“Contemporary Dance Lecture for Ballet Fans”
王子と姫はキスをするか?
●キス vs 妄想力
連載の第1回目からオレのようなオッさんがキスを話題にするのもどうかと思うが、なんといっても物語のあるバレエはほとんどが恋愛ストーリー。役割が明確にあり、愛し合う二人を中心に話は進んでいく。作品が作られた時代的な背景もあり、古典は様式美を重視しているが、現代バレエの演出では、実際に舞台上でキスする演出は珍しくはない。欧米ならば街中でもキスするカップルは普通に目にするし、リアリズムという点でも自然な流れのように思える。
今回はキスを通して、ダンスにおけるリアリティ、とくに「現実の動作をそのまま作品に持ち込む問題」について見てみよう。
コンテンポラリー・ダンスも、国や宗教にはよるが基本的にキスはタブーでない。とはいえ明確なストーリーのないものも多く、純粋に愛情表現としてキスをする必然性も低いだろう。
あったとしてもよほど戦略的なもの、たとえば同性愛のカップルや反目している属性の二人、というような「キス自体がひとつの強烈な意思表示になる場合」になってくる。
あるいは「心が通っていない」ことを示すために、あえて無表情でキスする、ということもあるか。
というのも、じつはキスをしたところで、なかなか「実際にキスしているという事実以上のもの」には、なりえないからだ。
「落語家が、いかにも美味そうに蕎麦をたぐる仕草は腕の見せ所だが、高座で本物の蕎麦を食べだしたら、それはただの食事」ということである。
キスをしそうなシーンで表現したいのは、あくまでも「相手を愛しているという心の動き」だ。
それは「ためらいながらも相手を見つめて胸が高鳴り思い切り抱きついてキスしたい」と思う、ほんとオッさんがこんなこと言っててすまんけど、「キスという具体的な行動に先立つ気持ちの高揚の表現」こそが重要なのだ。
妄想でもいい。いやむしろ妄想こそ王道。そこにこそ観客は胸を打たれる。バレエの魅力のひとつは、絢爛たる「妄想の宮殿」であることなのだから。
●抱擁がキスを上回る魔法 マクミラン『ロミオとジュリエット』
その点、さすがだなと呻らされたのはケネス・マクミランの『ロミオとジュリエット』である。
シェイクスピアの原作に描かれたジュリエットは13歳。現代の感覚だとまだ子どもだが、童謡にもあるとおり日本も昭和の初めまでは、「十五で姉やは嫁に行」っていたわけで、原作でも充分に大人の恋をする年齢として描かれる。
マクミランによる、幼いカップルのバルコニーでのパ・ド・ドゥでは、大部分をロミオがひざまずいた状態で踊るのが特徴的である。ジュリエットはひざまずくロミオの周りをそれこそ元気いっぱいに跳ね回ったあと、ロミオと抱き合う。普通ならジュリエットも同じように膝を折って、若いもん同士ワシャワシャ抱き合っていてもいいわけだが、そうはしないのだ。
重要なのは、このときのジュリエットはただ歩み寄って抱擁するのではない、ということだ。
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