バレエを楽しむ バレエとつながる

  • 観る
  • 踊る
  • 知る

【第76回】鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!-埋め尽くす

海野 敏

文/海野 敏(舞踊評論家)

第76回 埋め尽くす

■舞台上の人数による効果

ギネス世界記録に「バレエダンサーが同時にポワントで立った最多人数」(Most ballet dancers en pointe simultaneously)というカテゴリーがあります。全員が他の人に接触することなく、同時にポアントで1分間立ち続けるルールだそうです。2024年4月17日、ニューヨークで、ユース・アメリカ・グランプリ(YAGP)25周年記念のイベントとして、おもに10代のダンサーたちによってチャレンジが行われ、「353人」の記録を達成しました(注1)。若いダンサーたちが一斉につま先立ちをする光景は、さぞ壮観だったことでしょう。

さて、バレエ作品に限りませんが、舞台上に圧倒的な人数が同時に登場すると、さまざまな効果が生じます。代表的なものを上げてみましょう。

①スケール感、壮大さ、力強さが加わる
②華やかさ、華麗さ、にぎやかさが加わる
③祝祭感、高揚感を演出できる
④一体感、連帯感を演出できる
⑤圧倒的な脅威、重圧感を表現できる
⑥主人公の孤独、孤立、際立った姿が強調される

観客は、空間を埋め尽くすダンサーによって舞台に巻き込まれる感覚を味わい、スペクタクルを楽しむことができます。人々の争いや自然の災害を描く場面では、ネガティブな感情を強める効果もあります。このように舞台を出演者で埋める演出には多様な効果があり、鑑賞のポイントとなります。

古典バレエの全幕作品では、クライマックスとなる主人公カップルの結婚式で、舞台を埋め尽くす人数の出演によって華麗さや祝祭感を演出することがあります。例えば『ライモンダ』第3幕は、主人公ライモンダとジャン・ド・ブリエンヌの結婚の祝典ですが、大規模なバレエ団が上演するときにはバレエ学校の生徒やエキストラを多数動員し、100人以上が舞台上に勢ぞろいして大団円になります(注2)

今回は、筆者がこれまで鑑賞したバレエ作品のなかから、舞台上に100人以上が登場する演出で特に印象に残っているものを3つ紹介します。

■イングリッシュ・ナショナル・バレエ『白鳥の湖』

『白鳥の湖』第2幕、湖畔の場面のコール・ド・バレエについては、これまで何度も取り上げてきましたが(第586566回他)、イングリッシュ・ナショナル・バレエが上演するデレク・ディーン版(1997年初演)は一味違います。オデットを取り巻く白鳥が、通常の演出では24~32羽のところ、60羽も登場するからです。

筆者はこのディーン版をロンドンのロイヤル・アルバート・ホールで何度か鑑賞しました。同ホールは約5,300席の大劇場で、楕円形の舞台を取り囲むように客席が配置されています。オデットと王子の出会いに続き、白鳥たちが上手と下手から一列になって登場するのですが、次から次へ途切れることなく増え続け、舞台を埋めてゆく様子は圧巻でした。それに続く群舞のアンサンブルも絶景です。“Derek Deane’s SWAN LAKE IN THE ROUND”というタイトルの映画になっていて、映像で楽しむこともできますが、ぜひ生の舞台を体験していただきたい作品です。

★動画でチェック!★
イングリッシュ・ナショナル・バレエのデレク・ディーン版『白鳥の湖』の映像です。楕円形の舞台で踊る白鳥たちをぜひお楽しみください。
★動画でチェック!★
イングリッシュ・ナショナル・バレエのデレク・ディーン版『白鳥の湖』の映像です。小さい4羽の白鳥のシーンですが、こちらのヴァージョンでは8羽になっています。

■Kバレエ『カルミナ・ブラーナ』
Kバレエ トウキョウのレパートリー、熊川哲也版『カルミナ・ブラーナ』(2019年初演)も、その冒頭と幕切れの圧倒的な人数が印象的です。舞台上には出演ダンサー全員に加えて100人を超える歌手と約70人のオーケストラが並び、およそ250人が勢ぞろいします。そして舞台から「おお、フォルトゥーナ」の大合唱が鳴り響くと津波のような迫力で、感動をもたらします。

熊川版『カルミナ・ブラーナ』は、カール・オルフの著名な歌曲を用いた約75分の一幕作品です。人類とさまざまな「悪」との対決というオリジナルの物語に基づいた創作で、振付もたいへんユニークです。コロナ禍の時期(2021年)に特別収録版の映像作品が制作されていますが、これもやはり劇場で見ていただきたい作品です。

★動画でチェック!★
Kバレエ トウキョウ『カルミナ・ブラーナ』より、2021年の特別収録版の映像です。冒頭から迫力のあるステージを観ることができます。

■松山バレエ『夢の王国』

松山バレエ団は松山バレエ学校と合同で、毎年「ザ・ジャパン・バレエ」という公演を開催しています。そこで上演されている清水哲太郎構成・演出・振付の『夢の王国』(1989年初演)という作品を初めて見た時、舞台を埋め尽くす演出に心を奪われました。

ワーグナーの有名な『ニュルンベルクのマイスタージンガー』第1幕前奏曲が流れると、さまざまな古典バレエ作品のありとあらゆる登場人物たち100人以上が衣裳を着けて舞台上に現れ、舞台を埋め尽くします。オデット、オーロラ、クララ、キトリ、スワニルダ、そして多くの脇役たちが同じ舞台に並ぶのです。まさに「夢の王国」です。その溢れかえる色彩感、有無を言わさないエネルギー、押し寄せるような祝祭感は見事でした(注3)

★動画でチェック!★
松山バレエ団「ザ・ジャパンバレエ21」の動画より。冒頭から始まる「夢の王国」では、小さな劇場から転換すると同時に、さまざまなキャラクターたちが飛び出します。

清水は、多くの作品で「空間を埋め尽くす」演出に才能を発揮しています。それも舞台上に高さのある装置を設け、平面的ではなく立体的に空間を埋め尽くす工夫もするのが特徴的です。これも劇場の舞台でご確認下さい。

■パリ・オペラ座バレエのグラン・デフィレ

最後に、作品ではありませんが、パリ・オペラ座バレエが毎年シーズンの開幕を飾るオープニング・ガラで披露する「グラン・デフィレ(Grand Défilé)」も、空間を埋め尽くす壮麗なスペクタクルで、一度は見てみたいイベントです。パリ・オペラ座バレエ学校の生徒全員と、バレエ団の全ダンサーが、ヒエラルキー順に行進して整列し、約250人がガルニエ宮の舞台を埋めてゆきます。

なお、パリ・オペラ座以外の各国の大規模バレエ団でも、同じようにダンサーとバレエ学校の生徒が全員登場するイベントを行っているバレエ団は少なくありません。

★動画でチェック!★
パリ・オペラ座バレエのエトワールを紹介する映像です。8分50秒からデフィレのワンシーンを観ることができます。

(注1)それまでのギネス記録は、2019年9月10日に米国のテレビ番組の企画で達成された306人でした。

(注2)歴史的には、1881年にミラノで初演されたルイジ・マンゾッティ振付『エクセルシオール』は出演者数が約600人、1890年、サンクトペテルブルクで初演されたマリウス・プティパ振付『眠れる森の美女』は出演者が約1100人だったそうです。どちらも同時に舞台上に何人登場したか正確には分かりませんが、100人以上が登場した場面があったと思われます。

(注3)『夢の王国』は清水哲太郎が毎年演出を更新しており、バレエ作品の登場人物が衣裳を着けて登場する演出をしないヴァージョンも上演されています。

(発行日:2025年11月25日)

次回は…

第77回は、コール・ド・バレエのダンサーたちが舞台にランダムに広がって踊る演出についてご紹介する予定です。発行予定日は2025年12月25日です。

【鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!-総目次】
http://bibliognost.net/umino/ballet_tech_contents.html

\NEWS!/

本連載の著者・海野敏さんによる書籍が発売されました! ルネサンス期イタリアから21世紀まで、バレエという舞台芸術の600年を通覧する内容です。

『バレエの世界史:美を追求する舞踊の600年』
海野敏=著
中央公論新社 2023年3月(中公新書2745) 940円(税別)
★詳細はこちら

【こちらも好評発売中!】

オーロラ、キトリ、サタネラ、グラン・パ・クラシック、人形の精……等々、コンクールや発表会で人気の 30 のヴァリエーションを収録。それぞれの振付のポイントを解説しています。バレエを習う人にも、鑑賞する人にも役立つ内容です。ぜひチェックを!


『役柄も踊りのポイントもぜんぶわかる! バレエ♡ヴァリエーションPerfectブック』
海野敏=文  髙部尚子=監修
新書館 2022年3月
★詳細はこちら

この記事を書いた人 このライターの記事一覧

うみのびん。東洋大学社会学部メディアコミュニケーション学科教授、情報学研究者、舞踊評論家。バレエ、コンテンポラリーダンスの批評記事・解説記事をマスコミ紙誌、ウェブマガジン、公演パンフレット等に執筆。研究としてダンスの三次元振付シミュレーションソフトを開発。著書に『バレエの世界史』『バレエヴァリエーションPerfectブック』『バレエとダンスの歴史:欧米劇場舞踊史』『バレエ パーフェクト・ガイド』など。

もっとみる

NEWS

NEWS

最新記事一覧へ