動画撮影・編集:古川真理絵(バレエチャンネル編集部)
2025年4月24日(木)~29日(火・祝)、東京文化会館で開催される〈上野の森バレエホリデイ2025〉。その中日にあたる4月26日(土)・27日(日)に、小ホールで特別公演「Pas de Trois Encore 2025 《バレエとフィギュアに捧げる舞踊組曲2》」が上演されます。この公演はバレエダンサーの上野水香、高岸直樹、元フィギュアスケーターの町田樹の3人がタッグを組み、ショパン、シューベルト、ドビュッシー、リストの音楽で踊る特別企画。2024年の初演「Pas de Trois」に新作を加え、よりパワーアップしたプログラムによる再演です。
3月中旬、東京バレエ団で行われたリハーサルを取材。終了後に上野水香さん、高岸直樹さん、町田樹さんに話を聞きました。
リハーサル動画レポートと共にお楽しみください!
- 【動画収録した主な作品】
- 00:26~《バラード1番》振付・出演:町田樹(2025年新作)
01:14~《献呈》振付:町田樹/出演:上野水香
01:55~《ノクターン19番》振付:高岸直樹/出演:町田樹(*今回の公演では2024年舞台映像を上映)
02:09~《楽興の時》振付:町田樹/出演:上野水香
02:22~《エオリアンハープ》振付:高岸直樹/出演:上野水香・町田樹・高岸直樹

左から:町田樹、上野水香、高岸直樹 ©Ballet Channel
★☆★
- 初演の「Pas de Trois」から約1年、久しぶりにリハーサルをしての感想は?
- 上野 初演の時の作品を約1年ぶりに踊ってみたら、いくつか新しい感覚を覚えた瞬間がありました。こういった気づきにこそ再演する意味があるし、作品を深めることにもつながると思います。本番までにもっと追求して、より深い世界観をお届けしたいです。
高岸 今日の2人の踊りを見たら、1年前の踊りとは比べものにならないくらい深みが増していました。年齢を重ねるとともに良い人生経験を積んでいるのが分かりますね。
町田 高岸先生は私にとって、バレエ哲学や美学、そして身体表現への思想を共にする師匠です。そしてこの3人は、互いをリスペクトできる同志であり、友人でもある。一緒に踊れることは、この上ない喜びです。
上野 私も! 今日の踊りには、久しぶりに3人で会えた喜びがにじみ出ていたかも。

©Shoko Matsuhashi
- 今回の公演も、会場は昨年と同じく東京文化会館小ホール。一般的なバレエ公演やフィギュアスケートの会場よりもかなり小さなスペースですが、初演で踊った時はどうでしたか?
- 町田 私が予想以上に苦戦したのは、パフォーマンスの圧縮作業でした。
- 圧縮とは?
- 町田 フィギュアスケートでは例えば、別の会場に移動して同じ演技をする時、リンクの広さに合わせて動きを拡大したり圧縮したりするんですね。「Pas de Trois」も、稽古場と同じ感覚で踊ったら、私たちは確実に小ホールの舞台から落ちますから(笑)、20パーセントくらいの圧縮が必要だなと。フィギュアスケートでは比較的慣れた作業だったのですが、バレエを圧縮するのは意外と難しかったです。
上野 確かに舞台のヘリ(最前端)までせり出して踊るところもあって、そのたびに落ちないかドキドキしていました。中でもピルエットは本当に怖かった! いっぽうで、ちょっと手を伸ばしたらお客さまに届いてしまう距離でバレエを踊るのはすごく新鮮な体験でした。
町田 客席との近さは、観客と我々の間にいい意味での緊張感を生んでくれますよね。
高岸 それでいて狭さを感じないのがいい。客席が半円形状になっているおかげで、ステージからの眺めも広々としているし、いちばん後ろの席まで見渡せる。
上野 確かに。演奏用のホールだけあって音響も素晴らしいし、今回も楽しみです。

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- 再演に向けて、今の心境は?
- 町田 じつは、2014年のソチオリンピックシーズンと同じくらい自分を追い込んでいます。
上野 彼、すごいんですよ。今年に入ってから食事調整して、身体を相当絞ってきて。
町田 新作の『バラード1番』は、自分の体力の限界を超えないと踊りきれない。今日、冒頭を踊っただけで足が痙攣して、まだトレーニング不足だなと感じました。
高岸 私は多くのダンサーを見てきたけれど、本当に彼は優秀なんですよ。教養や深さや強さが踊りに全部滲み出てくるし、身体の外側までエネルギーがあふれている。
- 上野 町田くんのように踊り心を持っていて、それを実際の踊りに乗せられる人って少ない。アーティスティックでもあり、クラシック・バレエの言語を使いながら、エモーショナルな面を何のてらいもなく全開にできるのは、他のダンサーにない良さだと思います。
町田 でも私はネイティブなバレエダンサーじゃないから。
上野 ネイティブじゃないからこそいいところも、たくさんあると思う。
町田 いや、幼少期からアン・ドゥオールしてこなかったので、5番ポジションも正しい位置に入りきらない。お尻やふくらはぎの筋肉の発達など、フィギュアスケーターとして特化した身体も邪魔をしますし。いっぽうでネイティブでないことを逆手に取って、私らしく自由に踊ることもできるわけですが、バレエに最大限の敬意を持ったうえで踊るにはどのあたりがいい塩梅なのか、まだわかりかねているところです。

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- 今回の注目のひとつは、ショパンの楽曲で全編を綴る、第2部「フレデリク」です。
- 町田 「フレデリク」では高岸先生が2作、私が1つの新作を発表するほか、昨年の公演を撮影した映像も合わせてご覧いただきます。最初に、制作陣が曲と演奏を選び抜き、第一構想を練り上げて、振付家である高岸先生と私に渡してくれました。それぞれ独立した演目ですが、全体を通して観るとストーリーのようなものが感じられる構成にもなっています。
- 第2部は高岸さん振付の『ノクターン17番』で始まります。これは水香さんとのパ・ド・ドゥですね。
- 高岸 まだ振り写しを始めたところで、これからリハーサルを重ねて、感情や動きの肉付けをしていこうと思っています。夢か現実かわからない世界に佇むひとりの男の物語。ある時、夢の中にいる憧れの女性が目の前に現れ、ひとときを過ごします。
町田 今日のリハーサルで「夢の中の女性に話しかけたい、でもできない、でも話したい……」と行きつ戻りつする心を表現したいとおっしゃっていましたよね。まったくの偶然ですが、私も『バラード1番』で主人公の葛藤を伝えたいと考えているんです。
高岸 不思議だね、お互いの作品については全然話していなかったのに。
町田 持ち寄ってみたら通底する表現部分があった。ショパンの旋律を通じて、先生と私の波長がシンクロしたのかもしれませんね。面白い。
- いっぽう町田さんは、バレエ『椿姫』の「黒のパ・ド・ドゥ」でも知られる「バラード1番」で新作を振付けます。
- 町田 この曲を表現するのはフィギュアスケーターの時からの夢でしたが、当時からフィギュアスケートではなくバレエ作品にしたいと思っていました。高岸先生に師事して10年、少しずつバレエのパでの表現もできるようになってきたので、今回、満を持しての挑戦です。この世界とそこに存在する自分との関係性に終止符を打とうとしている、つまり自らの命を絶つ男の物語を描きます。
- 表現するならフィギュアスケートではなくバレエで、と思った理由は?
- 町田 フィギュアスケートは、ひとつの流れの中に音の強弱がある曲、例えば管弦楽などの表現に長けていますが、「バラード1番」はピアノ曲です。足の先におもりをつけたようなスケート靴では、ピアノが奏でる音の粒を掬い上げるのに限界がある。でも、バレエの軽やかでリズミカルなパを応用すれば、どんな素早い音の粒でも拾うことができると感じました。
- 高岸さんと町田さんは、それぞれどのように振付を考えているのですか?
- 町田 先生、先生はどこで振付けを作るのか教えてあげてくださいよ。
高岸 私ね、机で作るんです。びっくりでしょう? 作る時は動かないで、デスクに座って、まっさらの状態で始めるんです。音楽を何回も聴いて、何かがフッと湧いてくるまでイマジネーションを膨らませていきます。
町田 頭の中で踊っているんですね。
高岸 『ノクターン17番』は、最初の振りが浮かぶまで少し時間がかかりました。ストーリーが自分の中で明確になるにつれて、曲の中にある抑揚が感じられるようになってきたところです。

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- 町田 先生はパもノートに書きますよね。私はまったく逆なんです。スタジオで音楽を流し、頭を空っぽにして、これだと思う振りと出会うまで、とにかく動く。メモの代わりに動画で残しておきます。
- 『バラード1番』の冒頭、ピアノの音に合わせて目、耳、舌などをトントンと指でタッチする振付が印象的でした。
- 町田 男が過去を振り返り、五感で感じてきたことを観客に語り掛けている場面で、音を聴いた瞬間に「この音の振りはこうだ!」と閃きました。『バラード1番』を象徴する動きのひとつになっています。
- 町田さんは、多くの閃きを集めて振りを構築していくのでしょうか。
- 町田 確かに、作品の要所要所に配置するシンボリックな動きは閃きから生まれることが多いです。しかし、その象徴的な動きと動きの間に入る振りは、「次はこうしたことを表現している象徴的な動作がくるから、その直前の部分はこういうことを表現するような動作を配置しておかなければ辻褄が合わない」などと、極めて論理的に組み立てます。そうして振りと振り、動作と動作の間に論理飛躍が起きないようにするために、あるべき振付を考えて、トランプの七並べをするように構築し、完成させるんです。この作業は文章の推敲にもよく似ていますね。私は踊り手であり物書きでもありますが、振りを作る時と論文を書く時の頭の使い方はまったく一緒なんですよ。
上野 舞踊も文章も作品を作る点では変わらないということですよね。すごい。
町田 そして理想ばかりで作っても体力には限界がある。どの部分で体力を温存して最後まで踊りきるか、という「経済性」も当然意識します。

©Shoko Matsuhashi
- 水香さんは、ダンサーとしてさまざまな振付家の振付を踊っていますが、振付家によってリハーサルの方法も大きく変わるのでしょうか?
- 上野 そうですね。直樹さんや町田くんのように仕上がった状態で見せてくれる振付家もいれば、その場の感覚で振りを生み出す方もいます。例えばローラン・プティはお稽古場で曲を決めて、曲の最初から順々に振付けていくことが多いんですよ。しかも振りを渡した次の瞬間に忘れてしまうので、ちゃんと覚えておくように、と言われたこともあります(笑)。
高岸 ノイマイヤーもその場で組み立てていくタイプだと思うよ。一緒にクリエーションした時は、リハーサルの間じゅうアシスタントがいて、振りと音楽を確実に当てはめていく作業をこなしていたから。
町田 その場で振付けていくのにも憧れるけれど、もしかしたらリハーサルの間、ひとつも浮かばないかもしれない。それが怖いから私は事前に構築します(笑)。
高岸 私も(笑)。稽古場でダンサーを待たせたくないからね。
上野 プティさんは明確な振付のイメージを決めずにその場で進めていく方なので、こちら側も一緒に創っていく意識が必要ですし、振付どおりに踊る以上の創造性も求められます。そういう時、私の身体は勝手に動いて振りをアレンジしてしまうんです。それを褒めていただいたり、アイディアとして取り入れてくださったこともありました。
反対に、完全に振りを用意して来てくださる方と組む時には、その振付を正確に表現することを意識します。その中で少しずつ自分の表現を見つけていくことが多いですね。
- 去年『献呈』『楽興の時』で町田さんの振付作品を踊った時は、どんな印象をうけましたか?
- 上野 バレエ関係者の方だったら思いつかないような振りやアイディアがたくさんあって、とても面白い経験をさせてもらいました。とくに全方向を意識した振付は、四方をお客様に囲まれたリンクで表現をしてきた町田くんだからこそ生み出せるのだと思います。バレエは正面を意識した振りが多いため、どうしても背中のほうに隙が生まれやすくなります。ダンサーが身体を構築するために大切なのは、全身のバランスを意識すること。彼の振りからはそのエッセンスを感じ取ることができます。それを上手く活かせたら踊りが立体的になる気がするし、よりリアリティのある姿で舞台に立てるのでは思っています。

©Shoko Matsuhashi
- フィギュアスケートの会場では、前後左右に分かれた客席へどのようにアプローチするのでしょうか。
- 町田 アプローチ方法は千差万別ですが、振付家としては全方面から見ても見応えのあるものになるように空間を構成します。ただ演者としての私自身は、演技中に客席を意識したアプローチをすることはほとんどありませんでしたね。バレエについては高岸先生から、身体の中のエネルギーを背中から舞台前方へと放射線状に放つイメージでとご指導いただきました。目の前で実践していただいたのですが、放射線上の光を背に立つ先生のパワーは圧を感じるほどの輝きがあって、すごく勉強になりました。
- 町田さんの表現は非常にドラマティックですが、表現者としてとくに意識していることは?
- 町田 私は基本的に観客に向かって積極的にアピールすることはあまりありません。先生は自分を開いていくけれど、私はどちらかというと閉じていく。表現する時に客席との関係を断ち、完全な円で自身を覆ってしまうイメージ――つまり、自分の世界に閉じこもって踊ることが多いです。私は閉鎖的なほうが、表現していて心地いいんですよ。
高岸 町田くんに似たタイプはダンサーにもいますよね。ジル・ロマンもそうじゃないかな。私は彼らのように、身体に感情を束ねて表現するダンサーを観るのがすごく好きなんです。
町田 感覚やアプローチの違いはあるけれど、その違いを楽しむ。ぶつけ合って化学反応を起こして、360度の方向に発光していくような気持ちで構築していきたいですね。

©Ballet Channel
- 最後に、公演を楽しみにしているみなさんにメッセージを。
- 町田 今回のテーマのひとつは「限界突破」です。振付家としても自分のクリエイティビティのギリギリのところで挑戦しているし、踊り手としても肉体と精神のギリギリを攻めているし、本当にチャレンジングな作品。「バラード1番」を聴いた時から長年温めてきた構想を体現したいと思います。
上野 私たちも2度目の公演ができるのを嬉しく思っています。去年の舞台を楽しんでいただいた方も、今回初めてご覧になる方も、観てよかった! と思っていただける舞台を目指したい。再演する作品は前回よりもより良く、新作は新鮮さと驚きがあるようなものに仕上げていきたいと思っています。
高岸 この歳で彼らと同じ舞台に立ち、一緒に踊れることを奇跡のように感じています。2人の成長も感じますし、去年よりも膨らみのあるステージになると思います。ぜひ楽しみにしていてください。

©Ballet Channel
公演&イベント情報
〈上野の森バレエホリデイ2025〉特別公演
「Pas de Trois Encore 2025 上野水香×町田樹×高岸直樹 《バレエとフィギュアに捧げる舞踊組曲2》」

監修・構成:Atelier t.e.r.m
振付:高岸直樹、町田樹
演出・実演:高岸直樹、上野水香、町田樹
映像:加藤清之
音楽:フレデリク・ショパン、クロード・ドビュッシー、フランツ・シューベルト、ロベルト・シューマン(フランツ・リスト編曲)、エドヴァルド・グリーグより
【日時】
2025年
4月26日(土)16:00~17:10
4月27日(日)11:00~12:10/17:20~18:30
【会場】
東京文化会館 小ホール
【詳細】
上野の森バレエホリデイ2025 公演詳細ページ
NBS公式サイト公演詳細ページ
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〈上野の森バレエホリデイ 2025〉
【開催期間】2025年4月24日(木)~29日(火・祝)
【会場】東京文化会館 全館
【詳細】上野の森バレエホリデイ2025 公式サイト