文/海野 敏(東洋大学教授)
第4回 グランド・ピルエット
■ダイナミックな回転技
第3回に紹介したピルエットは、通常は動脚をルティレ(つま先を軸脚の膝にあてた姿勢)にして回りますが、動脚を身体の真横に水平または水平近くに伸ばしたままで回る動きを「ピルエット・ア・ラ・スゴンド」(pirouette à la seconde)と言います。「ア・ラ・スゴンド」(第2の)はバレエでは真横の方向を意味しており、同じ動きを「ア・ラ・スゴンド・トゥール」と呼ぶこともあります。
「グランド・ピルエット」(grande pirouette)は、このピルエット・ア・ラ・スゴンドの連続技で、ピルエット・ア・ラ・スゴンドを複数回続けた後、さらに動脚を下ろさずピルエットで締めくくる超絶技巧です。動脚が横に伸びたままの回転は、空間に大きな円を描く動きとなり、たいへんダイナミックで力強く見えます。古典全幕バレエでは、おもに男性ソロの見せ場に登場する、開放的で華やかなテクニックです(注)。
鑑賞者の目線から言えば、美しいグランド・ピルエットの条件は前回お伝えした「美しいピルエットの条件」と同じで、動きが円滑で回転が安定していることです。しかし、回転のあいだ横に伸ばした動脚がぐらぐらしないようキープするのは、通常のピルエットよりもたいへんです。ダンサーは、優れた平衡感覚と強い筋力を鍛えなければなりません。
古典全幕バレエでは、グラン・パ・ド・ドゥのコーダで、しばしば男性主役がグランド・ピルエットを披露します。ピルエット・ア・ラ・スゴンドで連続回転(例えば16回)をした後、最後に動脚をルティレまたはスュル・ル・ク・ド・ピエ(つま先を軸脚の足首にあてた姿勢)にして、軸脚の踵を上げたまま4回転、5回転の連続ピルエットをして回転を締めくくるのが定番です。
グランド・ピルエットの応用技としては、軸脚の踵を上げたままの連続回転があります。ピルエット・ア・ラ・スゴンドは軸脚の踵を上げて1回転(360度)が基本ですが、一気に2回転(720度)、3回転(1080度)も可能です。しかし、鍛えたダンサーでも動脚が横に伸びたままの姿勢を長く保つのは難しく、ピルエットのように踵を上げたまま5回も6回も連続させることはできません。
■作品の中のグランド・ピルエット
上述の通り、古典全幕バレエのクライマックスでは、グラン・パ・ド・ドゥのコーダで男性主役がグランド・ピルエットを披露します。しかも、女性主役のグラン・フェッテの連続回転に続いて、男性主役がグランド・ピルエットで回転する構成になっているコーダがたくさんあります。グラン・フェッテとグランド・ピルエットは、好一対の超絶技巧と言ってよいでしょう。また、男性主役のヴァリエーションにも、グランド・ピルエットはよく登場します。
以下、グランド・ピルエットが登場する作品名と役名を並べてみましょう(作品名の五十音順。幕数は演出によって異なります)。
- 『海賊』第2幕、アリ(ヴァリエーション、コーダ)
- 『くるみ割り人形』第2幕、くるみ割りの王子(コーダ)
- 『ドン・キホーテ』第3幕、バジル(コーダ)
- 『白鳥の湖』第3幕、ジークフリート王子(コーダ)
- 『ラ・バヤデール』第2幕、ソロル(ヴァリエーション)
20世紀に作られた古典作品では、『パリの炎』第4幕のグラン・パ・ド・ドゥのコーダで、主役男性のフィリップがグランド・ピルエットを披露します。『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』のコーダと『グラン・パ・クラシック』のコーダにも、男性によるグラン・ピルエットの場面があります。なお『グラン・パ・クラシック』のコーダでは、女性ダンサーも、グラン・フェッテの連続回転の途中にピルエット・ア・ラ・スゴンドを挿入しますが、これもグランド・ピルエットの応用技と言ってよいかもしれません。
フレデリック・アシュトン振付の『ラ・フィーユ・マル・ガルデ』(リーズの結婚)でも、第3幕のコーダで、男性主役のコーラスがグランド・ピルエットの応用技を披露します。軽快な音楽に乗りながら、「通常のピルエットのダブル→ピルエット・ア・ラ・スゴンド」の組み合わせを8回も繰り返すのです。
(注)なお川路明編著『新版バレエ用語辞典』(東京堂出版, 1988)によれば、「レガット派では、ピルエット・ア・ラ・スゴンドのことをグランド・ピルエットという」そうです。赤尾雄人著『バレエ・テクニックのすべて』(新書館, 2002)でも、グランド・ピルエットとピルエット・ア・ラ・スゴンドを同じものと紹介しています。
(発行日:2019年7月25日)
次回は…
第5回は、もうひとつのピルエットの連続技である「リエゾン・ド・ピルエット」(ペアテ)を取り上げます。発行予定日は、2019年8月25日です。
第6回は「ピケ・トゥールネとシェネ」を予定しています。