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【第50回】ウィーンのバレエピアニスト〜アレッサンドラ・フェリがウィーン国立バレエ次期芸術監督に!

滝澤 志野

ウィーン国立バレエ専属ピアニストとして、バレエダンサーを音楽の力で支えている滝澤志野さん。
彼女は日々の稽古場で、どんな思いを込め、どんな音楽を奏でているのでしょうか。

“バレエピアニスト”というプロフェッショナルから見たヨーロッパのバレエやダンサーの“いま”について、志野さん自身の言葉で綴っていただく連載エッセイ。
日記の最後には、志野さんがバレエ団で弾いている曲の中から“今月の1曲”を選び、読者のみなさんのためだけに演奏した動画も掲載します。

更新は隔月(基本的に偶数月)です。美しいピアノの音色とともに、ぜひお楽しみください。

♪「ウィーンのバレエピアニスト 滝澤志野の音楽日記」バックナンバーはこちら

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ウィーン国立バレエ次期監督が発表に……!

そのニュースが飛び込んできたのは、2023年10月24日のことでした。

2025年9月から新監督を迎えるウィーン国立バレエ。次期芸術監督をまずバレエ団員に発表するとの通達があり、私たちはその日の朝9時半に、オペラ座の稽古場に集合しました。そこで出逢ったのは思いがけない光景。バレエ界のレジェンド、アレッサンドラ・フェリが私たちの前に現れたのです。どよめきののち、拍手がわき起こりました。

「はじめまして。再来年からウィーン国立バレエの監督として、ここでみなさんと一緒に働くことになりました、アレッサンドラ・フェリです」

情熱と冷静さを合わせ持った美しい言葉で語る彼女は、世界中の舞台で輝く女優ダンサー「アレッサンドラ・フェリ」とはまた違うオーラを纏っていて、その姿に見惚れてしまいました。それはまるで、夢のなかの出来事のようでもありました。

©2019 Amber Hunt

ある日突然、日常が変わる、ということがあるのですね。

バレエ団にとって、芸術監督が変わるというのは天地がひっくり返るくらい大きなことです。芸術的方針が変わり、それまで信じてやってきたことが次の日からは通用しない。多くの人が去り、スタッフもダンサーも総入れ替えということもあり得ます。

シュレプファー監督が退任する意向を発表して1年、次期監督についていろんな噂が立っていました。数人の著名なダンサーや振付家が候補に上がっているという話のなか、フェリが監督になる噂もありました。なぜなら、彼女は9月下旬の『ドン・キホーテ』公演を観にいらしていたのです。これまでウィーンにご縁のなかった彼女が公演を観にきているというのはいささか唐突で、次期監督候補なのではないか、いやまさか、と噂が飛び交っていました。結果、彼女は40人の応募者のなかから選ばれ、国立歌劇場およびフォルクスオーパーの両バレエ団を率いることになりました。

彼女を監督に迎えることになったウィーン国立バレエは、どんなバレエ団になるのでしょうか。

その日、ウィーン国立歌劇場でフェリを迎えての記者会見がおこなわれました。発表と同時に本人による記者会見というのは異例だったと思います。現地のメディアもこぞって取り上げたので、ピックアップしてまとめてみようと思います。

メディアが語る新監督

【KURIER紙】

「イタリアのプリマ・バレリーナ、アレッサンドラ・フェリ。彼女は“静かなる権威”でバレエ団の信頼を勝ち取るだろう」

1963年ミラノ生まれのフェリは、強い個性とダンサーとしてのキャリアを持つ。加えて2008年から2014年まではスポレート・フェスティバルの監督を務め、バレエ教師やリハーサルコーチとしても、長年にわたるプロフェッショナル経験を持ち合わせている。彼女の持つ国際的なネットワークこそが、今回の就任の決め手となった。フェリ次期監督は、レパートリー制を敷く大オペラハウスが必要としている古典演目と、現代的かつ最高レベルのダンス作品の両方に対し、つねに扉を開き続ける意思を表明した。

【DER STANDARD紙】

ウィーン国立歌劇場総監督のボクダン・ロシチッチは、自身の任期がスタートすると同時に、リスクを冒してスイスの振付家シュレプファーをバレエ監督に任命した。しかしながら、ウィーン国立バレエとは特別な歴史を持つバレエ団である。クラシック・バレエとモダン・バレエを共に同レベルで上演せねばならないという困難を課せられた輝かしいカンパニーであるからこそ、そのアプローチはうまくいかなかった。

「フェリはウィーン国立バレエにインスピレーションを与える理想的な人物だ」と、フォルクスオーパー監督は語る。40年以上にわたって踊り続けるフェリが、バレエ団を率いることになるのだ。彼女は大きなオペラハウスがどのように機能するか、またダンサーが何を必要としているのかをよく知っている。フェリを選択したことは、未来への希望となるだろう。

【NEWYORK TIMES紙】

アレッサンドラ・フェリの次なる幕:ウィーン国立バレエの新監督として

「人生は驚きに満ちている」。就任が正式に発表された翌日、ウィーンからロンドンに戻ったフェリは笑顔でそう語った。「でも、それは自然な流れであるようにも感じるんですよ」。彼女はウィーン国立バレエについて、さっそくビジョンを語ってくれた。

バレエ団の監督になることは、以前から考えていましたか?
「考えてはいましたが、実現に向けて具体的に照準を合わせていたわけではなく、監督職に応募したこともありませんでした。これまでの私は、ダンサーとして、たくさんの素晴らしい作品に全力で関わってきました。それは多くのコミットメントを要することでもあったわけですが、今夏の終わりに、ウィーン国立歌劇場から『話をしたい』と連絡があったのです。変化するべき時が来た。私は前へ進まなければいけない。今こそがその瞬間なのだーーそう直感しました」
ウィーン国立バレエについて、自分はどのくらい知っていると思いますか?

「私はこれまで、英国ロイヤル・バレエ、ミラノ・スカラ座バレエ、アメリカン・バレエ・シアター(ABT)、そしてハンブルク・バレエで仕事をしてきました。けれどもウィーン国立バレエには出演したことがありません。当然、最初は「ここは私が来ていい場所なのかしら?」と思いました。だって、私にはウィーン国立歌劇場と重ねた歴史がないのですから。でも、その事実こそがプラスになると気づいたのです。私はこのバレエ団に身を捧げながら、同時に客観視することもできるはず。新しいスタートを切るのに、これほど相応しい場所はない。そう思いました。私はミラノ・スカラ座のオペラハウス・システムの中で育ってきましたから、その構造はよく理解しています。ウィーンについては知らないけれど、バレエのことは知っているし、劇場のシステムも深く理解している。そして世界中で踊ってきて、さまざまなマネージメントのあり方を見てきたので、ひとつのやり方に固執することもないでしょう」

ウィーン国立バレエでは、いつの時代も古典作品が重要視されてきました。古典とコンテンポラリーのバランスについて、あなたの考えは?

「ウィーン国立バレエはクラシック・バレエの偉大な伝統を持つカンパニーのひとつですが、私は今を生き、未来を見据えるカンパニーでありたいと考えています。明らかなことは、その歴史と都市を反映した魅力的なバレエ団であらねばならないということ。そこには洗練がなければいけません。

おそらくは60%:40%くらいのバランスで古典とコンテンポラリーを上演することになるでしょうけれど、正直、今の時点ではまだ何とも言えません。さらに突き詰めるならば、『古典とは何か?』を問い直すべきかもしれませんね。19世紀の物語バレエだけでなく、20世紀や21世紀のモダン・クラシックもそこには含まれるでしょう。私は創作や新作も求めていますが、ここが“バレエ団”であることは、つねに心に留めておきたいと思います」

©Andrej Uspenski

粛々と春を待つ

以上、いくつかの新聞記事から抜粋してニュースをまとめてみました。彼女はバレエ団の監督を務めた経験はないので、どんな監督になるのかは未知数であり、私たちにとっては大きな期待と共に不安もあります。でも上記のニューヨークタイムズ紙を読んだ時、彼女の一言一句が、綺麗な水のように自然に心に染み渡りました。今はただ、これから訪れる未来を楽しみに待ちたいと思います。

私が日本の新国立劇場で仕事を始めた2004年、フェリとアンヘル・コレーラをゲストに迎えて上演された『ロミオとジュリエット』の衝撃を、今も忘れられません。第1幕最後のバルコニーのパ・ド・ドゥで魂を射抜かれ、休憩時間に席を立てなかったのです。あんなことは後にも先にもありません。「今、私は何を見たのだろうか」と。それから2007年のフェリ引退公演では、彼女の舞台姿を心に焼きつけるべく、瞬きするのも惜しんでその一挙手一投足を見守りました。初めてご本人とお話ししたのは2019年、来日公演で『マルグリットとアルマン』を踊った時だったと思います。直近では2022年のミラノ・スカラ座で「カルラ・フラッチ・ガラ」に出演された際、公演後のディナーをご一緒させていただきました。その時、この先はもうアレッサンドラ・フェリさんにお会いすることはないかもしれないと思い、これまで自分が観た彼女の舞台の感動をお伝えしたのです。彼女の舞台を初めて観てから20年、ここウィーンでこんなご縁が繋がろうとは、不思議なものです。もちろん、監督が変わるということは、私も含めて全員がここに残れる保証はないのですが、どういうことになってもそれはご縁です。美しい花が咲く春を待つような気持ちで、フェリ時代を楽しみに待ちたいと思います。彼女にとって、ウィーン国立バレエにとって、ウィーンの街にとって、この出逢いが素晴らしいものでありますよう、願ってやみません。

ミラノにて、フェリさんと

そんな大ニュースが舞い込んできた2023年も終わりを告げようとしていますが、ウィーン国立バレエは12月23日にトリプルビル公演の初日を控えています。私は、ハンス・ファン・マーネン振付『コンチェルタンテ』にて、フランク・マルタンの協奏曲を弾きます。先月からの『眠れる森の美女』公演に続き、このトリプルビルの発表会では、ブラームスのピアノ作品を演奏したこともあり、12月は本番続き。プレッシャーも大きいけれど、音楽家冥利に尽きる、という感じですね。

新作発表のマチネ公演にて

『コンチェルタンテ』はハープとチェンバロとピアノのための協奏曲で、ピアノコンチェルトとはまた違った楽しみがあります。かなりトリッキーな曲であるにも関わらず、このダンスのために作曲されたかのように、振付がぴたりと音楽に寄り添います。ファン・マーネンの偉大な音楽性に魅了される作品なので、12月27日のライブストリーミングを是非ご覧になってくださいね。

今年はなんといっても初リサイタルをおこない、ソロアルバムを出すこともできました。私の2023年を漢字一文字で表すなら、「翔」だなと思います。腱鞘炎などの苦しみもありましたが、大きく翔べたこと、周りの方々に心から感謝しています。みなさまにとっても、来たる2024年が豊かな芸術に満たされる、素晴らしい年になりますように。

どうぞ良いお年をお迎えください。

今月の1曲

12月といえば『くるみ割り人形』。新しいソロアルバム「Brilliance of Ballet Music〜バレエ音楽の輝き」には『くるみ』から4曲入れましたが、そのなかから「葦笛の踊り」をお届けします。今回はちょっと趣向を変えて、クリスマスシーズンを迎えたウィーンの街を撮ってみました! 音楽と共に、ヨーロッパのクリスマスを味わっていただけたらと思います。

★次回更新は2024年2月20日(火)の予定です

Now on Sale

Brilliance of Ballet Music~バレエ音楽の輝き

滝澤志野による、珠玉の作品を1枚に収めたピアノソロアルバム。

<収録曲>
1.『眠れる森の美女』第3幕 グラン・パ・ド・ドゥよりアダージオ(チャイコフスキー)
2.『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』よりアダージオ(チャイコフスキー)
3.『ジュエルズ』ダイヤモンドよりアンダンテ/交響曲第3番第3楽章(チャイコフスキー)
4.『瀕死の白鳥』/「動物の謝肉祭」第13番「白鳥」(サン=サーンス)
5.『マノン』第3幕 沼地のパ・ド・ドゥ/宗教劇「聖母」より(マスネ)
6.『椿姫』第2幕/前奏曲第15番「雨だれ」変ニ長調(ショパン)
7.『椿姫』第3幕 黒のパ・ド・ドゥ/バラード第1番 ト短調(ショパン)
8.『ロミオとジュリエット』第1幕 バルコニーのパ・ド・ドゥ(プロコフィエフ)
9.『くるみ割り人形』第1幕 情景「松林の踊り」(チャイコフスキー)
10.『くるみ割り人形』第2幕 葦笛の踊り(チャイコフスキー)
11.『くるみ割り人形』第2幕 花のワルツ(チャイコフスキー)
12.『くるみ割り人形』第2幕 グラン・パ・ド・ドゥよりアダージオ(チャイコフスキー)

●演奏:滝澤志野
●発売元:株式会社 新書館
●販売価格:3,300円(税込)
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♪試聴・音楽配信でのご購入はこちら

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Dear Chopin(ディア・ショパン)〜Music for Ballet Class

滝澤志野さんの5枚目となる新譜レッスンCDがリリースされました!
志野さんがこよなく愛する「ピアノの詩人」ショパンのピアノ曲で全曲を綴った一枚。
誰もがよく知るショパンの名曲や、『レ・シルフィード』『椿姫』などバレエ作品に用いられている曲等々を、すべて志野さんの選曲により収録しています。
それぞれのエクササイズに適したテンポ感や曲の長さ、正しい動きを引き出すアレンジなど、レッスンでの使いやすさを徹底重視しながら、原曲の美しさを決して損なわない繊細な演奏。
滝澤志野さんのピアノで踊る格別な心地よさを、ぜひご体感ください。

ドキュメンタリー風のトレイラー全収録曲リストなど、詳細はこちらのページでぜひご覧ください
♪ご購入はこちら

●CD、52曲、78分 ●価格:3,960円(税込)

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Dear Tchaikovsky(ディア・チャイコフスキー)〜Music for Ballet Class

バレエで最も重要な作曲家、チャイコフスキーの美しき名曲ばかりを集めてクラス用にアレンジ。
バレエ音楽はもちろん、オペラ、管弦楽、ピアノ小品etc….
心揺さぶられるメロディで踊る、幸福な時間(ひととき)を。

●ピアノ演奏:滝澤志野
●監修:永橋あゆみ(谷桃子バレエ団 プリンシパル)
●発売元:新書館
●価格:3,960円(税込)

★収録曲など詳細はこちらをご覧ください

ドラマティック・ミュージック・フォー・バレエ・クラス1&2&3 滝澤志野  Dramatic Music for Ballet Class Shino Takizawa (CD)
バレエショップを中心にベストセラーとなっている、滝澤志野さんのレッスンCD。Vol.1では「椿姫」「オネーギン」「ロミオとジュリエット」「マノン」「マイヤリング」など、ドラマティック・バレエ作品の曲を中心にアレンジ。Vol.2には「白鳥の湖」「眠れる森の美女」「オネーギン」「シルヴィア」「アザー・ダンス」などを収録。Vol.3ではおなじみのバレエ曲のほか「ミー&マイガール」や「シカゴ」といったミュージカルナンバーや「リベルタンゴ」など、ウィーンのダンサーたちのお気に入りの曲をセレクト。ピアノの生演奏でレッスンしているかのような臨場感あふれるサウンドにこだわった、初・中級からプロフェッショナル・レベルまで使用可能なレッスン曲集です。
●ピアノ演奏:滝澤志野
●Vol.2、Vol.3監修:永橋あゆみ(谷桃子バレエ団 プリンシパル)
●発売元:新書館
●価格:各3,960円(税込)

配信販売中!

現在発売されている滝澤志野さんのベストセラー・CDを配信版でもお買い求めいただけます。
下記の各リンクからどうぞ。

★作曲家シリーズ
♪Dear Tchaikovsky https://linkco.re/pEHd0G2A?lang=ja

★「Dramatic Music for Ballet Class」シリーズ

★滝澤志野さんのアーティスト情報ページはこちら

この記事を書いた人 このライターの記事一覧

大阪府出身。桐朋学園大学短期大学部ピアノ専攻卒業、同学部専攻科修了。2004年より新国立劇場バレエ団のピアニスト。2011年よりウィーン国立バレエ専属ピアニストに就任。 レッスンCD「Dramatic Music for Ballet Class」Vol.1、2、3、「Dear Tchaikovsky~Music for Ballet Class」、「Dear Chopin〜Music for Ballet Class」をリリース(共に新書館)。国内のバレエショップを中心にベストセラーとなっている。2023年7月大阪・東京で初のピアノソロリサイタルを開催。初のピアノソロアルバム「Brilliance of Ballet Music~バレエ音楽の輝き」も同時発売。

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