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【母の日特集】“お母さんバレリーナ”のワークライフバランス①清水愛恵(東京シティ・バレエ団)インタビュー〜母になった今、踊ることが素直に楽しい

古川 真理絵

5月12日は【母の日】
キャリアも子育ても両立している、3名の”お母さんバレリーナ “に、妊娠・出産を機に考えたキャリアのこと、ワークライフバランスの向き合い方や1日のタイムスケジュールについてお話を聞きました。

まずは東京シティ・バレエ団プリンシパルの清水愛恵さんのインタビューをお届けします。

◆◇◆

清水愛恵(しみず・まなえ)

2009年、東京シティ・バレエ団に入団。21年にプリンシパルに昇進し、『白鳥の湖』『ロミオとジュリエット』『コッペリア』など多くの舞台で主演する。プライベートでは、2019年に同団の濱本泰然と結婚し、30歳の時に女の子を出産。現在もプリンシパルとして舞台に立ちながら母としても奮闘する日々を送っている。

◆◇◆

清水さんは30歳で出産。ダンサーとして充実している時期に出産を決意したのですね。
自分の長い人生を考えた時、子どもは絶対欲しいと思っていました。主役をたくさん経験させていただいている時期ではありましたが、2019年に主演した『ロミオとジュリエット』を最後に、妊活に踏み切ることにしました。当時は妊活にどれくらいの時間がかかるのかわからないし、復帰はまったく考えていませんでした。
『ロミオとジュリエット』で区切りをつけようと思ったのはなぜですか?
子どもが欲しい……という思いが強かったからです。結果、妊活を決意してから数ヵ月後には授かることができて、本当に幸運だったと思います。

2019年公演「ロミオとジュリエット」よりキム・セジョンと踊る、バルコニー・パ・ド・ドゥ ©︎鹿摩隆司

「復帰はまったく考えていなかった」とのことですが、産後に復帰を考えたきっかけは?
妊娠中は、産後の自分の身体や気持ちがどう変化するか、まったく想像できませんでした。また、自分が復帰したいと願っても、必ずしも舞台に出られるわけでもありません。でも、出産したらすぐに(安達)悦子先生が「ウヴェ・ショルツの作品に出てほしい」と連絡をくださったんです。『Octet』の第2楽章で、7分くらいの短いパ・ド・ドゥ。本当に美しい作品で、率直に「やりたい!」と思いました。コーチングしていたジョヴァンニ(・ディ・パルマ)先生が「この楽章は愛恵に踊って欲しい」と言ってくれたのも後押しになりました。パートナーは夫が務め、結局、産後8ヵ月で舞台に復帰しました。
出産してから、ダンサーとして心境の変化はありましたか?
出産してからのほうが心は安定していますね。それまでは一日中バレエのことを考えていて、「もっと頑張らなきゃ」「成功させなきゃ」というプレッシャーに支配されていました。でも、いまの私にとって、リハーサルは自分と向き合う時間。限られた時間しかないことが、逆に集中力を高めてくれている。何より音楽に合わせて身体を動かすことでストレス発散になっているし、踊ることが自然と楽しいと思える。働いていると「仕事」と「育児」に時間が奪われて、自分の時間が持てずにストレスを溜めてしまう人が多いのかもしれないけれど、私は「仕事」が自分と向き合う時間になっていて、リフレッシュの場にもなっている。自分でもいまのバランスがちょうど良いと感じています。
それは素晴らしいですね。
産後の心境の変化で言えば、分娩も自分の中では忘れられない経験となりました。出産された方はみなさん同じだと思いますが、本当に分娩がつらかったんです。骨盤の辺りがミシミシって軋むのが死ぬほど痛かった。私はキュッと骨盤を締める癖があって、変にコントロールしていたのがよくなかったみたいです。結局、お産に48時間もかかりました。激痛に耐え抜いて、赤ちゃんが産まれた瞬間、「私、無敵になった」と心から思ったんですよ(笑)。あの痛みに比べれば、なんでも耐えられる。メンタル面もかなり強くなったと思います。
ダンサーは、出産の時も自分の身体をコントロールしようとしてしまうのですね。
呼吸法もよくなかったようですね。息を吐きながらお腹に力を入れてしまっていたようで。お腹の力を抜くという意識があまりないから、それに気づくまで時間がかかりました(笑)。
5月に出産して、11月からリハーサルに参加。そして本番が翌年の1月。産後の身体の変化はいかがでしたか?
妊娠中に20キロ太ってしまい、鏡に映る姿はパンパンだし、体幹がなくなってしまって豆腐みたいな身体でした(笑)。本番までに間に合うかな……と、正直不安しかありませんでしたが、指導してくれたジョヴァンニ先生はダンサーが持っている良さを引き出してくださる方。先生を信じて、私は何も考えずに身を委ねて作品に臨みました。
11月から参加されたリハーサル中、お子さんは?
保育園に入園する前だったため、毎日一時託児所を探して、どうしても預けられない時は母に協力をお願いしていました。母は電車で20分ほど離れたところに住んでいて、それなりに距離があります。本当は母に負担を掛けるのは嫌で、なるべく自力で……と思っていましたが、当時は毎日がバタバタで、そんなことは言っていられない状況でした。仕事復帰のために母乳育児から急遽ミルク育児に切り替えたり、振り返っても「あの時はよくやったな」と思います。
そうして苦労した末の復帰舞台。踊り終えた時、どんな気持ちになりましたか?
いちばんは「自分の役目を果たせた!」という思いですね。私が産後だろうと、それはお客さまには関係のないこと。第2楽章は大事なパートでプレッシャーもありましたが、自分のやるべきことはやり切った。感動というよりも、無事終えられたことの安堵感が大きかったように思います。

復帰舞台となったウヴェ・ショルツ振付の「Octet」より第2楽章。パートナーは夫の濱本泰然 ©︎鹿摩隆司

「母」となったことで新たな気づきや発見はありましたか?
自分でも意外だったのですが、私は子どもを育てるのに向いていると思いました。出産で子育ての面白さを知ってしまったんです。だから昨年、子どもをメインで教えるスタジオを立ち上げました。本当はスタジオをオープンするなら引退後かな……と考えていましたが、怪我でお休みしている時期があり、その時に「いまやるべき」と思い、開校に踏み切りました。
「子どもを育てるのに向いている」と感じたのは、具体的にはどんなことだったのでしょう?
子どもって本当に不思議で、赤ちゃんでもお母さんがストレスを感じているとすぐに反応する。娘が1歳の時、本番前の数週間ピリピリしていたら保育園で泣くようになってしまったことがありました。本番直前に熱を出したことも。私の態度ひとつで、こんなにも子どもに影響が出るんだとわかってからは、ポジティブに、のびのび自由に育児するよう気をつけています。それは、バレエを指導する時も同じですよね。ネガティブなダメ出しばかりだとストレスになって良い結果は得られません。これまで自分が指導を受けてきたからこそ、受け手側の気持ちはすごく理解できる。スポンジのように吸収する子どもたちの反応が本当に面白いですし、正しいお手本が見せられる現役のうちにスタジオをオープンして良かったと思っています。
現役で踊りつつ、スタジオを経営し、ママとしての顔も持つ。三足のわらじで、どのようにしてワークライフバランスを保っていますか?
無敵ですから(笑)。自分でもタフだとは思います。でも、じつは私は不器用な性格で、いろんなことを同時進行はできないんです。一度、私と主人が地方で一緒に踊る舞台に娘を連れていったことがあったのですが、その時は全然自分に集中できなくて、メンタルがガタガタに崩れてしまいました。いまはダンサーの時間、スタジオでの時間、母としての時間、それぞれがハッキリ分かれているからできているのだと思います。ひとつのことに集中するのは得意だけど、マルチタスクを抱えてしまうとまったく対応できません。

平日24時間の使い方

それにしても、家で仕事のことをすっぱり考えないのは難しくありませんか? リハーサルがうまくいかなかったらネガティブな気持ちを引きずったりすることもあるのではないでしょうか?
夫は「家は休む場所」という考えで、家庭に仕事を持ち込まないタイプ。だから自宅でバレエの話をすることはほとんどありません。私も意識しているわけではないですけれど、よっぽどのことがない限り、バレエの話はしません。

リハーサルがうまくいかなかったとしても、保育園のお迎えで娘の顔を見たら自然とスイッチが切り替わります。何かモヤモヤしていても、それは一旦横に置いて、娘が寝るまでは子どもと向き合うことに集中します。私は寝たら気持ちがリセットできる性分なので、翌朝までストレスを引きずることはありません。若い頃はうまく対処できず、ネガティブな思考に絡まってパンクするようなこともありましたが、それも経験を重ね、うまく切り替えられるようになりました。

清水さんは次の公演『コッペリア』でスワニルダ役を踊りますね。
バレエ団の舞台に主演するのは、簡単なことではありません。バレエ団を背負うプレッシャーがありますし、リハーサルの時間も要します。いまはスタジオを経営していることもあり、自分のペースで先生方と相談しながら出演しています。7月に踊るスワニルダは、心から尊敬している石井清子先生の振付ですし、ずっと踊ってきた思い入れのある役。人生経験を踏んだいまだからこそ、もう一度挑戦したいという気持ちがありました。

30代半ばを迎えたいま、頭の片隅に「引退」の言葉を置きながら、毎回の公演に挑んでいます。すべての舞台に100%の力を出し切っているから、いつが最後になっても悔いはありません。そうした中、スタジオ経営という、自分の人生をかけてやりたいことが新たに見つかった。子どもを産まなければ考えもしなかったことで、出産によって視野が広がったと感じています。子どもを産むという決断をして本当によかった。バレエを素直に「楽しい」と思いながら踊れるいまが、本当に幸せです。

2023年12月に夫婦で踊った「くるみ割り人形」より王子と金平糖の精のパ・ド・ドゥ 写真提供:清水愛恵

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ウェア類をまとめた巾着と、シューズポーチ、ストレッチ用のボール2種、お財布、ヘアアクセが入ったミニポーチ、手帳をバックにIN。「クラスが始まる前は、凹凸のある紫のボールで足裏を念入りにケアしています」と清水さん。

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