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【第42回】ウィーンのバレエピアニスト〜滝澤志野の音楽日記〜「オーケストラのピアノパート」を弾く、ということ

滝澤 志野

ウィーン国立バレエ専属ピアニストとして、バレエダンサーを音楽の力で支えている滝澤志野さん。
彼女は日々の稽古場で、どんな思いを込め、どんな音楽を奏でているのでしょうか。

“バレエピアニスト”というプロフェッショナルから見たヨーロッパのバレエやダンサーの“いま”について、志野さん自身の言葉で綴っていただく月1連載。
日記の最後には、志野さんがバレエ団で弾いている曲の中から“今月の1曲”を選び、バレエチャンネルをご覧のみなさんのためだけに演奏した動画も掲載します。

美しいピアノの音色とともに、ぜひお楽しみください。

「オーケストラのピアノパート」を弾く

ウィーンに美しい季節がやってきました。
先日、久しぶりに秋色に染まるウィーンの葡萄畑を訪れました。

世界を見渡しても、首都に葡萄畑があるのはここウィーンだけだといいます。
ウィーンは小さな街なので、劇場から30分でこんな葡萄畑にエスケープできてしまう。私がウィーンを愛する理由のひとつがここにあります。

この季節だけのお楽しみ、シュトゥルムと呼ばれる発酵途中のワインを味わいます

ベートーヴェンの散歩道を歩く帰り道も贅沢で、ウィーン流週末エネルギーチャージは完了です。

さて、ウィーン国立バレエでは、2022年10月24日に初演を迎える、シュレプファー振付『眠れる森の美女』の稽古が佳境を迎えています。私はこの公演では、オーケストラでピアノパートを弾くことになっています。この『眠り』のピアノパートは、私が初めてウィーンのオーケストラで弾いた曲で、ここに就職した1年目の思い出が詰まっています。

オーケストラピットにて

先日、舞台稽古でオケピで弾いていると、初めて弾いたあの時を思い出し、なんとも甘酸っぱい気持ちになりました。私は何年たっても慣れるということがなく、その時どきでの課題に向き合っている気がしますが、それでも若葉マークをつけて弾いていたあの頃とは、また違う場所にいるのでしょう。オーケストラのピアノパート演奏は、劇場専属ピアニストの大事な業務なので、今月はそれ(※ピアノ協奏曲以外)にスポットを当ててみたいと思います。

じつは、いわゆる「オーケストラ」には、ピアノは含まれていません。ピアノの正規楽団員はいないのです。バロック時代、ピアノの前身であるチェンバロが管弦楽と共に和音を奏でることは普通にありましたが、古典派とロマン派初期にはピアノがオケで使われることはなく、現代のピアノがオーケストラ作品に初登場するのは19世紀末。『眠れる森の美女』の初演は1890年なので、ピアノを編成に入れた管弦楽は当時はとても珍しいものだったでしょう。ピアノは、一台でオーケストラを網羅する音域と音色を持つ楽器ですが、いざオケの中に入ると意外と異質で、良くも悪くも目立つのです。管弦楽と違い、ピアノは1オクターヴを12で割った平均律でできている楽器だということも、その大きな理由のひとつです。

しかし20世紀以降、ストラヴィンスキーやプロコフィエフの活躍により、ピアノパートがあるバレエ作品も増えていきました。

ちなみに、劇場つきピアニストは、ピアノに限らず、チェレスタ、チェンバロ、パイプオルガン、シンセサイザーと、鍵盤ものは何でも弾きます。各楽器を専門的に勉強したわけではないのですが、オルガンなどは先輩から教わったり、空き時間に楽器に触れたりして、現場で学んでいきます。

こちらはウィーン国立歌劇場のパイプオルガン。劇場の最上階に置かれてあり、指揮者のモニターを見ながら弾いた音が舞台に通じるようになっています。客席の天井桟敷より高いところに楽器があるので、あたかも天上から音が響いてくるように聞こえるかもしれません。

2012年の「ヌレエフ・ガラ」で金平糖のチェレスタを初めて弾くことになり、空き時間にチェレスタを練習していました。

こちらはチェンバロ。ノイマイヤー振付『バッハ組曲』で弾きました。

バレエ作品の有名なピアノパートは?

ここで、バレエ作品の有名な鍵盤パートを挙げてみましょう。

  • 『くるみ割り人形』第2幕 金平糖の精のヴァリエーション チェレスタソロ
  • 『ライモンダ』第3幕 ライモンダのヴァリエーション ピアノソロ
  • 『ロミオとジュリエット』第1幕 バルコニー・パ・ド・ドゥ冒頭 オルガンソロ
  • 『ペトルーシュカ』
  • 『タランテラ』

金平糖の精のチェレスタパート譜

バレエがお好きな方ならその音楽がすぐに頭に浮かぶくらい、どれも印象的なシーンですよね。

他にも、『シンデレラ』『アルミードの館』『眠れる森の美女』『マイヤリング(うたかたの恋)』『プルチネルラ』等のバレエ作品ほか、多くの楽曲のピアノパートをオケで弾いてきました。どれもやはり比較的近現代の作品です。

『マイヤリング』のピアノパート譜。この作品のピアノパートはピアノ協奏曲と同じくらい難しく、大変な演目でした

ちなみに、『ジゼル』『海賊』『コッペリア』『ドン・キホーテ』『ラ・シルフィード』など、バレエ芸術が開花した19世紀半ばの音楽には、まだピアノパートは登場しません。
20世紀に入り、バレエ・リュスが栄え、さらにバランシン、ロビンスが活躍する時代を迎えると、バレエ界ではピアノソロが重宝されるようになります。私は、バレエとピアノの音色はとても合う、そしてどこか似ていると思っています。共通点は、エレガンス、きらめき、透明感、そしてダイナミックさと繊細さを兼ね備えているところ……。

ピアノパートの立ち位置と求められる音色

さて、今回上演する『眠れる森の美女』。ピアノパートのハイライトは間違いなく、第3幕オーロラ姫とデジレ王子のグラン・パ・ド・ドゥ、アダージオに出てくるキスシーン「グリッサンド・ソロ」でしょう。その他、宝石の踊りにもピアノが多用されていて、第3幕の結婚式で初めてピアノパートを書いたチャイコフスキーの意図が汲みとれます。クリスタルなきらめき、輝く音色、そのようなものをイメージしたのではないでしょうか。通常、オケにピアノは含まれていない分、ピアノパートが書かれている作品では、ピアノを使う意味と存在感が必要とされます。私はピアノの音色を愛しているので、その音色を存分に響かせて届ける、このオケ中ピアノ(と日本では言われています)は、なかなか向いている仕事だと我ながら思います。

オケで弾く時は、フルスコア(総譜)をチェックし、他の楽器とのバランスやタイミングを考えます。音色や音量のバランス、あと、ピアノは打鍵したら瞬時に音が鳴るのに対し、楽器によっては同じ指揮を見ていても音が出るタイミングが違うので、その時差を計算したりもします。とくにウィーンのオケは、初めて振りに来た指揮者が驚くくらい演奏のタイミングが指揮棒より遅いので(それがウィーンの音楽の豊かさなのです)、最初は戸惑いました。どのタイミングで音を出したらいいんだ、と(笑)。前述したように、ピアノは印象的な響きが求められるので、消極的な音では弾けません。指揮を見る技術は勉強も必要ですが、ひたすら経験を積んで慣れるのが吉ですね。音楽武者修行!

あと、ピアノパートは要所要所にしか出番がないことが多いので、何十小節もの休みを数えることも仕事の一部であります。さすがに本番ではありませんが、オケの稽古では数え間違いをして、弾かないままに出番が終わっていたという失敗もありました。複雑な現代曲でトリッキーなものを数えなければいけない時は、小声で日本語で数えています(笑)。

ウィーン国立歌劇場管弦楽団は、ウィーンフィルとしての活動でも広く知られている世界最高峰のオケであり、そのオケで演奏するのは最高に幸せなことで。指揮者とコンサートマスターのもと、皆でハーモニーを奏でると(それも長々とダンサーたちと辛苦を共にしてきた大好きな音楽を!)、得難い喜びと共に、日々大きな糧をいただいているという気持ちになります。

さて、もうすぐ初演。クリスタルなピアノの音色でオーロラ姫とデジレ王子の結婚式に華を添えてくるとしましょう。

【追伸】
ひとつお知らせがあります。今年のワールド・バレエ・デーに、例年通りウィーン国立バレエも参加するのですが、私は『リーズの結婚』の稽古でピアノを弾いていて、その収録を先日終えました。

世界中のバレエ団がライブする、お祭りのような一日。
11月2日の放映を是非ご覧になってくださいね。

今月の1曲

『眠れる森の美女』から1曲を。プロローグの妖精の登場をお届けします。この曲は私の4枚目のCD『Dear Tchaikovsky』の1曲目に収録した曲です。オーロラ姫の誕生を祝してたくさんの妖精たちがやってきて、バレエを愛する皆に魔法をかける……そんなイメージで選んだ大好きな曲です。

2022年10月20日 滝澤志野

★次回更新は2022年11月20日(日)の予定です

【NEWS】 配信販売スタート!
滝澤志野さんのベストセラー・レッスンCD「Dramatic Music for Ballet Class」(ドラマティック・ミュージック・フォー・バレエ・クラス)に続き、2021年にリリースしたCD「Dear Tchaikovsky〜Music for Ballet Class(ディア・チャイコフスキー〜ミュージック・フォー・バレエ・クラス)の配信販売もスタートしました!

♪Dear Tchaikovsky https://linkco.re/pEHd0G2A?lang=ja

「Dramatic Music for Ballet Class」シリーズはこちらから?
★滝澤志野さんのアーティスト情報ページはこちら

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Dear Tchaikovsky(ディア・チャイコフスキー)〜Music for Ballet Class
ウィーン国立バレエ専属ピアニスト 滝澤志野

ベストセラーCD「ドラマティック・ミュージック・フォー・バレエ・クラス」でおなじみ、ウィーン国立バレエ専属ピアニスト・滝澤志野の新シリーズ・レッスンCDが誕生!
バレエで最も重要な作曲家、チャイコフスキーの美しき名曲ばかりを集めてクラス用にアレンジ。
バレエ音楽はもちろん、オペラ、管弦楽、ピアノ小品etc….
心揺さぶられるメロディで踊る、幸福な時間(ひととき)を。

●ピアノ演奏:滝澤志野
●監修:永橋あゆみ(谷桃子バレエ団 プリンシパル)
●発売元:新書館
●価格:3,960円(税込)

★収録曲など詳細はこちらをご覧ください

 

ドラマティック・ミュージック・フォー・バレエ・クラス1&2&3 滝澤志野  Dramatic Music for Ballet Class Shino Takizawa (CD)
バレエショップを中心にベストセラーとなっている、滝澤志野さんのレッスンCD。Vol.1では「椿姫」「オネーギン」「ロミオとジュリエット」「マノン」「マイヤリング」など、ドラマティック・バレエ作品の曲を中心にアレンジ。Vol.2には「白鳥の湖」「眠れる森の美女」「オネーギン」「シルヴィア」「アザー・ダンス」などを収録。Vol.3ではおなじみのバレエ曲のほか「ミー&マイガール」や「シカゴ」といったミュージカルナンバーや「リベルタンゴ」など、ウィーンのダンサーたちのお気に入りの曲をセレクト。ピアノの生演奏でレッスンしているかのような臨場感あふれるサウンドにこだわった、初・中級からプロフェッショナル・レベルまで使用可能なレッスン曲集です。
●ピアノ演奏:滝澤志野
●Vol.2、Vol.3監修:永橋あゆみ(谷桃子バレエ団 プリンシパル)
●発売元:新書館
●価格:各3,960円(税込)

この記事を書いた人 このライターの記事一覧

大阪府出身。桐朋学園大学短期大学部ピアノ専攻卒業、同学部専攻科修了。2004年より新国立劇場バレエ団のピアニスト。2011年よりウィーン国立バレエ専属ピアニストに就任。 レッスンCD「Dramatic Music for Ballet Class」Vol.1、2、3、「Dear Tchaikovsky~Music for Ballet Class」、「Dear Chopin〜Music for Ballet Class」をリリース(共に新書館)。国内のバレエショップを中心にベストセラーとなっている。2023年7月大阪・東京で初のピアノソロリサイタルを開催。初のピアノソロアルバム「Brilliance of Ballet Music~バレエ音楽の輝き」も同時発売。

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