毎年フランス・パリで開催されている「Japan Expo(ジャパンエキスポ)」というイベントをご存じだろうか。
アニメやマンガ、ゲーム、コスプレといったポップカルチャーのみならず、伝統工芸や伝統芸能、音楽、スポーツ、武道、ファッション、観光、食文化等まで含めた“日本文化”が総合的に楽しめる、一大フェスティバルだ。
1999年、日本の文化が大好きなフランス人の3人の若者が創始し、いまや4日間で24万人以上が訪れるというこのイベント、記念すべき20周年を迎えた今年は、7月4日〜7日に開催された。
そしてこのジャパンエキスポの20年にわたる歴史において、今回初めて、“日本のバレエ”が上演された。
スターダンサーズ・バレエ団の人気レパートリー、バレエ『ドラゴンクエスト』である。
スターダンサーズ・バレエ団ホームページより
バレエ『ドラゴンクエスト』とはもちろん、かの有名なRPGを同団の鈴木稔氏がバレエ化したオリジナル作品。音楽もゲームと同じ曲(すぎやまこういち作曲)が用いられており、バレエファンのみならずゲームファン、ドラクエファンにも「ドラクエバレエ」の愛称で親しまれている。
原作も音楽も振付も、すべてが“メイド・イン・ジャパン”。
まさに生粋の“日本のバレエ”が、世界の舞台へと打って出る。
その瞬間をこの目で見るために、パリへと飛んだ。
Photos:Ballet Channel
いざ、ジャパンエキスポへ!
スターダンサーズ・バレエ団が舞台に立ったのは7月4日と6日の2公演。
私はそのうち2回目の公演を観るべく、7月6日にパリ・ノール・ヴィルパント展示会場へと向かった。
ノール・ヴィルパント展示会場までは、シャルル・ド・ゴール空港から近郊高速鉄道PERのB線に乗って1駅(Gare du Parc des Expositions)。日本でいうところの東京国際展示場みたいな巨大空間である
会場入口では大きなガンダムがお出迎え。場内に入って迷子になるたび、このガンダムが道しるべとなってとても助かった
……ものすごい人出である。
人気アニメや漫画やゲームのキャララクターを模した衣裳や、着物(風)の装い、あるいはもはや日本は関係なさそうだけれども素敵に個性的な出で立ちまで、思い思いのコスプレ(Cosplay)を楽しむ人・人・人。
どんなに注意深く歩いていてもあっという間に方向を見失うほどの広さと、人の多さ。
人々が話している言語も、フランス語、英語、ドイツ語、イタリア語、韓国語、中国語……等々、さまざまである。
しかしそのおびただしい数の人々の共通点は、“日本文化好き”ということだ。
日本人である私と目が合うと、にっこりしてくれる人。
「日本から取材に来た記者です」と告げると、嬉しそうにカメラに向かってポーズを取ってくれる人。
海外の地で、自分の国のことをこんなにも好意的に受け入れてくれる人々に囲まれるというのは、とても嬉しい体験だった。
上演4時間前、個別取材
当日のスターダンサーズ・バレエ団の出番は午後7時。その前にバレエ団のみなさんに個別取材に応じていただいた。
写真左から:
鈴木稔(常任振付家)
小山久美(総監督)
池田武志(黒の勇者 役)
渡辺恭子(王女 役)
林田翔平(白の勇者 役)
鴻巣明史(武器商人 役)
――まずはパリの地で、そしてJapan Expoという場で踊ってみての率直な感想を聞かせてください。
- 渡辺 アイドルのコンサート会場のような(笑)大きすぎる会場に最初はすごくびっくりしました。また舞台上には3段もの段差があって、空間の使い方も全然違うので、戸惑いましたね。果たしてお客様はこの公演を知ってくださってるのかな、何人来て下さるのかな……って、不安もありました。でも、蓋を開けてみればすごく盛り上がって、中には「スライム持ってるよー!」って私たちに見せながら楽しんでくださるも大勢いて。緊張もかなりありましたけれど、踊ってみたらもう楽しくて、嬉しいっていう気持ちでいっぱいでした。
- 池田 「ドラゴンクエスト」ファンと言えども、こちらの方は僕らのバレエのオリジナルのストーリーっていうのはさすがに知らないと思いますので、みなさんがすぐに物語をキャッチしてくれるのかな? という不安が僕にはありました。でも舞台が始まってお客様の反応を見たら、もう何の心配もなく。やはり「ドラクエ」という共通のものを好きな人たちは物事の考察の仕方も似ているのでしょうか(笑)、すぐに「白の勇者と黒の勇者がいて……」というストーリーを理解して盛り上がってくださり、とても嬉しかったです。会場もまるでヒーローショーのようなステージなので(笑)、僕らの役的には演じやすい。1回目(4日)の舞台はすごく大盛況で、僕らも誰もひとり怪我もなく走り抜けることができたのでよかったなと思います。とてもいい舞台でした。
- 林田 とにかく広いな、大きいな、と。僕らが普段踊っている舞台の1.5倍、いやそれ以上あると思うので、いつも通りのサイズでマイムや演技をしてしまうと伝わらないだろうし、難しいだろうと思っていました。でも、舞台の正面に大きなモニターがあって、踊っていると自分の顔や姿がパッ!と映るんです。ちょっと恥ずかしくはありますが(笑)、助けられる部分もたくさんありました。経験のないことばかりで、とにかく楽しいです。
- 鴻巣 いつも踊っているステージとはあまりにも違う場所とはいえ、(鈴木)稔先生や(小山)久美先生が昨年のうちに下調べをして、写真や動画を撮ってきてくださっていたんですね。日本ではそれを見ながらリハーサルしていたのですが、今回いよいよ現地に来てみたら、「うおぉ、去年と違う」と(笑)。それでも先生方ができる限りの準備をしてくださったなかで僕らはリハーサルをしてきていたので、「やりきれば結果はついてくる」と信じて本番を迎えました。やはりバレエというのは、決められたこと、形式、様式というものを一つひとつきちんと固めていくことが大切。その上でどれだけ大きなパフォーマンスを見せられるかという挑戦を、今回はできたような気がします。
――今回の出演はどのようにして決まったのでしょうか?
- 小山 財団の理事(編集部注:スターダンサーズ・バレエ団は公益財団法人)の方に、もう10年ぐらい前から「ジャパンエキスポというイベントがあるんだよ。『ドラゴンクエスト』というバレエがあるのだから、出てみたら?」と言われていたんです。でも自分なりに調べると、これは“イベント”の会場だから無理だと思っていました。けれどもだんだんと時代も変わってきて、劇場の舞台の上で待っているだけではこれ以上の発展はないなと考え始めた時に、ふと、「ジャパンエキスポはどうだろう?」と。それであらためてジャパンエキスポの責任者の方をご紹介いただき、まずは東京で私たちのバレエ『ドラゴンクエスト』を観ていただいたんです。そうしたら、やはりとても喜んでくださって。それで、昨年ここに下見に来てみたら、ステージは普通のフラットな床だし、リノリウムも敷いてあるし、「これなら踊れる。よし、やってみよう!」ということになりました。
――そこから一気に話が進んだというわけですね。
- 小山 ところが……今年はステージが3段になり、リノリウム床でもなくなり、舞台はさらに広くなって端から端まで40mになったというんです。
――昨年と違いすぎですね!
- 小山 ええ(笑)。それでも、「行こう!」と。鈴木稔もダンサーも、以前よりずっと対応能力も順応性も上がってきていると思うんです。与えられた環境を受け入れて踊るということができるようになった。それは例えば私自身が踊っていたあの頃では出来なかったことだな、という気はします。つまり、時代のタイミングやチャンスや巡り合わせもあって実現したのが今回なんです。
――なるほど、まさに“満を持して”という感じだったのですね。
- 鈴木 僕は、あまりそうは思っていないです。そもそも「こうでないと踊れない、ああでないとバレエは無理」なんて思うなら、最初から「ドラクエ」でバレエを創ったりしない。
――なるほど。確かに。
- 鈴木 普通の振付家はまさかこれをバレエにしようとは思わないでしょう。「ドラクエ」バレエを作ったのは1995年ですが、この企画が持ち上がった当初、二つ返事で「やろう!」と手を挙げたのは僕だけだったと聞いています。僕は「ドラクエ」が大好きだし、原作がゲームだからといってバレエ化することに違和感など何も感じなかった。ですからジャパンエキスポへの出演だって何の抵抗もなく「やろう!」と。もちろん、大変は大変なんですよ。横幅40mで、床も3段でと聞けば、まともな考えでいけば怖気付く。でも、だからといってやめる? やめないでしょ。……と、僕は最初から思っています。ただ、物理的に彼ら(ダンサーたち)は本当に大変。僕から「いや、できるだろ!」とか言われて、可哀想に、何でもやらされる(笑)。でも対応力や柔軟性、困難を受け入れてでもみなさんに観ていただきたいという姿勢は最初から変わらないし、僕はダンサーたちを信頼してるので。どんな難しい条件下でもやり遂げてくれるダンサーたちを選んでいますから。それはもう、自信をもってそう言えます。
――まさに、誰もが想像もしなかったような新しい挑戦をするのがスターダンサーズ・バレエ団だという感じがしますが、今回の出演で目指していること、今回の舞台を通して何を伝えたい、訴えたいと思っているのかについて、お聞かせいただけますか?
- 鈴木 僕らやっているのはパフォーミング・アーツ、つまり“アート”の領域です。どんなにエンターテインメント性が高い内容や舞台でも、“バレエはアートである”という部分を絶対に外さないことをいちばん大事に考えています。
- 小山 彼は「ドラクエ」を“バレエ”という表現方法でどう人々に伝えるか、というところに力を注いでいるわけです。そして私はやはり、このジャパンエキスポに賭けました。私たちのオリジナリティをどうやって世界に向けてアピールしていくかを考えた時に、やはり『白鳥の湖』を日本でやっていても、そんなにアピール力はない。私たちは『ドラクエ』で世界に出たい、もっと多くの人に観てもらいたいと思いました。これは私たちの大きな武器だと思ったから、2年前にリニューアルをして、レベルアップをして、“その時”に向けて準備をしてきたんですね。そして次なるステップが、このジャパンエキスポだった。私たちだけの力ではとても届けることのできない人たちと繋いでくれる場所だと思ったのです。
- 鈴木 ここに集う人たちにとっては、恐らく『白鳥の湖』や『眠れる森の美女』よりも『ドラゴンクエスト』のほうが絶対に有名だと思いますしね(笑)。
- 小山 そう、私たちが想像できない人たちにバレエを繋げる力が「ドラゴンクエスト」にはあります。バレエって、すごく狭くて隔離された世界で、それでも一生懸命がんばるぞ、みたいなところがありますよね。それを何とか脱皮したかったし、そのための準備はしてきたと思っています。
――閉じた場所から、広い世界へ出ていこうと。
- 小山 そうです。バレエはいつも“向こう”から入ってくるもの、“向こう”から教えてもらうものだった。そういう立場をいつか逆転したいというのは、ずっと思ってきたことです。
――最後にダンサーのみなさんにお聞きします。何か、この経験を通して得た“収穫”があれば聞かせてください。
- 林田 とにかく今回は、普通にバレエを踊っているだけでは経験できなかったことばかり。いまはまだ具体的にはわかりませんが、今後のバレエ人生にきっと活きてくると思います。
- 渡辺 バレエ公演は敷居が高いという印象があると思うのですが、『ドラクエ』を上演すると、いつも世代を問わず、バレエを初めて観るという方まで、たくさん来ていただけるんですね。それがいつも嬉しいのですが、今回はこうして、国も超えて広がっていくことができて。とくにフランスは私にとってとても大事な国のひとつなので(編集部注:渡辺さんはフランスに在住経験あり)、そこにまたこうして“踊る”という形で戻ってくることができたのが、本当に嬉しいです。
- 池田 僕は黒の勇者という役を演じるのが本当に楽しくて、いつもあまり緊張せずに「とりあえず行けー!」みたいな感覚で舞台に立っているんですね。それでこのジャパンエキスポでも同じように「黒の軍団と一緒に踊るぞ!」という気持ちで挑んでみたところ、お客様の反応がすごく良かった。作品の一部として自分のやり方は間違っていなかったのだという安心感と、経験値。それが得られたことが大きいですね。自分にとってもバレエ団にとっても意義のある、とてもいい機会だったなと思います。
- 鴻巣 武器商人はめちゃめちゃ弱い役なので、お客様から見たらあまり好きになれないキャラクターなのかな……と、じつは思っていたんですね。でも、こちらに来てみたら「一緒に写真撮っていいですか?」と声をかけられたり、パフォーマンスをしている時も、お客様が笑っているのが見えたりして、「ああ、この役を演じられて良かった」という気持ちになりました。武器商人はちょっと不甲斐ないかもしれないけど、僕自身はこの役を愛しています。これからもこのキャラクターを演じさせていただける時には、毎回あらためて大事に考えながら、集中して演じていきたいと思います。
いよいよ上演! バレエ「ドラゴンクエスト」
スターダンサーズ・バレエ団のパフォーマンスが上演されるのは、“ICHIGO”と名付けられたホール。
“いちご”、という可愛らしい名前にだまされてはいけない。
そこは、この大きな展示会場の中に設えられたいくつかのイベントスペースの中でも、おそらく最も巨大なイベント空間だ。
ICHIGOホール。前方3分の1くらいだけでもこの巨大さである
とてつもなく大きな空間、大きなステージ。詰めかけた観客の数もおびただしく、たくさんのスタッフが入場制限をかけながら、人々を誘導、着席させていく。
スターダンサーズ・バレエ団が出演したのは、「European Cosplay Gathering (ECG) Season 9 Finals」という、ヨーロッパ最大級のコスプレコンテストの頂上決戦の舞台。ファイナル出場者の演技が終わり、結果発表を待つまでの“スペシャル・パフォーマンス”のような形で上演された。
誰もが聞いたことのある、あの音楽が流れてくる。
舞台上に設えられた巨大スクリーンに、
STAR DANCERS BALLET
DRAGON QUEST
のロゴが映し出される。
湧き上がる歓声。
しかしダンサーたちが踊り始めると、みな食い入るようにしてバレエに見入り、素晴らしいテクニックが飛び出せば、惜しみない拍手を送る。
先の個別取材での話から、そこは決して踊りやすくはない(むしろ非常に踊りにくい)はずのステージなのに、そうとは信じられないパフォーマンスだった。
美しいバレリーナたちの繊細なポール・ド・ブラやポワントワークが、ファンタジックな世界を作り出す。
勇者たちは所狭しと躍動し、トップギアでジャンプや回転に向かっていく。
ひと言でいえば“だだっ広い”空間なのに、エネルギーが拡散的に消えてしまうことなく、ちゃんと客席に向かって集中的に放射されてくるのが不思議なほどだった。
通常のバレエ『ドラゴンクエスト』は全2幕。
しかし今回は「Japan Expoスペシャル・バージョン」としてぎゅっとコンパクトにまとめられていた。
物語は、白の勇者と王女の恋が芽生え、しかし魔王と黒の勇者が王女を連れ去り、白の勇者は賢者や戦士や武器商人という仲間を得て、王女奪還の旅へ出発!……というところまで。
時間にして45分間ほどだったにも関わらず、ファンが見たいであろうシーンやキャラクターはしっかり網羅された構成・演出となっていた。
あっという間の45分間。舞台上にずらりと並んだスターダンサーズ・バレエ団のダンサーたちは、大きな大きな拍手と歓声に、嬉しそうな笑顔で応えた。
しばらくすると、王女役を演じた渡辺恭子にマイクが手渡された。
かつてフランスに在住していた渡辺は、流暢なフランス語で観客に向かって語り始めた。
残念ながら私はフランス語がわからず内容をきちんと理解できなかったが、「私たちは2020年10月にバレエ『ドラゴンクエスト』を上演します。東京での上演ですが、よかったら観に来てください」というようなこと(おそらく)を話した時、観客が一斉にどっと沸き、会場の一体感がさらに増した気がした。
- おまけ
- バレエファンのみなさんはあまりご興味ないかもしれないな……とは思いつつ、会場にいた素敵な素敵なコスプレイヤーの方々など、ジャパンエキスポの様子も少しだけご紹介したいと思う。
老若男女問わず、自分の好きなことを、自分の好きなように、自由に楽しんでいる人々。
それは見ていてとても幸せな気持ちになる光景だった。
この背中の羽が開く仕掛けになっている
オスカル様
将棋や折り紙、水引作りなど、体験コーナーも大人気
くまモンも人気を集めていた
コスプレイヤーの女の子は手作り弁当を持参
何のコスプレかはわからなかったけど、本物にしか見えなかった美青年
”Danse Kabuki”の周りにはものすごい人だかりが
”よさこい”を踊るコスプレイヤーのみなさん。楽しい!
すらり長身の紳士的なルフィ
強そう
パパと息子のおそろコスプレ