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英国バレエ通信〈第22回〉〜ダーシー・バッセル主催「ブリティッシュ・バレエ・チャリティ・ガラ」

實川 絢子

鑑賞ファンにも、バレエ留学を志す若いダンサーたちにも、圧倒的に人気のある国ーー英国。
現地で話題の公演や、街の人々の”バレエ事情”などについて、ロンドン在住の舞踊ライター・實川絢子さんに月1回レポートしていただきます。

「ブリティッシュ・バレエ・チャリティ・ガラ」

2021年6月3日、ロイヤル・アルバート・ホールで、ダーシー・バッセル(元英国ロイヤル・バレエ プリンシパル)主催の「ブリティッシュ・バレエ・チャリティ・ガラ」が行われた。コロナ禍で危機的状況にあるダンス業界を支援する目的で開催されたこのイベントは、英国を代表する8つの主要バレエカンパニーが初めて一堂に会するガラということで、テレビニュースにもバッセル本人が出演して大きな注目を集めた。

ロイヤル・オペラハウスやサドラーズ・ウェルズ劇場といった大きな組織は、英国政府とアーツ・カウンシルによる緊急助成金によってこれまでどうにかコロナ禍の危機を乗り越えてきたが、中小規模の団体にはこうした公的支援がまだまだ充分に行き渡っておらず、劇場が再開されても、ソーシャル・ディスタン​シング対策が取られている今は、公演を行うこともままならない状況にある。そんな中、「規模の小さなカンパニーの多くが、今後数年間苦しむことになるでしょう。元に戻るまでにはあと何年もかかり、完全に回復することは当分ないかもしれません。そして、その間にも多くの才能を失うことになってしまうでしょう」とダンス界の現状を憂い、なんとかしなければと立ち上がったバッセル。そんな彼女の呼びかけに、ロイヤル・バレエ、イングリッシュ・ナショナル・バレエ、バーミンガム・ロイヤル・バレエ、ノーザン・バレエ、スコティッシュ・バレエ、ニュー・アドベンチャーズ、ランベール2、バレエ・ブラックという8つのカンパニーが賛同した。ときにライバルでもある彼らがこのようにして団結することは、パンデミックがなければ起こり得なかったことかもしれない。

参加した8つのカンパニーが上演したのはアドリエンヌ・リッチによる生について考えさせられる秀逸な詩に振付けられた『Then or Now』をはじめとするロックダウン中に創られた新作から、遊び心あふれる手の使い方が印象的な『Dextera』、ジョージ・オーウェル原作『1984』の情熱的なデュエット、ロイヤル・バレエの若手ダンサーのショーケース的な『Scherzo』、『ドン・キホーテ』の音楽にのせ、男性下着モデルのような格好でポーズを決め客席の笑いを誘った『Spitfire』、恍惚状態になって踊る儀式舞踊を彷彿とさせる『Sama』まで、現代振付家によるさまざまなスタイルの作品。その様子は6月18日から1ヵ月間、こちらから20ポンドで視聴できるので(※)、今回は公演内容ではなくチャリティ・ガラの意図について紹介したいと思う。チャリティというと、日本では募金やボランティア活動といったイメージが強いかもしれないが、英国のチャリティ・ガラはそれとはだいぶ雰囲気の違うものになるからだ。

※2021/6/30追記:
2021年6月30日現在、日本はこちらの映像の視聴可能地域外となっています

今回のイベントは、参加カンパニーがそれぞれ地域に根差した小規模なダンス団体をノミネートし、寄付金が8つの参加カンパニーとノミネート団体で分配される仕組み。チケットは一番安いもので250ポンド前後(約39,000円)と決して安くはない価格設定だったため、観客層もタキシードとイブニングドレスに身を包んだ上位中産階級〜上流階級と思われる人々が多く見られた(英国には、階級社会が今も生きている)。この一年パンデミックでこうしたイベントがほとんどなかったためか、かなり気合の入ったおしゃれをしている人々で賑わい、エントランス付近ではVIPゲストの写真撮影が行われていたほど。ソーシャル・ディスタン​シング対策も相まって収容率はかなり低かったにもかかわらず、まるでアカデミー賞のようなグラマラスな雰囲気があった。

「ブリティッシュ・バレエ・チャリティ・ガラ」会場の様子 ©️Ayako Jitsukawa

こうした一見華やかなイベントは、英国の芸術団体において寄付という収入源がいかに重要かを物語っている。英国の大規模な芸術団体においては、チケットの売り上げだけでなく、公的助成、寄付やスポンサーシップ、商品販売など複数の収入源をバランスよく併せ持ったビジネスモデルを採用しているところがほとんどで、日本と比べると、そのうちの寄付が占める割合がかなり大きい(パンデミック以前の平均データを見ると、英国の芸術団体の収入の約15%が個人や企業からの寄付によるものとなっており、ロイヤル・オペラハウスに至ってはその割合が23%に及ぶ)。そして、大きなカンパニーや劇場にはたいていファンドレイジング専門のオフィサーがいて、こうした寄付金集めのためのイベントや活動に注力しているのだ。

個人的な話になるが、筆者も学生時代にロンドンにある芸術団体でインターンをしていたことがあり、ファンドレイジングのスケールの大きさにびっくりした思い出がある。新規パトロンの開拓のため、古くは中世からの歴史を誇る「リヴァリ・カンパニー」と呼ばれるロンドンの名誉組合にコンタクトを取ったり、そんな名誉組合が所有する歴史ある館の大広間でディナーコンサートを企画したり、とある大企業の会長のお城のような邸宅にたくさんの勲章やダイヤモンドをつけた紳士淑女を招いてパーティーを開いたり、それまで足を踏み入れたことのなかった世界を前にして目が眩む思いだった。ディナーパーティーでは、コース料理を食べながら楽しめるようなダイジェスト版『フィガロの結婚』の上演を行い、さらにはオペラ歌手を自宅に呼べる権利をオークションにかけたり(気の遠くなるような金額で落札された)、若手アーティストのスポンサーを募ったり、筆者自身テーブルを回ってオペラやバレエのVIPチケットや鑑賞旅行が当たる懸賞(ラッフル)を販売したりした。もちろん純粋に熱心なバレエファン、オペラファンという人も多かったのだが、その時に驚かされたのは、彼らが芸術をサポートすることは至極当然のことであり、それを彼らの義務と感じていることだった。

これはまさに、「ノブレス・オブリージュ」の精神というもの。欧米社会に浸透している「身分の高い者には義務が伴う」という考え方で、英国ではそれが今なお慈善精神と強く結びついているのだ。

そして、このような慈善と社交の機会を待ち侘びていた人々が集まったのが、今回のガラだ。舞台の両端に設置された大きなスクリーンでは、演目が終わるたびに、今回ノミネートされたダンス団体の紹介映像と寄付の呼びかけが流れた。ノミネート団体の多くが、あらゆる人々にダンスを届けることをミッションとする地域に根ざしたダンス団体。ダンサー引退後、ダンスはメンタルヘルス向上のために有益だとして熱心に啓蒙活動を行ってきたバッセルならではのラインナップだった。この一晩での寄付の総額は10万ポンド(約1550万円)以上になったという。

ちなみにロイヤル・オペラハウスには、客席の中にちらほら名前入りの真鍮プレートがついた座席があるが、これも、英国の劇場ではよく見られるファンドレイジングの一環だ。座席によって価格が異なるが、一番高いストール前列に名前を入れるには、なんと1万ポンド(約155万円)もする。一番安価な最上階は1000ポンド(約15万5000円)からとのことなので、関心がある方はぜひ。私もいつか、お気に入りの席に名前を刻むのがひそかな夢だ。

【参考】

https://www.artscouncil.org.uk/sites/default/files/download-file/Private%20Investment%20in%20Culture%20Survey%202019.pdf

https://static.roh.org.uk/about/annual-review/pdfs/annual-report-1819.pdf

https://www.theguardian.com/stage/2021/jun/16/darcey-bussell-british-ballet-charity-gala-albert-hall

★英国バレエ通信〈第23回〉は2021年7月30日(金)公開予定です

この記事を書いた人 このライターの記事一覧

東京生まれ。東京大学大学院およびロンドン・シティ大学大学院修了。幼少より14年間バレエを学ぶ。大学院で表象文化論を専攻の後、2007年に英国ロンドンに移住。2009年より舞踊ライターとしての活動を始め、シルヴィ・ギエム、タマラ・ロホ、ジョン・ノイマイヤーをはじめとするダンサーや振付家のインタビューを数多く手がけるほか、公演プログラムやウェブ媒体、本、雑誌などにバレエ関連の記事を執筆、大学シンポジウムにて研究発表も行う。長年会社員としてマーケティング職に従事したのち、現在は一児の母として育児にも奮闘している。

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