文/海野 敏(東洋大学教授)
第17回 ブリゼとブリゼ・ヴォレ
■小さな移動を伴う跳躍
大きな床移動をしない跳躍のステップを、シャンジュマン、アントルシャ 、スーブルソー、パ・ド・ポワソン と紹介してきました。この中で、パ・ド・ポワソンは斜め前方に跳躍するので、小さく床移動します。今回はパ・ド・ポワソンと同じく小さな床移動を伴う跳躍として、ブリゼ を取り上げます。
「ブリゼ 」(brisé)は、片脚で踏み切って跳び、空中で両脚を打ち合わせ、脚の前後を入れ替えた第5ポジションで着地するステップです。脚を打ち合わせる時、両脚はまっすぐに伸ばしています。両脚で踏み切るシャンジュマン、アントルシャ、スーブルソーは真上に跳ぶのが基本ですが、ブリゼは片脚で踏み切るので、小さく移動するのが基本となります。
フランス語の動詞“briser”は「砕く、割る、折る 」などの意味で、ブリゼはその過去分詞ですから「砕いたもの 」が語源です。空中で両脚を素早く打ち合わせる動きが、何かをパチンと砕くように、あるいはパシッと割るように見えるからでしょう。筆者はブリゼの語源を知って、割り箸を割る瞬間をイメージしました。
空中で両脚を打ち合わせることを「バッチュ 」(battu)と言いますが、ブリゼのバッチュは、身体の前方でも後方でもできます。全身を軽く「く」の字にして、身体の前方でバッチュする場合を「ブリゼ・アン・ナヴァン 」(~ en avant)または「ブリゼ・ドゥシュー 」(~ dessus)と言います。一方、全身を軽く反らせて、身体の後方でバッチュする場合を「ブリゼ・アン・ナリエール 」(~ en arrière)または「ブリゼ・ドゥスー 」(~ dessous)と言います。「アン・ナヴァン/アン・ナリエール」は「前へ/後ろへ 」という意味、「ドゥシュー/ドゥスー」は「上に/下に 」という意味です。
■ブリゼの応用技
ブリゼの基本は両脚での着地ですが、応用技の「ブリゼ・ヴォレ 」(~ volé)(注1) は片脚で着地し、もう一方の脚をク・ド・ピエ(片脚のつま先をもう一方の脚の足首付近に付けるポーズ。第14回 参照)にします。そして、ブリゼ・ヴォレにも「アン・ナヴァン/アン・ナリエール」があります。
ブリゼ・ヴォレ は片脚で着地するため、素早く連続させることができます。そこで、「ブリゼ・ヴォレ・アン・ナヴァン」と「ブリゼ・ヴォレ・アン・ナリエール」を連続させて2回跳躍する応用技が「ブリゼ・ヴォレ・アン・ナヴァン・エ・アン・ナリエール 」です。ブリゼ・ヴォレは連続して行うことが多いので、単に「ブリゼ・ヴォレ」と言うと、この長い名前の応用技のことを指すのが一般的です。
鑑賞者の目線からは、ブリゼの感触は、「割る」というよりも「小さく羽ばたく 」感じに見えます。とりわけブリゼ・ヴォレは2回の跳躍をさらに何度も連続させることで、小鳥がパタパタと羽ばたくような印象を受けます。
■作品の中のブリゼとブリゼ・ヴォレ
ブリゼが頻出する最も有名な振付は、『眠れる森の美女 』第3幕 の「青い鳥のパ・ド・ドゥ 」でしょう。ブリゼで、文字通り「小鳥がパタパタと羽ばたく 」ように見せる振付です。とりわけコーダの冒頭 、青い鳥がブリゼ・ヴォレを12回連続 するところ、すなわち24回の跳躍 をして舞台を斜め前へ進む場面は、作品中の大きな見せ場となっています。たいへん難度の高い振付ですが、その難しさを感じさせない軽やかなブリゼ・ヴォレを見ると、ダンサーの技量に心を打たれます。
「青い鳥のパ・ド・ドゥ」には、フロリナ姫と青い鳥が一緒にブリゼを行う場面もあります。コーダの終盤、2人が仲よく手を取り合い、「ブリゼ・アン・ナヴァン→アラベスク→パ・ド・シャ」を5回半繰り返して、舞台を横切るシークエンスです。
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英国ロイヤル・バレエの映像より、「青い鳥のパ・ド・ドゥ」のコーダ。まずは冒頭でアレクサンダー・キャンベル 演じる青い鳥が力みのない見事なブリゼ・ヴォレを繰り返し、曲の後半でフロリナ姫の崔由姫 との息の合った連続技を披露しています。
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グソフスキー振付の『グラン・パ・クラシック 』は、クラシック・バレエの超絶技巧を詰め込んだ傑作ですが、そのコーダの冒頭のブリゼ・ヴォレも良く知られています。男性ダンサーが袖幕から登場し、いきなり「ブリゼ・ヴォレ2回→アントルシャ・シス」を3回繰り返します。15回の小さな跳躍の連続です。
★動画でチェック!
ダンス・オープンの映像より、『グラン・パ・クラシック 』のコーダ。ミハイロフスキー・バレエのプリンシパル、レオニード・ サラファーノフ が上体を優雅に使いながら、クリアな足さばきのブリゼ・ヴォレを披露しています。
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『パ・ド・カトル 』の「タリオーニのヴァリエーション 」にもブリゼが印象的に登場します。タリオーニ役の女性ダンサーが、ヴァリエーションの最後に小さい跳躍を20回以上連続するシークエンスがあるのですが、その出だしは、ブリゼを交えた跳躍で斜め前へ進む振付です。
★動画でチェック!
ワガノワ・バレエ・アカデミーのレッスンDVD、「ヴァリエーション・レッスン5」 より、『パ・ド・カトル 』のタリオーニのヴァリエーション 。終盤の振付に、回転しながら小さな跳躍を繰り返す難しいシークエンスが含まれています。
(注1) “volé”は、フランス語の動詞“voler”の過去分詞で、“voler”の意味は「飛ぶ、飛び去る、投げ飛ばす」です。
(発行日:2020年10月25日)
次回は…
第18回は、小さな床移動を伴う跳躍の続きで、「カブリオール 」を取り上げます。発行予定日は2020年11月25日です。
第19回は、少し変わったステップ、「アンボワテ 」を予定しています。