バレエを楽しむ バレエとつながる

  • 観る

【レポート】東京バレエ団「ザ・カブキ」ウィーン国立歌劇場公演

阿部さや子 Sayako ABE

©️Ballet Channel

6月19日に日本を発ち、初上陸のポーランド・ウッチ歌劇場での2回公演 (6 月 22 日、23 日)を皮切りに始まった、東京バレエ団第34次海外公演

古代ローマの浴場の遺跡を舞台にしつらえたローマのカラカラ野外劇場での公演(6 月 26 日)を経て、 7 月 2 日、世界最高峰の歌劇場であるウィーン国立歌劇場での公演が始まった。

©︎Ballet Channel

私が観たのは2日目の7月3日と最終日の4日の2公演。

初日は残念ながら観ることができなかったが、その日も大変な盛り上がりで、大成功だったという。

第1幕が終了した時点で長い拍手、第 2 幕終了後には熱狂的なスタンディングオベーション。ORF(オーストリア放送協会)をはじめ国内外の大手テレビ局や新聞各紙、WEB媒体の取材が入り、日本でもNHK等でニュースが流れたそうなので、ご覧になった方も多いのではないだろうか。

柄本 弾(由良之助)photo:Wiener Staatsoper/Ashley Taylor

上野水香(顔世御前)photo:Wiener Staatsoper/Ashley Taylor

***

今回の公演を観て、全体を通してまず最も強く感じたのは、この作品が完全に東京バレエ団のダンサーたちの血の中に入っている、ということだ。

例えばシュツットガルト・バレエが演じるクランコの『オネーギン』や、英国ロイヤル・バレエが演じるマクミランの『マノン』を観た時にそう感じるように、どのキャストにおいても、ひと言でいえば“動きが板に付いて”いる。

例を挙げると細かくなるが、例えば刀を抜く力強い腕の所作や、それを鞘に収める動きの無駄のなさ。腰を落とし、床に吸い付くような安定感から生み出される上体の振幅の大きさや、高く持ち上げられてピタリと止まる脚の運び。女性たちの文字通り床を滑るような摺り足は神秘的なほどで、他にも襟を抜いた首筋の美しさ、身分や立場の違いがひと目でわかる細部の仕草など、どこをとっても自然で滑らかだ。

秋元康臣(塩冶判官)photo:Wiener Staatsoper/Ashley Taylor

宮川新大(勘平)、川島麻実子(おかる)photo:Wiener Staatsoper/Ashley Taylor

上野水香(顔世御前)、伴内(岡崎隼也)photo:Wiener Staatsoper/Ashley Taylor

***

今回観た2公演の主役・由良之助は、3日が秋元康臣、4日は初日の主演も務めた柄本弾だった。

まず秋元康臣は、何をしても形の良い腕の運び、パからパへと移行する動きや、ふわっと跳び上がって音もなく着地するさまがとても優美。それでいて、動きの最後を力強く締め括る。緩急自在で圧倒的。自らの踊りと演技で、四十七士を率いるリーダーであることを証明していく。

柄本弾は、本当に“真ん中”がよく似合う。絶対的な華とカリスマ性。吸い込まれるような瞳と存在の力強さを武器に、あっという間に劇場じゅうを支配してしまう。また第1幕最後のヴァリエーションも素晴らしく、1幕丸ごと演じてきた上で迎える7分以上の長いソロなのに、終盤に向かってどんどんエネルギー量が高まっていくようだった。

柄本 弾(由良之助)photo:Wiener Staatsoper/Ashley Taylor

photo:Wiener Staatsoper/Ashley Taylor

そして、四十七士最期の時。
自ら腹に刃を突き立てた志士たちが静かにうずくまっていき、最後に由良之助の命の火が消える。

秋元の由良之助は、血走った目で正面を睨みつけ、小刻みに震えながら、まるで本懐を遂げた興奮の中で死んでいったように見えた。

一方の柄本演じる由良之助は、見開いた目の奥が、少しだけ哀しそうだった。そして線香花火が燃え尽きるように、静かに命を終えていった。

photo:Wiener Staatsoper/Ashley Taylor

***

ウィーン国立歌劇場に響きわたる大喝采。
「ブラボー!」と叫ぶ声、勢いよく飛んでくる指笛の音、満場のスタンディングオベーション。
その大歓声を、胸を張り、堂々とした振る舞いで受け止めているダンサーたちの姿は、本当に眩しかった。

©NBS

ウィーンの観客は、この『ザ・カブキ』という作品を、いったいどのように受け止めたのだろうか?

私が見る限り、公演プログラムであらかじめ“あらすじ”をチェックしている人は、さほどいなかったように思う。
しかし大人も子どもも男性も女性も、誰もが食い入るように舞台を見つめていて、例えば塩冶判官が腹を切るシーンでは、文字通り固唾を吞むような反応を見せる。
また終演後に、隣の席に座っていた若いカップルに感想を尋ねてみたところ、「とても美しくて、感動的だった」という答えが返ってきた。

彼らはもしかすると、ストーリーの全てを理解できたわけではないのかもしれない。
しかし、その手に持ったひと枝の桜のように枯れていった顔世御前の人生や、勘平とおかるの悲しい恋、誇りと忠義のためには命をも捨ててしまう時代の男たちなど、登場人物たちのそれぞれの人生の物語は、ちゃんと伝わっているのではないかと感じられた。

下から上まで大入り満員の客席。観客の男女比は半々といった印象で、関係者によると「観客の8割はウィーン市民、観光客は2割ほど」とのこと ©NBS

***

このウィーン公演の後、東京バレエ団はイタリアに入り、港町ジェノヴァ近郊で開催された「ネルヴィ国際ダンスフェスティバル」に参加。
7/11(木)からは今回の海外ツアー最後となる4日間のミラノ・スカラ座公演に臨む。

参考:ウィーン公演の様子が見られる各種メディア

●オーストリア公共放送(ORF)ニュース番組「お昼のオーストリア」7月3日
 ORF (“Mittag in Österreich”)
●オーストリア公共放送(ORF)ニュース番組「おはようオーストリア」7月4日
 ORF “Guten Morgen Österreich” (morning magazine):
●NHKニュース番組   「おはよう日本」7月3日
東京バレエ団 ウィーンで忠臣蔵題材の「ザ・カブキ」公演 |

この記事を書いた人 このライターの記事一覧

類似記事

NEWS

NEWS

最新記事一覧へ