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小林十市 連載エッセイ「南仏の街で、僕はバレエのことを考えた。」【第13回】「M」という作品と向き合って。

小林 十市

ベジャール・バレエ・ローザンヌ(BBL)のスターダンサーとして世界中の舞台で活躍。
現在はBBL時代の同僚であった奥様のクリスティーヌ・ブランさんと一緒に、
フランスの街でバレエ教室を営んでいる小林十市さん。

バレエを教わりに通ってくる子どもたちや大人たちと日々接しながら感じること。
舞台上での人生と少し距離をおいたいま、その目に映るバレエとダンスの世界のこと。
そしていまも色褪せることのない、モーリス・ベジャールとの思い出とその作品のこと−−。

南仏オランジュの街から、十市さんご本人が言葉と写真で綴るエッセイを月1回お届けします。

***

9月1日にフランスに戻りました。日本からのフランス入国は入国制限も行動制限もなく驚くくらい何の検査もなく通常通りに入国できました。それでも今週にはフランスでの感染者が1日で1万人を超えたとも言われいまだに収束の気配は見られないままです。そういう状況でも街には人出が多く、以前では考えられないけれどフランス人たちがマスクをして歩いている姿が見受けられます。

オランジュ市ではLa Journee des Associationsという行事が毎年行われています。これはオランジュ市の習い事の協会に入っているお教室が一堂に集まりそこで入会申し込みができるような行事なのですが、街中に各お教室のスタンドが立ち並び、何をするお教室で月謝だとか時間割だとかそういう情報を集めに人々が来て賑わいます。

説明をするクリスティーヌ。

この辺りではやはりコンテンポラリーやヒップホップといったわりとすぐに動ける感じのダンス系が中高生には人気があるみたいで、小さい子に関しては親御さんが子どもにバレエを習わせたいとオランジュ・バレエ・スクールに興味を持ってもらうケースが多いです。9月7日から新学期スタートで、最初の週は体験レッスンをする子が多く、親が強く後押しして来た子はこの体験レッスン後で来なくなります(笑)。
結構いろいろなお教室で体験レッスンを重ねて来て教室の雰囲気や先生の教え方とかを見てから決めているようなので、大体9月2週目から3週目で今シーズン何人の生徒がいるのか把握できる感じです。

1週目を終えた感じでいうと、今シーズンはちょっと生徒少なめな感じでしょうか? 3月からの外出禁止令でオンラインレッスンに切り替え、その時に少し生徒が減ったのもありますね。夏休み前の3週間はスタジオでレッスンを再開しましたが、発表会ができなかったのも影響しているかもしれません。

日本と同じく中止や延期になっていた舞台も客席制限で再開するケースもあり、多分ですが発表会もこの感じでできるのではないか? と思っています。

さて! 先月の12日から期間的には3週間でしたが実質は14日間で東京バレエ団『M』のすべての振りを稽古することができました。
振り返ると「楽しい時間」で、とても充実した時間をいただきました。なぜか!?

いつの間にか『M』のエキスパートみたいに見られていてインタビューとかも受けましたが、僕はベジャールさんではないので正直ハードル高かったです。
東京バレエ団には今までにベジャールさんの作品指導やゲスト出演もしてきましたが、『M』のようにベジャールさんが東京バレエ団のために作った作品の指導は初めてのことでした。

©︎Shoko Matsuhashi

もちろん、初演では出演し振付アシスタントも務めましたが、作品に関わった時間で言えば東京バレエ団の指導者の方たちのほうが長いのです。
そういう意味でも、この作品をあらためて隅から隅まで見るのは新鮮なことでした。

©︎Shoko Matsuhashi

初演の時のエネルギーをどう形にしたらいいのか?
稽古の最初のほうで結構考えていたことです。一度分解し、今回踊るダンサーたちに合わせ構築していけばいいのですが、具体的な筋がないこの作品での抽象的な概念をどう説明し体に取り入れて行くのか? 難しい作業でした。黛敏郎さんの音楽の影響もありますが、シーンによっては御能のように最小限の動きで最大限の表現をしなければならず、稽古段階で様々なパートで表現をしていく中で奥行きがある存在レベルまで上がるのだろうか? と心配なときもありました。
ですが、毎日踊り込んでいくうちにダンサーたちの感性が感覚的にその場をとらえ、自分たちのものにしていくのが見えてきたので安心しました。

金閣寺のソロを踊る池本祥真君にはハッとさせられる瞬間があり、舞台上での彼が本当に楽しみです。

©︎Shoko Matsuhashi

©︎Shoko Matsuhashi

東京バレエ団のみんなが『M』という作品と向き合い、集中して踊ってくれたお陰で、自分のやるべきことを全うすることができたと思っています。

©︎Shoko Matsuhashi

こう読んでいくとすべて順調で何も問題ない感じですが、充実した稽古時間ではあったものの、自分の内側では結構別な感情が芽生えていました。
それは、ここしばらく自分の中で問い続けている「自分は何者でどこに属すのか?」というところからくるもので、今回がもしかしたら「ベジャール作品を教える最後」となるのでは? という思いが直感的に浮かんできました。

自分の現役時代の代表作を最後に、一旦ここで終わり、次に進むのかな?と。

これは決してネガティブな感情ではないので、誤解されると困っちゃいますけど。

ここ1ヵ月忘れていましたが、やはり来年踊れることが今後の自分にとっての勝負どころかなって……。
そういう意味で大きなページをめくるわけです自分的には。

次回のアノネーでの稽古って来年3月なんですけど、それまで自主練です。

この連載も13回目となり、今回は地味な1周年でした。続くのかな? これ?
南仏でバレエ考えた……ですから、のんびりです(笑)。

2020年9月15日 小林十市

★次回更新は2020年10月15日(木)の予定です

この記事を書いた人 このライターの記事一覧

元ベジャール・バレエ・ローザンヌ、振付家、俳優。 10歳より小林紀子バレエシアターにてバレエを始める。17歳で渡米し、スクール・オブ・アメリカン・バレエに3年間留学。20歳でスイス・ローザンヌのベジャール・バレエ・ローザンヌに入団。以後、数々の作品で主役をはじめ主要な役を踊る。2003年に腰椎椎間板変性症のため退団。以後、世界各国のバレエ団でベジャール作品の指導を行うほか、日本バレエ協会、宝塚雪組などにも振付を行う。また舞台やテレビ、映画への出演も多数。 2022年8月、ベジャール・バレエ・ローザンヌのバレエマスターに就任。

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