『中国の不思議な役人』で「中国の役人」役を踊る大塚卓 ©️Shoko Matsuhashi
2021年11月6日・7日の両日、東京バレエ団による話題の舞台が上演される。
〈バレエチャンネル〉でも特集を掲載中の、金森穣演出振付の新作『かぐや姫』。現代バレエの巨匠イリ・キリアンが、作曲家・武満徹の音楽にのせて”夢”の不確かな世界を描き出す『ドリーム・タイム』。そして、モーリス・ベジャールが1992年に発表し、東京バレエ団でも財産的レパートリーとして踊り継がれている『中国の不思議な役人』だ。
ベジャール振付『中国の不思議な役人』は、バルトーク作曲のパントマイム劇を原作に、振付家自身が敬愛するフリッツ・ラングの映画のイメージを借りてバレエ化した作品。無頼漢を率いる首領(シェフ)と「娘」とその一味が、次々と人を襲っては残酷に身ぐるみを剥がしていく。しかし3番目に現れた「中国の役人」だけは、何をしても息の根を止めることができない。ついに娘がある行動をとった時、役人はようやく自らの思いを遂げ、息を引き取るのだったーー。
『中国の不思議な役人』リハーサルより。写真左から:池本祥真(娘)、柄本弾(シェフ) ©️Shoko Matsuhashi
『中国の不思議な役人』リハーサルより ©️Shoko Matsuhashi
一度観たら忘れられないほど濃厚で、強烈なインパクトを持つこの作品のタイトルロールを、今回は同バレエ団入団2年目の新星が任された。
彼の名は大塚卓。このところ大役への抜擢が続く注目のダンサーに話を聞いた。
大塚卓 ©️Shoko Matsuhashi
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バレエを始めたきっかけ、留学、そして東京バレエ団に入団するまでのこと
- 2020年4月に東京バレエ団に入団して、2021年にはソリストに昇格するなど大躍進中の大塚卓さん。バレエを始めたのは5歳の時とのことですが、きっかけは?
- 大塚 姉がバレエを習っていて、そのクラスの見学会に連れていかれたのがきっかけです。姉が踊ると家族のみんなが楽しそうな顔をするので、「僕もやりたい!」と。
- 日本のバレエスクールで学んだのち、2014年と2015年、17歳と18歳の時にローザンヌ国際バレエコンクールに出場。その後、ドイツのハンブルク・バレエ・スクールに留学したそうですが、留学のきっかけと、ハンブルクを選んだ理由を教えてください。
- 大塚 ローザンヌに出た際に、ハンブルク・バレエ・スクールからスカラシップをいただけることになったのが直接のきっかけです。もともと「バレエをやるなら、バレエの本場であるヨーロッパで学んで、ちゃんと上を目指そう」と考えてはいたのですが、当時はまだ具体的にどの学校で、という希望までは持っていませんでした。でも、日本で師事していた荒井祐子先生や遅沢佑介先生がともにハンブルク・バレエ・スクールの卒業生で、そこが素晴らしい学校であることは知っていましたし、スカラシップもいただけるとなったので、留学を決めました。
- 留学ではどんな収穫がありましたか?
- 大塚 「バレエが楽しい」と、初めて心の底から思えるようになりました。毎日バレエのことだけを考える生活も、スクールでたくさんの作品や仲間たちに出会えたことも、初めての一人暮らしも、すべて含めて楽しめたのは、バレエの道を志す上で大きな経験だったと思います。それからジョン・ノイマイヤーの作品をはじめ、いわゆる「クラシック・バレエ」ではない振付を多く学ぶようになって、自分はコンテンポラリー・ダンス的な動きがあまり得意ではないと気付かされたのも良かったです。だからこそ課題意識を持って頑張れたし、それをやったから今があるので。
- 2017年に同校卒業後は、ヨーロッパを離れてオーストラリアのクイーンズランド・バレエに入団しました。このカンパニーを選んだのはなぜですか?
- 大塚 やはり、そうは言っても僕には「クラシック・バレエのレパートリーをしっかり踊りたい」という気持ちがあったからです。ヨーロッパだと最近ではコンテンポラリー中心のカンパニーが多いので、それ以外の場所に視野を広げて探していた時、ふと思いついたのがクイーンズランド・バレエでした。芸術監督であるリー・ツンシンさんともローザンヌで出会っていて、僕のことを知ってくれているのもわかっていたので、思いきって「オーディションを受けさせてもらえませんか?」と連絡しました。リーさんはすぐに「じゃあ、こちらに来てレッスンを受けてみて」と言ってくれて、さっそくオーストラリアに向かい、オーディションとしてクラスに参加。幸いにも合格できて、入団することになりました。
- クイーンズランド・バレエには2017年に入団。2020年までの3年ほどの間にも、『ラ・バヤデール』ブロンズ像、『シンデレラ』のジェスター、『ロミオとジュリエット』のマンダリンなど、主要な役を踊っていますね。
- 大塚 ソロを踊る機会はたくさんいただけたのですが、主役とかパ・ド・ドゥを踊るような役はもらえませんでした。というのも、オーストラリアでは多くの男性ダンサーが身長180センチ超えの大柄体型であるのに比べて、僕はどうしても華奢だったからです。女性たちも骨格そのものが大きいので、僕と組めないわけではないけれど、見た目的なバランスがあまり釣り合わないんです。そのためにキャスティングされる役が限られてしまい、いつも残念だと思っていました。
- 日本に帰国しようと考えたのは、そのためですか? それとも、コロナ禍の影響ですか?
- 大塚 東京バレエ団に入団したのが2020年4月だから、コロナ禍のためと思われがちなのですが、じつはまったく関係ありません。僕はもともと将来的には日本で踊りたいと思っていて、いつ帰国・移籍するかはタイミングだけの問題でした。クイーンズランド・バレエは良いカンパニーだけど、いま言ったような理由で、僕が上を目指していくのはおそらく難しい。もう海外で3年間踊ったという実績も作ったことだし、そろそろ、もっといろいろな役に、アンダースタディとしてでもいいから挑戦させてもらえる可能性のある環境に行きたい。そう真剣に考えるようになって、帰国するなら今だと思いました。
- 移籍先として希望したのは、東京バレエ団一択だったのですか?
- 大塚 そうです。東京バレエ団は、スクール時代の恩師である溝下司朗先生がかつてプリンシパルや芸術監督を務めたところだというのがずっと念頭にあったし、海外ツアーに行ったり、ゲストダンサーや教師等の招聘がさかんだったりと、海外とのつながりが強いことも僕にとって大きな魅力でした。
『中国の不思議な役人』リハーサル中のひとコマ ©️Shoko Matsuhashi
「無」から激しい執着へ……表情にもテクニックにも頼らない表現を
- 大塚さんは2021年8月「子どものための『ねむれる森の美女』」で主役デビューを果たし、今回の『中国の不思議な役人』では、いよいよバレエ団の本公演でタイトルロールを務めます。「もっといろいろな役に挑戦したい」と望んできたことが、まさにいま、次々と実現していますね!
- 大塚 そう、なのですが……こんなにも早くチャンスをいただけるとは想像していなかったので、手放しで「嬉しい!」とは思えないのが正直なところです。ここでの僕のキャリアは、本格的にはまだ始まってもいないと思っていたし、自分としては、まずは2〜3年かけてある程度のレパートリーを一周して、二周目くらいで徐々にチャンスをいただけたらいいな……くらいに考えていました。だから、喜んだり不安になったりしている余裕もなくて、今はただ目の前に与えられた役を一つひとつ確実にやっていくしかないという状況です。
- それは意外です。というのも、東京バレエ団での初舞台の時から、大塚さんの踊りにはいつも「僕を観て!」という強い意志がみなぎっているように感じてきました。
- 大塚 もちろんチャンスをいただけたことはありがたいですし、任された以上、失敗はできない。周りにもお客様にも認めてもらえる結果を出さなくてはと思っています。
- 『中国の不思議な役人』は、「こんな作品は他に見当たらない」と思うほど極めて独特な作品ですが、リハーサルは順調ですか?
- 大塚 リハーサル指導には小林十市さんが来てくださっています。まずはとにかく身体に振りを入れるところから始まったのですが、「中国の役人」という役は、ステップが難しいわけでも超絶技巧があるわけでもありません。でも、例えば登場シーンで両手をパッと開いて震わせる、それだけの動きがとても難しい。どんなニュアンスで、観る人にどんなインパクトを与えなければいけないのか、イメージはできるのに、それを自分の身体で表現しようとすると、なかなかできないんです。超絶技巧のようなテクニックに頼ることもできず、小さな動きや「そこにどう居るか」だけで、役人が異質な存在であることを示さなくてはいけない。それがこの役のいちばん難しいところかもしれません。
また、この作品は登場人物どうしの「関係性」が重要で、娘がこう動くから役人はこう反応するというふうに、舞台上で起こるすべての動きがアクション−リアクションの関係で成り立っています。ところが最初に振付を覚えてしまっているぶん、つい相手のアクションを受けることなしに、自分の段取りだけで動いてしまいそうになる。そうすると作品が成立しなくなってしまうので、その点ももっと稽古をしていかないといけない部分です。
大塚卓(中国の役人)、池本祥真(娘) ©︎Shoko Matsuhashi
- 中国の役人という役も、他に似たタイプの役がひとつも思いつかないくらい強烈なキャラクターですね。この役を演じるにあたって重要なことは何でしょうか?
- 大塚 まず、役人には指で印を結ぶような独特のポーズがありますよね。あのポーズが役人を表しているので、それを正確に見せなくてはいけません。そして、最初はとにかく「無」でいること。帽子を目深に被り、その下にわずかに覗く目も伏せて、ただ無表情で動きをキチキチとこなしていく。それによって何を考えているのかわからない不気味さを醸し出せたらと。でも、そこから役人はしだいに娘に惹かれていき、徐々に感情が生まれてきて、激しく執着するようになります。だけど、その感情をわかりやすく表情に出してはいけない。そこがこの役の独特なところであり、難しさでもあります。
©️Shoko Matshuashi
- 役人の、あの無表情のまましだいにエスカレートしていく執着ぶりは、観るたびに夢に出てきそうな恐ろしさを感じます……。
- 大塚 しかも役人は、何度刺されても、首を締められても死にません。その様子に周りもだんだん「こいつ、やべえ……」と恐怖を感じるようになる。不気味ですよね(笑)。
- 音楽がバルトークであるところも、この作品の大きな特徴ですね。
- 大塚 バルトークの音楽でバレエを作るなんて、それだけでも驚いてしまいます。こうして作品を踊っていると、つくづく、ベジャールさんの音楽の使い方に脱帽します。
- 先ほど少しだけリハーサルを見学させていただきましたが、開始早々、十市さんが「音楽を聞いてから動いてはダメ。音と一緒に動かないといけない」とおっしゃっていたのが印象的でした。
- 大塚 そうなんです。チャイコフスキーやプロコフィエフのように心身に馴染みがあるわけでもなく、まだまだ拾えていない音があるなという自覚があります。だけど音と動きがピタリと合わないと、この作品は成立しない。だから今は毎日、家に帰ったらとりあえず作品に使われている楽曲を流して、ずっと聴いています。ひとつの作品を踊るためにこんなに音楽を聴き込むのは初めてかもしれません。
指導の小林十市と ©️Shoko Matsuhashi
- ところで大塚さんは、『中国の不思議な役人』に限らず、ベジャール作品のどんなところに魅力を感じますか?
- 大塚 僕自身はここに入るまでベジャール作品と言えば『ボレロ』くらいしか知らなかったのですが、入団して1年半ほどの間に、『M』、『ボレロ』、『ギリシャの踊り』、『ロミオとジュリエット』のパ・ド・ドゥ、そして今回の『中国の不思議な役人』と、5作品を経験させてもらいました。つまり「観る」よりも「踊る」ことでその魅力を知ったわけですが、ひと言で言うと、ベジャール作品は自分に合うな、と感じています。ベジャールさんの振付って、解放的なんです。動きに終わりがないというか、身体を最大限に使って感情や動きを表現できるというか。踊っていて「自由」を感じます。
- 最後に、これからの目標を聞かせてください!
- 大塚 このバレエ団でたくさんの作品や役を踊っていくことがいちばんの目標なのですが、いっぽうで僕は「ここだけの世界」にとどまりたくないとも思っています。例えば教えの仕事をして子どもたちともふれあいたいし、その教室の先生方ともどんどんつながっていきたい。発表会にゲスト出演して、僕と一緒に踊ることで子どもたちが上達したり夢をもったりしてくれるなら、それも自分が踊るのと同じくらい嬉しいことです。バレエを通じて人の役に立ちたいし、世界をできるだけ広げていきたい。そういうことも、僕の大きな目標です。
©️Shoko Matsuhashi
- 大塚 卓 Suguru OTSUKA
- 千葉県出身。5歳よりバレエをはじめる。2015年ドイツのハンブルク・バレエ・スクールに留学。同校を卒業後、オーストラリアのクイーンズランド・バレエに入団。『ラ・バヤデール』ブロンズ像、『シンデレラ』のジェスター、『ロミオとジュリエット』のマンダリン等を踊る。 2020年4月、東京バレエ団にセカンドソリストとして移籍。2021年ソリストに昇格。2021年11月6日・7日『中国の不思議な役人』主演、12月18日(鹿児島)・22日(香川)『くるみ割り人形』主演の予定。
公演情報
東京バレエ団 『かぐや姫』第1幕/『中国の不思議な役人』/『ドリーム・タイム』
【日時】
2021年11月6日(土)14:00
2021年11月7日(日)14:00
【会場】
東京文化会館(上野)
【予定されるプログラム(順不同)】
『かぐや姫』第1幕 世界初演
音楽:クロード・ドビュッシー
演出振付:金森穣
『中国の不思議な役人』
音楽:ベラ・バルトーク
振付:モーリス・ベジャール
『ドリーム・タイム』
音楽:武満徹
振付:イリ・キリアン
◆上演時間:約2時間15分(休憩含む)
【詳細・問合せ】
NBSチケットセンター(月-金 10:00~16:00 土日祝・休)
TEL:03-3791-8888
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