾りから、銅製のバッジ、各種グローブ、ベルト、帽子、ピン、王冠まで、その内訳は実に豊富。もちろん、この時期らしく目録にはコルセット用の張り骨の記載もあります。こうした装飾用のさまざまな小物は、当時の富裕層の服飾においても重視されたものでした。

舞台で踊るダンサーたちにとって、衣裳はいわば仕事服。見た目が美しいだけでなく、役になりきり、かつ舞台上で動きやすく快適であること、体にきちんとフィットしていることが重要です。そのため、伸縮性に限りがある天然素材しかなかった19世紀初頭の衣裳は、出演者にも色々と不便な点があったでしょう。また、天然素材の中には洗濯がしにくいものもあるため、手入れや保管にも大変な苦労があったはずです。

こうした舞台衣裳に関する長い歴史の中で培われた技術やデザインの保管、研究を行うため、フランスでは2006年に、国立の舞台衣裳センターが開業しました。現在は、オペラ座やコメディ・フランセーズなどでの公演で使用された舞台衣裳の中から選ばれたものが展示され、舞台衣裳全般の貴重なアーカイブとして企画展を催したり、オペラ座やその他文化施設での展覧会に衣裳を貸し出したりしています。

[1] イタリアとフィレンツェの区別があるのは、当時のイタリア半島の状況を反映してのものと考えられる。1815年のウィーン会議以降、ミラノやヴェネツィアなどの北イタリアは、主としてハプスブルク帝国の支配地域になり、フィレンツェを含む中部イタリアは教皇領となった。

★次回は2022年9月5日(月)更新予定です

参考資料

Archives Nationales. AJ/13/142, Inventaire et Etat de situation des Marchandises existant dans le magasin de l’habillement au 1er novembre 1820.

Auclair, Mathias et Ghristi, Christophe (dir.) 2013. Le Ballet de l’Opéra, Trois siècles de suprématie depuis Louis XIV. Paris, Albin Michel.

角田奈歩 2013年。『パリの服飾品小売とモード商 1760−1830』東京、悠書館。

フランス国立舞台衣裳センター Centre national du costume de scène ホームページ https://cncs.fr/collections-ressources/ (2022年7月12日最終閲覧)

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1984年生まれ。桐朋学園大学卒業、慶應義塾大学大学院を経て、パリ第4大学博士課程修了(音楽および音楽学博士)。2012年度フランス政府給費生。専門は西洋音楽史(特に19〜20世紀のフランス音楽)。現在、20世紀のフランス音楽と、パリ・オペラ座のバレエの稽古伴奏者の歴史研究を行っている。

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