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【5/19開幕】キッドピボット来日公演「リヴァイザー」特集 ① 身体が暴く、言葉の奥に潜む未知(舞踊ジャーナリスト・實川絢子)

實川 絢子

キッドピボット『リヴァイザー』 ©️Four Eyes

いま世界で最も熱い注目を集めている振付家、クリスタル・パイト。彼女が率いるカナダ・バンクーバーのカンパニーKIDD PIVOT(キッドピボット)が、ついに初来日を果たします。

パイトは2019年のNDT (ネザーランド・ ダンス・シアター)来日公演で大きな話題を呼んだ『ザ・ステイトメント』の振付家。今回上演される『リヴァイザー/検察官』は、2022年、イギリス演劇界で最も権威ある賞と言われるローレンス・オリヴィエ賞最優秀作品賞を受賞した作品です。

作品タイトルとなっている原作「検察官」は、ウクライナ出身の劇作家ニコライ・ゴーゴリによりロシア語で描かれた代表的戯曲で、1836年に5幕の喜劇 として発表されたもの。腐敗政治がはびこるロシアのある地方都市を舞台に、当時の役人を風刺する内容の茶番劇です。
この原作をもとに劇作家のジョナソン・ヤングが書いた脚本を、俳優が朗読。その録音を音楽の代わりに用いて、多様で強靭で表現力豊かな身体を持つダンサーたちのムーブメントが繰り出されていきます。

今回の来日公演は2023年5月19日(金)に愛知県芸術劇場で開幕。続いて5月27日(土)・28日(日)の両日、神奈川県民ホールで上演されます。

同作品をより深く楽しむために、バレエチャンネルの人気連載「英国バレエ通信」でもおなじみの舞踊ジャーナリスト・實川絢子さんによる作品解説をお届けします。

※この記事は、キッドピボット『リヴァイザー』来日公演パンフレットより特別掲載しています

◇◆◇

「答えのない難解な問いを、ダンスに翻訳する——そんな挑戦こそが、私を創作へと駆り立ててくれます。未知の領域に足を踏み入れる時の緊張状態が、私の創造性や踊りの出発点であり、それを人々と共有したいのです。劇場に集まった人々と、ともに未知なるものに遭遇し、対峙する状況を創り出すことを目指しています」(*1)と語るカナダ人振付家クリスタル・パイト。2022年に英国ローレンス・オリヴィエ賞を受賞した『リヴァイザー』(2019年初演)の場合も、すべてはそこから始まった。

原作は、1835年に発表されたゴーゴリによる戯曲『検察官』。政治腐敗のはびこるロシアの小都市を舞台に、査察に来た高官に間違えられた通りすがりの男が、それを逆手にとって汚れきった役人たちを散々利用するという全5幕の風刺喜劇だ。主人公の青年におべっかを使って取り入ろうとする市長や役人たち、そして検察官になりすまして大ぼらをふく主人公など、表面ばかりの言葉の応酬とその裏にある本心のギャップが笑いをもたらす。パイトが注目したのは、この〈言葉〉の水面下に潜む〈未知〉の領域だ。

パイトがとった手法は、『べトロッフェンハイント』(2015年初演)や2019年のNDT(ネザーランド・ダンス・シアター)来日公演で話題になった『ザ・ステイトメント』(2016年初演)と同様、あらかじめ録音しておいた俳優による台本の朗読を、音楽の代わりに使用するというもの。3度目のコラボレーションとなる劇作家のジョナソン・ヤングが手がけた台本は、人違いされた主人公の職業を、ロシア語の原題〈Revizor〉にかけて〈Revisor〉(公文書等の校正者)と設定した点がユニークだ。饒舌な台詞は、物語やダンスの意味を観客に説明するためにあるのではなく、繰り返される〈リヴィジョン〉を通じて言葉と身体表現を拮抗させることで、その深層にある未知なるものを暴くために存在している。

キッドピボット『リヴァイザー』 ©️Four Eyes

パイトが〈笑劇〉のパートと呼ぶ作品の前半では、家具が置かれた空間にそれぞれの役職を象徴する衣裳に身を包んだダンサーが登場し、一見自然主義演劇のような舞台が展開する。ヤングが手がけた台詞は、抑揚に富み、リズミカルでまるで音楽のよう。表情豊かなダンサーたちが正確にリップシンクしながら、そのリズムやイントネーションに合わせて、誇張されたマイム的な動きや、マリオネットのような不自然さを残しつつも驚くほどスピード感あふれるダイナミックな動きを見せていく(英国ガーディアン紙の舞踊評論家サンジョイ・ロイ氏はそれを、「フィジカル・リップシンキング」と表現している)。

そんな〈笑劇〉のパートは、唐突に終わりを迎える。主人公に、政治腐敗の〈抽象的な具体的証拠〉を持っていると告白したデスーザ牧師が、まるで傷のついたレコードのように同じ台詞でつっかえ始めると、不穏な電子音楽とともにいつの間にか重厚な衣裳や家具は姿を消し、「You just have to go deeper and deeper…(より 深く深く深く)」という台詞にある通り、言葉で描写される物語世界の向こう側に入り込んでいく。

キッドピボット『リヴァイザー』 ©️Four Eyes

まるで取り繕われた表面上の言葉が剥がれ落ちて真実がむき出しになるように、重厚なコートや帽子を脱いでシンプルなダンスウェアに着替えたダンサーたちは、それぞれのキャラクターの深層にあるものを表現する。暗い照明の中で、今見たばかりの〈笑劇〉のパートと同じようで同じでない、デジャヴュのような場面が繰り返されるが、そこで展開するのは、マイム的な要素が弱まり、より流動的で、どこか動物的な野性味を湛えたダンスだ。同時に、「人物1 頭を挙げ 右へ移動」、「人物2を向き 喋るように頭を動かす」、「人物2 振り返り 示し 詳しく語る」といったダンサーの動きやト書きが機械的なトーンで読み上げられていく。〈笑劇〉のパートでは録音済みの〈言葉〉に合わせて身体が動いているように見えたのに対し、今度はその関係が逆転して、言葉が身体の動きを実況中継しているようにも見える。この劇的なシフトが起こる中盤以降の部分を、パイトとヤングは〈未知〉あるいは〈脱構築〉のパートと呼んでいるが、言葉による笑劇を身体表現によってリヴァイズしたかのようなこのセクションこそ、パイトの振付の真骨頂といえる部分だろう。

パイトは、この〈未知〉あるいは〈脱構築〉のパートの振付方法を、以下のように説明している。「まず、前半の〈笑劇〉における身体の動きのみを、台詞なしで見直したんです。まるでミュートにして演劇を見ているみたいに。そしてその動きそのものを言葉で描写し直して、そのテキストを、ダンスでより極端な形へと膨らませていきました。例えば、〈詳しく説明する〉という言語による描写は、身体を使ってどこまで表現できるだろうか、というように。私にとっては、テキストがあることで、どんな振付にすればいいかは明確でした」(*2)

キッドピボット『リヴァイザー』 ©️Michael Slobodian

どこかデイヴィッド・リンチ監督の『ツイン・ピークス』を彷彿とさせる、不気味で不条理な世界は、汚職や収賄で汚れきった役人たちの心の奥底に渦巻く不安や恐れを暴く。そんな彼らの不安を象徴するかのような〈モンスター〉が登場し、さらには強気に振る舞う主人公自身の不安が露呈されると、突如、ダンサーたちは再び鎧のように重厚な衣服を身につけて、もとの笑劇の世界へと戻る。しかし、主人公が書いた手紙を盗み見た郵便局長が繰り返す「Kill the comedy」の台詞に象徴されるように、笑劇の裏にある闇に触れた観客はもはや、それを無邪気に笑い飛ばすことはできない。

いうまでもなく、舞踊も言葉も、それによってしか表現し得ない世界がある。パイトによるこの作品がユニークなのは、物語を説明するためにその両者を補完的に用いるのではなく、舞踊と言葉のパワーバランスを繰り返し〈リヴァイズ〉する過程を通じて、その奥にある不穏な未知なるものをむき出しにしようと試みた点にあるだろう。言葉と身体表現を徹底的に対峙させることで見えてくる刺激的な新しい世界が、ここにある。

キッドピボット『リヴァイザー』 ©️Michael Slobodian

*1 2022年10月英国ロイヤル・バレエ「Light of Passage」プログラムより筆者訳
*2 2020年3月3日ロンドン公演でのポストパフォーマンス・トークより筆者訳

公演情報

キッドピボット『リヴァイザー』

【愛知公演】
●日時 2023年5月19日(金)19:00
●会場 愛知県芸術劇場 大ホール
●詳細・問合せ 愛知県芸術劇場
☎️052-211-7552(10:00-18:00)

【神奈川公演】
●日時
2023年5月27日(土)18:30
2023年5月28日(日)14:00
●会場 神奈川県民ホール 大ホール
●詳細・問合せ 神奈川県民ホール
☎️045-662-5901(代表)

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この記事を書いた人 このライターの記事一覧

東京生まれ。東京大学大学院およびロンドン・シティ大学大学院修了。幼少より14年間バレエを学ぶ。大学院で表象文化論を専攻の後、2007年に英国ロンドンに移住。2009年より舞踊ライターとしての活動を始め、シルヴィ・ギエム、タマラ・ロホ、ジョン・ノイマイヤーをはじめとするダンサーや振付家のインタビューを数多く手がけるほか、公演プログラムやウェブ媒体、本、雑誌などにバレエ関連の記事を執筆、大学シンポジウムにて研究発表も行う。長年会社員としてマーケティング職に従事したのち、現在は一児の母として育児にも奮闘している。

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