文/海野 敏(東洋大学教授)
第20回 バロテ
■片足で着地する小さなジャンプ
小さな移動に用いられる跳躍の続きとして、今回と次回は、名前の似ている「バロテ」と「バロネ」を取り上げます(予告とは順番を入れ替えました)。
「バロテ」(ballotté)は、あまり大きな移動をしない点と、ジャンプした後、空中で両足のつま先を一瞬重ねて(第5ポジションにして)から着地する点では、パ・ド・シャ(第12回)やスーブルソー(第16回)と同じです。しかし、終わり方が違います。パ・ド・シャは片足ずつ着地して両足を揃えます。スーブルソーは両足で着地して、両足を揃えます。どちらも第5ポジションが終わりのポーズです。これらに対してバロテは、片足で着地し、もう一方の片足は空中に残したポーズ(=アン・レール)で終わります。
バロテは、両脚または片脚で踏み切ってほぼ真上に跳び、空中で両足を合わせた後、片脚を伸ばしつつ、反対の脚を軽く曲げて(ドゥミ・プリエで)着地するステップです。空中で両足のつま先を重ねるとき、膝を軽く曲げることも、膝を伸ばすこともあります。
ちなみにカタカナでは、促音を入れて「バロッテ」と表記されることも少なくありません。
■さまざまなバロテ
バロテの跳躍はほぼ真上ですが、着地した時、空中に残した脚を後方へ伸ばすと前へ跳んだように見え、前方へ伸ばすと後ろへ跳んだように見えます。前者を「バロテ・アン・ナリエール」(~ en arrière)、後者を「バロテ・アン・ナヴァン」(~ en avant)と言います(注1)。そして、バロテは、多くの場合この2つを連続させるセットで行われます。
フランス語の“ballotté”は、「船や戸が揺れる(を揺らす)」、「動揺させる」という意味の動詞“ballotter”の過去分詞形です。1回のバロテでも揺れている感じはしますが、バロテ・アン・ナヴァンとバロテ・アン・ナリエールの組み合わせで、前後に揺れる動作が完成します。揺れると言っても、ぐらぐらと揺れるのではありません。船がゆらゆら波間で揺れる感じ、あるいはゴムボールが軽く弾む感じです。
『新版バレエ用語辞典』(東京堂出版, 1988年)によれば、バロテ・アン・ナヴァンとバロテ・アン・ナリエールをセットで行うことを、ロシア派では「パ・バロテ」(pas ~)、レガット派では「ジュテ・バロテ」(jeté ~)、フランス派では「ジュテ・バトー」(jeté bateau)と呼ぶそうです。「バトー」はフランス語で舟・船のことです。
■作品の中のバロテ
バロテでいちばん有名なのは、『ジゼル』第1幕のジゼルとアルブレヒトの踊りでしょう。ジゼルは登場してすぐ、アルブレヒトの姿を探しながら、「バロテ・アン・ナヴァン+バロテ・アン・ナリエール」2回で始まるフレーズを、2度繰り返します。さらにアルブレヒトと花占いをした直後、2人で腕を組んで、同じフレーズを2人一緒に2度繰り返します。ここはとても仲良さげで幸福感のある場面なのですが、第1幕終盤では、正気を失ったジゼルがこのフレーズに似た動きをする場面があって、涙を誘います。
- ★動画でチェック!
- ディアナ・ヴィシニョーワとマチュー・ガニオが共演して話題となったマリインスキー・バレエの『ジゼル』の映像。ジゼルがアルブレヒトとの恋を花で占ったのち、ふたりで仲良くバロテ(00:28〜)を行います。
『海賊』第3幕では、トルコの総督パシャがハーレムで見る夢の場面、「華やぎの園」のメドーラのヴァリエーションにバロテが登場します。1分足らずの短い踊りですが、その冒頭で、バロテ・アン・ナリエールからアティテュード・ドゥヴァンのポーズになるフレーズを3度繰り返します(注2)。
- ★動画でチェック!
- 2019年に収録されたマリインスキー・バレエの『海賊』の映像から。メドーラ演じるアリーナ・ソーモワが高さのある華やかなバロテを冒頭で披露しています。
(注1)この連載で何度も登場していますが、「アン・ナリエール」は「後ろへ」、「アン・ナヴァン」は「前へ」の意味です。「バロテ・アン・ナリエール」は前へ跳ぶように見えますが、片脚を後ろへ伸ばすので、この呼び名です。念のため。
(注2)このメドーラのヴァリエーションは、演出によって、振付のみならず音楽も異なりますが、冒頭にバロテが入る振付は定番と言ってよいと思います。
(発行日:2021年2月25日)
次回は…
第21回は「バロネ」です。発行予定日は2021年3月25日です。
次々回は「アラベスク・ホップ」を予定しています。