文/海野 敏(東洋大学教授)
第24 回 パ・ド・ブーレ(1)
■ポアントでの小刻みなステップ
この連載では回転技を8回、跳躍技を15回、2年以上にわたって紹介してきました。今回からは回転・跳躍以外の美技を紹介します。まずは、クラシック・バレエを代表する動きと言ってもよい「パ・ド・ブーレ」(pas de bourrée) を2回取り上げましょう。白鳥を演じるバレリーナの動きでお馴染みの、つま先立ちで小刻みに脚を動かして移動する、あのステップと言えばおわかりでしょうか。
実は、バレエのレッスン用語としてのパ・ド・ブーレは、多種多様なステップを含んでいます。鑑賞者としては、レッスン用語まで知っている必要はありませんが、ざっと説明します。
パ・ド・ブーレの基本は、「ポアントまたはドゥミ・ポアントでの足踏み」です。とても種類が多く、『バレエ用語辞典』(川路明編,東京堂出版)には50個以上も名前が列挙されています。また、この本によればパ・ド・ブーレは4つに大別でき、その4つとは、「途中で5番を経過するもの 」、「途中でスュル・ル・ク・ド・ピエまたはアン・ティル・ブッションを経過するもの 」、「5番または1番を保ったままのもの 」、「ランヴェルセを伴ったもの 」だと説明されています。
パ・ド・ブーレはフランス語で「ブーレのステップ」という意味ですが、この「ブーレ」は、17世紀のフランスで流行した宮廷舞踊の名前が由来です(注1) 。17世紀と言えば、バレエを愛したブルボン朝の国王、ルイ14世の時代。ブーレは、古くはフランス中南部、オーヴェルニュ地方の民俗舞踊でしたが、宮廷で踊られるようになって洗練されました。宮廷で踊られたブーレは、2拍子の速いテンポでステップを踏むのが特徴で、これがパ・ド・ブーレの起源です。
さて、今回と次回で紹介するのは、『バレエ用語辞典』の4分類のうち「5番または1番を保ったままのもの 」のみです。その他のパ・ド・ブーレはすべて割愛します。この「5番または1番のポジションで立ち、細かい足踏みで移動する」ステップは、正確には「パ・ド・ブーレ・クーリュ 」(~ couru)と言います(注2) 。パ・ド・ブーレ・クーリュは、前後左右、どの方向への移動も可能です。また、円を描いたり、蛇行したり、自由に舞台上を移動することができます(注3) 。
■作品の中のパ・ド・ブーレ
ここからは、ポアントでのパ・ド・ブーレ・クーリュを「パ・ド・ブーレ」と呼ぶことにします (注4) 。実際、鑑賞者の立場でパ・ド・ブーレと言えば、ポアントでのパ・ド・ブーレのことを指すことがほとんどです。ポアントですので、古典作品では女性ダンサー限定のステップとなります。
古典作品でパ・ド・ブーレが全く登場しないものは、まずありません。このステップは、動きのつなぎとしてよく使われます。しかし、バレエを鑑賞するならば、物語のある全幕作品で、パ・ド・ブーレが単なる動きのつなぎではなく、さまざまな演劇的表現のために使われている点に注目 すべきでしょう。パ・ド・ブーレはバレエの振付において、浮遊感、優雅さ、かわいらしさ、不安定な心情などを表現するために使われています。今回は、これらのうち「浮遊感」 に焦点を絞って、全幕作品に登場するパ・ド・ブーレを紹介しましょう。
そもそもパ・ド・ブーレは、ポアント・シューズ(トウシューズ)の発明と同時に、妖精や精霊の浮遊感を表現するために登場した と考えられています。19世紀前半、ロマンティック・バレエの時代 に、つま先立ちで小刻みに脚を動かして移動することによって、人間ではない存在が空中に浮かんで、ふわふわと漂うような感じを表せるようになったのです。
その典型が『ジゼル』の第2幕 です。まずミルタ がパ・ド・ブーレによる横移動で登場し、パ・ド・ブーレをふんだんに使ったソロを踊ります。その後に登場するウィリたち も、パ・ド・ブーレによる移動でフォーメーションを変えてゆきます。もちろん主役ジゼル の踊りも、パ・ド・ブーレ満載の振付です。
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パリ・オペラ座の『ジゼル』第2幕よりミルタのソロ 。演じているのはオニール八菜 です。パ・ド・ブーレが見られるのは30秒から。ウィリの浮遊感を見事に表現しています。
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同様のことは、『ラ・シルフィード』 の主役とシルフたち についても言えます。現在踊られている代表的な『ラ・シルフィード』には、タリオーニ/ラコット版とブルノンヴィル版があり、この2つは音楽も振付もだいぶ異なりますが、主役の踊りと第2幕の群舞の振付にパ・ド・ブーレが多用されている点は同じ です。
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イングリッシュ・ナショナル・バレエ よりブルノンヴィル版『ラ・シルフィード』 。ブルノンヴィル版にはレーヴェンショルドが作曲した音楽が使われています。シルフたちのパ・ド・ブーレは冒頭に登場します。
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プティパが振付けた傑作、『ラ・バヤデール』第3幕の「影の王国」 でも、主役のニキヤおよび精霊たちの群舞にパ・ド・ブーレが多用されています 。坂から列をなして登場した精霊たちが全員揃った後、パ・ド・ブーレでその場にとどまったまま上半身を優雅に動かす場面、またパ・ド・ブーレで横1列ずつゆっくり後ろに下がってゆく場面は、神秘的な美しさをたたえた見どころです。いっぽう、その後のグラン・パ・ド・ドゥのニキヤのヴァリエーション では、主役がパ・ド・ブーレで素早く移動するテクニックを披露します。
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ボリショイ・バレエより『ラ・バヤデール』 第3幕の「影の王国」 です。精霊たちの群舞によるパ・ド・ブーレは5分30秒から。バレエ・ブラン(白いバレエ)の最高峰と呼ぶにふさわしい幽玄の美が堪能できます。
『白鳥の湖』 では、湖面に浮かぶ水鳥の浮遊感がパ・ド・ブーレで表現されています 。波間にゆらゆらと漂う感じ、あるいは水の上をすいすいと進む感じです。『白鳥の湖』第2幕、湖畔の場面では、主役のオデットが両腕を羽ばたくように上下させながら、パ・ド・ブーレによる横移動で登場します(注5) 。そしてジークフリート王子と出会ってからも、パ・ド・ブーレをくり返します。群舞の白鳥たちも、両腕を羽ばたかせながらパ・ド・ブーレをします。第2幕と第4幕には、群舞がパ・ド・ブーレでフォーメーションを整えてゆく場面が4、5回あります。
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パリ・オペラ座より『白鳥の湖』第4幕 です。冒頭から群舞の白鳥たちが、パ・ド・ブーレでフォーメーションを次々に変えていくさまをご覧ください。
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20世紀初頭、フォーキンが振付けた『瀕死の白鳥』 も、約5分の小品ながらパ・ド・ブーレが印象的な作品です。主役の白鳥はパ・ド・ブーレで登場し、序盤はそのままパ・ド・ブーレで移動し続けますが、やがてその動きが止まり、少しずつ力尽きてゆく抒情的な振付です。
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ロイヤル・バレエより『瀕死の白鳥』 です。冒頭からナタリア・オシポワ が細やかなパ・ド・ブーレを披露しています。
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(注1) フランス語の“bourrée”は、「詰める」という動詞“bourrer”の過去分詞形でもあります。
(注2) “couru”は、フランス語の「走る」という動詞“courir”の過去分詞形です。また、パ・ド・ブーレ・クーリュのことをワガノワ派では「パ・ド・ブーレ・スュイヴィ」(~ suivi)、チェケッティ派では「パ・ド・ブーレ・マルシェ」(~ marché)とも呼びます。
(注3) 5番の脚で行う場合を「パ・ド・ブーレ・クーリュ・アン・サンキエーム」(~ couru en cinquième)、1番の脚で行う場合を「パ・ド・ブーレ・クーリュ・アン・プルミエール」(~ couru en première)と言います。
(注4) ちなみに、フランス語の発音は「ブーレ」に近いのですが、日本のバレエ関係者は「ブーレ」と伸ばさず、「パドブレ」と短く言います。
(注5) オデットが登場するときにパ・ド・ブーレをせずに、グラン・パ・ド・シャなどで勢いよく登場する演出もあります。
(発行日:2021年7月25日)
次回は…
第25回 は今回の続きで、妖精・精霊・水鳥以外の役で、パ・ド・ブーレがどのような表現に用いられているか を紹介します。発行予定日は2021年8月25日です。第26回 は、片脚を高く上げる「デヴェロッペ・エカルテ」 を予定しています。