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【第2回】ウィーンのバレエピアニスト 〜滝澤志野の音楽日記〜

滝澤 志野

ウィーン国立バレエ専属ピアニストとして、バレエダンサーを音楽の力で支えている滝澤志野さん。
彼女は日々の稽古場で、どんな思いを込め、どんな音楽を奏でているのでしょうか。

“バレエピアニスト”というプロフェッショナルから見たヨーロッパのバレエやダンサーの“いま”について、志野さん自身の言葉で綴っていただく月1連載。
日記の最後には、志野さんがバレエ団で弾いている曲の中から“今月の1曲”を選び、バレエチャンネルをご覧のみなさんのためだけに演奏した動画も掲載します。

美しいピアノの音色とともに、ぜひお楽しみください。

「マルグリットとアルマン」

6月に入り、猛暑が続くウィーン。冷房のない暑い暑いウィーン国立歌劇場で、いま私は『マルグリットとアルマン』公演にてピアノを弾いています。「椿姫」を題材に、ヌレエフとフォンティーンの為に1963年に振付けられた、英国ロイヤル・バレエ団の大切なレパートリーであるこの作品。

「マルグリットとアルマン」の公演プログラム

ロイヤル・バレエ団のコーチから写させてもらった楽譜の振付とカウントメモには、「マーゴのステップ」等と書かれてあり、作品が持つ重みとその尊さを思わずにはいられません。

昨シーズン初演時に、英国ロイヤル・バレエ団のコーチ、グラント・コイル氏と。細かいニュアンスを1ヶ月みっちりご指導いただきました

「マルグリットとアルマン」の楽譜

こちらの写真、楽譜に細かく数字が記されているのが見えますね。これはイギリスのバレエのひとつの特徴で、振付をカウントで捉えています。特にアシュトン作品はそう。作品が緻密に構築されている印象です。一方、フランス系譜のバレエでカウントを書き込んである譜面を見たことはなく、ルグリ監督も「クラシック作品をカウントで数えて踊ったことはない」と言います。彼らは音楽と空気で捉えています。バレエチャンネル・阿部さや子編集長ともお話ししたことがあるのですが、「イギリスのバレエは戯曲であり、フランスのバレエは詩篇である」説が、この作品を弾いているとひしひしと伝わってきます。バレエはその国の文化に密接に関わっているのです。

充実と重圧のはざまで

本番1時間前。ピアノのコンディションと響きを確かめます

『マルグリットとアルマン』では、リストの「ピアノソナタ ロ短調」をオーケストラと一緒に弾きます。ピアニストにとって最高難易度の曲である上、35分間に椿姫の人生が凝縮されていて、マルグリットの感情に心を揺さぶられる部分も大きい。公演のたびに身体と魂の全てを注いだという気持ちになります。

本番はモニターを見ながら、振付に合わせて弾いています

このように大きなソロを弾くことは、ピアニストとして幸せな反面、相当なプレッシャーもあります。ウィーン国立歌劇場はレパートリー制といって毎日演目が変わる劇場なので、初演時以外オーケストラとのリハーサルもありません。大きなプレッシャーと深い芸術的充足感。どちらもとてもディープなもので、私の場合、常に半々で均衡を保っている気がします。芸術の追求とは、崖っぷちに咲く花を摘みにいくようなものなのでしょうか。

昨年のヌレエフ・ガラのカーテンコールにて。英国ロイヤル・バレエ団のマリアネラ・ヌニェスとワディム・ムンタギロフとご一緒しました

この作品が生まれたエピソードに、こんな話があります。ある夜、アシュトンがラジオを聴いていたら、このリストのピアノソナタが流れてきたそうです。その瞬間、「これは椿姫にぴったりの音楽だ」と啓示を受け、作品を創作したといいます。いっぽう、「椿姫」の原作者アレクサンドル・デュマ・フィスは、恋人のマリーをモデルにこの小説を書きました。そしてマリーは、デュマと別れた後、リストの恋人になったそう。この曲があたかも台本に沿って作曲されたかのように物語に寄り添っているのは、実際に彼らが共に生き、共有した何かがあったからかもしれません。デュマ、マリー、リスト、アシュトン……点がひとつの線になって繋がっていて、運命的なものを感じます。

今月の1曲

ということで、今月の1曲は『マルグリットとアルマン』の一部をお届けします。 今回は、本番1時間前に、その日のピアノのコンディションと響きを確かめながら弾いているところを録りました。幕が上がる直前のピリッとした空気も一緒に味わっていただけたら幸いです。

今月末のヌレエフ・ガラを最後に、私たちは2018/19シーズンを終えます。ガラで上演されるヌレエフ作品をいくつか稽古で弾いているので、来月はヌレエフのことに触れたいと思います。

2019年6月20日 滝澤志野

★次回更新は7月20日(土)の予定です

 

ドラマティック・ミュージック・フォー・バレエ・クラス1&2 滝澤志野  Dramatic Music for Ballet Class Shino Takizawa (CD)
バレエショップを中心にベストセラーとなっている、滝澤志野さんのレッスンCD。Vol.1では「椿姫」「オネーギン」「ロミオとジュリエット」「マノン」「マイヤリング」など、ドラマティック・バレエ作品の曲を中心にアレンジ。Vol.2には「白鳥の湖」「眠れる森の美女」「オネーギン」「シルヴィア」「アザー・ダンス」などを収録。バー、センター、ポアント、アレグロなど、初・中級からプロフェッショナル・レベルまで使用可能なレッスン曲集です。
●ピアノ演奏:滝澤志野
●Vol.2監修:永橋あゆみ(谷桃子バレエ団 プリンシパル)
●発売元:新書館
●価格:各3,888円(税込)

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大阪府出身。桐朋学園大学短期大学部ピアノ専攻卒業、同学部専攻科修了。2004年より新国立劇場バレエ団のピアニスト。2011年よりウィーン国立バレエ専属ピアニストに就任。 レッスンCD「Dramatic Music for Ballet Class」Vol.1、2、3、「Dear Tchaikovsky~Music for Ballet Class」、「Dear Chopin〜Music for Ballet Class」をリリース(共に新書館)。国内のバレエショップを中心にベストセラーとなっている。2023年7月大阪・東京で初のピアノソロリサイタルを開催。初のピアノソロアルバム「Brilliance of Ballet Music~バレエ音楽の輝き」も同時発売。

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